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第1章 新生活と友の闇編
第14話・・・分析_想い_譲れないもの・・・
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獅童学園。
学生寮の一室。
二段ベッドの上の段で、ルームメイトのいない愛衣は真っ暗な部屋の中で端末を弄っていた。いつもはツーサイドアップにしている亜麻色の髪も今はおろしている。
(独立策動部隊『聖』・第四策動隊隊長「クロッカス」。その手際から付いた異名が『幽闇の夜叉』。隊長に就任したのは5年前。当時『20歳前後』という若さで隊長の座に就き、その実力はどれ程のものか、西園寺瑠璃同様S級並みの実力はあるのか、という問いに対してはニコニコ笑顔で黙秘を行使。だがクロッカスが手掛けた依頼の中にはA級士並みの実力を持つブラックリストの犯罪者の捕縛、討伐もあり、それだけの強敵を相手に未だ質も判明していないことからS級レベルはあると推測。『士協会』の重鎮と会話をしたことはあるみたいだけど、目ぼしい情報は収獲できず、ね)
愛衣は目を閉じ、先程目にした光景を思い出す。
(…途中から結界に覆われて全て見たわけじゃないけど、A級かそれ以上の紅井くんを圧倒。…紅井くんは昼間に『玄牙』のビライ、クロッカスとの戦闘直前に『聖』の推定A級の隊員と交戦していた。全力と言える状態では無いにしても、気の半分は残っていたはず。…でも、おそらくそんなの関係無しにクロッカスの実力は紅井くんより上でしょうね。……それに、クロッカス、私が見ていたことには気付いていたわよね)
『あの時』、クロッカスは愛衣が見ていること、に気付いていること、を隠そうともしていなかった。
もう一人いた女性の『聖』隊員は愛衣の場所までは分かっていなかったが。
(クロッカスが『玄牙』如きに出張るとは考えにくい。とすると、元からこの近くにいたのかしら。……まあいっか)
そこまで考えて、愛衣は端末の電源を消した。
(これ以上考えても仕方ないよね。…それよりも問題なのは紅井くんか。琉花もだけど、何者かな? 敵だとは思いたくないけど…味方だったら味方だったで『聖』を襲うのはどうかと思うけどなぁ)
愛衣は直接勇士が『聖』を襲うところを見たわけではないが、クロッカスが去ったことなどから容易に推測できた。
欠伸する口に手を当てながら、愛衣はふんわりとした布団の中に身体を入れ込む。
(師匠は『聖』は敵じゃないって言ってたけど、よく分からなくなってきたわねぇ)
目を閉じ、全身の力を抜く。
「これからのことはこれから考えるということで」
おやすみなさーい、と愛衣は誰に言うでもなく呟き、しばらくしてぐっすりと就寝した。
■ ■ ■
勇士は応急処置を終えて、無事自分の部屋に戻ってきていた。
窓から部屋に入り、着替えを済ませる。
汗を濡れたタオルで拭き取り、すぐに眠れる状態になるが、眠気はまるでない。クロッカスに踵落しされた頭部が疼いて疼いて勇士の眠気を奪う。
ベッドから少し離れたところにある机の前で立ち竦んでいた。
………負けた。
負けた。負けた。負けた。負けた負けた負けた負けた。
(………………クソッッッ!)
