貞操の危機を感じたので、自分で自分を追放することにしました

歩く魚

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地獄の始まり

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「――シープ。お前にはこのパーティを抜けてもらう」
「なっ……! どういうことだ!?」
「お前の持つ固有魔術は、俺たち勇者パーティには合わない。だから出て行ってほしい」
「そんな……魔王を倒した昨日の戦いでだって、俺は活躍したはずだろッ!」
「――それが問題なんだよッ!」
「……っ」
「その魔術は人間よりも魔族寄りだ。そんな奴をパーティに入れていたとあれば……俺たちまで疑われることになるかもしれないだろ?」
「そ、それは……」
「だから、俺たちのために出て行ってくれないか。いいだろう、仲間なんだから? ほら、金はやる。これでどこへなりとも行くがいい」
「…………分かったよ。俺は……ブレイブ、お前のことを、親友だと思ってたぜ……」



「………………一人で何言ってんの?」

 俺の目の前にいる男――勇者ブレイブは戸惑いの視線を俺に送りつつ言った。

「いや、こうやって追放してほしいなって」
「俺がシープを追放? いきなりどうした?」

 ここは王城。
 昨日、ついに魔王を撃破した俺たちは、王から民への発表の前に身体を休めていたのだ。
 もう夜も更け、他のパーティメンバーは眠っている頃。
 これが最後のチャンスということで、俺はブレイブを呼び出したのだ。

「あのな……俺の命がヤバいことは、お前も知ってるだろ?」
「いやまぁ、うん……頷くことしかできない」

 俺たち勇者パーティは五人で構成されている。
 勇者ブレイブ、魔術師メリアーナ、聖女イリヤ、暗殺者フェン、そして俺。
 三年前に勇者として選ばれたブレイブと、幼馴染である俺の二人で出発した旅は過酷なものだった。
 しかし、俺にとってもっと過酷だったのは――女性陣の態度の変化だ。
 皆、一様に俺に対する当たりが強かったはず。
 それなのに、どうしてか段々と距離が近くなっていき、言葉も行動も過激なものになっていった。
 まったく理由が分からない。
 ただ、「寝る時は一人、起きた時は二人、これなぁに……っていうかいつの間に?」というスフィンクスの問題に苦しめられるうちに、俺は悟ったのだ。

 ――このままじゃ殺されるかもしれない、と。

 魔王を倒すまでならまだ良い。
 俺だって貴重な戦力の一人のはずだし、殺すメリットがない。
 でも、魔王を倒した後は……?
 魔王討伐が公にされる直前である今日が、最後のチャンスなのだ。

「……だから俺を追放してくれ。ほら、ちゃんと台本も用意してきたから」
「台本って……俺はお前のことを唯一無二の親友だと思ってるんだぞ? 俺にお前を追放なんて、できるわけ――」
「それでもッ!」

 ブレイブの言葉を遮って続ける。

「俺は……俺は死にたくないッ! あいつらは魔王より怖いッ!」
「えぇ……」

 嫌そうな顔をしているが、俺だって切実なのだ。

「そもそも、仮にシープを追放したとして、俺はどうすれば良いんだよ。命がけで人のために戦える、国民からの信頼も厚いお前だ。たとえ魔族だったとしても文句は言われないだろうし、言われたら俺がシバいてやるし」
「良い感じに説明してくれればさ――」
「――それが問題なんだよッ!」
「……っ」
「俺がお前を追放したなんて知られてみろ。他の三人にボコボコにされて、吊し上げられて……どうなるか分からんだろ……」
「それは……」

 俺もブレイブも、タイマンなら彼女たちに勝利することができる。
 しかし、三人でまとまって来られたら勝つのは難しい。

「……じゃあ、お前から説明だけしてくれよ。『シープは自分のやるべきことを見つけたから、ひと足先に出発した。邪魔立て無用』ってさ」

 そう告げると、ブレイブはしばらく「うーん」と悩んでいたようだが、やがて心底――心底面倒そうに頷いた。

「……仕方ない。でも、俺も殺されたくはないからな。適度に保身に走るぞ?」
「それはもちろん。心配しなくても、何かしらの節目には会いにくるからさ。みんなには黙ってたけど、この時のために転移魔術を習得したんだ」
「古代に失われた魔術を!? ……本気すぎるだろ」

 身の危険を感じ始めてから、戦いよりも本気で取り組んだからな。
 というわけで、俺はパーティから追放されることになった。

「んじゃあ最後に――これやってもらって良い?」

 先ほどは受け取ってもらえなかった台本を、再び渡す。

「……やる必要あるか?」
「やっぱり雰囲気って重要だろ? ブレイブ達にとっては、明日の王様の発表が旅の終わり。俺にとってはコレなんだよ」
「お前は昔から……変な奴だよなぁ」

 ブレイブも観念したみたいで、台本を読み上げ始めた。

「シープ。オマエニハコノパーティヲヌケテモラウ」
「なっ……! どういうことだ!?」
「オマエノモツコユウマジュツハ、オレタチユウシャパーテイニハニアワナイ。ダカラデテイッテホシイ」
「そんな……魔王を倒した昨日の戦いでだって、俺は活躍したはずだろッ!」
「――ソレガモンダイナンダヨー」
「……っ」

~中略~
 
「…………分かったよ。俺は……ブレイブ。お前のことを、親友だと思ってたぜ……」
 
 そうして俺は、親友だった男の顔を最後に見つめると、窓から出て行った。
 世界に平和が訪れたというのに、夜風はやけに冷たく感じる。
 俺はこれから、どこに行けばいいのだろう。
 そんな心の迷いを振り払うように、無心で駆け出した。

 ――――ヒャッホウッッッッ!!!



