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13 街にて
挿絵のついた本で知識を蓄えてきたものの、目の前に迫る本物の街は素晴らしく、トーカは驚きの表情をフードの奥に隠した。
街はさまざまな民族が集まってきており、トーカのように身体を隠している者も多いから目立たないでいられた。
「うわぁ……大きい。人力であんなに大きな石造りの建物ができるんだ。木と組み合わせてあるのもすごい」
落ち着いた様子を保つため姿勢を変えないようにして視線をせわしなく巡らせるトーカに、ヒメサマが声をかけた。
『トーカ、まずは換金する必要がある』
「そうだった」
通貨を持たないトーカは、中庸の地で集めた宝石の原石を換金する予定だった。しばらく街の宿に泊まれる程度の額を作るつもりだ。
大通りには原石屋の看板がそこかしこに出ていた。旅人には一国内でしか使えない通貨よりも、高級な素材を持ち歩いて都度換金する方法が一般的だからだ。トーカはいくつか眺めて、まずは数カ国語で店名が書いてある綺麗な入口の店を選んだ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中には秤と拡大鏡、見本が置いてあった。石を置くためと思われる布張りのトレイも綺麗に保たれている。
「原石を持ってきた。換金したい」
「お預かりいたします……こちらのお石ですと、これぐらいの価格になります」
無駄なやりとりはなく、簡単に査定額が提示される。店員に嘘はなさそうだったが、トーカは即決を避けた。
「そうですか。他でも見てもらってから考えます」
「かしこまりました。またのご来店をお待ちしています」
「うん」
店を出て、次に中くらいの薄汚い店に行く。提示された金額は前よりも少し高いものの、トーカが若いと見た店員の態度が横柄だった。
「買取はしなくていい」
「え? うち以上の価格をつける店はないと思うけどねぇ」
「そう。おれ以外の相手と取引したらいいよ」
トーカはだんだん面白くなってきた。いろんな店がある。
次は老婆の営む古そうな小さな店だった。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうな態度だったが、石を扱う手は慎重だった。鑑定を終えた店主はため息をついた。
「これはいいものだ。買い取りたいが、これを研磨できる職人は少し離れた街にいる。手間賃を考えるとこれぐらいしか出せない。職人のいる街で出したほうが高く買い取ってもらえるよ」
提示された金額は最初の店と同じだった。だけど、トーカが求めていた、どうしてその価格になるのかという説明があったことが決め手になった。
「買い取ってください。他にもあるけど、いい?」
「うちで引き取れるのはこれと同じようなのを三つぐらいまでだよ。小さな店だからね」
「うん」
トーカはさらに二つの原石を出した。店主は店の余力では全部で二つしか買い取れないと、後から出した二つの石に最初より高い額を示した。
「わかった。今日は二つお願いします。ついでに、旅人がよく集まる場所と、しばらく泊まるのにちょうどいい宿を教えてほしいな」
フードをずらして、店主と目を合わせてトーカは微笑んだ。店主はトーカの顔を見て眉をひそめた。
「……そんなら酒場のついてる宿に行きな。この通りを真っ直ぐ行って、黄色と緑の看板のなんでも亭ってとこさ。酒場のほうで泊まりたいって言えばいい。この石一個ぶんで一カ月は泊まれるさ」
「ありがとう。これもおまけで持ってって」
「あっ、こら!」
持っていた小さめの石をお礼代わりに店主の手に乗せて、トーカはさっさと店を出た。
『店主が気に入ったのか?』
「うん、他の店の人たちより好きだった。最初の店も悪くなかったけどね」
『トーカは見る目がある』
「やった、ヒメサマに褒められた」
トーカの持ち込んだ原石は中庸の地、すなわち神と精霊の世界の産物だから、地上の石よりも価値は高い。しかし原石の状態で見抜ける者はいないので、トーカの琴線に触れられた者が幸運ということだ。
リナサナヒメトは地上で介入できないことのない神だが、トーカから危険以外の助言はしないでほしいと頼まれている。たとえ詐欺のような多少の犯罪被害にあおうとも、トーカの選択を優先するという話がついている。彼が人型を取れば、否応なく衆目を集めてトーカの目的を阻害しかねないから、ただの猫のヒメサマとして寄り添うことになった。
『宿で他人の部屋に行くなよ』
「それはおれの貞操を心配してるの? 手を出してくれないくせに」
尻尾を揺らしながら半眼で見上げてくるヒメサマに、トーカは同じように半眼の表情を作って返した。
『トーカ』
「早く季馬を捕まえて、神格を得て、ヒメサマの全部をおれのものにするから」
『うむ』
今生が猫の姿であることでトーカと早く打ち解けられたけれど、婚姻後にこんな問題が起きるとは、神でも予想ができなかった。
『ままならぬものだ』
「おれが全部解決してやるよ」
『頼もしい』
思わず漏れた言葉に、間髪入れずトーカが返す。
トーカ得意の安請け合いだ。でも、村から出る時も、中庸の地に行ってからも、トーカは明るさを失わなかった。