手の平に爪を食い込ませて今にも爆発しそうな感情を制御する。
『私程度に本気出してるようじゃ、『聖』を潰すなんて不可能よ』
その通りだった。
分かっていたことだ。
一介の隊員を容易く屠れなければ、『聖』に強敵として認識されることもない。認識されていいわけではないが、……恐怖を与えることができない。
琉花がさっきまで慰めの言葉を掛けてくれたが、勇士の心は晴れなかった。慰めて欲しいわけではないし、だれかに理解して欲しいわけでもない。
この心の闇は『聖』を潰すことでしか晴れない。
勇士はそう断言できた。
……不意に、勇士は呟くように言葉を掛けた。
「……………湊、起きてるか?」
ガサゴソ、とベッドの上の段から音がした。
「やっぱり起きてたか」
勇士が顔を向けると、ひょっこり顔を出して湊が聞き返す。
「…よく分かったね」
結っていない夜色の長い髪が暗い部屋に溶け込む。だが月明りと夜慣れした目のおかげで湊の顔はよく見えた。ついさっきまで寝ていたのだろう。半開きの眼と顔に所々掛かった長い髪が今朝以上に素朴な印象を与える。
勇士は苦笑しながら。
「実を言うと鎌を掛けてみただけなんだ。本当に起きてるとは思わなかった」
「まじか」
言いながら湊はベッドから少し乗り出してベッドの下の段を覗く。
そこには勇士の寝姿を模した身代わり人形があった。
湊は特に慌てず、落ち着いた様子で。
「ここまでの小細工をしてまでどこに行ったか聞いてもいいのかな?」
「……大体分かってるんじゃない?」
「やっぱり『玄牙』をやっつけに行ったの?」
あっさりとそんなことを言えることに勇士は感心できた。
湊は軽い性格のような印象だが、どこか落ち着いた大人な部分がある。
動揺を見せないように、勇士は頷いた。
「そう。と言っても、実際には別のことをやったんだけどね」
「…話してもいいことなら聞きたいんだけど? いい?」
もちろん、ダメだ。
でも…。
「情報漏洩にならない範囲でなら…」
「ていうか勇士が話したいだけだよね?」
「……まあね」
力なく笑う勇士。
でも、親身になって慰めてくれるよりも、いつも通りの態度で接してもらった方が幾分か心が軽くなる。
琉花は勇士に優しすぎたのがいけなかったのだろう。
そして、勇士は秘匿事項を伏せつつ要点をできる限り正確に伝えた。
「なるほどなるほど」
ベッドの下の段に間隔を空けて並んで座る2人。
湊はコクコクと首を縦に振った。結っていない夜色の髪が揺れる。
「つまり『玄牙』を倒しに行こうと思ったら勇士が最も忌むべき相手に偶然出会い、交戦。そして大敗を喫した、と?」
勇士の頭の痛みが増すような、たらいが落ちた感覚がした。
「そ…そうだけどさ……。もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないか?」
「ごめんごめん。…へぇ、俺が寝てる間にそんなことがあったんだね」
(ていうか俺だけど)
「うん…そんなことがあったんだ…」
「ねえ、もしかしてそれって昼間言ってた母親と関係が…?」
湊は途中で言葉を切った。
隣に座る男の目が潤みを帯びていたのだ。
勇士は唇を噛み締め、震える手で布団をギュッと握りながら、思いを吐く。
「………、そいつらは俺のお母さんを殺した連中なんだ…絶対許せない………ッッ」
そこからは勇士の明確な敵意、殺意、憎悪が感じ取れた。
例えこの身に代えても、それほどの覚悟が伝わってくる。
それだけ母親への愛情が深いということも。
「…そうなんだ。ごめん、辛いこと聞いて」
「いや、俺が勝手に言っただけだよ。…おかげですっきりした」
「そう? ならいいんだけど」
肩を竦めながら苦笑する湊は、どんな時でも通常運転だということを思い知らされる。
何気なく、勇士は言った。
「湊は家族を大切にしろよ」
「ああ……」
ただの助言。アドバイス。
でも心してほしいこと。
そのはずだった。
湊は「分かってるよ」と一言返してくれるものだと思ってた。それで良かった。
それが湊の歯切れは途端に悪くなった。
「…? 湊?」
「まあ、隠してることでもないし、勇士も言ってくれたからいっか」
何やら独り言を呟き、頷く湊。
湊は苦笑気味の表情をこちらに向けて、言った。
「実は俺、親いないんだよね」
「……え?」
勇士に構わず、湊は続けた。
「生まれてすぐ田舎の孤児院に預けられて、そこで育ったんだ」
「それって…」
「うん。俺には親も兄弟もいない。…生きてるかもしれないけど、どこにいるかはさっぱり。…いわゆる、天涯孤独の身ってやつなんだ。驚いた?」
声のトーンも、表情も特に変わらない。
「留学もね、中学で成績が良くて学校が奨学金を出して勧めてくれたから行ったんだ」
だけど…。
湊の心に巣くう何かが勇士には見える気がした。
「……あ…、あ………………ご、ごめん…」
バカだ。
俺はバカだ。
自分のことばかりで相手のことなんて全く気にかけていないことに気付かされた。
いつもは飄々と余裕を振りまいてるから、悩みなんてないんだろう。普通の家庭に育ったんだろう。今までは自分と違って幸せな生活を送ってきたのだろう。
