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手筈を整えて迎えた決行日。
リリアナはほかの侍女の目を欺くために風呂を済ませて寝間着に着替え、フラビア以外を下がらせた上で転移魔法でイノセンシオの私室へと忍びこんだ。月明かりを頼りに練習した通りにマッチで蝋燭に火を灯し、燭台を掲げて寝所へ続く扉をそっと開ける。
「誰だ」
イノセンシオの鋭い声が響く。リリアナは無言で中へ入り、寝台の上で身体を起こしてこちらを見ているイノセンシオに向けて燭台を突き出す。
甘い香りが一面に漂った。
「リリアナ様!? 一体何を、っ」
立ちあがろうとしたイノセンシオが力の抜けた様子で寝台へとへたりこむ。
……よし、効いた。
リリアナはゆっくりとイノセンシオに近づいた。燭台を脇机に置き、とろんとした目をリリアナに向けるイノセンシオを見つめる。いつものきりりとした表情とは全く違うその顔に思わずどきりとしてしまう。
「ねえ、イノセンシオ様」
リリアナは寝台に乗り、イノセンシオと見つめあう。
「わたし、今夜はイノセンシオ様のお気持ちを確かめに来たのです」
「私の気持ち?」
返事をする声すらとろんとしていて、まるで別人のようだ。こんな声を持っているなんて四年も一緒にいるのに全く知らなかった。
――イノセンシオ様はこの先、誰にこの顔と声を向けるのかしら。
そう考えたら目の前が暗くなるような絶望感が襲ってきてリリアナは一瞬だけ目を瞑る。開けてはいけない秘密の扉を開く決心をしたのはリリアナ自身なので、ぐっと涙を堪えて目を開ける。
「ええ。わたしたち、婚約してからもう四年も経つのですよ。それなのに未だに手を繋いだことすらないなんておかしいと思いません?」
イノセンシオを責めるような口調になってしまったことに少しだけ心を痛めながらリリアナは続ける。
「イノセンシオ様、もしかしてわたしに触れたくない理由があるのではないですか? 他に愛する女性がいらっしゃって、その方に操を立てているということで……きゃあっ!?」
リリアナの言葉は途中で遮られた。イノセンシオがリリアナを押し倒し、大きな手でリリアナの手を寝台に押しつけて拘束したからだ。その勢いで蝋燭が煽られて更に甘い香りが立つ。
とろんとした目でリリアナを見下ろしながらイノセンシオが口を開いた。
「愛する女性? そんなのリリアナに決まってるじゃないか」
「え?」
予想外の言葉にリリアナは間抜けな声を出してしまう。イノセンシオはとろけそうな満面の笑みをリリアナに向けている。
「俺、夢でも見てるのかな。結婚式まだなのにリリアナが寝間着で俺の部屋にいて、俺の気持ちを確かめたいって言ってくれるなんて」
「えっと、イノセンシオ様? 落ち着いてください」
「この状況で落ち着ける男なんていない」
そこだけ妙にはっきりした口調で言ってからイノセンシオがリリアナに覆いかぶさってくる。そうしてリリアナの手の拘束を解き、豊かな胸に顔を押しつけながら身体に腕を回してくる。
「夢じゃないよな。っていうか、これで夢だったら泣く」
泣きたいのはこっちです!
反射的にそう叫びそうになったがこの状況でそんなことをしてしまったら何もかもが終わる。すぐに護衛がやってきてリリアナの作戦が白日の下にさらされ、リリアナもフラビアも魔女も、ニコラスも――隣国の王女に不埒な行いをしたイノセンシオも、全員が罰を受けることになる。
口を開けたり閉めたりしているリリアナにおかまいなしにイノセンシオが呟く。
「リリアナのおっぱい、やーらかい」
どうしてこうなった!?
