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第4章 激闘クロッカス直属小隊編
第21話・・・中途半端_VSレイゴ_分析・・・
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「そっちも終わったみたいね。……って、気絶してるし」
イーバとの戦いを制して気を失ってしまった深恋達の元にコスモスが戻ってくる。
横たわる深恋の横に、ジストが膝をついて寄り添っている。
「アルガは?」
スターチスに聞かれ、コスモスは全収納器を二つ取り出して投げた。
「アルガとルーランはその中にいるわ。一応、生きてる」
スターチスが「さすがじゃ」という声に軽く手を上げて応え、そのまま寝たままの深恋とジストの元に近寄った。
「な、なにか…?」
ジストが緊張した面持ちで問う。
「深恋の親として、『聖』に入る覚悟は決まったの?」
「は、はい…! ……こんな私でも受け入れてくれるのであれば…っっ」
ジストは不安を覗かせつつも、強いを覚悟を瞳で言う。
しかし、そんなジストにコスモスがぴしゃりと告げた。
「こんな私って言うの、やめなさい。……『聖』には貴方レベルの犯罪者、何人もいる。その言い方は、その仲間も貶してるのよ」
ジストが過ちに気付き、目を見開く。
「ッ! す、すみません…!」
「それと、」
ジストの謝罪などどうでもいいように、コスモスが続けて述べた。
「親になるって誓ったなら、中途半端は許さないからね」
「…っっ!!」
コスモスの言葉全てが、ジストに突き刺さる。
耳が痛いお叱りだが、それは同時に仲間として受け入れてくれていることも表しており、ジストの心に温かい風が広まっていった。
「スターチス」
ジストの心の変化など気にせず、コスモスが次の話に移行した。
「もうクロッカスとヒヤシンスの〝掃討〟も終わってるし、私はアスターのところへ行って、できたらレイゴとの戦いを見届けてきたいんだけど、いい?」
「構わぬよ。無遁法を張る気は残っておるみたいだしの」
「アルガ相手に私が消耗するはずないでしょ。……それじゃ行ってくるわね」
コスモスが一瞬で移動し、姿が消えた。
微かに目で終えたコスモスの背中を、ジストが見詰めている。
「……主の察する通りじゃよ」
スターチスがジストの心を読んだかのように言う。
「え、いや私は何も…」
「よいよい。直に知ることだ。……それに、コスモス自身、前以て知っておいてもらえた方が楽じゃろう」
「……じゃ、じゃあ、やっぱり彼女は…」
ジストはその先の言葉を紡ぐことを憚られたが、スターチスはゆっくりと頷いた。
「そう。元は裏組織の人間。……かつては、『骸』にいた」
「む、『骸』!? あんな子供が……? ………ま、まさか……!?」
『骸』と聞き驚くジストだが、少し考えたジストを更なる衝撃が襲った。
……コスモスのおおよその年齢から、とある仮説が立てられるのだ。
「察しがいいのう」
スターチスがまた先読みして肯定する。
「そう。『骸』の幹部の『爛乱』が一時期連れていた齢7歳前後の、身長130にも満たない〝小さな殺人鬼〟が、あの子じゃ」
「ッッッッッッ!?」
ジストは呼吸も忘れて驚いた。
直接会ったことはないが、『憐山』の構成員も数えきれないほど〝小さな殺人鬼〟に殺された。中には側近クラスの手練れもいたのに、10歳にも満たない子供に殺され続けたのだ。
(……突然噂を聞かなくなり、てっきり殺されたものだと思っていたが……まさか『聖』に入っていたとは……ッ)
そこまで考えて、改めてジストは『聖』の偉大さ、寛大さに、温かさに、涙腺を熱くした。
さっと目頭を押さえながら、ジストは様々な感情が混じった下手くそな笑みを浮かべて、スターチスに言った。
「…………………………本当に『聖』は、素晴らしい場所なんですね」
「じゃろう?」
■ ■ ■
『憐山』ジストのアジトの屋上で、レイゴと湊は対峙していた。
レイゴは両手に刀、湊は両手に先端の尖った小太刀サイズの音叉を備えている。
「……ッ」
レイゴの表情にはいつにない緊張が滲んでいる。
「どうしたの? 威勢のいい戦闘狂として有名なレイゴとは思えない緊迫感だけど?」
「……黙れ…ッ」
湊の軽口に、レイゴは本気の殺意を込めてそう返した。
レイゴは気こそ大幅に回復したが、折れた右腕と右脚を補強法で補い、右眼は焼け消えてしまっている。
