距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚

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さようなら、日常

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 学校に着いてから、朝のホームルームが始まるまでの二十分ほど。
 この時間は、俺にとって何よりも貴重だ。
 教室の片隅、いつもの窓際の席に座り、鞄からノートを取り出すふりをして、思考に沈む。
 周囲の会話はBGMだ。音楽ほど心地よくはないが、沈黙よりはマシだ。

 大事な時間――そう言っても、クラスメイトと仲良く喋るだとか、青春を謳歌するとか、そういう類のものじゃない。
 むしろ、俺にとってクラスメイトという存在は、日常における最大級の雑音だ。
 人間として嫌いかと問われれば、まあ、そういうことになる。

 あと一年、同じ空間で呼吸し、時間を潰す相手たち。
 仲良くなれそうな顔をして、勝手に期待して、勝手に失望していく。
 あるいは、最初からこちらをラベリングして、見下すことに安心している連中もいる。
 そういう関係性が、俺は本当に苦手だ。
 高校生なんて、とりわけ人間関係に命を賭けてるようなやつが多い。
 あいつは誰と仲がいい、誰と話さなくなった、誰のSNSのアイコンが変わった。
 自分の人生そっちのけで他人のドラマに浸っている。滑稽だと思う。

 ……いや、たまに羨ましいと思うこともある。
 でもその感情は、できるだけ早く心の奥底に沈めて、見なかったことにする。
 俺はそういう生き方を選ばなかったし、今さら選べない。

 話を戻そう。
 こんなふうに好き勝手に喋っていてくれるからこそ、俺は自然に自分の世界へ潜れる。
 彼らの会話は、内容がくだらなければくだらないほどいい。
 昨日のバラエティ番組がどうだっただの、好きなYouTuberが浮気しただの、誰がどこで寝てただの。
 聞く価値もない話だからこそ、俺はそれを耳から遠ざけるようにして、思考に集中できる。

 静かすぎる空間では、思考が逆に暴れだす。
 過去に事故で両親を失ってから、家の中があまりにも静かになった。
 台所から聞こえる包丁の音も、風呂場の水音も、名前を呼ぶ声も、全部消えた。
 だから、今の俺にとっての「日常」は、教室の喧噪の中にしかない。
 この場所が、俺の精神のバランスを保つ拠り所になっている。

 人生のこと。将来のこと。来週の予定。晩飯のメニュー。買い忘れた歯磨き粉。
 どうでもいいことから、どうしようもなく重たいことまで、心の中でいったりきたりする。
 精神的なライフポイントを削って考える。
 毎朝のこの時間に、俺は一日の立ち位置を確認する。
 この十分か二十分がなければ、たぶん俺は、とっくにどこかで壊れていた。

 ――だが。どんな世界にも、平穏を壊す存在はいる。
 正しいことをしようとする人間を唆す悪魔がいるように、俺のこの静かな時間を台無しにしてくる存在が、同じ教室の中にいる。

 うちのクラスは、他と比べてもとにかく騒がしい。
 その理由は、大きく分けて三つ。
 まず一つ目が――。

「――お、今日は葉音ちゃん来てるじゃん!」
「うわぁ……やっぱり可愛いわぁ……」
「はぁ、世界の理が乱れて俺と付き合うことにならないかなぁ」

 教室の外から男子たちが群がり、時に語彙力を爆発させながら見つめている相手――巻島葉音(まきしま はのん)だ。

 現役高校生にして、アイドルグループ「STAR BELL」の人気メンバー。
 艶のある青みがかった黒髪。
 あご下でふわりと揺れるボブカット。
 自然に整えたようでいて、毛先にはほんのりアイロンで癖づけたような外ハネが残っている。
 前髪は目元ぎりぎり。ちらっと見える睫毛の長さに、何人の男子が息を飲んだのだろう。
 細身でありながらメリハリのある身体つきと、芸能活動で鍛えられた立ち姿。
 ただそこに立っているだけで、空気が変わってしまう。
 ふと首をかしげたり、髪をかきあげたりするだけで、見ている男子たちの語彙力が崩壊するのも無理はない。
 制服の着こなしも絶妙だ。スカートの丈もシャツの裾も、校則の範囲内なのに妙に目を引く。
 目立とうとしてないのに、結果として目立ってしまう。それを計算しているようだ。

「そうなんだよね。それで僕、びっくちゃって――」

 外から見られているのに気付いているのか、いないのか。
 小悪魔のように笑って、わざとらしく眉をひそめるその声は、甘さと中性的な響きを併せ持っていた。
 そのとき――ふと、巻島と目が合った。
 教室のざわめきの中で、音が一瞬だけ失われたような感覚。
 キラキラとしたフィルターがかかったような彼女の瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜いていた。
 やばい、見過ぎてた。

「おはよう、七里ヶ浜くん」

 微笑みとともに、柔らかく、それでいて耳に残る声でそう言った。
 その一言に、近くの男子たちが「あいつ……葉音ちゃんから挨拶なんて許せん……」とざわつく。
 俺は、軽く会釈で返す。
 ほら見ろ。油断していた俺も悪いが、この数秒で敵が増えた。
 ただ、それだけで済めばまだマシだ。
 本当に怖いのはこの後――ドン、と音がしたのは、俺の机に手をつかれたからだ。

「あなた、名前は?」

 はっきりと怒気を孕んだその声に、周囲の空気がほんの少し張り詰める。
 ――東堂涼(とうどう りょう)。
 容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。
 その上でモデル業までしているらしい。
 星空のように煌めく黒髪を腰まで伸ばし、前髪は目の上できっちりと揃えられている。
 まっすぐな髪が揺れるたび、どこか冷たい刃物のような印象を受けた。
 制服も隙なく着こなしていて、リボンの結び目ひとつとっても乱れがない。
 整いすぎていて、逆に近寄りがたい。

 彼女は、俺の顔を真っ直ぐに見ていた。
 その視線は、まるで試すように――というよりは、裁く気でいるように見えた。

「……七里ヶ浜悟(しちりがはま さとる)です」

 名乗っても、返事はない。
 彼女はただ、じっと俺を見下ろし――。

「そう。あまり、葉音のことを見ないでもらっていいかしら?」

 ――冷たく言い放つ。
 彼女は俺より一つ上、つまり三年生だ。
 そんな彼女がなぜ、朝っぱらから下級生の教室でガーディアンを演じているのか。
 理由は、彼女の性格がキツすぎてクラスで浮いてしまい、年上という立場を利用して強く言えない下級生の教室に入り浸っているから――ではなく、巻島のことを大切に思っているから。

 もともと、巻島と東堂先輩は同じ地下アイドルグループに所属していたらしい。
 しかし、数年の活動の後、巻島は更にランクの高いアイドルグループへ移籍。
 東堂先輩もモデル業へと転身したのだとか。
 その頃から二人は仲が良かったらしく、か弱い巻島を心配した東堂先輩は、こうして時間あれば教室で羽虫を払うボランティアに精を出している。

 思わずため息を吐いてしまう。
 俺が羽虫認定されたからでも、他の男子から顰蹙を買ったからでもない。
 
 ――これから、この女の喧嘩を買って、クラスでの孤立を深めるからだ。

 
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