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第1章 新生活と友の闇編
第15話・・・『聖』_獅童学園_始まり・・・
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直に、各組織へ事の詳細が伝えられた。
■ ■ ■
『聖』の総本部アジト。
総司令官室には豪奢な机の前に座る女性と、その両隣に立つ2人の女性がクロッカスからの報告書を読み上げていた。
青みが掛かった黒髪を耳にかけ、西園寺瑠璃はクスリと笑う。手元の報告書の内容が予想を越えていたいたからだ。
「あら、紅井勇士くん。紅華鬼燐流を使うのね。フリーくん達の親戚かしら?」
「『あの家』と関係あることに変わりはないでしょう」
赤茶色の髪を左にかき分けた女性、スカーレットが淡々と補足同意する。クロッカスの友達の流派を聞いても動揺した様子は見られない。
「カキツとはまともに戦えたみたいだけど、クローに瞬殺されたってことは実力はまだまだっぽいね」
赤茶色の髪を右にかき分けた女性、チェリーがクスクス笑う。バカにした様子はないが、脅威と見ているというわけでもない。
「スカーちゃんはどうすればいいと思う?」
楽し気な尋ねにスカーレット真面目に応えた。
「問題視する必要はないと思います。正体はほぼ把握済み。紅井勇士の恨みに関しては第六策動隊に任せ、監視についてはクロッカスとカキツバタが偶然とはいえ傍にいるのですから安心してよいかと。あとは彼についてフリージアやアブラナから話を聞くだけでしょう」
「そうよね。やっぱりそうなるわよね」
頬杖をつきいてスカーレットの意見に異論のない瑠璃。
「私としてはフリーの親戚くんよりもこっちの女の子の方が気になるんだけど」
チェリーが瑠璃の持つ書類の数枚を横から摘み上げる。それは獅童学園に提出された個人データとクロッカス、カキツバタによる報告書だ。
スカーレットが目を細める。
「速水愛衣。『玄牙』を約20分で全滅ですか」
「質とカキツの報告から司力の正体は大体分かるけど…」
「厄介、よね」
チェリーに瑠璃が続く。
瑠璃は愛衣の顔写真を眺め、
「この子は分かってるわ。司力というものを。本来武器とは言えないものを武器にする。そうして生まれたイレギュラーな司力。クローくんの音叉然り。…相手からすれば戦いにくい上に初見だと対処法も咄嗟に分からない。……紅井勇士くんも『玄牙』ぐらいなら余裕で潰せるでしょうけど、警戒するなら断然こっちの子ね」
スカーレットが頷く。
「でしょうね。速水愛衣の司力の対処法は考えておく必要がありますが…隠し玉はまだ持っているでしょう」
「まあ、こっちにもクローが付いてるから安心だとは思うけどね」
「瑠璃様、速水愛衣の調査についてはどうされます?」
スカーレットの淡々とした問いに、瑠璃は至って冷静に応えた。
「紅井勇士同様第六策動隊に任せます。フリーくんには彼女を優先するよう言っておいて」
「了解」
■ ■ ■
獅童学園、学園長室。
広く豪奢ながらも古風な雰囲気の造りの部屋。
奥の机には、2人の人間がいた。
「ほほう、今期の生徒は中々骨のある若人が多いの」
白髪白鬚の毛は長く、顔面には皺が多い。だが老衰の様相は全く感じさせない威圧と貫禄がある。着込んだ袴が歳と力の深さを感じさせる。
片手には書類が数枚。そこにはデパートでの『玄牙』との交戦及び先日起きた『玄牙』殲滅の件に関する報告書だ。
「紅井勇士くんのことですかい? 学園長」
もう1人の男が尊敬の念とラフさが混ざった口調で聞く。
ひょろりと伸びた背丈は若干猫背になっており、目元も口元の緩んでいる。湊ほどではないが、男性にしては伸びた髪を首の後ろで束ねたその男は、飄々とした時代遅れのおじさんという表現が相応しい。
「彼だけではない。四月朔日の娘は期待通りの腕のようだし、この風宮という娘も中々の力の持ち主と見える。…その他にも何人か、試験の段階で注目の生徒はいたしの」
