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第3章 学試闘争編
第25話・・・血_再_十・・・
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窓のない暗く広い空間。
その空間には狂暴さを隠しもしない男達が手に武器を持ち、目をギラ付かせている。総勢100を越える男達の前には、幼い少女がただ一人、震える手で刀を握り締めて、構えていた。
『一時間与える。その間にお前はそいつらを殺せ。降参は許さない。お前が殺されようと誰も助けない。一時間を越えて生きていたとしても、そいつらの内誰か一人でも生きてればお前は殺す』
刀を握る手の震えが増す。
『相手を務めてくれる諸君は、取り敢えずその少女を殺せばもうしばらく生かしてやる。……では、両者の健闘を祈る』
その後、幼い深恋はひたすら男達を殺し尽くした。
◆ ◆ ◆
時はまた少し遡る。
湊と鳩菜が源得と勇士の戦闘を観戦している時、それは起きた。
「!?」
冷静沈着な湊が突然、目を見開いて驚いた。
「? どうしました? 隊長」
気付けていない鳩菜がそう声を掛けた間に、湊は脳を高速回転させ現状で取るべき結論を打ち出した。
「説明してる時間はない。結果だけ言う。淡里深恋が『憐山』だった。今校舎の屋上にいる」
「えっ?」
鳩菜が開いた口が塞がらないでいる。
(『憐山』て確か非常勤教師の一人も…)
湊が立ち上がり告げる。
「彼女の刀から血が滴ってる。武者小路源得が警備に置いた士は凄腕なのに簡単に倒されたみたいだ。…俺が相手する。お前は校舎内に戻って何が起きたか確認してこい。スパイの方は放っておけ。そいつ自身に気付いたことに気付かれない以上、変な真似はしない」
鳩菜が苦笑して、了解の相槌を打った。
「はい。もう私はここにはいられませんからね。多少わざとらしかったりタイミング良過ぎたり不可解でも、大丈夫ですよねっ」
「…ああ」
任せた、湊が最後にそう言って瞬時に移動する。
風の余波もなく湊が去った後、鳩菜は生命測輪を破壊して、校舎内へ転移した。
◆ ◆ ◆
淡里深恋。
獅童学園3年I組。
成績優秀、運動神経抜群、社交的、天真爛漫。
そんなカリスマ的要素を網羅した彼女は、男女問わず人気がある。教師からの評判は何かと問題を起こしがちな勇士一味を押さえて一番だったと言っても過言ではない。
家族構成は3人。父、母、そして深恋。父親が士で、母親は一般人。士と言ってもD級止まりで有名でもなんでもない。
深恋は塾で頭角を現し、メキメキ実力を伸ばしていき、名門獅童学園に入学を果たした。
性格、実力、あらゆるステータスで抜きんでいている彼女は、間違いなく獅童学園の誇りとなると、誰もが疑っていなかった。
そんな彼女が今、湊の前に敵として佇んでいる。
全てが偽りだった少女、深恋。
今の深恋から感じる印象。超過演算が通じない以上、湊の直感でしかないが。
湊を映してる瞳は虚ろで、好悪どちらの感情も伺えない。肩も腕も下げた佇まいは、やる気が無さそうに見えるが、湊の眼には油断のない構えにしか見えない。湊が折った物ではない新しい刀は手に握っており、だらったと垂らした腕の先で屋上に接触している。
湊の知る深恋の面影なんかどこにもない。
彼女は何も喋る気はないのか、そう思った直後、深恋は口を開いた。
「…漣くん。君が何者か。聞いてもいいのかな?」
聞いてくる深恋。
