愛が重いだけじゃ信用できませんか?

歩く魚

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第1章 春と

一歩

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「静香ちゃん」

 校舎と校舎の間。
 裏路地のようになっている空間に静香は座り込んでいた。
 一歩出ると人通りは多いが、わざわざひっそりとしたここへ目をやる生徒は少ない。

「静香ちゃん」

 もう一度声をかけると、背中がびくりと反応する。
 そして、彼女はゆっくりと立ち上がって振り返った。

「……古庵先輩」

 泣き腫らした眼は、これ以上なく悲壮に感じる。
 失敗しない人間なんていないし、それを繰り返すだけ人は学んで強くなる。
 だが、これを知らない人間……つまり、初めて何かにチャレンジした場合なんかは、ほんの軽い足止めを世界の終わりかのように受け止めてしまうのだ。

「ごめんなさい。期待に応えられなかったし、勝手に出て行っちゃったし……」
「気にしなくていいって」

 静香の方に近付いていき、冷たくなった両手を優しく握る。
 先輩として、彼女を励さねばならない。

「人間には失敗がつきものだし、頑張って話してたじゃん。それに、連絡先も交換したんだろ?」
「それは、はい……」

 事実を述べても納得のいかない様子。
 静香の視線が左右に彷徨っている。

「それにさ、ガッカリされても仕方ないんだよ」
「仕方……ない、ですか?」

 彼女の表情から悲しみが消える。
 理解のできない情報に意識を持っていかれたからだ。

「あぁ。人間には相性だってあるし、確かに、誰にでも良い顔してれば悲しまずに済むかもしれない。……でも、ありのままの自分でいられる相手が、本当の友達になれる存在なんじゃないのかな」

 そう、仕方ないのだ。
 誰かの理想になれば円滑な関係が続けられるだろう。
 しかし、違う自分を演じるたび心には亀裂が入り、やがて本当の自分を見失ってしまう。
 優しく諭すように言葉をかけると、おぼつかなかった視線が一点にとどまる。

「俺はさ、たとえ自分が傷付いたとしても、怖いことに一歩踏み出してみるのが大切だと思うよ。知らない趣味の話だって、聞いてみたら優しく教えてくれるかもしれない。もしかしたら自分も興味を持って、一緒に楽しめるかもしれない」

 悲しげな瞳に、一筋の光が差し込んだように見えた。
 静香は顔をあげ、俺の次の言葉を待っている。

「人は一歩踏み出した時に成長するんだ。静香ちゃんは、先輩に悩みを相談した時にひとつ成長して、そして食堂に行った時にまた成長したんだよ。ダメだったとしても、その苦い思い出が次の一歩に繋がる。そうして最後に得られるのが……」
 
 ――前を向いて歩くことで手に入るのが、青春なんだ。
 
 そう言おうとしたが、どうやら必要はなさそうだ。
 いつの間にか、静香は笑っていた。

「私、人に否定されるのが怖かったんだと思います。でも、違うんですね」

 弱々しい笑みだったが、確かに微笑んでいた。

「否定されても、ガッカリされたとしても、勇気を出してありのままの自分を見せるのが大切なんですね」

 相変わらず、泣いた後の目は赤かったが、今は未来を照らす朝焼けのように美しく見える。

「もう一人の候補が待ってるんだ。その目治して、今度こそ友達、作ってみるか?」
「はい! お願いします!」

 少し時間を取られてしまったが、菜月との待ち合わせまではまだ余裕がある。
 今から急げばきっと間に合うだろう。
 静香の気持ちに変化があったことで見通しが明るくなってきた。

「静香ちゃんは先に帰ってメイク直ししてな。今のままだと、友達になる前に心配されちゃうよ」
「そうですね。ありがとうございます!」

 足取り軽くKLの教場へ帰っていく静香を見届ける。
 ふと、空を眺めたくなった。

「……立ち止まらず、絶えず歩くことが青春に繋がるんだ」

 言葉なんてなんでも良い。
 ただ、静香の機嫌を直して無事に依頼を完了できればそれでよかった。
 それなのに、なぜか彼女へ吐いたセリフのどこかが胸に引っかかる気がして、妙に気持ち悪かった。