「そうですか。……それにしても、警戒態勢を整えていたのに『玄牙』が知らぬ間に潰れてるとは…」
『玄牙』はつい先日、一晩にして潰れた。
捕らえられた構成員はほぼ全員。幹部五人が捕らえられていたので、もう『玄牙』は全滅したとみて間違いない。生き残った残りの構成員でできることはほぼないのだから。
そして、気になるのは捕らわれた構成員について。
全員の記憶が改ざんされていたのだ。
記憶の改ざんは不可能ではない。『電信機』を用いた電子による脳への干渉で記憶を操る。無論高等技術であり、日本国内で確認されているだけでも10人に満たない。
だが、『士協会』の各上層組織が隠し持っているのは明白だ。
つまるところ、『玄牙』殲滅に関する情報はほぼ皆無なのだ。
「『玄牙』の幹部は五人全員がB級以上。現場にも五属性全ての跡が見られてる。多数の士で潰したという可能性が高い。……が、どうにもくさいな」
「え?」
「猪本よ。仮にこれが単独でなし得たことだとしたら、面白いとは思わないか?」
老人の顔に狂気にも似た笑みが浮かぶ。
「単独って…1人でですか?『玄牙』は武力というより策で攻める組織で…確かに純粋な戦闘組織ではありませんが…今学園長が言ったように幹部はB級レベルです。…ビライを圧倒した紅井勇士なら不可能ではないと思いますが、近接武器の刀では限界があるんじゃないですかね。彼の流派にもよると思いますが。……ていうか、そんな可能性ってあるんですか?」
「さあな。…じゃが、ゼロではない」
「そうですか。…それはそれとして、紅井勇士の身辺調査はどうします?」
「ふむ…できる限り生徒相手にこそこそと詮索するような真似はしたくない。しばらくは様子見と行く。…彼の担任になるは誰だ?」
ひょろ長の男が脇に抱えていた端末を操作して確認する。
「えっと…蔵坂教諭ですね」
「彼女か。伝えておけ。興味本位で余計なことはするなと。それとしばらくは紅井勇士の動向を注意しておけと」
「分かりました」
※ ※ ※
ひょろ長の男性教師、猪本圭介は学園長室から出ると、職員室に向かった。
学園長室と職員室は同じ二階にあるため、移動は大変ではない。すぐに職員室近くについた猪本は、ドアに向かって歩く。
と、その時、ドアが開いた。
中から出てきたのはちょうど用のあった蔵坂鳩菜教諭だ。
「あ、猪本先生。学園長のところ行ってたんですか?」
ウェーブのかかったロングヘア。背はすらりと長くて体型にも恵まれている。びしっとスーツを着て大人らしいが、口調と彼女自身が持つ明るさから親しみやすさを感じさせる。
美人の部類に入るで彼女は多くの男性教師や卒業した男子生徒からも人気が高い。
猪本も過去に飲み会の場でさらりと告白してさらりと振られた経験がある。今でも半虜のようなものだ。
「蔵坂先生、ちょうどお話したいところだったんですが…」
猪本の視線が蔵坂の手に持つ紙の束へと移る。
五十枚以上を抱きかかえているため、士なので力の問題はなくても持ちにくそうだ。なお、押し上げられるようにして強調されている胸部については紳士の心を以て全力で見ないようにしている。
蔵坂は申し訳なさそうに。
「すみません。今、ちょっと手が離せなくて…これを事務に持っていかないといけないんです」
「手伝いますよ。俺どうせ暇ですし。女性のこんな姿見逃せるはずがありません」
恥ずかしい台詞をユーモアを取り入れることで緩和する猪本。
蔵坂はクスリと笑って。
「ではお願いします」
「お任せ下さい」
紙の束を半分ずつ分担し、2人は並んで歩き出した。
「それで、私に御話したいことってなんですか?」
「ほら、蔵坂先生が担任する生徒に例の紅井勇士くん、いるでしょ?」
蔵坂の表情が納得がいったように変わる。それから苦笑して。
「学園長から紅井くんの扱いに対する言いつけですか?」
「そんな顔しないでください。ただ変に手を出さないことと動向を確認しておけってことだけなんですから」
「動向を確認……言っておきますけど、それ結構大変なことですからね? それが実力差のある相手だと尚更ですよ?」