口調自体はあまり変わってないが、声のトーンが天地の差だ。無表情と相まって、静謐さと黒々しさが更に際立つ。
湊は少し迷い、答えた。
「『聖』の隊員、とだけ言っておくよ」
「……『聖』、……なるほど………。……『聖』か」
表情はあまり変わってないが、どこか納得した素振りを見せた深恋は、改めて湊と対峙し。
「…残念だけど、私達は敵同士みたいだね」
「……ああ、本当に残念だよ」
「…ごめんね」
深恋がそう口にした直後だった。
警戒していたにも関わらず、既に深恋の刃が湊の眼前三センチのところまで迫ることを許してしまった。
湊は驚愕に顔を染めた後、即座にバックステップで躱しつつ、右手の音叉でその刀を打った。
綺麗な音色が響く中、湊は靴で摩擦音を立てなら少し離れたところで静止し、深恋と再び対峙する構図となる。
そこで初めて湊は、深恋も少なからず驚いてることに気付いた。
あれ、という顔で数度瞬きしている。今の深恋の気持ちは分かった。深恋はこれで今まで相手を瞬殺してきたのだろう。正に初見殺し。それが効かなかったことが意外ということか。
しかしすぐに湊に視線を向けた。その視線を受け、湊が述べる。
「……なるほど。これで武者小路源得を殺すつもりだったんだ」
「…君にはさすがに見破られるか」
「『縮地法』。凝縮系特有のもので、気を伸ばし、その間の空間を一気に凝縮して、対象との距離を縮める法技。淡里さんの場合は風で介してるみたいだね。………凄い精度だ。淡里さんから感じる気量はA級中位ってところだけど、縮地法のレベルは軽くS級に到達してる」
言いながら、湊は心中で情けない気持ちを抱く。
(俺の周囲には風で探知網を敷いてるのに、気付くのが遅れた。…多分、淡里さんは一瞬で風を伸ばし、ほぼ同時に縮地法で接近してる。……この歳でA級ってだけでもちょっとおかしいのに、法技の精度が異常に高過ぎてS級乗ってるなぁ、これ。………………マジで本気出さなきゃかも)
気持ちを切り替える。
カキツバタに相手を任せなくて本当に良かったと、湊が音叉を構え直す。
(もうそう簡単には接近を許さないよ)
深恋は、心の中で特に感情の起伏なく、淡々と思った。
(………随分と高く評価して頂けてるみたいだけど、
今の縮地法、本気の三割程度だよ?)
直後。
ガキィィィィィンッ!!
金属と金属のぶつかる激音が鳴り響く。それに混じって綺麗な音色も。
深恋の刀による鋭い横薙ぎを、湊は右の音叉で受け止めたのだ。
(精度がさっきの倍以上になってるんだけど…)
「警戒してたのにこれかよ、恥ずかしいー」
上から目線で恐縮だが、認めるしかないだろう。深恋には本気を出さねばならないと。
(…でも、)
深恋の表情が歪む。直後、深恋が縮地法で後ろに下がった。湊は鎮静系風属性。鎮静の濃度の高い空気を周囲に撒き、深恋に呼吸と同時に吸わせ……たわけではない。
深恋レベルでは湊の鎮静でも効果が薄いと判断し、湊が用いたのはオゾンだ。
『酸化体』。空気中に僅かに含まれたオゾンを抽出し、使用する司力。鎮静と組み合わせたオゾンを深恋に吸わせたのだが、大して害することもできなかった。
深恋は風属性であるため、自分で発生させた空気を呼吸に使えば湊のこういった罠は避けられる。もう効果は見込めない。
だが湊もそこは承知していた。
自分の空気だけで呼吸できるよう防硬法に混ぜて纏う風の流れを変えた深恋の視界から、湊は既に消えていた。
真後ろからの気配を感じ取り、深恋は振り向きざまに刀を横に構え、そこにいた湊の音叉の振り下ろしに対応する。
