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19 神を祀る場所
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切ない気持ちで食べ物の屋台を眺めるトーカの外套が、ちょんちょんと引っ張られた。見ると、粗末な身なりの子どもが物言いたげに見上げている。
「なに?」
「あのね、おなかが空いてたら食べものをもらえるところがあるの」
そんなに物欲しげだっただろうかと情け無い気持ちになるトーカ。
「そうなんだ。どこかな?」
「えっとね」
「お金の持ち合わせがないんだ。まだ石屋は開いてないよね」
「お店はまだ。石でもいい」
「じゃあ、これで」
トーカが小さいがきらきらと光る石を差し出すと、パッと目を輝かせた子どもが、外套を掴んで引っ張った。
大通りを真っ直ぐに大きな建物に向かう。あちこちに象が彫られた美しい意匠の建物は、神殿だった。
「ここに並ぶの」
「う、うん」
いかにも貧しそうな子どもたちに混ざって、大人のトーカが並ぶのは少々バツが悪かった。しかし連れてきてくれた子どもの優しさを無駄にはできない。
先に立つ子どもの順番が来て、困っている旅人を連れてきたと訴えてくれる。パンを配っている神官は困ったように子どもを諭す。
「モニ、大人はもらえないんだよ」
「えっ。神官さま、このひと、すごくおなか空いてるのに」
モニの片手はポケットから出されない。約束を違えたから取り上げられるのではと心配してるのだろう。
いろんな会話を想定していたけれど、現実は思いがけないことばかりだった。トーカはモニの顔を立てつつ、自分ができることを必死で考えた。
「あの、現金の持ち合わせがなくて市場で途方に暮れていたところ、モニ? が連れてきてくれたんです。原石で良かったら寄付するので、食べ物をわけていただけますか?」
「そういうことなら、ここではなく食堂に行きましょう。神官たちの朝食があるはずです」
「ありがとうございます。モニも、ありがとう」
「うん!」
無事に朝食にありつけそうでホッとしたトーカだったが、ヒメサマがスリングの中で完全に毛玉になって気配を消しているのが気になった。
「もしかして神殿って良くなかった?」
『……後で説明するが、見つかると面倒なことになるから姿を消しておく』
「わかった」
トーカに伝えてすぐにスリングからヒメサマの重さが消え、姿も見えなくなった。ここまで姿を隠すのは珍しいことだった。
「旅のお方、どちらからいらっしゃったのですか」
「東のほうから参りました。日差しの強い地方のため、このようななりをしています」
案内する神官が代わり、優しげな初老の男性になった。話好きなようで色々聞かれるけれど、トーカは用意していた矛盾のない回答をしていく。それは穏やかだけど尋問のようでもあり、軽々しく神殿に近づいてはいけなかったかもしれないと反省した。
「こちらが食堂です。食後に礼拝をしていただければ結構ですが、被りものは外してください」
「わかりました。お慈悲に感謝いたします」
「神は人を愛しておられますから」
たしかにリナサナヒメトは人間が大好きだ。何度生まれ変わっても毎回人間を伴侶としている。
「神の愛ね……まあ今はおれがいちばん愛されてるけど。いただきます」
人に聞こえないように呟いて、トーカはもらったパンとスープに舌鼓を打った。
「肉は入ってないんだな。神様がどの動物になってるかわからないからだったりして」
野菜と豆で作られたスープには肉が入っていなかったが、何故そうなったかを考えて楽しくいただいた。近くに神官がいなかったから油断していたのもあった。
「こんにちは、東方からのお客様。神殿の食事はいかがですか?」
明らかに高位の神官とわかる、白に同色の刺繍がびっしりとほどこされた衣装の青年が真後ろに立っていた。かろうじて飛び上がらずに済ませたトーカが、椅子ごと振り返って転びかけた。
神官の青年がその椅子を押さえて、大丈夫ですかとにっこり笑ったが、驚いたトーカは安心できなかった。
ほかの神官の目もあることから、さっと立ち上がって胸に片手を当てる祈りの姿勢を取った。偉い人に迂闊なことをしたら揉めると思ったからだ。異教徒の設定も忘れて。
「っ、た、たいへん美味しくいただきました。感謝いたします。神様にもご挨拶をしなければなりませんので、礼拝堂にもお邪魔させてください」
「東方の教義では頭を晒すことは避けられると聞いてありますが」
「ああ、おれはあまり熱心ではないので、郷に入っては郷に従えってやつです。我が神は怒りません」
東方の宗教の作法を把握していなかったトーカは、ボロがでないように必死だった。
「まるで、神様と意思が通じ合っているようですね」
「はははっ、まさか。ただの不信心者です。こんなおれが貴方の神様にご挨拶をするのは失礼にあたるかもしれませんね。これは些少ながらお礼とお詫びの気持ちとしてお納めください」
不穏な気配を察したトーカは、原石の塊をごろんとテーブルに置いて立ち上がった。
そのまま出ようとするところに、神官のなかでも武官と思われる体格の者が立ち塞がる。
高位神官の青年が感情の見えない穏やかな声で、トーカに語りかけた。