「なあ、ヒメサマ、おれ、人間で良かったよ。ヒメサマに選んでもらえたもん」
街はさまざまな民族が集まってきており、トーカのように身体を隠している者も多いから目立たないでいられた。
「うわぁ……大きい。人力であんなに大きな石造りの建物ができるんだ。木と組み合わせてあるのもすごい」
落ち着いた様子を保つため姿勢を変えないようにして視線をせわしなく巡らせるトーカに、ヒメサマが声をかけた。
『トーカ、まずは換金する必要がある』
「そうだった」
通貨を持たないトーカは、中庸の地で集めた宝石の原石を換金する予定だった。しばらく街の宿に泊まれる程度の額を作るつもりだ。
大通りには原石屋の看板がそこかしこに出ていた。旅人には一国内でしか使えない通貨よりも、高級な素材を持ち歩いて都度換金する方法が一般的だからだ。トーカはいくつか眺めて、まずは数カ国語で店名が書いてある綺麗な入口の店を選んだ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中には秤と拡大鏡、見本が置いてあった。石を置くためと思われる布張りのトレイも綺麗に保たれている。
「原石を持ってきた。換金したい」
「お預かりいたします……こちらのお石ですと、これぐらいの価格になります」
無駄なやりとりはなく、簡単に査定額が提示される。店員に嘘はなさそうだったが、トーカは即決を避けた。
「そうですか。他でも見てもらってから考えます」
「かしこまりました。またのご来店をお待ちしています」
「うん」
店を出て、次に中くらいの薄汚い店に行く。提示された金額は前よりも少し高いものの、トーカが若いと見た店員の態度が横柄だった。
「買取はしなくていい」
「え? うち以上の価格をつける店はないと思うけどねぇ」
「そう。おれ以外の相手と取引したらいいよ」
トーカはだんだん面白くなってきた。いろんな店がある。
次は老婆の営む古そうな小さな店だった。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうな態度だったが、石を扱う手は慎重だった。鑑定を終えた店主はため息をついた。
「これはいいものだ。買い取りたいが、これを研磨できる職人は少し離れた街にいる。手間賃を考えるとこれぐらいしか出せない。職人のいる街で出したほうが高く買い取ってもらえるよ」
提示された金額は最初の店と同じだった。だけど、トーカが求めていた、どうしてその価格になるのかという説明があったことが決め手になった。
「買い取ってください。他にもあるけど、いい?」
「うちで引き取れるのはこれと同じようなのを三つぐらいまでだよ。小さな店だからね」
「うん」
トーカはさらに二つの原石を出した。店主は店の余力では全部で二つしか買い取れないと、後から出した二つの石に最初より高い額を示した。
「わかった。今日は二つお願いします。ついでに、旅人がよく集まる場所と、しばらく泊まるのにちょうどいい宿を教えてほしいな」
フードをずらして、店主と目を合わせてトーカは微笑んだ。店主はトーカの顔を見て眉をひそめた。
「……そんなら酒場のついてる宿に行きな。この通りを真っ直ぐ行って、黄色と緑の看板のなんでも亭ってとこさ。酒場のほうで泊まりたいって言えばいい。この石一個ぶんで一カ月は泊まれるさ」
「ありがとう。これもおまけで持ってって」
「あっ、こら!」
持っていた小さめの石をお礼代わりに店主の手に乗せて、トーカはさっさと店を出た。
『店主が気に入ったのか?』
「うん、他の店の人たちより好きだった。最初の店も悪くなかったけどね」
『トーカは見る目がある』
「やった、ヒメサマに褒められた」
トーカの持ち込んだ原石は中庸の地、すなわち神と精霊の世界の産物だから、地上の石よりも価値は高い。しかし原石の状態で見抜ける者はいないので、トーカの琴線に触れられた者が幸運ということだ。
リナサナヒメトは地上で介入できないことのない神だが、トーカから危険以外の助言はしないでほしいと頼まれている。たとえ詐欺のような多少の犯罪被害にあおうとも、トーカの選択を優先するという話がついている。彼が人型を取れば、否応なく衆目を集めてトーカの目的を阻害しかねないから、ただの猫のヒメサマとして寄り添うことになった。
『宿で他人の部屋に行くなよ』
「それはおれの貞操を心配してるの? 手を出してくれないくせに」
尻尾を揺らしながら半眼で見上げてくるヒメサマに、トーカは同じように半眼の表情を作って返した。
『トーカ』
「早く季馬を捕まえて、神格を得て、ヒメサマの全部をおれのものにするから」
『うむ』
今生が猫の姿であることでトーカと早く打ち解けられたけれど、婚姻後にこんな問題が起きるとは、神でも予想ができなかった。
『ままならぬものだ』
「おれが全部解決してやるよ」
『頼もしい』
思わず漏れた言葉に、間髪入れずトーカが返す。
トーカ得意の安請け合いだ。でも、村から出る時も、中庸の地に行ってからも、トーカは明るさを失わなかった。
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