しかし深恋は何かに気付いたように僅かに目を開いき、真横に、コンマ001秒前とは別方向に刀を強引に構え直した。
ガキンッと音が鳴る。真後ろの湊は『陽炎空』で作った幻影。本物は真横から陽炎空で姿を隠し迫ってきていた。
音叉と刀がぶつかり、綺麗な音叉の音色が響く。
それが深恋の耳、鼓膜をほんの少し振動させた瞬間、危険を察知した深恋が、弾くように縮地法で一気に距離を取る。
距離を取りつつ、刀を振った。
「『多連鎌鼬』!」
「『緩和振』」
深恋が刀を振ると、大量の鎌鼬が発生し、全てが湊へ襲い掛かる。多量の気が凝縮された鎌鼬を、湊は音叉と音叉をカツンと当てて作った鎮静を混ぜた音波で全て消す。
深恋は特に驚かない。今の『多連鎌鼬』は湊の音と追撃を避ける為のものだ。
湊はふーん、と深恋の司力を分析する。
(当然だけど、数時間前に戦った淡里さんとは別人だな。…構えや僅かな動作から少しは予測できるけど、表情や視線、癖からは全く何も読み取れない。完全に心を閉ざしてる。…縮地法の精度は疑う余地なく世界屈指。俺の全速にも十分対応できると見て間違いない。しかも俺の小細工も全然通じない。……やっぱ凝縮系は戦いにくい)
湊は策士だ。オゾンを散布するなどの仕掛けをこの短い間に多数仕掛けている。最初音叉と刀が触れた時に共振攻撃を仕掛けたが、凝縮された風を纏っていて効き目はなかった。
また、音叉で刀で触れた時は鎮静の音で攻撃すると共に、A級レベルの消滅法で刀を直接壊しに掛かったが、いつもは一瞬で破壊できるが、凝縮された風が邪魔で時間が掛かり、そうしている間に大きく距離を取られた。深恋は鎮静の音と、消滅法からも退避していた。
そもそも鎮静系は凝縮系と相性が悪い。凝縮系の気は層が厚く、鎮静の気が奥まで届きにくい。拮抗する実力の場合、凝縮系が優勢なのだ。S級の湊に対し、深恋はA級だが、凝縮の精度はS級。
消滅法のなどの上級法技も、使用する場合はS級にまで上げ、チャンスを窺う必要がある。
(でも、そんな時間もないんだよな)
カキツバタを中に送った以上、今張ってる『結界法・五重』に気付かれるのも時間の問題。
(色々確かめたいことあるけど、淡里さん削っておかなきゃだね)
方針を決めた湊が音叉と音叉をガツンと強く打ち付ける。
「『消滅強振』」
音叉から、激しく振動する風が巻き起こる。その風は結界内を覆い尽くす程の広範囲攻撃であり、縮地法でも躱すことは不可能。その風には消滅法が施してあり、威力は当然S級。
縮地法のために風を伸ばしても消されてしまう。
(…『一面結界』も、効果薄か)
深恋は防硬法を超凝縮させ、
「『一点活激』」
刀を突き出しながら加速法で、消滅強振の中へ突っ込んで行った。
これは剣士や槍使いがよく使う技で、広範囲攻撃の中の一点を瞬間的に防硬法を高めて突破するものだ。凝縮系のそれは防御力が高く、深恋のそれは最上級。
湊から離れた位置へと脱出する深恋。纏う気が散り散りになっている。
すると、深恋はその場から縮地法で大きく退いた。
湊の音叉が空を切る。
湊のスピードなら造作もないことなので、深恋は慌てず対処した……はずだった。
(…何か、おかしい)
妙な違和感、これは気のせいではないと確信し、湊が証明した。湊が深恋の脇腹を音叉で打ち付けたのだ。
「ッッ!? カァッアッッ!?」
十分に離れ、仮に湊が追撃してきても対応できるよう気構えていた。
なのに、見えていた湊の動き、攻撃に一拍遅れ、その遅れによって激痛を味わうことになった。
音叉で打たれ、深恋の全身に振動が走る。初めて深恋の表情が激しく変化した。激痛と理解不能が混ざった表情で、屋上に数度叩き付けるように転がる。