口を尖らせながら言う彼女は年不相応に可愛いという形容詞がぴったりで、猪本の心臓が大きく脈打つ。
「が、学園長もそんな高いレベルを要求してはいませんよ。ただ仲良くなって道を外させなければそれでいいんです」
「それならいいんですけど」
「あ、でもまた生徒を篭絡するのはやめてくださいね?」
好きな異性に意地悪したくなるのは歳を取っても変わらないもので、つい口から言葉が出てしまった。
「そんなことした覚えはありません!」
案の定、蔵坂は顔を真っ赤にして怒ってしまった。
「あはは。いやぁ、すみません。ただ前にも何度かあったもので…」
蔵坂鳩菜はモテる。
大人の男性はまだ自制が効くが、青春を生きる男子中学生はどうにも自分の気持ちと欲に従順なのだ。何十回も告白されるのは良い方で、酷い場合はストーカーにまで至ったこともある。
まあ、手を出そうとする輩は男性教師が全力で阻止したが。
蔵坂はこれまた歳不相応に可愛く頬を膨らませ。
「猪本先生、それ軽くセクハラですよ?」
「すみません! 本当にすみません!」
深々と頭を下げる猪本。歳も階級も猪本の方が上だが、そんなプライドはどうでもよかった。
嫌われたくない一心で頭を下げる。
「あ、頭を上げてください。私もセクハラは言い過ぎました」
「ありがとうございます」
2人は再び歩き出し、猪本は今が逆にチャンスなのでは?とばかりに真面目ぶった口調で。
「でも正直なところ、蔵坂先生は結婚とか考えてないんですか? 貴方なら引く手数多だろうに」
純粋な疑問としてこれぐらいなら構わないだろう。唐突にこんな話題を切り出してはこちらの真意に気付かれる恐れがあるため、前振りとして先ほどの話題の後なら言いやすい。
猪本の言葉に、蔵坂はこれといった反応を示さなかった。
「ありませんね、今は」
「誰か好きな人でも?」
「いませんよ。私はそういうの興味ないんです」
素っ気ない返し。本当に興味ないことを思い知らされる。
「私にはやりたいことがあるので」
「…へー、それ聞いてもいいですか?」
笑顔の猪本に、蔵坂は笑顔で返した。
「ダメです」
猪本はわざとらしく肩を落とした。
これ以上詮索するほどデリカシーの無い人でもない。
「そうですか。まあ、頑張ってください。そのやりたいことが終われば恋するかもしれないでしょう?」
「どうでしょうねぇ…。それは私にも分かりかねます」
「これは手厳しい。男達が泣くな」
「ふふ」
蔵坂が微笑む。
「さあ、早くいきましょうや」
「はい」
自分の隣で蔵坂が楽しそうに微笑んでいる。
今の俺、何気に超幸せじゃね?
そう思わずにはいられない猪本であった。
(……隊長は嬉しいけど、まさか紅井勇士の担任にもなるとはね…)
そんな複雑な感情を隠すように、微笑む蔵坂鳩菜であった。
■ ■ ■
「よう、獏良。作戦は失敗だったみたいだな」
「久万か。元より『玄牙』程度で潰せるとは思っていない」
「知ってるよ。本当の目的は『玄牙』に獅童学園を襲わせ、その混乱に乗じて学園長、武者小路源得を捕らえようってハラだったんだろ? 結局失敗してんじゃん」
「『玄牙』にそこまで期待していない。獅童学園の抱える戦力を半分でも把握できれば十分だ」
「でも結局襲う間もなく潰れちゃったよね?」
「ああ、確かにそれは予想外だった…が、その代わりに目ぼしい情報も手に入れられた」
「紅井勇士だっけ? そいつのこと?」
「そうだ」
「でもそいつはターゲットじゃないだろ?」
「だが奴を欲しがるであろう組織はある。…つまり、金になる」
「なるほど。まだ小僧で成長途中のガキなら捕らえやすいってことか?」
「そういうことだ」
「うはー、勇士くんこれから波乱万丈だねー」
「運が無かったと諦めてもらうしかない」
■ ■ ■
早朝。
「勇士、早くしろ」
「悪い! ネクタイが見付からなくて……あった!」
「おら、愛衣たち待たせてるんだから行きながら付けろ」
「分かってる!」
髪を結い上げ、ヘッドホンを首に備えた湊が急かし、相変わらずのイケメン具合の勇士が慌てる。
2人はいつも通りだが、決定的に違うところは着用している服にある。
