趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚

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もう一人の爺さんも怖すぎる

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「――そんで、俺もそろそろ入っていいかい?」

 低く落ち着いた声が、面接室の扉の向こうから響いた。
 重みのあるそれに、セレスの背後で控えていた爺がスッと横に避ける。
 入ってきたのは、背筋をぴんと伸ばした白髪の老人だった。
 六十歳前後だろうか。しかし、年齢を感じさせるのは髪と皺だけで、立ち姿には隙がない。
 無駄のない動き、鋭く澄んだ眼光。腰には年季の入った長剣。
 部屋に入ってきた瞬間、空気の密度が変わったようにすら感じる。
 
「ふむ……坊主が『血塗れ』か」
 
 老人は俺を見るなり、口元だけを緩めた。
 だがその目は笑っていない。じっと、何かを計るように俺を見据えてくる。
 その視線は、身体の芯まで見透かされるようで、無意識に背筋が伸びる。

「ちょいと癖がありそうな眼をしてるが……思ったよりも好青年じゃないか」

 一目で俺の性癖……もとい精神性を見抜くとは、やはり只者ではない。
 とはいえ、見抜かれたからなんだという話でもある。
 面接をしているのは彼ではなく俺。
 つまり、この場の支配者は俺なのだ。

「ええと、いきなりで悪いんですけど、ウチのギルドは若者言葉が飛び交うグローバルでファンタスティックな職場でして、コンセンサスがアジェンダでレジュメをカテゴライズしなければいけないため、シニア世代である――」
「――まぁ待て、な?」

 老人が軽く手を上げる。
 その仕草だけで俺の言葉は寸断され、場の空気が彼の方に傾く。
 俺の――いま編み出した――必殺技である適当な横文字の連打が全く通用していないなんて。
 経験上、わからない言葉が連続すると人間は考えるのをやめてしまうはずなのに。
 もしやあれか。覚えはないが、また俺が恩人だとでも言ってくるタイプか。
 一瞬、そんな思考がよぎるも、すぐに間違いだと気づく。
 彼は「坊主が『血塗れ』か」「思ったよりも好青年」と言っていた。
 俺を見たことがある人間、恩がある人間の言葉ではない。思ったよりもってなんだよ。
 そんな俺の疑問を察知したのか、老人は口を開いた。

「……俺の名はローヴァン。引退した元冒険者だ。俺には女房がいてな。シノといって、俺には勿体無いくらいのやつだったよ」
「はぁ……」
 
 いきなりの妻語り。これは危険だ。下手をするとコミックス三巻分くらいの回想に突入する。

「シノはな、数ヶ月前に病気で逝っちまったんだが……数年前からよく、俺に言っていたことがあってな」
 
 ローヴァンさんの目が、少し遠くを見るように細められる。
 
「『血塗れ』ってのに助けられたんだと」
「そう……なんですか?」
「俺たちは山奥に住んでたんだが、月に一度、シノは買い出しで麓の村に降りる。あの日もそうだった。……だが、ちょうど村には魔物の大群が近づいていた」

 少し、心当たりがある。
 この街から離れた山に、魔力回復に効果的な薬草の群生地がある。
 数年前、依頼を受けて山へ向かった俺は、偶然、魔物の群れに襲われている村を発見したのだ。
 応戦する村人たちはほとんど戦えず、俺はひたすら前に出て、血まみれになりながら魔物を斬り伏せた。

「魔物たちは、自分の傷を省みずに戦う男――『血塗れ』によって倒され、シノも危ないところを救われた、と。繰り返し繰り返し、飽きるくらいに話してくれたさ」

 ローヴァンさんは、わざとらしく肩をすくめてため息を吐く。

「俺は悔やんだもんだ。……お前さんが魔物の血を頭っから被ってた時、ぐーすか寝ちまってたんだからな。おかげで、知らん若造の武勇伝を、何十回と聞くハメになっちまった」

 その声音には、苦笑と、ほんのわずかな寂しさが混じっている。

「そんで……シノはこう言ったんだ。『あなたとの生活は幸せで、何一つ悔いなんてない。でも、私を助けてくれた若い子に恩返しをしたかった』ってな……そう言って、そのまま眠っちまったのさ」

 言葉の最後が、わずかに掠れていた。
 俺は少しだけ、視線を落とす。

「だから……ローヴァンさんは、ギルド加入を希望して?」
「ああ、そういうこった」

 それが理由で、彼はわざわざここまで出向いてきてくれたのか。

「そんな……俺は当然のことをしただけなんで、恩返しなんて――」

 慌てて否定しようとしたが、その声をローヴァンさんの低く静かな声が押し留める。

「……でもな坊主、助けられた方は、ずっと覚えてるんだぜ」

 その言葉は、古びた刃物のようだった。鋭くはないが、深く染み込む。
 俺の記憶にとって、村での出来事は「たまたま通りがかったから助けた」程度の色合いしかない。なんなら、自分のために戦いに行った。
 だが、ローヴァンさんの妻……シノさんにとっては、それが命の分かれ目だった。
 彼女はそれを何年もの間、同じ温度で、同じ情熱で、夫に語り続けたのだ。

「お前さんからすりゃ、通り雨みたいなもんだったのかもしれん。だがな……こっちは、それが一生忘れられない晴れ間になることもある」

 ローヴァンはわずかに笑みを見せたが、その目の奥には、もう二度と戻らない時間を見つめる色があった。

「俺は、借りを返すために来た。それだけだ」

 声色は重いが、暖かい。
 しかし俺とて、そう簡単に頷くわけにはいかない。
 シノさんがどれほど感謝していてくれたかは十分伝わったし、ギルドメンバーが増えることになれば、俺の平穏な生活が遠のく。
 そこはかとなく脳筋さを感じさせるセレスと、執事にあるまじき物騒な単語を平然と口にする爺。
 この二人がいる時点で致命傷なんだ。
 よって、どうにかお引き取りいただきたい。
 そもそも、六十代の冒険者にこなせる依頼なんて限られている。
 若い頃はブイブイいわせていたのかもしれないが、現役バリバリのAランカーでも衰えは避けられない。
 よほどのことがなければ、今の俺の方が強い――はずだ。
 最悪の場合、ラグナルと二人がかりで……いや、あいつは感極まって泣いてやがる。一人で連れて帰るしかない。

「ローヴァンさん、お気持ちは嬉しいんですが……ご存知かと思いますが、冒険者は命懸けの職業です。あなたのランクでは――」
「――SSだ」
「……はい?」
「SSランクだよ。『龍殺し』のローヴァンって、聞いたことないかい?」

 その瞬間、心臓をギュッと掴まれた気がした。

「えっ、あの『龍殺し』のローヴァンさん!? 剣神の先輩じゃん!」
「おおッ! 一刀で二体の龍を屠ったという傑物ッ! 頼りになりますなッ!」

 大興奮のセラとラグナル。
 ことの成り行きを見守っていたセレスも「ほほーっ」と感心している。
 ただ一人、俺だけが、笑顔を固めたまま硬直していた。

 
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