苦しみに耐えながら、すぐに態勢を整え、刀を構え直すが、湊の追撃はなく、打ち付けた場所で佇んでいた。
ふっと湊が微笑む。
「『遅延領域』。さすがに領域系を完全シャットアウトっていうわけにもいかないよね」
なるほど、深恋は素直に納得した。
(『遅延法』…)
遅延法
鎮静系特有法技。鎮静の気を一部の空間に置き、対象の動きを緩慢にする法技だ。
士の腕によって精度は変化し、湊のように領域として広範囲に作用するにはかなりの腕を要する。
ちなみに遅延法を極限まで鍛えたものが、茅須弥生が使用していた理界踏破〝時延間〟である。
湊は、ここらの広範囲に深恋に感知されないレベルの遅延法を展開していた。深恋を直接狙ったものではなく、空間を侵していたので、気付くのに遅れ、一撃もらってしまった。
(…一撃でこの威力…。強い…。共振やオゾン、消滅法もなんとか防げたけど、更にもう一段階レベルを上げて来た)
骨身に染みるように思いながら、深恋は自身の体内の鎮静の気を無理矢理追い出す。ショートカットの髪が乱れた。
「俺からも一つ聞いていい?」
そこへ、湊からの声が掛かる。
「………なに?」
やっと息が整ってきた深恋が、体を休めたいのか、素直に質問に答える気になっているのか分からないが、応答する。湊は口を開き。
「…淡里さんって『憐山』ではどんなポジションなの? 俺が言うことじゃないけど、普通じゃないよ」
言われて、深恋は無表情のまま、心中で思った。
(……「普通じゃない」…。……何も知らないで……。私がどんな生き方を……生きる為に何をしたかも知らないで………)
暗黒。湊の言葉が引き金となったのか、闇よりも深く黒い感情が深恋の心の中を強く渦巻く。
しかし表情は無。湊はそんな深恋の感情を読み取れない。
深恋は薄く口で弧を描いた。
「…私の強さって、そんなに「普通じゃない」?」
深恋は興味があった。こう聞き、なんと言い返してくるのか。どれだけ更に自分を闇の底へ突き放す言葉を吐けるのか。
だが。
「淡里さんの強さは大体見当がつくよ」
「……え?」
いまいち理解できなかった深恋に、湊は告げた。
「俺が聞きたいのは淡里さんがどうして『そんな』教育を受けることになったのか。『憐山』は『裏・死頭評議会』の中でも1,2を争う殺人思想の組織だ。厄介な存在、貴重で他組織の利益となってしまいそうな存在がいれば殺してしまえばいいと考える。…構成員は多いし、幹部やその供回りはS級、A級もいるらしいけど、……淡里さんの剣技自体は『憐山』の幹部の一人、『十刀流のジスト』の記録と似てるように思う。
冷酷無情で彼の戦場跡には惨殺死体が転がってるっていう『十刀流のジスト』から教育を受けた? ありえない。会ったことはないけど、そんな面倒見の良い人間じゃない。
大体『憐山』は殺人願望の強い犯罪者を全国からスカウトして構成員を集めてるんでしょ? 淡里さんのように小さい頃から人殺しの教育を受けるなんて、ありえない」
必死に呆然としたい精神を抑えつけ、深恋は湊を見る。
湊が改めて聞いた。
「…淡里さん、君は『憐山』の何?」
「……………………………………………………………………………………………………………っ」
深恋の瞳に、ほんの僅か、湊でなければ見逃し、読み取れなかったぐらいの、感情の変化が起きた。
しかしその僅かな機微は消え、無の深恋が淡々と言葉を放った。
「…頭が良いんでしょう? 当ててみなよ。………………ヒントを上げるから」
ヒント?