 翌朝。魔王討伐の余韻がようやく引きつつあった王城の一室。

「…………は?」

 最初に異変に気づいたのはメリアーナだった。
 寝起きでボサボサの髪を乱暴にかき上げながら、自室の隣――シープの部屋を覗いた彼女は固まった。

「ちょっと、なんでシープの部屋……空っぽなの?」

 寝た形跡のないベッド。荷物も無い。
 本人も――いない。

「えう……? なに、どういうこと……?」

 しばらく呆けていたメリアーナだが、徐々にその顔が赤く染まっていく。

「なに……なに勝手に消えてんのよあの男っ!」

 怒りを滲ませた声が王城に響く。
 彼女の周囲に火花が散り始めたのは、怒りが本物な証拠だ。

「アタシとあれほど一緒に――コホン、べ、別に大したことじゃないけど! これからが楽しい時だっていうのに、ありえないんだけど!? ちょ、ちょっと心配とか、する……し……」
 
 頬をわずかに赤くしつつ、メリアーナは部屋を出て行った。
 
「イリヤ、ちょっと起きなさいよ!」

 白い寝間着姿で扉を開けたイリヤは、相変わらず冷静な顔。
 胸元が大胆に開いていて、メリアーナが一瞬、目をそらした。

「……朝からうるさいわよ、メリアーナ。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないのよ! シープの部屋が――」

 イリヤはメリアーナを押しのけ、シープの部屋に足を踏み入れた。
 無表情のようで、よく見るとその目がわずかに揺れた。

「……いない。荷物も、何もかも無くなってるわね」
「幻覚じゃないわよね!? 何か知ってる!?」
「知らないわ。昨日は疲れて早く寝たし……」

 そこでイリヤはふと、ベッドの上に小さな紙片が落ちていることに気づいた。

『やるべきことを見つけたので、先に出発する。邪魔立て無用。ブレイブ』

 拾い上げて静かに読むと、イリヤは――。

「…………嘘ね」

 無表情のまま、即答した。

「そうね」

 メリアーナも頷く。

「シープがこんな雑な手紙を残すはずがない。筆跡も違うし」

 イリヤはメモを指で裂き、捨てる。
 それが地面に落ちる前に、メリアーナの出した炎で消し炭にされた。
 
「……ブレイブに聞くしかないわね」

 胸の谷間が揺れた。メリアーナがまた目をそらした。

「おはようございますっ! お二人とも何をそんなに――あれ? シープ先輩はどこですかっ?」

 寝癖のまま駆けてきたフェンが二人をすり抜け、あどけない笑顔で部屋を覗き込む。

「……あれぇ? もう王様のところへ行っているんでしょうか?」
「そうではないわ。彼、どこか遠くへ行ってしまったのよ」
「アタシ達を――というかアタシを置いてね」
 
 それを聞いた瞬間、フェンの顔からすっと笑顔が消えた。

「…………」

 瞳がわずかに揺れ、耳まで真っ赤になる。
 捨てられた子犬のような顔だった。

「シ、シープ先輩……まさか、私の、私の寝相が悪かったから……逃げ……た……?」
「いや絶対違うでしょ! あんた寝相どころか普通に抱きついてたじゃないの!」
「メリアーナの寝言もひどかったけどね」
「アタシは静かに寝てるわよっ!」

 喧嘩もほどほどに、三人は怒涛の勢いでブレイブの部屋に突撃する。

「ブレイブッ! 説明しなさい!」
「昨日シープと最後に話してたの、あなたよね?」
「ブレイブさぁぁぁん! シープ先輩はどこですかっ!?」

 ブレイブは朝食を口に運ぼうとしていたが、見事に固まった。

「お、おはよう……みんな。どうしたのかな……?」
「とぼけないでっ!」
「シープの手紙、あなたが書いたでしょ」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

 シープが書いてないとバレるのは仕方ないとして、どうして俺だって分かるんだよ。
 ブレイブは額に汗をにじませながら、昨日シープに頼まれた通りの説明を口にする。

「えっと……その……シープはやるべきことを見つけたみたいでな。一人で出て行ったよ」

 彼が嘘を言っているのは明らかだったが、ブレイブはシープの親友。
 シバく労力よりも自らの足で探す方が早いと判断した三人は、追求をやめる。

「勝手にどこ行ってんのよあの馬鹿! ……見つけたら絶対説教してやるんだから」

 口を尖らせるメリアーナ。

「……シープは不器用ね。でも、私と彼は運命の糸で結ばれているの。消えたのだって、必ず理由があるはずよ」

 イリヤの表情は変わらない。
 だが、胸の前で組んだ手が少し震えていた。
 
「シープ先輩が……いないと……なんか胸が……ぎゅって……」

 目が潤み、尻尾が見える勢いでしょんぼり沈むフェン。
 
「……探すわよね?」
「当然でしょ。アタシのなんだし」
「絶対に見つけます!」

 三人は声を揃え、魔王の撃破など既に忘れたかのように、王城を出る準備を始める。

「……生き抜いてくれよ、親友」

 ブレイブは呟いた。

「……っていうか俺、一人で諸々やるの?」


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