人を生きる君

爺誤

文字の大きさ
14 / 33

14  隠された宿で

しおりを挟む
 なんでも亭を見つけたトーカは、好奇心でいっぱいの顔をフードで隠して真っ直ぐにカウンターへ向かった。カウンターには髭面の体つきの大きい店員がいた。小さな店だから、店主かもしれない。
 カウンターの男にだけ顔が見えるようにフードをずらしたトーカに、男は目を見開いた。
 優しげでは舐められるという話を見たから、トーカはなるべくぶっきらぼうな口調を心がけている。気持ちは物語の中の荒くれ者だったが、男からはどこかの御曹司の家出だろうと目星を付けられていた。

「泊まりたい。石屋の店主からここを紹介された」

 来た方向を親指で示すと、髭面男が顔を顰めた。ただでさえ悪人面が、悪党の親分さながらになったから、トーカはこの男を心の中で親分と呼ぶことにした。

「あのババア……うちは酒場で、宿屋じゃねえって言ってんのに」
「泊まれないのか?」
「いや、泊まれるが」
「これで一週間。そのかわり猫もいる。悪さはしない」

 石屋の店主には一カ月泊まれると聞いていたが、ヒメサマのことを何か言われると面倒だったから、トーカは最初から金を積んでみた。こういうことをやってみたかっただけでもある。
 胸元にしまわれた不思議な色の長毛の猫と、世間知らずが服を着ているような美貌の青年に、髭面の男は似合わない真似はやめたほうがいいとツッコミたいのを我慢した。金払いのいい客は悪くない。
 ふーと息を吐いて落ち着いてからカウンターに置かれた袋を覗いて、頭をガリガリとかいた。それから、中身を半分だけ取り出した。

「これだけでいい。案内する」
「わかった」

 髭面の男が声をかけると、エプロンをつけた若い女性がカウンターについた。
 カウンターの奥、目立たない場所に幅の狭い急な階段があった。髭面の男とトーカが二人乗ったためにギシギシと音を立てるから、ヒメサマはこっそり階段の強度を増しておいた。
 階段を上がりきったところは少し広く、端に小さな水場があった。扉はふたつあり、片方が厠、片方が寝室だと教えられる。

「うちは宿屋とは届けてない。アンタは親戚の知り合いだ」
「うん? 親戚の知り合いってことにしたらいいんだ? 名前ぐらい聞いてもいい? おれはトーカ」
「エゴールだ。メシは酒場で食え。別料金だ」
「わかった」
「娘に手ぇ出すなよ」

 先ほどカウンターを交代した女性は親分の娘だったらしい。

「はは。おれ既婚者だし。つまにしか興味ないよ」
「ふん」

 エゴールはドスドスギシギシと賑やかに階段を降りていった。あいつぁ所帯持ちだぞ、と言う声が聞こえた。娘に釘を刺しているらしい。
 そんな声も、寝室の扉を閉めれば聞こえなくなった。寝室は寝台二つ分ほどの広さしかなく、もちろん半分は寝台が占めている。
 スリングからヒメサマがするりと抜け出して、寝台の感触を確かめるように歩き回ってから座った。

『大っぴらに宿に泊まりたくない者が利用する宿のようだな』
「どういうこと?」
『トーカが訳ありだと思われたんだろう。普通の人間とは思えないほど美しいからな』

 トーカは首を傾げながら外套とスリングを壁のフックに引っ掛けて、ヒメサマの隣に座った。自分の容姿が美しいと言われることに慣れたけれど、だからといって相手の反応が変わることはずっと不思議だった。
 膝に乗ってきたヒメサマの毛並みを整えるように撫でる。

『持ち込んだ原石は地上のものと大差ないが、地上では希少だ。そんなものをゴロゴロ持っていて、世間知らずですという顔をしていたら、すぐに身包み剥がされてもおかしくない。あの店の店主は根っからの善人なのだろう。この宿の主もそうだ』
「おれ、そんなに弱そうに見えるのかな」