湊が思うと同時に、深恋が全収納器を取り出す。その動きは緩やかで、湊なら「何か」を取り出す前に距離を詰めて弾くこともできたかもしれない。縮地法で逃げられる可能性はあるけど、試す価値はある。
しかし、やらない。そもそも深恋はわざと動きを緩やかにしてる。湊が何もしない、様子を見ると確信しているのだ。
そして深恋が開封し、「何か」が判明した。
「3パーセントぐらいの確率で予測はしてたけど、マジかよー」
飛び出してきたのは刀。
風と操作法によって浮く九本の刀。
深恋の持つ刀を合わせて十本。
「……十刀流」
非常に面倒だと、湊はつくづく思った。
「…もう、気付いたかな?」
深恋が、無感情な瞳で、首を傾げた。
◆ ◆ ◆
「ジスト様」
「イーバか、なんだ?」
「ギスナから連絡が入りました。ジスト様に言われたタイミングで……イルに源得殺害を命じたと」
「そうか…」
「成功すると良いですね。イルの存在をギスナにまで隠して、徹底したんですから」
「そうだな」
「これで武者小路源得も終わりですね。………いやぁ、ジスト様の娘だけあって、ほんと優秀ですね」
「……ああ」
その空間には狂暴さを隠しもしない男達が手に武器を持ち、目をギラ付かせている。総勢100を越える男達の前には、幼い少女がただ一人、震える手で刀を握り締めて、構えていた。
『一時間与える。その間にお前はそいつらを殺せ。降参は許さない。お前が殺されようと誰も助けない。一時間を越えて生きていたとしても、そいつらの内誰か一人でも生きてればお前は殺す』
刀を握る手の震えが増す。
『相手を務めてくれる諸君は、取り敢えずその少女を殺せばもうしばらく生かしてやる。……では、両者の健闘を祈る』
その後、幼い深恋はひたすら男達を殺し尽くした。
◆ ◆ ◆
時はまた少し遡る。
湊と鳩菜が源得と勇士の戦闘を観戦している時、それは起きた。
「!?」
冷静沈着な湊が突然、目を見開いて驚いた。
「? どうしました? 隊長」
気付けていない鳩菜がそう声を掛けた間に、湊は脳を高速回転させ現状で取るべき結論を打ち出した。
「説明してる時間はない。結果だけ言う。淡里深恋が『憐山』だった。今校舎の屋上にいる」
「えっ?」
鳩菜が開いた口が塞がらないでいる。
(『憐山』て確か非常勤教師の一人も…)
湊が立ち上がり告げる。
「彼女の刀から血が滴ってる。武者小路源得が警備に置いた士は凄腕なのに簡単に倒されたみたいだ。…俺が相手する。お前は校舎内に戻って何が起きたか確認してこい。スパイの方は放っておけ。そいつ自身に気付いたことに気付かれない以上、変な真似はしない」
鳩菜が苦笑して、了解の相槌を打った。
「はい。もう私はここにはいられませんからね。多少わざとらしかったりタイミング良過ぎたり不可解でも、大丈夫ですよねっ」
「…ああ」
任せた、湊が最後にそう言って瞬時に移動する。
風の余波もなく湊が去った後、鳩菜は生命測輪を破壊して、校舎内へ転移した。
◆ ◆ ◆
淡里深恋。
獅童学園3年I組。
成績優秀、運動神経抜群、社交的、天真爛漫。
そんなカリスマ的要素を網羅した彼女は、男女問わず人気がある。教師からの評判は何かと問題を起こしがちな勇士一味を押さえて一番だったと言っても過言ではない。
家族構成は3人。父、母、そして深恋。父親が士で、母親は一般人。士と言ってもD級止まりで有名でもなんでもない。
深恋は塾で頭角を現し、メキメキ実力を伸ばしていき、名門獅童学園に入学を果たした。
性格、実力、あらゆるステータスで抜きんでいている彼女は、間違いなく獅童学園の誇りとなると、誰もが疑っていなかった。
そんな彼女が今、湊の前に敵として佇んでいる。
全てが偽りだった少女、深恋。
今の深恋から感じる印象。超過演算が通じない以上、湊の直感でしかないが。
湊を映してる瞳は虚ろで、好悪どちらの感情も伺えない。肩も腕も下げた佇まいは、やる気が無さそうに見えるが、湊の眼には油断のない構えにしか見えない。湊が折った物ではない新しい刀は手に握っており、だらったと垂らした腕の先で屋上に接触している。