勝手にそう思い込んで、無神経なことを言って、湊に、こんな顔をさせてしまった……ッ。
「いやいや、そんな気にしないでよ。逆に困るっ」
そこでようやく勇士は目元を抑えて涙を必死に堪えていることに気付いた。
「それに俺にだって家族がいないわけじゃないよ? 孤児院のみんなは本物の家族のように接してくれたし。血の繋がりがなくてもあそこが俺の家…みたいな? 言葉にすると恥ずかしいな」
あはは、と笑う湊は本当に気にした様子がない。
勇士は折れそうになる心を踏ん張らせ、焦点を定まらせる。
「湊……」
「ん?」
「……無神経なこと言った後にこんなこと言うのも無神経だけどさ…………俺、お前となら良い友達になれそうだ」
心から、言えた。
考えずに、自然と口からそんな言葉が流れ出ていた。
「おう、それは光栄だね」
夜色の髪をかき分けて笑顔を見せてくれる湊。
二人は顔を見合わせて恥ずかし気に笑い合った。
「ふわぁ~。やばい、眠気が」
「あ、ごめん。ちょっと長くなっちゃった。もう寝ようか」
「うん…。そうさせてもらう」
湊はベッドの横に取り付けてある梯子を渡り上がり、上の段の自分のベッドに潜る。
「おやすみ~」
「おやすみ。今日はありがとな」
「どういたしまして~」
二人の会話はなくなり、勇士はすぐに寝息を立てた。
湊は目を瞑りながら。
(勇士……お前の気持ちはよく分かるよ)
瞼の裏に焼き付いて剥がれない光景。眠る前はいつもこの光景を思い出させられる。こればっかりはどうしても慣れない。
例え血が繋がっていなくても関係ない。
家族になる資格に血なんて必要ない。
湊の家族は特別多い。孤児院全員がそうなのだから、それも必然と言える。家族との思い出は忘れようにも忘れられない。
そして、湊は忘れない。
………繋がっていない家族の血が散乱した光景を。
(『家族』を失うのは辛いよな…)
それが殺されたとなれば、憎悪はどれほど膨れ上がるか、湊にだって想像はできない。が、経験から言わせてもらえれば相当な大きさになるだろう。
勇士に取って譲れないもの。
それは母親への想い。
(俺にだって譲れないものがあるんだよ)
だから。
(だから、立ちはだかるのが勇士、お前であっても俺は容赦しないよ)
学生寮の一室。
二段ベッドの上の段で、ルームメイトのいない愛衣は真っ暗な部屋の中で端末を弄っていた。いつもはツーサイドアップにしている亜麻色の髪も今はおろしている。
(独立策動部隊『聖』・第四策動隊隊長「クロッカス」。その手際から付いた異名が『幽闇の夜叉』。隊長に就任したのは5年前。当時『20歳前後』という若さで隊長の座に就き、その実力はどれ程のものか、西園寺瑠璃同様S級並みの実力はあるのか、という問いに対してはニコニコ笑顔で黙秘を行使。だがクロッカスが手掛けた依頼の中にはA級士並みの実力を持つブラックリストの犯罪者の捕縛、討伐もあり、それだけの強敵を相手に未だ質も判明していないことからS級レベルはあると推測。『士協会』の重鎮と会話をしたことはあるみたいだけど、目ぼしい情報は収獲できず、ね)
愛衣は目を閉じ、先程目にした光景を思い出す。
(…途中から結界に覆われて全て見たわけじゃないけど、A級かそれ以上の紅井くんを圧倒。…紅井くんは昼間に『玄牙』のビライ、クロッカスとの戦闘直前に『聖』の推定A級の隊員と交戦していた。全力と言える状態では無いにしても、気の半分は残っていたはず。…でも、おそらくそんなの関係無しにクロッカスの実力は紅井くんより上でしょうね。……それに、クロッカス、私が見ていたことには気付いていたわよね)
『あの時』、クロッカスは愛衣が見ていること、に気付いていること、を隠そうともしていなかった。
もう一人いた女性の『聖』隊員は愛衣の場所までは分かっていなかったが。
(クロッカスが『玄牙』如きに出張るとは考えにくい。とすると、元からこの近くにいたのかしら。……まあいっか)
そこまで考えて、愛衣は端末の電源を消した。
(これ以上考えても仕方ないよね。…それよりも問題なのは紅井くんか。琉花もだけど、何者かな? 敵だとは思いたくないけど…味方だったら味方だったで『聖』を襲うのはどうかと思うけどなぁ)
愛衣は直接勇士が『聖』を襲うところを見たわけではないが、クロッカスが去ったことなどから容易に推測できた。
欠伸する口に手を当てながら、愛衣はふんわりとした布団の中に身体を入れ込む。
(師匠は『聖』は敵じゃないって言ってたけど、よく分からなくなってきたわねぇ)
目を閉じ、全身の力を抜く。
「これからのことはこれから考えるということで」
おやすみなさーい、と愛衣は誰に言うでもなく呟き、しばらくしてぐっすりと就寝した。
■ ■ ■
勇士は応急処置を終えて、無事自分の部屋に戻ってきていた。
窓から部屋に入り、着替えを済ませる。
汗を濡れたタオルで拭き取り、すぐに眠れる状態になるが、眠気はまるでない。クロッカスに踵落しされた頭部が疼いて疼いて勇士の眠気を奪う。
ベッドから少し離れたところにある机の前で立ち竦んでいた。
………負けた。
負けた。負けた。負けた。負けた負けた負けた負けた。
(………………クソッッッ!)