いくら気を回復しても満身創痍であることに変わりはない。
そんな状態でクロッカスという強敵と戦うことになってしまったのだ。一瞬たりとも気は抜けない。
「ごめんごめん、怒らせるつもりはなかったんだ」
湊はまるで友達に話しかけるようなテンションで続けて言った。
「さっきも言ったみたいに、これから紅蓮奏華と関わっていくことが増えていくからさ、色々聞きたいこととか、確かめたいことがあるんだよね」
「確かめたいこと…?」
「うん。『聖』にいる紅蓮奏華の血筋とは何度か手合わせしてるけど、生死を掛けた勝負でないと得られないものってあるはずだからさ。……それに、紅蓮奏華臥次(※アブラナ)が紅蓮奏華家を出たのは約40年前の話だからさ。約15年前に出たあんたの方が、幾分か詳しいはずでしょ?」
無機質に語られる理由を聞いて、レイゴは「はっ」と思わず失笑してしまった。
「俺に対する微塵の危機も感じてねぇ。……もうただの〝情報の塊〟としてしか見てねえな」
湊も「ははっ」と失笑する。
「俺の優秀な部下達のおかげでね。……さすがに負ける気はしないかな。もちろん、油断なんてしないけど」
「このッッ……!」
怒気を露わにするレイゴを前にして、湊は冷静に分析した。
(この状況でレイゴの勝ち筋を上げるとしたら、やっぱり紅華鬼燐流・秘奥零式。理界踏破。それで俺を討ち、他の隊員が駆け付ける前に結界を破って逃げるしかない。……普通なら理界踏破を使う間もなく速攻で終わらせるべきなんだけど、フリージアとは違う〝本気の殺意の籠った剣〟を感じたいんだよなぁ)
「調子に乗るなよッッ!」
そしてレイゴが我慢の限界に達し、その場で二刀を振りかざした。
「紅華鬼燐流・二式『飛炎連奏』!」
弧状の炎が湊へ向かって飛来する。
「『緩和振』」
かつん、と音叉が鳴り響き、振動に乗った鎮静の気がまだ離れた距離にある弧状の炎を掻き消す。
「チッ」
レイゴが舌打ちする。
二式『飛炎連奏』は牽制技として使い、主導権を握る用途として使われることが多いが、こうも簡単に対応されては何もできない。
「どうしたの? 俺に近付くのが怖い?」
「黙れ!」
レイゴは敢えて挑発に乗ったのか、目にも止まらぬ速さで湊の頭上に移動する。
空中に気を張って足場にする歩空法で、逆さまの状態で一瞬立ち止まり、そのまま全身のばねを活かして跳んだ。
逆さまの状態から跳んだ、その先にいるのは湊だ。
「九式『過蒸閃』ッッ!」
「『一面結界』」
「俺にそれはもう効かねえぜ!」
レイゴが鼻息を荒くして叫ぶ。
扱い辛い部分もあるが、風の壁などの防御技より防御力が高い断絶の壁。
しかしレイゴはそれを見切っている。
(わかってるよ。どう破ってくるのか、見たいんだ)
それはブローディア達の通信から湊もそれを承知していて、破る手段を見せてもらおうとしているのだ。
………しかし。
カキンッ、と炎を纏ったレイゴの刀は『一面結界』に弾かれてしまう。
「ッッ!? 何をした!?」
レイゴが瞬時に後ろに引きながら、驚愕の表情で問うた。
「…何もやってないよ」
湊は正直に答えながら、心の中で(なるほど)と納得する。
(さっきはコスモスに殺されるという窮地に立たされて、『天超直感』が強制的に覚醒して『一面結界』破りをやってのけたらしいけど、永続的なものじゃないということか。……まあそりゃ、おそらくレイゴより一歩劣るとはいえ並外れた『天超直感』を持つフリージアや、『超過演算』を持つ俺にもできないことを、そう簡単にできてたまるかって話なんだけど)
そう簡単に解明できそうにない、そう考えつつ、やはりポイントはコスモスに殺されかけた時ほどは切羽詰まっていると感じてないところだと判断し、湊は気を漲らせた。
そして音叉を構える
「オーケー。……どうやらフレンドリーに接し過ぎたみたいだから、〝命の危機〟を感じる程度には、本気を出すよ」
■ ■ ■
命の危機。そう聞いてレイゴは息を呑んだが、何も考える時間はなかった。
湊から一瞬たりとも目を離していないのに、……視界から消えた。
「ッ! 『聖』はどいつもこいつも消えるのが趣味なのかよ!」
ガキンッ!とレイゴはS級でなければ探知できない微かな気配がする右横に刀を構え、ギリギリのところで湊の攻撃を受け止める。
受け止めると同時に音叉が鳴り響き、レイゴの鼓膜を刺激して脱力を誘うが、下唇を噛み切って血を流しながら今の集中力を保った。
(音叉ッ…厄介な武器だなッ!)