黒と緑を基調としたブレザーの制服。2人ともよく似合っている。
あれから1ヶ月半経ち、4月になった。
今日は入学式当日。
長い中学最後の年が始まる。
■ ■ ■
『聖』の総本部アジト。
総司令官室には豪奢な机の前に座る女性と、その両隣に立つ2人の女性がクロッカスからの報告書を読み上げていた。
青みが掛かった黒髪を耳にかけ、西園寺瑠璃はクスリと笑う。手元の報告書の内容が予想を越えていたいたからだ。
「あら、紅井勇士くん。紅華鬼燐流を使うのね。フリーくん達の親戚かしら?」
「『あの家』と関係あることに変わりはないでしょう」
赤茶色の髪を左にかき分けた女性、スカーレットが淡々と補足同意する。クロッカスの友達の流派を聞いても動揺した様子は見られない。
「カキツとはまともに戦えたみたいだけど、クローに瞬殺されたってことは実力はまだまだっぽいね」
赤茶色の髪を右にかき分けた女性、チェリーがクスクス笑う。バカにした様子はないが、脅威と見ているというわけでもない。
「スカーちゃんはどうすればいいと思う?」
楽し気な尋ねにスカーレット真面目に応えた。
「問題視する必要はないと思います。正体はほぼ把握済み。紅井勇士の恨みに関しては第六策動隊に任せ、監視についてはクロッカスとカキツバタが偶然とはいえ傍にいるのですから安心してよいかと。あとは彼についてフリージアやアブラナから話を聞くだけでしょう」
「そうよね。やっぱりそうなるわよね」
頬杖をつきいてスカーレットの意見に異論のない瑠璃。
「私としてはフリーの親戚くんよりもこっちの女の子の方が気になるんだけど」
チェリーが瑠璃の持つ書類の数枚を横から摘み上げる。それは獅童学園に提出された個人データとクロッカス、カキツバタによる報告書だ。
スカーレットが目を細める。
「速水愛衣。『玄牙』を約20分で全滅ですか」
「質とカキツの報告から司力の正体は大体分かるけど…」
「厄介、よね」
チェリーに瑠璃が続く。
瑠璃は愛衣の顔写真を眺め、
「この子は分かってるわ。司力というものを。本来武器とは言えないものを武器にする。そうして生まれたイレギュラーな司力。クローくんの音叉然り。…相手からすれば戦いにくい上に初見だと対処法も咄嗟に分からない。……紅井勇士くんも『玄牙』ぐらいなら余裕で潰せるでしょうけど、警戒するなら断然こっちの子ね」
スカーレットが頷く。
「でしょうね。速水愛衣の司力の対処法は考えておく必要がありますが…隠し玉はまだ持っているでしょう」
「まあ、こっちにもクローが付いてるから安心だとは思うけどね」
「瑠璃様、速水愛衣の調査についてはどうされます?」
スカーレットの淡々とした問いに、瑠璃は至って冷静に応えた。
「紅井勇士同様第六策動隊に任せます。フリーくんには彼女を優先するよう言っておいて」
「了解」
■ ■ ■
獅童学園、学園長室。
広く豪奢ながらも古風な雰囲気の造りの部屋。
奥の机には、2人の人間がいた。
「ほほう、今期の生徒は中々骨のある若人が多いの」
白髪白鬚の毛は長く、顔面には皺が多い。だが老衰の様相は全く感じさせない威圧と貫禄がある。着込んだ袴が歳と力の深さを感じさせる。
片手には書類が数枚。そこにはデパートでの『玄牙』との交戦及び先日起きた『玄牙』殲滅の件に関する報告書だ。
「紅井勇士くんのことですかい? 学園長」
もう1人の男が尊敬の念とラフさが混ざった口調で聞く。
ひょろりと伸びた背丈は若干猫背になっており、目元も口元の緩んでいる。湊ほどではないが、男性にしては伸びた髪を首の後ろで束ねたその男は、飄々とした時代遅れのおじさんという表現が相応しい。
「彼だけではない。四月朔日の娘は期待通りの腕のようだし、この風宮という娘も中々の力の持ち主と見える。…その他にも何人か、試験の段階で注目の生徒はいたしの」
「そうですか。……それにしても、警戒態勢を整えていたのに『玄牙』が知らぬ間に潰れてるとは…」
『玄牙』はつい先日、一晩にして潰れた。
