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第1章 春と
実践
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長かった準備期間を終えて、ついに決戦の日。
「まずは食堂に行ってもらうけど、準備はいい?」
「わ、わかりました」
スマホを何度もチェックしながら静香は頷く。
緊張しているのだろうが、時間は待ってはくれない。
「場所とその子の特徴はNINEで送ったから、それを参考にして。ファイト!」
「はい……頑張ります!」
KLの教場で軽く打ち合わせをし、彼女を送り出した。
紫は私用でしばらく来れないようで、俺と七緒が影から彼女の頑張りを見守ることになっている。
「そろそろ俺たちも行くか」
「はい。うまくいくといいですね」
五分ほどして、俺たちも後を追う。
「会話の流れなんかは一通り頭に入れてもらったけど、静香ちゃんにできるかな」
いくら脳内に攻略法が入っていたとしても、実戦で使えるかは別の話。
頭では理解していても、恐怖に支配されてしまえば努力は無に還る。
慣れない言葉なら、一つ口から出すのでさえ勇気が必要だ。
「候補は二人いますし、まずは流れをつかんでほしいですね」
頷きながら、食堂までの道を歩いていく。
目的地に着くと、昼休みらしく多くの生徒が憩いの時間を楽しんでいた。
なぜ最初のお見合い場所として食堂を選んだかというと、生徒が多い分、周りの目を気にしなくて良いからだ。
KLの教場も候補として考えていたが、静かな場所に二人きりというのは、初対面ではなかなか酷である。
木を隠すには森の中というように、多くの生徒の中の一グループになる方が、他人からの目を気にしなくて良い。
「……お、いたいた」
伝えておいた席を見てみると、静香ともう一人の女子生徒が。
この子は菜月と違って清楚系、どちらかといえば静香に近い見た目の生徒だ。
話してみた感じ性格も落ち着いていて、良い友達になれるのではないかと思う。
事実、二人の会話は弾んでいるようで、両者の顔からは時折笑顔が伺えた。
「結構良い雰囲気じゃないか? もしかしたら、今日だけで二人友達ができちゃうかもな」
「……そううまくいきますかね?」
会話こそ聞こえないが、どう見ても悪い流れではない。
俺は二人の姿からプラスを受け取ったが、どうやら隣に座っている彼女は違うようだ。
そして、七緒の言葉に引きずられるように、だんだんと静香の顔にかげりが見え始める。
「……なんだ? どうしたんだ?」
対面で会話していると気付けないだろうが、遠くから観察していると、静香の笑顔が固くなっていっているのが分かった。
そこからも十分ほど会話が続き、二人は連絡先を交換するような仕草を見せたものの、やはり静香の顔に達成感はなかった。
・
「…………ごめんなさい」
KLの教場で合流した静香が最初に口にしたのは、謝罪の言葉だった。
叱咤されるのを怖がる子供のように俯いている。
「大丈夫だよ」
何よりもまず、俺が怒っていないと伝えることにした。
やや空白の時間が続き、「ありがとうございます」と、力なさげな返答。
怯えが引いていくのを確認すると、彼女の表情に変化が起こった理由を探ることにした。
「でも、遠くから見てたけど、途中までは上手くいってなかった?」
「……はい」
静香は少し顔をあげ、俺の表情を確認した後、言葉を続ける。
「確かに途中までは楽しかったです。でも……」
「でも? 何か気に触ることでも言われた?」
人間は繊細だし、彼女はなおさら敏感な部分があるのだろう。
何気なく言われた一言が心に引っかかってしまう事はよくある。
「ち、違うんです。あの、私、急に怖くなっちゃって」
「怖くなった?」
ぐちゃぐちゃの脳内から言いたいことを一つずつ取り出すように、ぽつりぽつりと言葉が出てくる。