 静香と菜月のお見合いは、俺が菜月と知り合ったカフェで行われる。
 今回は場所が場所なため、三人で菜月が待つ席へ向かい、軽く会話した後に、二人で親交を深めてもらうことにした。

「俺たちは後ろでゆっくりしてるから、気にしないで話しててね。あ、俺の悪口の時は聞こえないようにしてね」
「ふふっ、しませんよ。ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 菜月に続き、静香が礼を言ってくれた。
 今日も菜月の髪は鮮やかな青色。
 まだ仄かに赤い静香の目元と対照的だ。
 事前会話はつつがなく進行し、二人を残して俺たちは後ろの席へと座る。

「逗子さん、どうでした? やる気が増してるのは見れば分かりますけどね」
「なんとか説得できたと思うよ。想像してたよりしっかりしてるっていうか、責任感がある子なんだな。っていうか、七緒ちゃんが友達になってあげれば良いのに」

 依頼も即達成だし、割と中身も合うと思うのだが。

「いや、私は先輩の追っかけで忙しいんですよね。ライブ会場遠いんで……」
「……アイドルファンみたいに言ってるけどお前のはストーキングだぞ」
「ちっ」

 その舌打ちはなんなんだ、デイリーミッションなのか?
 追っかけるにしても、せめて目のつくところでやってほしい。

「教えてもいない居場所を探り当てるのは追っかけとは言わない」
「えー、良いじゃないですかぁ」
「ちょっと可愛く言っても無意味だぞ」
「え~っ! 良いじゃないですかぁ~!」
「どっから出したのその声!?」

 声優が変わったとかそういうレベルじゃなく、キャラの方向性が変わっていた。
 典型的なぶりっ子声。声帯が二つあるのかと思うくらいの振れ幅だ。

「実は特技なんですよね、声変えるの」
「マジで探偵みたいな特技持ってんのな」
「女の子なら割と誰でもできますよ」
「わかる。七緒ちゃん配信とかしてそうだよな。ちょっとエッチなやつ」
「……ぶっ飛ばしますよ?」

 いや、良いじゃん配信者。
 ファンから色々買ってもらえるだろうし。
 くだらない話に花を咲かせているのと同時に、静香たちの話も盛り上がっているようだった。
 そろそろ次の講義の時間も近いし、様子を見に行ってみよう。
 楽しげに縦に揺れる肩へと近付いていく。

「よっ。どんな感じ?」
「静香ちゃんと私、地元がめっちゃ近かったんですよ」
「そうなんです、びっくりしました! あと、菜月ちゃんの好きなバンドの曲を教えてもらいました!」
「二人とも軽音サークルなんだし、せっかくなら二人でバンドやってみたら?」
「え、いいですねそれ! 静香ちゃんやろうよ!」
「いいの? やりたい!」

 予想を遥かに上回る打ち解け具合だ。
 以前のような怯えは静香から消え去っている。
 もうあの子たちは大丈夫だろう。どこからどう見ても友達だ。
 気を遣われても嫌だし、二人に一言告げて、俺と七緒はカフェを出ることにした。


 
「……良かったですね。先輩の頑張りが報われました」

 大学までの短い道のりを、ゆっくり歩きながら、七緒がそんなことを言った。

「最後は七緒ちゃんのお陰だろ。まだ依頼完了ではないし、何も言わないけどな」

 実質、静香の「友達が欲しい」という依頼は完了しているが、本人の口からそれを聞かないまでは終われない。

「ただまぁ、俺が一つ言えるのは……」

 足を止め、生ぬるい空気を胸いっぱいに吸い込む。
 そして、晴れ渡る空を見上げながら、同じく雲ひとつない心境で呟く。

「あの子たちは、三限の講義に間に合わないってことだ」

 七緒の噴き出すような笑い声が、爽やかな風に流されてきた。
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