手の平に爪を食い込ませて今にも爆発しそうな感情を制御する。
『私程度に本気出してるようじゃ、『聖』を潰すなんて不可能よ』
その通りだった。
分かっていたことだ。
一介の隊員を容易く屠れなければ、『聖』に強敵として認識されることもない。認識されていいわけではないが、……恐怖を与えることができない。
琉花がさっきまで慰めの言葉を掛けてくれたが、勇士の心は晴れなかった。慰めて欲しいわけではないし、だれかに理解して欲しいわけでもない。
この心の闇は『聖』を潰すことでしか晴れない。
勇士はそう断言できた。
……不意に、勇士は呟くように言葉を掛けた。
「……………湊、起きてるか?」
ガサゴソ、とベッドの上の段から音がした。
「やっぱり起きてたか」
勇士が顔を向けると、ひょっこり顔を出して湊が聞き返す。
「…よく分かったね」
結っていない夜色の長い髪が暗い部屋に溶け込む。だが月明りと夜慣れした目のおかげで湊の顔はよく見えた。ついさっきまで寝ていたのだろう。半開きの眼と顔に所々掛かった長い髪が今朝以上に素朴な印象を与える。
勇士は苦笑しながら。
「実を言うと鎌を掛けてみただけなんだ。本当に起きてるとは思わなかった」
「まじか」
言いながら湊はベッドから少し乗り出してベッドの下の段を覗く。
そこには勇士の寝姿を模した身代わり人形があった。
湊は特に慌てず、落ち着いた様子で。
「ここまでの小細工をしてまでどこに行ったか聞いてもいいのかな?」
「……大体分かってるんじゃない?」
「やっぱり『玄牙』をやっつけに行ったの?」
あっさりとそんなことを言えることに勇士は感心できた。
湊は軽い性格のような印象だが、どこか落ち着いた大人な部分がある。
動揺を見せないように、勇士は頷いた。
「そう。と言っても、実際には別のことをやったんだけどね」
「…話してもいいことなら聞きたいんだけど? いい?」
もちろん、ダメだ。
でも…。
「情報漏洩にならない範囲でなら…」
「ていうか勇士が話したいだけだよね?」
「……まあね」
力なく笑う勇士。
でも、親身になって慰めてくれるよりも、いつも通りの態度で接してもらった方が幾分か心が軽くなる。
琉花は勇士に優しすぎたのがいけなかったのだろう。
そして、勇士は秘匿事項を伏せつつ要点をできる限り正確に伝えた。
「なるほどなるほど」
ベッドの下の段に間隔を空けて並んで座る2人。
湊はコクコクと首を縦に振った。結っていない夜色の髪が揺れる。
「つまり『玄牙』を倒しに行こうと思ったら勇士が最も忌むべき相手に偶然出会い、交戦。そして大敗を喫した、と?」
勇士の頭の痛みが増すような、たらいが落ちた感覚がした。
「そ…そうだけどさ……。もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないか?」
「ごめんごめん。…へぇ、俺が寝てる間にそんなことがあったんだね」
(ていうか俺だけど)
「うん…そんなことがあったんだ…」
「ねえ、もしかしてそれって昼間言ってた母親と関係が…?」
湊は途中で言葉を切った。
隣に座る男の目が潤みを帯びていたのだ。
勇士は唇を噛み締め、震える手で布団をギュッと握りながら、思いを吐く。
「………、そいつらは俺のお母さんを殺した連中なんだ…絶対許せない………ッッ」
そこからは勇士の明確な敵意、殺意、憎悪が感じ取れた。
例えこの身に代えても、それほどの覚悟が伝わってくる。
それだけ母親への愛情が深いということも。
「…そうなんだ。ごめん、辛いこと聞いて」
「いや、俺が勝手に言っただけだよ。…おかげですっきりした」
「そう? ならいいんだけど」
肩を竦めながら苦笑する湊は、どんな時でも通常運転だということを思い知らされる。