「向こうは友達になろうと思ってきてくれてるけど、私と話してみて、なんか違うなってならないかなとか、私が知らない趣味の話をされた時にちゃんと返せなくてガッカリしないかなとか、先輩だって機会を作ってくれたのに……」
「そういうことか……」
彼女は彼女なりに、自分へのしかかる重圧と戦っていたのだ。
行動への恐怖という内的要因だけでなく、人の期待に応えなければという外的要因からのプレッシャーもあったのか。
静香に声をかけようとしたが、その肩が震えているのに気付いた。
「なぁ、静香ちゃん――」
「ごめんなさい、私、せっかく……!」
「あ、おい!」
この場にいるのが辛くなったのか、静香は教場を飛び出して行ってしまう。
追いかけようと席を立った時、手が引き止められた。
「待ってください。私が行きます」
先ほどから沈黙を貫いていた七緒が口を開いた。
「ここは私が行きます。任せてください」
その言葉は、鋼のように冷たかった。
しかし、彼女の手に力は入っておらず、俺に払われるのを理解しているようだった。
「いや、俺が行く。七緒ちゃんはここで待ってて」
さらに力の緩まった彼女の手を解く。
すると、七緒は立ち上がって目の前まで距離を詰め、数秒ほど俺の目を見つめたあと、諦めたように肩をすくめた。
「わかりました。ここで待ってますから、頑張ってくださいね」
「あぁ、行ってくる」
短く告げると、静香を追ってKLの教場を飛び出した。
・
あてもなく探したところで見つかるはずがない。
今は昼休み。おそらく人の多い場所には向かっていないはずだ。
自分が泣いているところを見られて喜ぶ性癖の持ち主じゃなければな。
そうして校内で人が少なそうな所を転々としている途中、ふと、教場を出る前の七緒の行動を思い出した。
「そういえば、ポケットに何か……」
彼女が俺の目を見つめていた時、ズボンの左ポケットに何かが入る感触があったのだ。
俺が行かないように掴んでいただけだという可能性もあるが、それにしては手の位置が深かった気がする。
そう思って手を入れてみると、そこから出てきたのは――。
「……あぁ、俺の負けかな」
薄く笑みをこぼしながら、再び足を動かした。
「まずは食堂に行ってもらうけど、準備はいい?」
「わ、わかりました」
スマホを何度もチェックしながら静香は頷く。
緊張しているのだろうが、時間は待ってはくれない。
「場所とその子の特徴はNINEで送ったから、それを参考にして。ファイト!」
「はい……頑張ります!」
KLの教場で軽く打ち合わせをし、彼女を送り出した。
紫は私用でしばらく来れないようで、俺と七緒が影から彼女の頑張りを見守ることになっている。
「そろそろ俺たちも行くか」
「はい。うまくいくといいですね」
五分ほどして、俺たちも後を追う。
「会話の流れなんかは一通り頭に入れてもらったけど、静香ちゃんにできるかな」
いくら脳内に攻略法が入っていたとしても、実戦で使えるかは別の話。
頭では理解していても、恐怖に支配されてしまえば努力は無に還る。
慣れない言葉なら、一つ口から出すのでさえ勇気が必要だ。
「候補は二人いますし、まずは流れをつかんでほしいですね」
頷きながら、食堂までの道を歩いていく。
目的地に着くと、昼休みらしく多くの生徒が憩いの時間を楽しんでいた。
なぜ最初のお見合い場所として食堂を選んだかというと、生徒が多い分、周りの目を気にしなくて良いからだ。
KLの教場も候補として考えていたが、静かな場所に二人きりというのは、初対面ではなかなか酷である。
木を隠すには森の中というように、多くの生徒の中の一グループになる方が、他人からの目を気にしなくて良い。
「……お、いたいた」
伝えておいた席を見てみると、静香ともう一人の女子生徒が。
この子は菜月と違って清楚系、どちらかといえば静香に近い見た目の生徒だ。
話してみた感じ性格も落ち着いていて、良い友達になれるのではないかと思う。
事実、二人の会話は弾んでいるようで、両者の顔からは時折笑顔が伺えた。
「結構良い雰囲気じゃないか? もしかしたら、今日だけで二人友達ができちゃうかもな」