レイゴは身を屈め、超人的な加速法で音叉に触れないよう湊の懐に潜り込んだ。
「紅華鬼燐流・一式『双火炎』!」
回転し、その遠心力で炎の二刀による波状攻撃をする剣技だ。
普通なら対応できずに腹を掻っ捌かれる。
……しかし。
「おっと」
そんなわざとらしい声を上げ、湊は軽快な動作で横に跳んで躱してみせた。
「『消滅強振』」
そして跳びながら流れるように音叉と音叉を鳴らした。
消滅法を施された空気振動がレイゴを襲う。
「六式『風刈衣』!」
レイゴの実像がぐわんと歪んだ。
周囲の空気を焼いて手中に収め、風属性の攻撃を無効にする技を発動したので、空気の密度がアンバランスになったのだ。
湊の技は効かずに霧散した。
「消滅法如き、喰らうかよ!」
「じゃあ、」
湊が再び音叉を鳴らした。
「『虚無激振』」
「ッッ!?」
それは消滅法の上位互換にして、理界踏破一歩手前の、鎮静系特有の超上級法技・虚無法。
あらゆる事物を消し去り、無へと帰す技。
(さらっと使いやがって!!)
「秘伝十三ノ式『断崖炎焦・乱列業』!!」
レイゴが刀を地面に刺し、その刀を伝ってレイゴの周囲を巨大な炎の柱が覆う紅華鬼燐流の防御の奥義。
今レイゴが使用した『乱列業』は自身を覆う炎の柱以外にも、巨大な炎の柱を敵の攻撃方向に十個以上立てて相手の広範囲攻撃を防ぐ技である。
レイゴは気を惜しまず、暗い夜空の下を照らす炎の柱を十七本立てた。
湊の『虚無激振はその十七本全てを最初から無かったかのように消し去ったが、レイゴに傷一つつけることはできなかった。
「ッッッ!?」
一難去ったと思ったレイゴだったが、己の直感に従って瞬時にその場から真横に跳んだ。
直後、いつの間に真後ろまで接近していた湊がレイゴのいた場所へ音叉を振り下ろし、アジトの屋上を砕いた。
(情報はどうした!? 俺を殺すつもりかよ!)
「『噴波振』
心中で叫ぶレイゴに対し、湊は攻撃の手を緩めなかった。
湊は屋上のコンクリートを砕いた勢いのまま、そこを中心に振動を起こしてコンクリートを畳返しのように、噴火するように砕き翻す。振動と瓦礫がレイゴを襲う。
通常の対応策としては、真上に跳んで歩空法で回避するか、壁を張って防御するのだが、レイゴはそうしなかった。
「舐めんなよッッッ!!」
レイゴはその瓦礫の荒波の中を防硬法だけで突き進み、それでも防げず全身に血の滲む痣を作りながら、湊の元までほぼ数瞬で肉迫した。
「四式『烈翔華』!」
刀の峰から炎を噴出させたロケットの如き斬撃を、虚を突かれた湊の首めがけて放つ。
あと一ミリで湊の首が飛ぶ……その時になって、レイゴは違和感に襲われた。
「まさか…ッ」
「そのまさかだよ」
レイゴ腹部を激痛が襲う。
「ぐぁッッ……」
結論から言うと、湊は『陽炎空』で空気の密度を調節し、自分の虚像を作り出していたのだ。レイゴは斬る直前に気付いたが、時既に遅く、気配を消していた湊によって腹部を刺されてしまったのだ。
レイゴは痛みに堪えながら超人的な反射神経でその場から離脱するが、湊が余裕で追いかけてくる。
「ほらッ」
レイゴの焼き消えた右眼側に容赦なく回り込み、音叉を振るってくる湊。
「三式『十字炎瓦』!」
炎の刀をクロスさせて防がんとする……が。
「『衝炸振』」
レイゴの刀に音叉が衝突すると同時に小さな空気の破裂が起こり、レイゴのクロスした刀が弾かれて開いてしまう。
(なんつう反動だよ…!)
瞬時に左腕は元の構えの位置に戻せたが、補強法で補完している右腕の戻りが遅れてしまう。
その反応の鈍い右の二の腕を遠慮なく蹴り付けた。
「ぐぁッッ!」
レイゴがバランスを崩す。
「『一面結界』」
すると湊が何故か防御技を使った。しかしその『一面結界』を張った場所はレイゴの背後。
レイゴの後ろに不動の壁を張ったのである。
……そして。
「『超上激振』」
また湊が音叉と音叉を大振りして鳴らし、単純かつ強力な振動攻撃を至近距離で繰り出した。
鈍器のような風の圧迫がレイゴを襲う。本来なら真後ろに飛ばされることで多少なりとも威力を軽減でき、回避するチャンスにも繋がるのだが…。
湊が事前に張った『一面結界』の所為で距離を離すことができず、まるで磔にでもされたかのような体勢で、湊の『超上激振』の直撃を食らった。
「アアアアアァァアアアアァアァァアッッッ!」
たまらずレイゴが叫び痛む。
レイゴの体の至る所で肉や骨が軋み、出血している。
「ざっけんなあああぁぁァァアアアアアアアアアアアアァァァァアアアァァァアァ!!!!