湊の知る深恋の面影なんかどこにもない。
彼女は何も喋る気はないのか、そう思った直後、深恋は口を開いた。
「…漣くん。君が何者か。聞いてもいいのかな?」
聞いてくる深恋。
口調自体はあまり変わってないが、声のトーンが天地の差だ。無表情と相まって、静謐さと黒々しさが更に際立つ。
湊は少し迷い、答えた。
「『聖』の隊員、とだけ言っておくよ」
「……『聖』、……なるほど………。……『聖』か」
表情はあまり変わってないが、どこか納得した素振りを見せた深恋は、改めて湊と対峙し。
「…残念だけど、私達は敵同士みたいだね」
「……ああ、本当に残念だよ」
「…ごめんね」
深恋がそう口にした直後だった。
警戒していたにも関わらず、既に深恋の刃が湊の眼前三センチのところまで迫ることを許してしまった。
湊は驚愕に顔を染めた後、即座にバックステップで躱しつつ、右手の音叉でその刀を打った。
綺麗な音色が響く中、湊は靴で摩擦音を立てなら少し離れたところで静止し、深恋と再び対峙する構図となる。
そこで初めて湊は、深恋も少なからず驚いてることに気付いた。
あれ、という顔で数度瞬きしている。今の深恋の気持ちは分かった。深恋はこれで今まで相手を瞬殺してきたのだろう。正に初見殺し。それが効かなかったことが意外ということか。
しかしすぐに湊に視線を向けた。その視線を受け、湊が述べる。
「……なるほど。これで武者小路源得を殺すつもりだったんだ」
「…君にはさすがに見破られるか」
「『縮地法』。凝縮系特有のもので、気を伸ばし、その間の空間を一気に凝縮して、対象との距離を縮める法技。淡里さんの場合は風で介してるみたいだね。………凄い精度だ。淡里さんから感じる気量はA級中位ってところだけど、縮地法のレベルは軽くS級に到達してる」
言いながら、湊は心中で情けない気持ちを抱く。
(俺の周囲には風で探知網を敷いてるのに、気付くのが遅れた。…多分、淡里さんは一瞬で風を伸ばし、ほぼ同時に縮地法で接近してる。……この歳でA級ってだけでもちょっとおかしいのに、法技の精度が異常に高過ぎてS級乗ってるなぁ、これ。………………マジで本気出さなきゃかも)
気持ちを切り替える。
カキツバタに相手を任せなくて本当に良かったと、湊が音叉を構え直す。
(もうそう簡単には接近を許さないよ)
深恋は、心の中で特に感情の起伏なく、淡々と思った。
(………随分と高く評価して頂けてるみたいだけど、
今の縮地法、本気の三割程度だよ?)
直後。
ガキィィィィィンッ!!
金属と金属のぶつかる激音が鳴り響く。それに混じって綺麗な音色も。
深恋の刀による鋭い横薙ぎを、湊は右の音叉で受け止めたのだ。
(精度がさっきの倍以上になってるんだけど…)
「警戒してたのにこれかよ、恥ずかしいー」
上から目線で恐縮だが、認めるしかないだろう。深恋には本気を出さねばならないと。
(…でも、)
深恋の表情が歪む。直後、深恋が縮地法で後ろに下がった。湊は鎮静系風属性。鎮静の濃度の高い空気を周囲に撒き、深恋に呼吸と同時に吸わせ……たわけではない。
深恋レベルでは湊の鎮静でも効果が薄いと判断し、湊が用いたのはオゾンだ。
『酸化体』。空気中に僅かに含まれたオゾンを抽出し、使用する司力。鎮静と組み合わせたオゾンを深恋に吸わせたのだが、大して害することもできなかった。
深恋は風属性であるため、自分で発生させた空気を呼吸に使えば湊のこういった罠は避けられる。もう効果は見込めない。
だが湊もそこは承知していた。
自分の空気だけで呼吸できるよう防硬法に混ぜて纏う風の流れを変えた深恋の視界から、湊は既に消えていた。
真後ろからの気配を感じ取り、深恋は振り向きざまに刀を横に構え、そこにいた湊の音叉の振り下ろしに対応する。
しかし深恋は何かに気付いたように僅かに目を開いき、真横に、コンマ001秒前とは別方向に刀を強引に構え直した。
ガキンッと音が鳴る。真後ろの湊は『陽炎空』で作った幻影。本物は真横から陽炎空で姿を隠し迫ってきていた。
音叉と刀がぶつかり、綺麗な音叉の音色が響く。