 この五年で、背も伸びて筋肉もついたはずだった。リナサナヒメトと棒で打ち合いをしても、それなりに戦えていたから、強くなったつもりだった。

『トーカは強くなった。この街でもトーカに勝てる者はほとんどいないだろう。一対一では』
「ああ、そうだね。おれ、複数相手の組み手はしたことがない」
『罠や地の利というものもある』
「うん。気をつける」

 トーカは、たくさんの知識を蓄えたけれど、経験値が全くないと自覚している。街を歩くだけで楽しすぎて困るぐらいだ。

「ヒメサマがおれの好きにさせてくれるのが嬉しい」
『トーカの喜びが俺の喜びだ』

 地上に季馬を捕まえに行くにあたって、トーカはヒメサマに神としての力は最低限にしてほしいと願った。地下の神オサヒグンラは友好的でありながら、試練を与えてきていることから、油断してはならないと考えていた。神の力を借りてはならない、という条件に抵触しないためだ。
 中庸の地で勉強していたときにも、リナサナヒメトからオサヒグンラを信用しすぎてはならないと再三忠告されていた。

「自分の力で季馬を捕まえる目標は変わってないけど、目的はヒメサマと一つになりたいってやつだよ? ヒメサマが頑張って猫にならないようにする自信があれば、季馬を捕まえるのを急がなくていいんだけどなぁ?」
『トーカ相手にそういう我慢がきく自信がない』
「いっそ猫なら、アレも小さいから傷つく心配もないんじゃない?」
『そんなにしたいのか』
「そんな年頃なんだよおれ。人間の最も繁殖欲の高まる年代だろ?」
『まあ、そうだ』

 ヒメサマが部屋を見回してから、一瞬で人型に変わる。いきおい、トーカを押し倒したような姿勢になった。
 トーカは驚きもせずにんまりと笑って、リナサナヒメトの首の後ろに手を回した。

「する気になった?」
「トーカの欲が溜まって暴発するといけないから、少しだけ、な」
「ん……いつも、おればっかり……ぅん」

 着込んだ服を一枚一枚脱がされて、そのたびに喉や胸、脇腹を撫でられる。こういう時だけ、自分のほうが猫になったようだとトーカは思う。

「にゃん」
「なんだそれ、可愛いな」

 試しに猫の鳴き真似をすると、リナサナヒメトが蕩けたような笑顔でトーカの顔中に口づけを降らせる。

「だって、ん、触り方が猫にするみたいだから」
「無意識に、トーカに触れられて気持ちよかったことをなぞっているのかもしれない」
「え、なにそれ。ヒメサマ、おれに撫でられて気持ちいいの」
「愛する人に撫でられて気持ちよくないはずがない」
「それはそうだ。でも、おればっかり気持ちよくなっちゃって、不公平な気がする」
「トーカの喜びは俺の喜び、トーカが気持ちいいと俺もイイ」
「もっと直接的に気持ちよくなろうよ、お互いに」

 トーカは全裸にされたのをいいことに、両足でリナサナヒメトの腰をガシッと挟んだ。成長して妖艶といって差し支えない雰囲気を手に入れたトーカなのに、行動に色気は少ない。
 その片足を難なく掴んだリナサノヒメトは、太腿から中心に向かって見せつけるように舐めて、反応しているトーカのものにふっと息を吹きかけた。

「頑張るんだろう? トーカ」
「あ、う……また、おればっかり」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

白い結婚だと思ったら ~4度の離婚で心底結婚にうんざりしていた俺が5度目の結婚をする話~

紫蘇
BL
俺、5度目の再婚。 「君を愛さないつもりはない」 ん? なんか……今までのと、ちゃう。 幽体離脱しちゃう青年と、彼の幽体が見えちゃう魔術師との恋のお話し。 ※完結保証! ※異能バトルとか無し

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...