「四年前からおっきくてやらかそうだなって思ってたけど、その通りだった。っていうか四年前より絶対おっきくなってるし」
「はい?」
聞き捨てならない発言が聞こえてリリアナは声を上げる。四年前から、って。
「俺、四年間ずーっとリリアナのことだけ見てたからわかるよ。……え、まさか気づいてなかった?」
「え?」
さっきから意味のわからないことばかり言われ続けたリリアナは間抜けな返事ばかりしてしまう。
イノセンシオが顔を上げ、とろけた笑顔のまま告げる。
「リリアナ、愛してる。俺の相手はリリアナだけだ」
リリアナはほかの侍女の目を欺くために風呂を済ませて寝間着に着替え、フラビア以外を下がらせた上で転移魔法でイノセンシオの私室へと忍びこんだ。月明かりを頼りに練習した通りにマッチで蝋燭に火を灯し、燭台を掲げて寝所へ続く扉をそっと開ける。
「誰だ」
イノセンシオの鋭い声が響く。リリアナは無言で中へ入り、寝台の上で身体を起こしてこちらを見ているイノセンシオに向けて燭台を突き出す。
甘い香りが一面に漂った。
「リリアナ様!? 一体何を、っ」
立ちあがろうとしたイノセンシオが力の抜けた様子で寝台へとへたりこむ。
……よし、効いた。
リリアナはゆっくりとイノセンシオに近づいた。燭台を脇机に置き、とろんとした目をリリアナに向けるイノセンシオを見つめる。いつものきりりとした表情とは全く違うその顔に思わずどきりとしてしまう。
「ねえ、イノセンシオ様」
リリアナは寝台に乗り、イノセンシオと見つめあう。
「わたし、今夜はイノセンシオ様のお気持ちを確かめに来たのです」
「私の気持ち?」
返事をする声すらとろんとしていて、まるで別人のようだ。こんな声を持っているなんて四年も一緒にいるのに全く知らなかった。
――イノセンシオ様はこの先、誰にこの顔と声を向けるのかしら。
そう考えたら目の前が暗くなるような絶望感が襲ってきてリリアナは一瞬だけ目を瞑る。開けてはいけない秘密の扉を開く決心をしたのはリリアナ自身なので、ぐっと涙を堪えて目を開ける。
「ええ。わたしたち、婚約してからもう四年も経つのですよ。それなのに未だに手を繋いだことすらないなんておかしいと思いません?」
イノセンシオを責めるような口調になってしまったことに少しだけ心を痛めながらリリアナは続ける。
「イノセンシオ様、もしかしてわたしに触れたくない理由があるのではないですか? 他に愛する女性がいらっしゃって、その方に操を立てているということで……きゃあっ!?」
リリアナの言葉は途中で遮られた。イノセンシオがリリアナを押し倒し、大きな手でリリアナの手を寝台に押しつけて拘束したからだ。その勢いで蝋燭が煽られて更に甘い香りが立つ。
とろんとした目でリリアナを見下ろしながらイノセンシオが口を開いた。
「愛する女性? そんなのリリアナに決まってるじゃないか」
「え?」
予想外の言葉にリリアナは間抜けな声を出してしまう。イノセンシオはとろけそうな満面の笑みをリリアナに向けている。
「俺、夢でも見てるのかな。結婚式まだなのにリリアナが寝間着で俺の部屋にいて、俺の気持ちを確かめたいって言ってくれるなんて」
「えっと、イノセンシオ様? 落ち着いてください」
「この状況で落ち着ける男なんていない」
そこだけ妙にはっきりした口調で言ってからイノセンシオがリリアナに覆いかぶさってくる。そうしてリリアナの手の拘束を解き、豊かな胸に顔を押しつけながら身体に腕を回してくる。
「夢じゃないよな。っていうか、これで夢だったら泣く」
泣きたいのはこっちです!
反射的にそう叫びそうになったがこの状況でそんなことをしてしまったら何もかもが終わる。すぐに護衛がやってきてリリアナの作戦が白日の下にさらされ、リリアナもフラビアも魔女も、ニコラスも――隣国の王女に不埒な行いをしたイノセンシオも、全員が罰を受けることになる。
口を開けたり閉めたりしているリリアナにおかまいなしにイノセンシオが呟く。
「リリアナのおっぱい、やーらかい」
どうしてこうなった!?
「四年前からおっきくてやらかそうだなって思ってたけど、その通りだった。っていうか四年前より絶対おっきくなってるし」
「はい?」
聞き捨てならない発言が聞こえてリリアナは声を上げる。四年前から、って。
「俺、四年間ずーっとリリアナのことだけ見てたからわかるよ。……え、まさか気づいてなかった?」
「え?」
さっきから意味のわからないことばかり言われ続けたリリアナは間抜けな返事ばかりしてしまう。
イノセンシオが顔を上げ、とろけた笑顔のまま告げる。
「リリアナ、愛してる。俺の相手はリリアナだけだ」
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