「神は寛容です。是非、礼拝堂をご覧になってください。せっかく遠い異国からいらっしゃったのですから」
「は、はい……」
「なに?」
「あのね、おなかが空いてたら食べものをもらえるところがあるの」
そんなに物欲しげだっただろうかと情け無い気持ちになるトーカ。
「そうなんだ。どこかな?」
「えっとね」
「お金の持ち合わせがないんだ。まだ石屋は開いてないよね」
「お店はまだ。石でもいい」
「じゃあ、これで」
トーカが小さいがきらきらと光る石を差し出すと、パッと目を輝かせた子どもが、外套を掴んで引っ張った。
大通りを真っ直ぐに大きな建物に向かう。あちこちに象が彫られた美しい意匠の建物は、神殿だった。
「ここに並ぶの」
「う、うん」
いかにも貧しそうな子どもたちに混ざって、大人のトーカが並ぶのは少々バツが悪かった。しかし連れてきてくれた子どもの優しさを無駄にはできない。
先に立つ子どもの順番が来て、困っている旅人を連れてきたと訴えてくれる。パンを配っている神官は困ったように子どもを諭す。
「モニ、大人はもらえないんだよ」
「えっ。神官さま、このひと、すごくおなか空いてるのに」
モニの片手はポケットから出されない。約束を違えたから取り上げられるのではと心配してるのだろう。
いろんな会話を想定していたけれど、現実は思いがけないことばかりだった。トーカはモニの顔を立てつつ、自分ができることを必死で考えた。
「あの、現金の持ち合わせがなくて市場で途方に暮れていたところ、モニ? が連れてきてくれたんです。原石で良かったら寄付するので、食べ物をわけていただけますか?」
「そういうことなら、ここではなく食堂に行きましょう。神官たちの朝食があるはずです」
「ありがとうございます。モニも、ありがとう」
「うん!」
無事に朝食にありつけそうでホッとしたトーカだったが、ヒメサマがスリングの中で完全に毛玉になって気配を消しているのが気になった。
「もしかして神殿って良くなかった?」
『……後で説明するが、見つかると面倒なことになるから姿を消しておく』
「わかった」
トーカに伝えてすぐにスリングからヒメサマの重さが消え、姿も見えなくなった。ここまで姿を隠すのは珍しいことだった。
「旅のお方、どちらからいらっしゃったのですか」
「東のほうから参りました。日差しの強い地方のため、このようななりをしています」
案内する神官が代わり、優しげな初老の男性になった。話好きなようで色々聞かれるけれど、トーカは用意していた矛盾のない回答をしていく。それは穏やかだけど尋問のようでもあり、軽々しく神殿に近づいてはいけなかったかもしれないと反省した。
「こちらが食堂です。食後に礼拝をしていただければ結構ですが、被りものは外してください」
「わかりました。お慈悲に感謝いたします」
「神は人を愛しておられますから」
たしかにリナサナヒメトは人間が大好きだ。何度生まれ変わっても毎回人間を伴侶としている。
「神の愛ね……まあ今はおれがいちばん愛されてるけど。いただきます」
人に聞こえないように呟いて、トーカはもらったパンとスープに舌鼓を打った。
「肉は入ってないんだな。神様がどの動物になってるかわからないからだったりして」
野菜と豆で作られたスープには肉が入っていなかったが、何故そうなったかを考えて楽しくいただいた。近くに神官がいなかったから油断していたのもあった。
「こんにちは、東方からのお客様。神殿の食事はいかがですか?」
明らかに高位の神官とわかる、白に同色の刺繍がびっしりとほどこされた衣装の青年が真後ろに立っていた。かろうじて飛び上がらずに済ませたトーカが、椅子ごと振り返って転びかけた。
神官の青年がその椅子を押さえて、大丈夫ですかとにっこり笑ったが、驚いたトーカは安心できなかった。
ほかの神官の目もあることから、さっと立ち上がって胸に片手を当てる祈りの姿勢を取った。偉い人に迂闊なことをしたら揉めると思ったからだ。異教徒の設定も忘れて。
「っ、た、たいへん美味しくいただきました。感謝いたします。神様にもご挨拶をしなければなりませんので、礼拝堂にもお邪魔させてください」
「東方の教義では頭を晒すことは避けられると聞いてありますが」
「ああ、おれはあまり熱心ではないので、郷に入っては郷に従えってやつです。我が神は怒りません」
東方の宗教の作法を把握していなかったトーカは、ボロがでないように必死だった。
「まるで、神様と意思が通じ合っているようですね」
「はははっ、まさか。ただの不信心者です。こんなおれが貴方の神様にご挨拶をするのは失礼にあたるかもしれませんね。これは些少ながらお礼とお詫びの気持ちとしてお納めください」
不穏な気配を察したトーカは、原石の塊をごろんとテーブルに置いて立ち上がった。
そのまま出ようとするところに、神官のなかでも武官と思われる体格の者が立ち塞がる。
高位神官の青年が感情の見えない穏やかな声で、トーカに語りかけた。
「神は寛容です。是非、礼拝堂をご覧になってください。せっかく遠い異国からいらっしゃったのですから」
「は、はい……」
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