人を生きる君

爺誤

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14  隠された宿で

 なんでも亭を見つけたトーカは、好奇心でいっぱいの顔をフードで隠して真っ直ぐにカウンターへ向かった。カウンターには髭面の体つきの大きい店員がいた。小さな店だから、店主かもしれない。
 カウンターの男にだけ顔が見えるようにフードをずらしたトーカに、男は目を見開いた。
 優しげでは舐められるという話を見たから、トーカはなるべくぶっきらぼうな口調を心がけている。気持ちは物語の中の荒くれ者だったが、男からはどこかの御曹司の家出だろうと目星を付けられていた。

「泊まりたい。石屋の店主からここを紹介された」

 来た方向を親指で示すと、髭面男が顔を顰めた。ただでさえ悪人面が、悪党の親分さながらになったから、トーカはこの男を心の中で親分と呼ぶことにした。

「あのババア……うちは酒場で、宿屋じゃねえって言ってんのに」
「泊まれないのか?」
「いや、泊まれるが」
「これで一週間。そのかわり猫もいる。悪さはしない」

 石屋の店主には一カ月泊まれると聞いていたが、ヒメサマのことを何か言われると面倒だったから、トーカは最初から金を積んでみた。こういうことをやってみたかっただけでもある。
 胸元にしまわれた不思議な色の長毛の猫と、世間知らずが服を着ているような美貌の青年に、髭面の男は似合わない真似はやめたほうがいいとツッコミたいのを我慢した。金払いのいい客は悪くない。
 ふーと息を吐いて落ち着いてからカウンターに置かれた袋を覗いて、頭をガリガリとかいた。それから、中身を半分だけ取り出した。

「これだけでいい。案内する」
「わかった」

 髭面の男が声をかけると、エプロンをつけた若い女性がカウンターについた。
 カウンターの奥、目立たない場所に幅の狭い急な階段があった。髭面の男とトーカが二人乗ったためにギシギシと音を立てるから、ヒメサマはこっそり階段の強度を増しておいた。
 階段を上がりきったところは少し広く、端に小さな水場があった。扉はふたつあり、片方が厠、片方が寝室だと教えられる。

「うちは宿屋とは届けてない。アンタは親戚の知り合いだ」
「うん? 親戚の知り合いってことにしたらいいんだ? 名前ぐらい聞いてもいい? おれはトーカ」
「エゴールだ。メシは酒場で食え。別料金だ」
「わかった」
「娘に手ぇ出すなよ」

 先ほどカウンターを交代した女性は親分の娘だったらしい。

「はは。おれ既婚者だし。つまにしか興味ないよ」
「ふん」

 エゴールはドスドスギシギシと賑やかに階段を降りていった。あいつぁ所帯持ちだぞ、と言う声が聞こえた。娘に釘を刺しているらしい。
 そんな声も、寝室の扉を閉めれば聞こえなくなった。寝室は寝台二つ分ほどの広さしかなく、もちろん半分は寝台が占めている。
 スリングからヒメサマがするりと抜け出して、寝台の感触を確かめるように歩き回ってから座った。

『大っぴらに宿に泊まりたくない者が利用する宿のようだな』
「どういうこと?」
『トーカが訳ありだと思われたんだろう。普通の人間とは思えないほど美しいからな』

 トーカは首を傾げながら外套とスリングを壁のフックに引っ掛けて、ヒメサマの隣に座った。自分の容姿が美しいと言われることに慣れたけれど、だからといって相手の反応が変わることはずっと不思議だった。
 膝に乗ってきたヒメサマの毛並みを整えるように撫でる。

『持ち込んだ原石は地上のものと大差ないが、地上では希少だ。そんなものをゴロゴロ持っていて、世間知らずですという顔をしていたら、すぐに身包み剥がされてもおかしくない。あの店の店主は根っからの善人なのだろう。この宿の主もそうだ』
「おれ、そんなに弱そうに見えるのかな」

 この五年で、背も伸びて筋肉もついたはずだった。リナサナヒメトと棒で打ち合いをしても、それなりに戦えていたから、強くなったつもりだった。

『トーカは強くなった。この街でもトーカに勝てる者はほとんどいないだろう。一対一では』
「ああ、そうだね。おれ、複数相手の組み手はしたことがない」
『罠や地の利というものもある』
「うん。気をつける」

 トーカは、たくさんの知識を蓄えたけれど、経験値が全くないと自覚している。街を歩くだけで楽しすぎて困るぐらいだ。

「ヒメサマがおれの好きにさせてくれるのが嬉しい」
『トーカの喜びが俺の喜びだ』

 地上に季馬を捕まえに行くにあたって、トーカはヒメサマに神としての力は最低限にしてほしいと願った。地下の神オサヒグンラは友好的でありながら、試練を与えてきていることから、油断してはならないと考えていた。神の力を借りてはならない、という条件に抵触しないためだ。
 中庸の地で勉強していたときにも、リナサナヒメトからオサヒグンラを信用しすぎてはならないと再三忠告されていた。

「自分の力で季馬を捕まえる目標は変わってないけど、目的はヒメサマと一つになりたいってやつだよ? ヒメサマが頑張って猫にならないようにする自信があれば、季馬を捕まえるのを急がなくていいんだけどなぁ?」
『トーカ相手にそういう我慢がきく自信がない』
「いっそ猫なら、アレも小さいから傷つく心配もないんじゃない?」
『そんなにしたいのか』
「そんな年頃なんだよおれ。人間の最も繁殖欲の高まる年代だろ?」
『まあ、そうだ』

 ヒメサマが部屋を見回してから、一瞬で人型に変わる。いきおい、トーカを押し倒したような姿勢になった。
 トーカは驚きもせずにんまりと笑って、リナサナヒメトの首の後ろに手を回した。

「する気になった?」
「トーカの欲が溜まって暴発するといけないから、少しだけ、な」
「ん……いつも、おればっかり……ぅん」

 着込んだ服を一枚一枚脱がされて、そのたびに喉や胸、脇腹を撫でられる。こういう時だけ、自分のほうが猫になったようだとトーカは思う。

「にゃん」
「なんだそれ、可愛いな」

 試しに猫の鳴き真似をすると、リナサナヒメトが蕩けたような笑顔でトーカの顔中に口づけを降らせる。

「だって、ん、触り方が猫にするみたいだから」
「無意識に、トーカに触れられて気持ちよかったことをなぞっているのかもしれない」
「え、なにそれ。ヒメサマ、おれに撫でられて気持ちいいの」
「愛する人に撫でられて気持ちよくないはずがない」
「それはそうだ。でも、おればっかり気持ちよくなっちゃって、不公平な気がする」
「トーカの喜びは俺の喜び、トーカが気持ちいいと俺もイイ」
「もっと直接的に気持ちよくなろうよ、お互いに」

 トーカは全裸にされたのをいいことに、両足でリナサナヒメトの腰をガシッと挟んだ。成長して妖艶といって差し支えない雰囲気を手に入れたトーカなのに、行動に色気は少ない。
 その片足を難なく掴んだリナサノヒメトは、太腿から中心に向かって見せつけるように舐めて、反応しているトーカのものにふっと息を吹きかけた。

「頑張るんだろう? トーカ」
「あ、う……また、おればっかり」
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