捕らえられた構成員はほぼ全員。幹部五人が捕らえられていたので、もう『玄牙』は全滅したとみて間違いない。生き残った残りの構成員でできることはほぼないのだから。
そして、気になるのは捕らわれた構成員について。
全員の記憶が改ざんされていたのだ。
記憶の改ざんは不可能ではない。『電信機』を用いた電子による脳への干渉で記憶を操る。無論高等技術であり、日本国内で確認されているだけでも10人に満たない。
だが、『士協会』の各上層組織が隠し持っているのは明白だ。
つまるところ、『玄牙』殲滅に関する情報はほぼ皆無なのだ。
「『玄牙』の幹部は五人全員がB級以上。現場にも五属性全ての跡が見られてる。多数の士で潰したという可能性が高い。……が、どうにもくさいな」
「え?」
「猪本よ。仮にこれが単独でなし得たことだとしたら、面白いとは思わないか?」
老人の顔に狂気にも似た笑みが浮かぶ。
「単独って…1人でですか?『玄牙』は武力というより策で攻める組織で…確かに純粋な戦闘組織ではありませんが…今学園長が言ったように幹部はB級レベルです。…ビライを圧倒した紅井勇士なら不可能ではないと思いますが、近接武器の刀では限界があるんじゃないですかね。彼の流派にもよると思いますが。……ていうか、そんな可能性ってあるんですか?」
「さあな。…じゃが、ゼロではない」
「そうですか。…それはそれとして、紅井勇士の身辺調査はどうします?」
「ふむ…できる限り生徒相手にこそこそと詮索するような真似はしたくない。しばらくは様子見と行く。…彼の担任になるは誰だ?」
ひょろ長の男が脇に抱えていた端末を操作して確認する。
「えっと…蔵坂教諭ですね」
「彼女か。伝えておけ。興味本位で余計なことはするなと。それとしばらくは紅井勇士の動向を注意しておけと」
「分かりました」
※ ※ ※
ひょろ長の男性教師、猪本圭介は学園長室から出ると、職員室に向かった。
学園長室と職員室は同じ二階にあるため、移動は大変ではない。すぐに職員室近くについた猪本は、ドアに向かって歩く。
と、その時、ドアが開いた。
中から出てきたのはちょうど用のあった蔵坂鳩菜教諭だ。
「あ、猪本先生。学園長のところ行ってたんですか?」
ウェーブのかかったロングヘア。背はすらりと長くて体型にも恵まれている。びしっとスーツを着て大人らしいが、口調と彼女自身が持つ明るさから親しみやすさを感じさせる。
美人の部類に入るで彼女は多くの男性教師や卒業した男子生徒からも人気が高い。
猪本も過去に飲み会の場でさらりと告白してさらりと振られた経験がある。今でも半虜のようなものだ。
「蔵坂先生、ちょうどお話したいところだったんですが…」
猪本の視線が蔵坂の手に持つ紙の束へと移る。
五十枚以上を抱きかかえているため、士なので力の問題はなくても持ちにくそうだ。なお、押し上げられるようにして強調されている胸部については紳士の心を以て全力で見ないようにしている。
蔵坂は申し訳なさそうに。
「すみません。今、ちょっと手が離せなくて…これを事務に持っていかないといけないんです」
「手伝いますよ。俺どうせ暇ですし。女性のこんな姿見逃せるはずがありません」
恥ずかしい台詞をユーモアを取り入れることで緩和する猪本。
蔵坂はクスリと笑って。
「ではお願いします」
「お任せ下さい」
紙の束を半分ずつ分担し、2人は並んで歩き出した。
「それで、私に御話したいことってなんですか?」
「ほら、蔵坂先生が担任する生徒に例の紅井勇士くん、いるでしょ?」
蔵坂の表情が納得がいったように変わる。それから苦笑して。
「学園長から紅井くんの扱いに対する言いつけですか?」
「そんな顔しないでください。ただ変に手を出さないことと動向を確認しておけってことだけなんですから」
「動向を確認……言っておきますけど、それ結構大変なことですからね? それが実力差のある相手だと尚更ですよ?」
口を尖らせながら言う彼女は年不相応に可愛いという形容詞がぴったりで、猪本の心臓が大きく脈打つ。
「が、学園長もそんな高いレベルを要求してはいませんよ。ただ仲良くなって道を外させなければそれでいいんです」