「……そううまくいきますかね?」
会話こそ聞こえないが、どう見ても悪い流れではない。
俺は二人の姿からプラスを受け取ったが、どうやら隣に座っている彼女は違うようだ。
そして、七緒の言葉に引きずられるように、だんだんと静香の顔にかげりが見え始める。
「……なんだ? どうしたんだ?」
対面で会話していると気付けないだろうが、遠くから観察していると、静香の笑顔が固くなっていっているのが分かった。
そこからも十分ほど会話が続き、二人は連絡先を交換するような仕草を見せたものの、やはり静香の顔に達成感はなかった。
・
「…………ごめんなさい」
KLの教場で合流した静香が最初に口にしたのは、謝罪の言葉だった。
叱咤されるのを怖がる子供のように俯いている。
「大丈夫だよ」
何よりもまず、俺が怒っていないと伝えることにした。
やや空白の時間が続き、「ありがとうございます」と、力なさげな返答。
怯えが引いていくのを確認すると、彼女の表情に変化が起こった理由を探ることにした。
「でも、遠くから見てたけど、途中までは上手くいってなかった?」
「……はい」
静香は少し顔をあげ、俺の表情を確認した後、言葉を続ける。
「確かに途中までは楽しかったです。でも……」
「でも? 何か気に触ることでも言われた?」
人間は繊細だし、彼女はなおさら敏感な部分があるのだろう。
何気なく言われた一言が心に引っかかってしまう事はよくある。
「ち、違うんです。あの、私、急に怖くなっちゃって」
「怖くなった?」
ぐちゃぐちゃの脳内から言いたいことを一つずつ取り出すように、ぽつりぽつりと言葉が出てくる。
「向こうは友達になろうと思ってきてくれてるけど、私と話してみて、なんか違うなってならないかなとか、私が知らない趣味の話をされた時にちゃんと返せなくてガッカリしないかなとか、先輩だって機会を作ってくれたのに……」
「そういうことか……」
彼女は彼女なりに、自分へのしかかる重圧と戦っていたのだ。
行動への恐怖という内的要因だけでなく、人の期待に応えなければという外的要因からのプレッシャーもあったのか。
静香に声をかけようとしたが、その肩が震えているのに気付いた。
「なぁ、静香ちゃん――」
「ごめんなさい、私、せっかく……!」
「あ、おい!」
この場にいるのが辛くなったのか、静香は教場を飛び出して行ってしまう。
追いかけようと席を立った時、手が引き止められた。
「待ってください。私が行きます」
先ほどから沈黙を貫いていた七緒が口を開いた。
「ここは私が行きます。任せてください」
その言葉は、鋼のように冷たかった。
しかし、彼女の手に力は入っておらず、俺に払われるのを理解しているようだった。
「いや、俺が行く。七緒ちゃんはここで待ってて」
さらに力の緩まった彼女の手を解く。
すると、七緒は立ち上がって目の前まで距離を詰め、数秒ほど俺の目を見つめたあと、諦めたように肩をすくめた。
「わかりました。ここで待ってますから、頑張ってくださいね」
「あぁ、行ってくる」
短く告げると、静香を追ってKLの教場を飛び出した。
・
あてもなく探したところで見つかるはずがない。
今は昼休み。おそらく人の多い場所には向かっていないはずだ。
自分が泣いているところを見られて喜ぶ性癖の持ち主じゃなければな。
そうして校内で人が少なそうな所を転々としている途中、ふと、教場を出る前の七緒の行動を思い出した。
「そういえば、ポケットに何か……」
彼女が俺の目を見つめていた時、ズボンの左ポケットに何かが入る感触があったのだ。
俺が行かないように掴んでいただけだという可能性もあるが、それにしては手の位置が深かった気がする。
そう思って手を入れてみると、そこから出てきたのは――。
「……あぁ、俺の負けかな」
薄く笑みをこぼしながら、再び足を動かした。
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