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21 案内役
朝市の時間が過ぎ通常の店が開きはじめたところで、トーカは念願の現金を手に入れた。
「今度は計画的に使おう」
重くなった財布に安心して、トーカは治安の悪そうな地域を探しはじめた。なんとなく、情報は荒くれ者が持っていそうだと思ったからだ。
「神殿から遠くて、汚そうなほうかな」
「なにかさがしてるの?」
「あ、モニ、だっけ」
「うん。あたし、街のことならだいたいわかるよ」
「そっか。ずっとついて来てたのか?」
「一回わからなくなっちゃった。どうやったの?」
「秘密。見失ったのにまた見つけたのか。すごいな」
「えへへ。あたし、かしこいんだ。一日に銀貨一枚でいいよ」
「そういう魂胆かー、本当に頭いいな」
モニは普通の浮浪児ではなかったらしい。トーカから金の匂いを察して目をつけたようだ。
神殿の礼拝堂で起きたことを知っているかは怪しいが、トーカは知っていてとぼけているものとして扱うことにした。不必要だと切り捨てるよりも、目の届く範囲に置いておいたほうがいい。案内役も欲しかったところだった。
「どう? あたしはおとくだよ」
それに、モニの年齢は十にならないほど、汚れた暗灰色の髪と茶色の瞳に痩せた手足。身長はトーカの腰ほどまでしかない。トーカに交渉するモニの瞳は、強気な言葉とは裏腹に揺れていた。
まるで、リナサナヒメトに嫁入りする前に村にいた頃の自分を見るようだった。ヒメサマと出会えてなかったら、寂しさと見えない未来に押しつぶされていたかもしれない自分。
「わかった。頼むよ。しばらくはこの街で情報収集するから、朝に神殿に行く時に合流しよう。宿には来ないように」
「うん!」
トーカがモニに提示された額の二日分を渡すと、パッと顔を輝かせた。
「それから、おれと一緒に行動するなら少し身綺麗にしてほしい」
「あっ、でも、あたし」
「費用はおれがもつから、まずは服を売っている店を教えて」
「うん」
少し迷いを見せながらモニが案内したのは、中古だけど仕立ての悪くないものを取り扱っている店だった。そわそわと居心地悪そうにしているモニのサイズを合う服を店員に見繕わせて、近くに体を洗えるところはないか聞くと、追加料金で面倒を見てくれるという。
一も二もなく頼んだが、不思議なサービスだと首を傾げた。
『……浮浪児を拾う大人がそれなりの数いるということだ』
「ふぅん、いいことだね? って、何か違う感じ?」
『服と食事を与えていいなりにするんだ。悪いことをさせる場合が多いが、這い上がるチャンスにもなる』
「悪いこと……確かに子どもを使ったら警戒心は薄れるね。モニも誰かに言われておれについてきたのかな」
『あの子は……どこまで話す?』
ヒメサマの瞳がじっとトーカを見透かすように光っていた。トーカは綺麗だな、と思って笑った。
街に来た目的は季馬の情報収集だ。その手伝いをモニにしてもらう、期間限定の通りすがりより少しマシな程度の関係だ。
トーカが家族をなくした経緯とモニに重なるところはないのかもしれない。孤児だと決めつけてしまったが、家族がいる可能性もある。なぜなら、彼女は子ども一人が生きていくには多すぎるほどの金を必要としていた。
「ヒメサマが止めないってことは、おれが危険になりそうなことはないけど、モニには何か深い事情があるんだ」
『そういうことだ』
「じゃあ、モニに聞いてみてから自分で考える」
『うむ』
身支度が終わったモニは、少しいいところの子どもに見えた。恥ずかしそうに上目遣いでトーカを見ている。
「よく似合っている。そうだ、何か頭に巻くものも欲しい。おれの外套と似た感じの」
モニのことを、この街に移り住んでいる同郷の親戚という設定にするつもりだった。親子と言うにも兄妹と言うにも年齢差が微妙だったことと、顔立ちが似ていないからだ。
「あの」
「モニは……そうだな、おれの姪ということにしよう。おじさんって呼んでくれ」
「お、おじさん!? おにいさんのほうがいいよ!」
「おれが色々したからって、おべっか使わなくていいんだよ?」
「ちがうもん」
強く抵抗したモニからお兄さんと呼ばれることになり、設定は従兄弟ということに変えた。
店を出る前に、鏡に映った綺麗になった自分を見たモニが一瞬顔を輝かせたのを、トーカは嬉しい気持ちで見た。
まずは旅の必需品を扱う道具屋に案内してもらうことにした。モニが、よそから来た人はまず道具屋をチェックすることが多いと教えてくれたからだ。
張り切って先を歩くモニの後ろで、トーカは聞こえないようにこっそりとヒメサマと会話をする。
「おれも花嫁衣装着た時悪くないって思ったな」
『そうだったのか』
「うん。女ものの服でも嫌じゃなかったんだ。あんな綺麗な服、初めて着たから」
『トーカはいつも美しい』
「うん、へへ」
いつも通りイチャイチャしていると、モニが少し先まで行ってしまっていた。
離れてしまったことに気付き、曲がり角でモニが振り返ったとき、大きな音を立てて馬車が突っ込んできた。
「モニ!」
間一髪、トーカがモニを抱えて馬車を避けたが、勢いでゴロゴロ転がった。モニの無事と、フードが外れていないことにホッとして道の端で立ち上がると、少し先で馬車がひっくり返っていた。引いていた馬は泡を吹いている。
追ってきたらしい騎兵が集まってきた。
「大丈夫か、モニ」
「う、うん。ありがと」
