人を生きる君

爺誤

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16 酒場で情報収集

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 酒場は数カ所に開口部を壁に向けてコの字型にテーブルが置かれ、中央から配膳される仕組みになっていた。店員と客の境にテーブルがあるため、酔客に女性の店員が直接的に絡まれないようになっている。ヒメサマは他人から見えない状態になってトーカについてきた。空いている席に座ったトーカの膝に乗る。

「作りが面白い。この街の酒場はみんなこうなのか? それとも親分が考えたのかな」
『親分?』
「エゴールのこと。親分、って感じじゃない?」
『トーカがそう思うならそうなんだろう』
「ふ、誤魔化した」

 他人に聞こえないように会話をしていると、エゴールの娘からぶっきらぼうに声をかけられた。オーダーを取りにきたようだった。

「食事? 酒?」
「食事だ」
「肉? 野菜?」
「両方」
「わかった」

 外見は似ても似つかないのに、愛想のない注文の取り方がエゴールのようで、トーカは顔が隠れているのをいいことに少し笑った。
 料理が届くまでに周囲に耳をすませる。
 店の半分ほどは常連だが、半分ほどいる新規客は注文時に料理について細かく聞くから面倒がられていた。連れがいる者がほとんどで、ほどよい喧噪と、流れ始めた音楽で気分よく会話をしているようだった。

「壁際……楽器を演奏している人がいる」
『楽師だ。演奏することで店から食事をもらう。人気があれば大きな店の専属になったり劇場に呼ばれて名を上げることもある』
「へぇ、でもあんまり上手じゃ、ない?」

 初めて聞く曲だったが、ところどころ違和感を覚える音があった。中庸の地の勉強には音楽も含まれていたから、演奏はできないが耳が肥えているトーカである。

『この規模の酒場ならそんなものだろう』
「規模……そうなんだ」

 ぼそぼそとヒメサマと話しているうちに、料理が出来上がってきた。両手に皿を持ったエゴールの娘がどんとトーカの前に皿を置く。スープが少し飛び散ったが、奇跡的に服を汚さなかった。

「はい、野菜スープと肉の焼いたの!」
「ありがとう。美味しそうだ」
「っ! うちの料理は最高だからね!」

 トーカが穏やかに礼を言うと、真っ赤になった娘が鼻の下を指先で擦ってくるりと裏へ戻っていった。その先ではエゴールがトーカを睨んでいる。

「なんか睨まれてる……。えっと、ごはんを食べよう」

 どこに出ても恥ずかしくないようにと、五年の間に身につけた食事の所作は、庶民の集まる場所には似つかわしくなかった。
 顔の上半分はフードによって隠れたままだったが、トーカの上品な食事を見た数人の客が目配せをし合う。その客たちをエゴールが睨みつけ、酒場には静かな緊張感が漂った。

「ああ、美味しかった。ついがっついちゃったよ」

 食器を置いたトーカが口を拭きながら呟くと、エゴールの娘がさっと飲み物を置いた。

「サービス!」
「うん? ありがとう」

 薄い果実水は爽やかで、少し脂っぽくなった口の中をさっぱりさせた。
 しかし、そこではたと、トーカは気付いた。
 酒場で情報収集するつもりだったのに、食事が運ばれてきてからは夢中で食べてしまって、周りのことが全く見えていなかった。いつの間にか静かになった酒場には、たまに音を外す音楽が流れるばかりだ。

「おれ、なんかしちゃった?」
『トーカが美しすぎたからだな』
「顔隠してるのにそれはないでしょ」

 こっそりヒメサマに聞いても、いつもの褒め言葉しか返って来ない。半分ほど一気に飲んだあと、時間をかけねばと気付いてちびちび飲んでいる果実水も、もう少ししかない。
 肩を落とし、今日は諦めて席を立とうとしたトーカの隣に、人の気配があった。

「隣、いいかい? いや、いいですかい?」
「どうぞ」

 いかにも荒事を生業にしてそうな中年の男が隣に座った。年季のいった剣を腰に下げている。外見はエゴールのほうが強そうだと思いながら、トーカが答えるとニッと笑う。歯が一本欠けていた。

「旅のお方ですかい? いや、わしはイノザールってえ、この辺じゃちょっと知られた用心棒で、何かの助けになれればって」
「護衛は必要ない。だが、探しものをしている」

 売り込みだった。エゴールから見えているのになにも言わないということは、多少の営業活動は許されているようだった。
 情報収集の目的が叶いそうで、トーカの気分は上向いた。

「お、そういうことなら、俺も役に立てるぞ! 情報屋のヴェリだ」

 イノザールと反対側にヴェリが来るから、挟まれたようで落ち着かなくなり、トーカはすっと席を立った。

「知りたいことはあるが、囲まれるのは嫌だ。よそを当たる」
「えっ! あっ、すまん! そんなつもりがあったわけじゃあなくて」
「おい、ヴェリ、邪魔すんなよ!」
「勘弁してくれよ、イノザールのアニキ」

 わざとらしい二人のやり取りに、金でも取られそうになっていたのかと当たりをつけるトーカ。
 実際には、フードの端から銀髪が見えたことと、所作と僅かに見える肌の様子で、貴族かそれに準じる金持ちだと判断されたからだった。

「騒ぐな」

 二人にかけた言葉は、思いがけず強く響き、調子外れの音楽まで止まった。

「おれは、穏やかに目的を果たしたいだけだ。危害を加えられず、有益な情報が得られるなら、お前たちには十分な報酬を与えてやる」

 宣言しながら、思ってた展開と違うと、トーカは内心で慌てた。この物言いは、まるでリナサナヒメトだ。一緒にいる時間が長いから似てきてしまったのだろうか。

「へ、へぇ。だんなはどんな情報をお望みですか」

 顔を見合わせたイノザールとヴェリがおそるおそる聞いてきた。
 トーカは仲良くなるのを諦めて、知りたいことだけを言うことにした。
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