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7 アドニン
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拾った男が居着いてしまった。
指に嵌っている指輪の紋章は、記憶が確かなら王家のものだ。王族がこんなところで身一つでなにをしているのかさっぱりわからなかったが、ポツポツ話す内容をまとめると、弟が悪い女に騙されて家を傾けたらしい。
国を傾けるほどの悪事など見当もつかない。
でも、物語でしか知らなかった決闘の話や、学園の話は面白かった。
彼には親友と呼べる存在もいたようだし、国が落ち着いたら迎えが来るだろう。
下手にゴタゴタに巻き込まれても困るから、使用人たちには彼の存在を秘密にするように頼んだ。
今でも望みは生きることとは言えないけれど、死ぬことが望みでもなくなった。
あの時、花の横に置いてくれた人には感謝している。
あんな状況でも死ななかったから、自分のしぶとさに期待することができた。
明確な病気ではないということは治療もできないけれど、必ず死ぬとは限らないということだ。
気付くまでに十年もかかった。
でも、何もしないで死ぬ前で良かった。
男は名前も言わなかったから、名無しによくつけられるアドニンと呼ぶことになった。
僕の読んでいた本から名付けた。
生まれてはじめての名付けだった。
自分で馬に乗れるようになったら、馬に名付けていいと言われた思い出が蘇る。
あの頃の何もかも希望に満ちて浮き立っていた心が、少しだけ蘇った。
生きていたら悪いことばかりではなくなった。
アドニンも、ここを出たら楽しかったものを取り返せるといいのに。
庭の花は季節ごとに移動されるものがある。
この土地は寒冷で、本家にいたときほど大きな気候の変動はないけれど、ゆるやかな夏と冬が交互にやってくる。
強めの日差しが苦手な花は日陰に移植されるのだ。
僕はそのなんてことのない作業を見るのが好きだった。
掘り返した土の匂い、中から出てくる奇妙な形の幼虫。
あれがどうして大人になると全く違う形になるのか、意味がわからない。
「子供のうちは天敵に見つからないように隠れて生きるのにちょうどいい形をしているんですよ。大人になったら子孫を残したいから動き回るのにいい形に変わるんです」
庭師兼護衛官は、虫の標本を集めている。
ふたりいる護衛官は交代で休みを取って、休日はそれぞれ趣味を楽しんでいる。
護衛官のうちの一人と、メイドの一人は夫婦らしいが、お互いに趣味の時間を邪魔しないで仲良くやっているらしい。
部屋は隣同士だけど完全に分かれている。彼らに子供はいない。
「…人間はあんまり変わらないよね」
「人間は親が子供を守るからいいんですよ」
「そう」
僕も守られていたのだろうか。
少なくとも死なせないように気を遣われていたのは確かだ。
それが両親の思惑か、姉の差金なのかはわからない。
単に継嗣を放置して殺したなんて言われないようにするためかもしれなかったけれど、姉が名実ともに後継と決まった今では僕は用済みだ。
それでも、生きているのにじゅうぶんな配慮をなされている。
両親が守るべきものは子供だけじゃない。
代々続く王国の名家を潰すわけにはいかないんだろう。
僕の下に子供がなくとも、父が庶子を作ったり、母と離縁して次の子を作ったりしなかったのは、少しでも僕を守ろうとしてくれたからかもしれない。
これはアドニンの家の話を聞いていて、思いついたことだ。
違っていてもいい。そう信じることで、心のつかえが少しずつ剥がれていく。
どうせ手紙を交わしたりもしないのだから、都合のいい方に考えてしまおう。
僕は愛されていた。
姉だってちょっとお転婆だっただけで、本当は普通のお姫様として理想の王子様に嫁ぎたかったかもしれない。
僕がこんなふうになったから、ああならざるを得なかった。
指に嵌っている指輪の紋章は、記憶が確かなら王家のものだ。王族がこんなところで身一つでなにをしているのかさっぱりわからなかったが、ポツポツ話す内容をまとめると、弟が悪い女に騙されて家を傾けたらしい。
国を傾けるほどの悪事など見当もつかない。
でも、物語でしか知らなかった決闘の話や、学園の話は面白かった。
彼には親友と呼べる存在もいたようだし、国が落ち着いたら迎えが来るだろう。
下手にゴタゴタに巻き込まれても困るから、使用人たちには彼の存在を秘密にするように頼んだ。
今でも望みは生きることとは言えないけれど、死ぬことが望みでもなくなった。
あの時、花の横に置いてくれた人には感謝している。
あんな状況でも死ななかったから、自分のしぶとさに期待することができた。
明確な病気ではないということは治療もできないけれど、必ず死ぬとは限らないということだ。
気付くまでに十年もかかった。
でも、何もしないで死ぬ前で良かった。
男は名前も言わなかったから、名無しによくつけられるアドニンと呼ぶことになった。
僕の読んでいた本から名付けた。
生まれてはじめての名付けだった。
自分で馬に乗れるようになったら、馬に名付けていいと言われた思い出が蘇る。
あの頃の何もかも希望に満ちて浮き立っていた心が、少しだけ蘇った。
生きていたら悪いことばかりではなくなった。
アドニンも、ここを出たら楽しかったものを取り返せるといいのに。
庭の花は季節ごとに移動されるものがある。
この土地は寒冷で、本家にいたときほど大きな気候の変動はないけれど、ゆるやかな夏と冬が交互にやってくる。
強めの日差しが苦手な花は日陰に移植されるのだ。
僕はそのなんてことのない作業を見るのが好きだった。
掘り返した土の匂い、中から出てくる奇妙な形の幼虫。
あれがどうして大人になると全く違う形になるのか、意味がわからない。
「子供のうちは天敵に見つからないように隠れて生きるのにちょうどいい形をしているんですよ。大人になったら子孫を残したいから動き回るのにいい形に変わるんです」
庭師兼護衛官は、虫の標本を集めている。
ふたりいる護衛官は交代で休みを取って、休日はそれぞれ趣味を楽しんでいる。
護衛官のうちの一人と、メイドの一人は夫婦らしいが、お互いに趣味の時間を邪魔しないで仲良くやっているらしい。
部屋は隣同士だけど完全に分かれている。彼らに子供はいない。
「…人間はあんまり変わらないよね」
「人間は親が子供を守るからいいんですよ」
「そう」
僕も守られていたのだろうか。
少なくとも死なせないように気を遣われていたのは確かだ。
それが両親の思惑か、姉の差金なのかはわからない。
単に継嗣を放置して殺したなんて言われないようにするためかもしれなかったけれど、姉が名実ともに後継と決まった今では僕は用済みだ。
それでも、生きているのにじゅうぶんな配慮をなされている。
両親が守るべきものは子供だけじゃない。
代々続く王国の名家を潰すわけにはいかないんだろう。
僕の下に子供がなくとも、父が庶子を作ったり、母と離縁して次の子を作ったりしなかったのは、少しでも僕を守ろうとしてくれたからかもしれない。
これはアドニンの家の話を聞いていて、思いついたことだ。
違っていてもいい。そう信じることで、心のつかえが少しずつ剥がれていく。
どうせ手紙を交わしたりもしないのだから、都合のいい方に考えてしまおう。
僕は愛されていた。
姉だってちょっとお転婆だっただけで、本当は普通のお姫様として理想の王子様に嫁ぎたかったかもしれない。
僕がこんなふうになったから、ああならざるを得なかった。
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