それが深恋の耳、鼓膜をほんの少し振動させた瞬間、危険を察知した深恋が、弾くように縮地法で一気に距離を取る。
距離を取りつつ、刀を振った。
「『多連鎌鼬』!」
「『緩和振』」
深恋が刀を振ると、大量の鎌鼬が発生し、全てが湊へ襲い掛かる。多量の気が凝縮された鎌鼬を、湊は音叉と音叉をカツンと当てて作った鎮静を混ぜた音波で全て消す。
深恋は特に驚かない。今の『多連鎌鼬』は湊の音と追撃を避ける為のものだ。
湊はふーん、と深恋の司力を分析する。
(当然だけど、数時間前に戦った淡里さんとは別人だな。…構えや僅かな動作から少しは予測できるけど、表情や視線、癖からは全く何も読み取れない。完全に心を閉ざしてる。…縮地法の精度は疑う余地なく世界屈指。俺の全速にも十分対応できると見て間違いない。しかも俺の小細工も全然通じない。……やっぱ凝縮系は戦いにくい)
湊は策士だ。オゾンを散布するなどの仕掛けをこの短い間に多数仕掛けている。最初音叉と刀が触れた時に共振攻撃を仕掛けたが、凝縮された風を纏っていて効き目はなかった。
また、音叉で刀で触れた時は鎮静の音で攻撃すると共に、A級レベルの消滅法で刀を直接壊しに掛かったが、いつもは一瞬で破壊できるが、凝縮された風が邪魔で時間が掛かり、そうしている間に大きく距離を取られた。深恋は鎮静の音と、消滅法からも退避していた。
そもそも鎮静系は凝縮系と相性が悪い。凝縮系の気は層が厚く、鎮静の気が奥まで届きにくい。拮抗する実力の場合、凝縮系が優勢なのだ。S級の湊に対し、深恋はA級だが、凝縮の精度はS級。
消滅法のなどの上級法技も、使用する場合はS級にまで上げ、チャンスを窺う必要がある。
(でも、そんな時間もないんだよな)
カキツバタを中に送った以上、今張ってる『結界法・五重』に気付かれるのも時間の問題。
(色々確かめたいことあるけど、淡里さん削っておかなきゃだね)
方針を決めた湊が音叉と音叉をガツンと強く打ち付ける。
「『消滅強振』」
音叉から、激しく振動する風が巻き起こる。その風は結界内を覆い尽くす程の広範囲攻撃であり、縮地法でも躱すことは不可能。その風には消滅法が施してあり、威力は当然S級。
縮地法のために風を伸ばしても消されてしまう。
(…『一面結界』も、効果薄か)
深恋は防硬法を超凝縮させ、
「『一点活激』」
刀を突き出しながら加速法で、消滅強振の中へ突っ込んで行った。
これは剣士や槍使いがよく使う技で、広範囲攻撃の中の一点を瞬間的に防硬法を高めて突破するものだ。凝縮系のそれは防御力が高く、深恋のそれは最上級。
湊から離れた位置へと脱出する深恋。纏う気が散り散りになっている。
すると、深恋はその場から縮地法で大きく退いた。
湊の音叉が空を切る。
湊のスピードなら造作もないことなので、深恋は慌てず対処した……はずだった。
(…何か、おかしい)
妙な違和感、これは気のせいではないと確信し、湊が証明した。湊が深恋の脇腹を音叉で打ち付けたのだ。
「ッッ!? カァッアッッ!?」
十分に離れ、仮に湊が追撃してきても対応できるよう気構えていた。
なのに、見えていた湊の動き、攻撃に一拍遅れ、その遅れによって激痛を味わうことになった。
音叉で打たれ、深恋の全身に振動が走る。初めて深恋の表情が激しく変化した。激痛と理解不能が混ざった表情で、屋上に数度叩き付けるように転がる。
苦しみに耐えながら、すぐに態勢を整え、刀を構え直すが、湊の追撃はなく、打ち付けた場所で佇んでいた。
ふっと湊が微笑む。
「『遅延領域』。さすがに領域系を完全シャットアウトっていうわけにもいかないよね」
なるほど、深恋は素直に納得した。
(『遅延法』…)
遅延法
鎮静系特有法技。鎮静の気を一部の空間に置き、対象の動きを緩慢にする法技だ。
士の腕によって精度は変化し、湊のように領域として広範囲に作用するにはかなりの腕を要する。
ちなみに遅延法を極限まで鍛えたものが、茅須弥生が使用していた理界踏破〝時延間〟である。
