人を生きる君

爺誤

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7 三柱の神

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 三柱の神は同時に生まれ、ごく自然に、遊ぶように世界を作り上げた。

 オサヒグンラは大地の形を、リナサナヒメトは生き物を、トーカが名を知らない青髪のカカエチウは天を。
 神々は己の創作物を愛し、その創作物の在り様も神の性質に寄っていった。

 オサヒグンラは様々な地形の配置をすることを楽しみ、地中に溶けた岩を流し、地上には水を流して変化をつけた。
 彼は流したものの影響で変わっていくものを楽しんでいたが、そうではない地形を変えるほどの開発を行う人間のことは苦い気持ちを抱いている。
 しかし、排除するほど嫌ってもいなかった。彼らが耕したり住むために整える環境には、面白さも感じていたからだ。

 カカエチウは一年の長さを決め、太陽と月の数を季節と連動するように計算した。整えられた規則を愛する彼は、人間が太陽や月に勝手に意味を見出すことを嫌っているため、人間と関わることをやめている。天候や暦が人間の影響を全く受けないのは、このためである。

 リナサナヒメトは大地に根差す植物や地を這う動物をオサヒグンラとともに作り、さらに独立した動物、そして実験的に人間を作った。知能だけでなく社会性を与えられた人間は、動物たちよりも弱い存在でありながら、地上に君臨していくようになった。リナサナヒメトは彼らの暴走を監視しつつ、その創意工夫を楽しんでいる。

 そしてリナサナヒメト……トーカにヒメサマと呼ばれる彼は、地上を見守る神であった。彼は同じ存在でありながら、八十五年毎に身体が生まれ変わる性質だった。長寿の人間も八十五を超えることがないのは、このためである。

 悠久の時を生きる他の二柱とは違い、リナサナヒメトが生と死を繰り返すのは生と死のある生き方が好きだからだ。記憶を持って生まれ変わるが、その性格は別人と言って差支えないほど毎回変わっていた。
 そんな神が今生で心惹かれたトーカは、不憫な身の上でありながら明るさを失わず、希望を見出す天才だった。

「オサヒグンラさま、季馬の捕まえ方を教えて」
「なぜ教えねばならない」

 トーカはオサヒグンラの服の裾を掴んでお願いをしていた。オサヒグンラは存在そのものが人間にとっては毒になるから、触れても無事でいられるのは服だけである。何も知らないトーカが正解の行動を取ったことに、オサヒグンラもカカエチウも言葉に出さなかったが興味を持った。
 神々の思惑など気付きもせず、トーカは続ける。

「おれは季馬の見た目もわからないし、足も馬に比べたらずっと遅いし、ヒントもなかったら見つけられないよ。他の神様から聞いたらだめなら、オサヒグンラ様から聞くしかないでしょ」
「む」

 オサヒグンラから一考の余地を得たことを、リナサナヒメトは気付いた。しかし、神との交渉ごとは人にとって難易度の高い問題である。
 いくらトーカの運が良くても、間違って髪に触れていたら、その手が腐り落ちていたかもしれないのだ。

「オサヒグンラが教えてくれなかったら、どうするんだ?」
「困る。でも、ヒメサマと一緒にいたいから頑張る。途中にいた、シカの門番さんとかに聞きまくるよ」
「ふむ。そんなことをしたら、オサヒグンラが人間を認めたくないことが有名になってしまうな」
「リナサナヒメト」

 約束が成立した以上、何とかしてトーカの助けになりたいリナサナヒメトが揺さぶりをかけていく。オサヒグンラは性格が悪いくせに、性格が良いと思われたがっている捻くれ神だった。

「俺が教えてはいけないのだから、オサヒグンラが教えるのが筋だ。教えたところで神格も得られていない人間トーカが、季馬を捕まえるのは難しいと知っているだろう」

 オサヒグンラの思考を象徴するように、長い黒髪がうぞうぞと地を這い回る。瞳が閉じられたままの顔に表情はなく、より髪の異様さが目立っていた。

「……いいだろう。季馬はその名のとおり季節を纏って天地を駆ける精霊に近い馬だ。八頭の馬が天上と地上の世界のあちこちを駆けている。四頭は規則的に、あとの四頭は気まぐれに。捕まえるなら気まぐれな四頭であろう」

 どうせ捕まえられないという判断か、滔々と説明される。トーカは内容を頭に叩き込むのに必死だった。

「えっと、規則的なほうが見つけやすいんじゃないの?」

 季馬はカカエチウからリナサナヒメトへ贈られた獣だった。半分はカカエチウの性質を強く受け継ぎ、半分はリナサナヒメトに染まった。

「規則的な四頭はひとところに留まらない。不規則な四頭は、不規則に見えるが限定的に規則がある。わかれば捕まえることもできるかもしれない。しかし季馬は離れて見ていたら止まっているようでも、人間には思いもよらない速さで移動し続けている」

「ありがと。頑張るよ、おれ。ヒメサマとずっと幸せに暮らすんだ。ヒメサマもでっかくなったから、いっぱいブラッシングもできるし」

「トーカ。俺もおまえにブラッシングしてほしい」

「期限はそなたらの寿命が尽きるまでだ。リナサナヒメト、此度の生も悔いなきよう」

「ああ。トーカを連れて来れた時点で俺の生には幸せが約束されている」

 リナサナヒメトの言葉に返される言葉はなく、二柱の神は姿を消した。
 オサヒグンラは地に沈むように、カカエチウは空気に溶けるように。

 頑張って何でもないようにふるまっていたが、緊張から解放されたトーカはふぅと息を吐く。それからリナサナヒメトに背中をもたれかけて見上げた。

「行っちゃったね。 おれどうしたらいい?」
「どうにでもできる。この中庸の地に留まっても良し、地上に戻っても良し」
「季馬はどこで捕まえるんだ?」
「……」
「言えないんだっけ。ヒメサマはおれが神格をもらえないと困る? ないとヒメサマの嫁じゃない?」
「神格を持たない地上の生き物が中庸の地で長く生きることは難しい。空気が違うから。でも嫁というのは双方の合意があればいいから、トーカが俺を拒まないのならすでに嫁だ」

 空気が違うというのは、潔斎不足で倒れてしまうような事態だろうと、トーカは理解した。楽しい夫夫ふうふ生活ができないのは困る。

「ふーん。じゃあ、ここで季馬のこといろんな奴に聞いてから地上に行こう。それぐらいなら大丈夫?」
「ああ」
「ヒメサマは地上だと猫になる?」
「そのほうがいいだろう。一番神気が抑えられて、トーカへの影響も少なくできる」
「おれのために、猫になってくれるの?」
「うむ」
「嬉しい。大好きだよ、ヒメサマ。嫁に来た先がヒメサマで良かった」

 ヒメサマは、頬を赤くして笑うトーカの表情に愛しさが増すのを感じた。
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