何気なく、勇士は言った。
「湊は家族を大切にしろよ」
「ああ……」
ただの助言。アドバイス。
でも心してほしいこと。
そのはずだった。
湊は「分かってるよ」と一言返してくれるものだと思ってた。それで良かった。
それが湊の歯切れは途端に悪くなった。
「…? 湊?」
「まあ、隠してることでもないし、勇士も言ってくれたからいっか」
何やら独り言を呟き、頷く湊。
湊は苦笑気味の表情をこちらに向けて、言った。
「実は俺、親いないんだよね」
「……え?」
勇士に構わず、湊は続けた。
「生まれてすぐ田舎の孤児院に預けられて、そこで育ったんだ」
「それって…」
「うん。俺には親も兄弟もいない。…生きてるかもしれないけど、どこにいるかはさっぱり。…いわゆる、天涯孤独の身ってやつなんだ。驚いた?」
声のトーンも、表情も特に変わらない。
「留学もね、中学で成績が良くて学校が奨学金を出して勧めてくれたから行ったんだ」
だけど…。
湊の心に巣くう何かが勇士には見える気がした。
「……あ…、あ………………ご、ごめん…」
バカだ。
俺はバカだ。
自分のことばかりで相手のことなんて全く気にかけていないことに気付かされた。
いつもは飄々と余裕を振りまいてるから、悩みなんてないんだろう。普通の家庭に育ったんだろう。今までは自分と違って幸せな生活を送ってきたのだろう。
勝手にそう思い込んで、無神経なことを言って、湊に、こんな顔をさせてしまった……ッ。
「いやいや、そんな気にしないでよ。逆に困るっ」
そこでようやく勇士は目元を抑えて涙を必死に堪えていることに気付いた。
「それに俺にだって家族がいないわけじゃないよ? 孤児院のみんなは本物の家族のように接してくれたし。血の繋がりがなくてもあそこが俺の家…みたいな? 言葉にすると恥ずかしいな」
あはは、と笑う湊は本当に気にした様子がない。
勇士は折れそうになる心を踏ん張らせ、焦点を定まらせる。
「湊……」
「ん?」
「……無神経なこと言った後にこんなこと言うのも無神経だけどさ…………俺、お前となら良い友達になれそうだ」
心から、言えた。
考えずに、自然と口からそんな言葉が流れ出ていた。
「おう、それは光栄だね」
夜色の髪をかき分けて笑顔を見せてくれる湊。
二人は顔を見合わせて恥ずかし気に笑い合った。
「ふわぁ~。やばい、眠気が」
「あ、ごめん。ちょっと長くなっちゃった。もう寝ようか」
「うん…。そうさせてもらう」
湊はベッドの横に取り付けてある梯子を渡り上がり、上の段の自分のベッドに潜る。
「おやすみ~」
「おやすみ。今日はありがとな」
「どういたしまして~」
二人の会話はなくなり、勇士はすぐに寝息を立てた。
湊は目を瞑りながら。
(勇士……お前の気持ちはよく分かるよ)
瞼の裏に焼き付いて剥がれない光景。眠る前はいつもこの光景を思い出させられる。こればっかりはどうしても慣れない。
例え血が繋がっていなくても関係ない。
家族になる資格に血なんて必要ない。
湊の家族は特別多い。孤児院全員がそうなのだから、それも必然と言える。家族との思い出は忘れようにも忘れられない。
そして、湊は忘れない。
………繋がっていない家族の血が散乱した光景を。
(『家族』を失うのは辛いよな…)
それが殺されたとなれば、憎悪はどれほど膨れ上がるか、湊にだって想像はできない。が、経験から言わせてもらえれば相当な大きさになるだろう。
勇士に取って譲れないもの。
それは母親への想い。
(俺にだって譲れないものがあるんだよ)
だから。
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