「いいよ。それにしても馬、どうしたんだろう」
「今度は計画的に使おう」
重くなった財布に安心して、トーカは治安の悪そうな地域を探しはじめた。なんとなく、情報は荒くれ者が持っていそうだと思ったからだ。
「神殿から遠くて、汚そうなほうかな」
「なにかさがしてるの?」
「あ、モニ、だっけ」
「うん。あたし、街のことならだいたいわかるよ」
「そっか。ずっとついて来てたのか?」
「一回わからなくなっちゃった。どうやったの?」
「秘密。見失ったのにまた見つけたのか。すごいな」
「えへへ。あたし、かしこいんだ。一日に銀貨一枚でいいよ」
「そういう魂胆かー、本当に頭いいな」
モニは普通の浮浪児ではなかったらしい。トーカから金の匂いを察して目をつけたようだ。
神殿の礼拝堂で起きたことを知っているかは怪しいが、トーカは知っていてとぼけているものとして扱うことにした。不必要だと切り捨てるよりも、目の届く範囲に置いておいたほうがいい。案内役も欲しかったところだった。
「どう? あたしはおとくだよ」
それに、モニの年齢は十にならないほど、汚れた暗灰色の髪と茶色の瞳に痩せた手足。身長はトーカの腰ほどまでしかない。トーカに交渉するモニの瞳は、強気な言葉とは裏腹に揺れていた。
まるで、リナサナヒメトに嫁入りする前に村にいた頃の自分を見るようだった。ヒメサマと出会えてなかったら、寂しさと見えない未来に押しつぶされていたかもしれない自分。
「わかった。頼むよ。しばらくはこの街で情報収集するから、朝に神殿に行く時に合流しよう。宿には来ないように」
「うん!」
トーカがモニに提示された額の二日分を渡すと、パッと顔を輝かせた。
「それから、おれと一緒に行動するなら少し身綺麗にしてほしい」
「あっ、でも、あたし」
「費用はおれがもつから、まずは服を売っている店を教えて」
「うん」
少し迷いを見せながらモニが案内したのは、中古だけど仕立ての悪くないものを取り扱っている店だった。そわそわと居心地悪そうにしているモニのサイズを合う服を店員に見繕わせて、近くに体を洗えるところはないか聞くと、追加料金で面倒を見てくれるという。
一も二もなく頼んだが、不思議なサービスだと首を傾げた。
『……浮浪児を拾う大人がそれなりの数いるということだ』
「ふぅん、いいことだね? って、何か違う感じ?」
『服と食事を与えていいなりにするんだ。悪いことをさせる場合が多いが、這い上がるチャンスにもなる』
「悪いこと……確かに子どもを使ったら警戒心は薄れるね。モニも誰かに言われておれについてきたのかな」
『あの子は……どこまで話す?』
ヒメサマの瞳がじっとトーカを見透かすように光っていた。トーカは綺麗だな、と思って笑った。
街に来た目的は季馬の情報収集だ。その手伝いをモニにしてもらう、期間限定の通りすがりより少しマシな程度の関係だ。
トーカが家族をなくした経緯とモニに重なるところはないのかもしれない。孤児だと決めつけてしまったが、家族がいる可能性もある。なぜなら、彼女は子ども一人が生きていくには多すぎるほどの金を必要としていた。
「ヒメサマが止めないってことは、おれが危険になりそうなことはないけど、モニには何か深い事情があるんだ」
『そういうことだ』
「じゃあ、モニに聞いてみてから自分で考える」
『うむ』
身支度が終わったモニは、少しいいところの子どもに見えた。恥ずかしそうに上目遣いでトーカを見ている。
「よく似合っている。そうだ、何か頭に巻くものも欲しい。おれの外套と似た感じの」
モニのことを、この街に移り住んでいる同郷の親戚という設定にするつもりだった。親子と言うにも兄妹と言うにも年齢差が微妙だったことと、顔立ちが似ていないからだ。
「あの」
「モニは……そうだな、おれの姪ということにしよう。おじさんって呼んでくれ」
「お、おじさん!? おにいさんのほうがいいよ!」
「おれが色々したからって、おべっか使わなくていいんだよ?」
「ちがうもん」
強く抵抗したモニからお兄さんと呼ばれることになり、設定は従兄弟ということに変えた。
店を出る前に、鏡に映った綺麗になった自分を見たモニが一瞬顔を輝かせたのを、トーカは嬉しい気持ちで見た。
まずは旅の必需品を扱う道具屋に案内してもらうことにした。モニが、よそから来た人はまず道具屋をチェックすることが多いと教えてくれたからだ。
張り切って先を歩くモニの後ろで、トーカは聞こえないようにこっそりとヒメサマと会話をする。
「おれも花嫁衣装着た時悪くないって思ったな」
『そうだったのか』
「うん。女ものの服でも嫌じゃなかったんだ。あんな綺麗な服、初めて着たから」
『トーカはいつも美しい』
「うん、へへ」
いつも通りイチャイチャしていると、モニが少し先まで行ってしまっていた。
離れてしまったことに気付き、曲がり角でモニが振り返ったとき、大きな音を立てて馬車が突っ込んできた。
「モニ!」
間一髪、トーカがモニを抱えて馬車を避けたが、勢いでゴロゴロ転がった。モニの無事と、フードが外れていないことにホッとして道の端で立ち上がると、少し先で馬車がひっくり返っていた。引いていた馬は泡を吹いている。
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「大丈夫か、モニ」
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