「それならいいんですけど」
「あ、でもまた生徒を篭絡するのはやめてくださいね?」
好きな異性に意地悪したくなるのは歳を取っても変わらないもので、つい口から言葉が出てしまった。
「そんなことした覚えはありません!」
案の定、蔵坂は顔を真っ赤にして怒ってしまった。
「あはは。いやぁ、すみません。ただ前にも何度かあったもので…」
蔵坂鳩菜はモテる。
大人の男性はまだ自制が効くが、青春を生きる男子中学生はどうにも自分の気持ちと欲に従順なのだ。何十回も告白されるのは良い方で、酷い場合はストーカーにまで至ったこともある。
まあ、手を出そうとする輩は男性教師が全力で阻止したが。
蔵坂はこれまた歳不相応に可愛く頬を膨らませ。
「猪本先生、それ軽くセクハラですよ?」
「すみません! 本当にすみません!」
深々と頭を下げる猪本。歳も階級も猪本の方が上だが、そんなプライドはどうでもよかった。
嫌われたくない一心で頭を下げる。
「あ、頭を上げてください。私もセクハラは言い過ぎました」
「ありがとうございます」
2人は再び歩き出し、猪本は今が逆にチャンスなのでは?とばかりに真面目ぶった口調で。
「でも正直なところ、蔵坂先生は結婚とか考えてないんですか? 貴方なら引く手数多だろうに」
純粋な疑問としてこれぐらいなら構わないだろう。唐突にこんな話題を切り出してはこちらの真意に気付かれる恐れがあるため、前振りとして先ほどの話題の後なら言いやすい。
猪本の言葉に、蔵坂はこれといった反応を示さなかった。
「ありませんね、今は」
「誰か好きな人でも?」
「いませんよ。私はそういうの興味ないんです」
素っ気ない返し。本当に興味ないことを思い知らされる。
「私にはやりたいことがあるので」
「…へー、それ聞いてもいいですか?」
笑顔の猪本に、蔵坂は笑顔で返した。
「ダメです」
猪本はわざとらしく肩を落とした。
これ以上詮索するほどデリカシーの無い人でもない。
「そうですか。まあ、頑張ってください。そのやりたいことが終われば恋するかもしれないでしょう?」
「どうでしょうねぇ…。それは私にも分かりかねます」
「これは手厳しい。男達が泣くな」
「ふふ」
蔵坂が微笑む。
「さあ、早くいきましょうや」
「はい」
自分の隣で蔵坂が楽しそうに微笑んでいる。
今の俺、何気に超幸せじゃね?
そう思わずにはいられない猪本であった。
(……隊長は嬉しいけど、まさか紅井勇士の担任にもなるとはね…)
そんな複雑な感情を隠すように、微笑む蔵坂鳩菜であった。
■ ■ ■
「よう、獏良。作戦は失敗だったみたいだな」
「久万か。元より『玄牙』程度で潰せるとは思っていない」
「知ってるよ。本当の目的は『玄牙』に獅童学園を襲わせ、その混乱に乗じて学園長、武者小路源得を捕らえようってハラだったんだろ? 結局失敗してんじゃん」
「『玄牙』にそこまで期待していない。獅童学園の抱える戦力を半分でも把握できれば十分だ」
「でも結局襲う間もなく潰れちゃったよね?」
「ああ、確かにそれは予想外だった…が、その代わりに目ぼしい情報も手に入れられた」
「紅井勇士だっけ? そいつのこと?」
「そうだ」
「でもそいつはターゲットじゃないだろ?」
「だが奴を欲しがるであろう組織はある。…つまり、金になる」
「なるほど。まだ小僧で成長途中のガキなら捕らえやすいってことか?」
「そういうことだ」
「うはー、勇士くんこれから波乱万丈だねー」
「運が無かったと諦めてもらうしかない」
■ ■ ■
早朝。
「勇士、早くしろ」
「悪い! ネクタイが見付からなくて……あった!」
「おら、愛衣たち待たせてるんだから行きながら付けろ」
「分かってる!」
髪を結い上げ、ヘッドホンを首に備えた湊が急かし、相変わらずのイケメン具合の勇士が慌てる。
2人はいつも通りだが、決定的に違うところは着用している服にある。
黒と緑を基調としたブレザーの制服。2人ともよく似合っている。
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