湊は、ここらの広範囲に深恋に感知されないレベルの遅延法を展開していた。深恋を直接狙ったものではなく、空間を侵していたので、気付くのに遅れ、一撃もらってしまった。
(…一撃でこの威力…。強い…。共振やオゾン、消滅法もなんとか防げたけど、更にもう一段階レベルを上げて来た)
骨身に染みるように思いながら、深恋は自身の体内の鎮静の気を無理矢理追い出す。ショートカットの髪が乱れた。
「俺からも一つ聞いていい?」
そこへ、湊からの声が掛かる。
「………なに?」
やっと息が整ってきた深恋が、体を休めたいのか、素直に質問に答える気になっているのか分からないが、応答する。湊は口を開き。
「…淡里さんって『憐山』ではどんなポジションなの? 俺が言うことじゃないけど、普通じゃないよ」
言われて、深恋は無表情のまま、心中で思った。
(……「普通じゃない」…。……何も知らないで……。私がどんな生き方を……生きる為に何をしたかも知らないで………)
暗黒。湊の言葉が引き金となったのか、闇よりも深く黒い感情が深恋の心の中を強く渦巻く。
しかし表情は無。湊はそんな深恋の感情を読み取れない。
深恋は薄く口で弧を描いた。
「…私の強さって、そんなに「普通じゃない」?」
深恋は興味があった。こう聞き、なんと言い返してくるのか。どれだけ更に自分を闇の底へ突き放す言葉を吐けるのか。
だが。
「淡里さんの強さは大体見当がつくよ」
「……え?」
いまいち理解できなかった深恋に、湊は告げた。
「俺が聞きたいのは淡里さんがどうして『そんな』教育を受けることになったのか。『憐山』は『裏・死頭評議会』の中でも1,2を争う殺人思想の組織だ。厄介な存在、貴重で他組織の利益となってしまいそうな存在がいれば殺してしまえばいいと考える。…構成員は多いし、幹部やその供回りはS級、A級もいるらしいけど、……淡里さんの剣技自体は『憐山』の幹部の一人、『十刀流のジスト』の記録と似てるように思う。
冷酷無情で彼の戦場跡には惨殺死体が転がってるっていう『十刀流のジスト』から教育を受けた? ありえない。会ったことはないけど、そんな面倒見の良い人間じゃない。
大体『憐山』は殺人願望の強い犯罪者を全国からスカウトして構成員を集めてるんでしょ? 淡里さんのように小さい頃から人殺しの教育を受けるなんて、ありえない」
必死に呆然としたい精神を抑えつけ、深恋は湊を見る。
湊が改めて聞いた。
「…淡里さん、君は『憐山』の何?」
「……………………………………………………………………………………………………………っ」
深恋の瞳に、ほんの僅か、湊でなければ見逃し、読み取れなかったぐらいの、感情の変化が起きた。
しかしその僅かな機微は消え、無の深恋が淡々と言葉を放った。
「…頭が良いんでしょう? 当ててみなよ。………………ヒントを上げるから」
ヒント?
湊が思うと同時に、深恋が全収納器を取り出す。その動きは緩やかで、湊なら「何か」を取り出す前に距離を詰めて弾くこともできたかもしれない。縮地法で逃げられる可能性はあるけど、試す価値はある。
しかし、やらない。そもそも深恋はわざと動きを緩やかにしてる。湊が何もしない、様子を見ると確信しているのだ。
そして深恋が開封し、「何か」が判明した。
「3パーセントぐらいの確率で予測はしてたけど、マジかよー」
飛び出してきたのは刀。
風と操作法によって浮く九本の刀。
深恋の持つ刀を合わせて十本。
「……十刀流」
非常に面倒だと、湊はつくづく思った。
「…もう、気付いたかな?」
深恋が、無感情な瞳で、首を傾げた。
◆ ◆ ◆
「ジスト様」
「イーバか、なんだ?」
「ギスナから連絡が入りました。ジスト様に言われたタイミングで……イルに源得殺害を命じたと」
「そうか…」
「成功すると良いですね。イルの存在をギスナにまで隠して、徹底したんですから」
「そうだな」
「これで武者小路源得も終わりですね。………いやぁ、ジスト様の娘だけあって、ほんと優秀ですね」
「……ああ」
10
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