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二章

2-4 健吾の会社訪問 4 祐志

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 今年の春、課長に昇進した。最短記録らしいが当然の流れだ。親の会社なんだから、七光りの威力もあるのは分かっている。だけど努力したのは確かだから、ひそかに心の中でガッツポーズを取った。
 大学を卒業して、周りを黙らせるために必死だった。守らなければならないものができていたから。絶対に幸せにしなければならない。それでも償いきれるようなことではない。


 俺のせいでめちゃくちゃにしてしまった健吾。健吾の実家は金持ちだけど、彼には最低限のお金しかかけなかった。何度か健吾の父親に会ったことが有るけれど、どこか歪んだ印象を抱く人物だった。アルファとして能力の高さを感じさせるのに、優秀さよりも威圧が多かった。健吾のことに関しても、オメガだから榊原の家には必要がないというような態度は一貫していて悲しくなった。
 大学で見た健吾は大人しめではあるものの、家から弾き出されて荒んでいるような様子もなく、ごく一般的な学生をしていたから。英勝大はそれなりに学費を取る私大ということもあり、中流以上の家庭の子弟が多くて違和感もなかった。

 健吾の扱いは、ワンルームのマンションを与えられて、学費と生活費だけを与えて放置されていたらしい。榊原の末端として面倒なことになっては困るからという理由が透けて見えそうな扱いだ。そんな状況で頑張っていた健吾を俺は……。

 オメガであることを隠していた健吾は、長期のアルバイトはやれなかったという。発情期を他人に悟られたくなかったそうだ。付き合いが深くなればばれるから、と。
 アルファから見れば、発情期が来るようになったオメガは何となくわかる。だから隠してもしょうがないんだが、そんなことも健吾は知らなかった。きょうだいたちは全員アルファなのだから、交流があればわかるようなことなのに。他人には話しにくいこともきょうだいならば話せただろうに。
 大学時代の健吾は、人目に触れるのを嫌って内勤の短期バイトを駆使して、非常につましい生活をしていた。

 五十年前なら知らないけれど、今はオメガも堂々としていいのに、健吾の父親のせいで健吾の人生はめちゃくちゃだ。人を悪く言いながら、俺もその片棒を担いでいる。
 大学でも、綺麗な顔を長い前髪で隠していつも俯いていた。友人と話す時だけは顔を上げて微笑を浮かべる時があって、あの微笑みが欲しいと思っていた。俺だけのものにできたらいいのにと思いながら、健吾から声をかけてほしいという矛盾したプライドを持っていた。恋愛の駆け引きのつもりで自分のプライドを守っていただけだ。くだらない。
 そうして頑張っていた健吾を滅茶苦茶にした。彼を守るためだなんて言い訳をして、強引に辻褄合わせの話を作って、そのおかげで健吾は俺に笑いかけてくれるようになった。

 今となっては嘘を嘘と教えることで、健吾が壊れてしまうのが怖いから、本当のことは言えない。
 せめてこれ以上の苦労はさせたくないと、仕事を少しでも早く覚えて給料を上げたくて頑張った。


 健吾は黙っているとすぐに節約をしようとする。
 子供達のためと言って必死で貯金をしている。
 俺には「外で仕事をするんだから」と必要なものはケチるなと言うのに、自分のことになるとさっぱりだ。
 電気代なんて俺が数時間残業すれば、一年間の節約分ぐらい簡単に稼げる。
 エアコンをつけなかったり、自転車で遠いスーパーまで買いに行ったり、どうしたらやめてくれるのか分からなかった。あまりにも我慢ばかりして、我慢が習い性になってしまったのかと切ない気持ちになったものだ。でも、この間、健吾がつけている家計簿を見て少し理解した。

 節約は健吾の趣味だ。

 びっしりと書かれた食材と、店ごと季節ごとの底値。旬になったらどう組み合わせたら美味しく、かつ栄養満点に無駄なく調理できるか。驚くほどの細かさできっちり整理されていた。
 記憶喪失になったせいで子供たちの幼い頃を覚えていないのが悔しいと言って、詳細な家計簿兼日記をつけている。「見てもいいよ」というのは、本当にそれが記録だからだ。その中に健吾の感情は込められていなくて、感情と事象を切り離せる冷静さを感じる。
 健吾の専攻は統計学だった。そもそも分析が好きらしい。大学も行きなおした方がいいんじゃないかと思うが、本人はもう十分だと言う。
 家計簿には、俺の好物や子供たちの好物が均等に行きわたるように献立表まで作ってあった。献立表もワンパターンにならないように、パソコンで関数まで組んだようだ。

 俺が仕事を頑張っているから、自分はプロの主夫になるんだと目標を定めたらしい。「目指せプロ主夫!」と家計簿の最初に書いてあった。二人で築く家庭を一生の目標にしてくれていることが嬉しい。
 預金通帳を見て驚いた。こんなハイペースの貯金、この年で妻子持ちでできる奴はいない。
 もうじゅうぶんプロ主夫と胸を張っていいとはずだが、昇進などの目に見える結果がない主夫業では上を目指し続けるしかないようできりがない。

 健吾がプロ主夫への道を邁進している間、俺は親の会社で必死だった。親の七光りがあるのはわかっているけど、それ込みでも評価されるように。
 そうしたら色々な人間が寄ってきた。
 結婚指輪をしているのに、告白してくる者。酷い時は発情を利用するオメガまでいた。つがいがいるから反応しないのに。アルファの中には番がいても次から次へと渡れる者がいるようだが、俺はそういうタイプじゃない。そもそもそんなことが許される立場でもない。

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