瞬間、レイゴの体がパンプするように膨れ上がった。
レイゴが発する気の変化に警戒したのか、湊が数歩引いた。
「可能性としては考えてたけど、自分でやるか。……狂人法」
そう。レイゴは己に狂人法を掛け、爆発的にパワーアップしたのだ。
「しかもその出力……マジでやばめの後遺症が脳に残るよ?」
「ぅるせんだよッッッ!!!」
強がる言葉とは裏腹に、既にレイゴの脳血管は切れる寸前であることを悟っていた。
(クロッカスに対抗する為にはこれぐらいの狂人化が必要だと思ったが……こんな状態だと長くは続かねぇ……ッッ)
……だったら。
(長くねぇんだったら! このまま決めるッッッ!!)
レイゴが更に気を練り高める。その膨大さに、まるで竜巻でも起きたかのように、レイゴを中心に渦巻いている。
「………紅華鬼燐流・秘奥零式」
レイゴが腕を交差し、二刀を上段に構え、更に全身を駆け巡る気を練り上げる。
……………そして、理界踏破を、発動した。
「 『華喰悉血』 」
イーバとの戦いを制して気を失ってしまった深恋達の元にコスモスが戻ってくる。
横たわる深恋の横に、ジストが膝をついて寄り添っている。
「アルガは?」
スターチスに聞かれ、コスモスは全収納器を二つ取り出して投げた。
「アルガとルーランはその中にいるわ。一応、生きてる」
スターチスが「さすがじゃ」という声に軽く手を上げて応え、そのまま寝たままの深恋とジストの元に近寄った。
「な、なにか…?」
ジストが緊張した面持ちで問う。
「深恋の親として、『聖』に入る覚悟は決まったの?」
「は、はい…! ……こんな私でも受け入れてくれるのであれば…っっ」
ジストは不安を覗かせつつも、強いを覚悟を瞳で言う。
しかし、そんなジストにコスモスがぴしゃりと告げた。
「こんな私って言うの、やめなさい。……『聖』には貴方レベルの犯罪者、何人もいる。その言い方は、その仲間も貶してるのよ」
ジストが過ちに気付き、目を見開く。
「ッ! す、すみません…!」
「それと、」
ジストの謝罪などどうでもいいように、コスモスが続けて述べた。
「親になるって誓ったなら、中途半端は許さないからね」
「…っっ!!」
コスモスの言葉全てが、ジストに突き刺さる。
耳が痛いお叱りだが、それは同時に仲間として受け入れてくれていることも表しており、ジストの心に温かい風が広まっていった。
「スターチス」
ジストの心の変化など気にせず、コスモスが次の話に移行した。
「もうクロッカスとヒヤシンスの〝掃討〟も終わってるし、私はアスターのところへ行って、できたらレイゴとの戦いを見届けてきたいんだけど、いい?」
「構わぬよ。無遁法を張る気は残っておるみたいだしの」
「アルガ相手に私が消耗するはずないでしょ。……それじゃ行ってくるわね」
コスモスが一瞬で移動し、姿が消えた。
微かに目で終えたコスモスの背中を、ジストが見詰めている。
「……主の察する通りじゃよ」
スターチスがジストの心を読んだかのように言う。
「え、いや私は何も…」
「よいよい。直に知ることだ。……それに、コスモス自身、前以て知っておいてもらえた方が楽じゃろう」
「……じゃ、じゃあ、やっぱり彼女は…」
ジストはその先の言葉を紡ぐことを憚られたが、スターチスはゆっくりと頷いた。
「そう。元は裏組織の人間。……かつては、『骸』にいた」
「む、『骸』!? あんな子供が……? ………ま、まさか……!?」
『骸』と聞き驚くジストだが、少し考えたジストを更なる衝撃が襲った。
……コスモスのおおよその年齢から、とある仮説が立てられるのだ。
「察しがいいのう」
スターチスがまた先読みして肯定する。
「そう。『骸』の幹部の『爛乱』が一時期連れていた齢7歳前後の、身長130にも満たない〝小さな殺人鬼〟が、あの子じゃ」
「ッッッッッッ!?」
ジストは呼吸も忘れて驚いた。
直接会ったことはないが、『憐山』の構成員も数えきれないほど〝小さな殺人鬼〟に殺された。中には側近クラスの手練れもいたのに、10歳にも満たない子供に殺され続けたのだ。
(……突然噂を聞かなくなり、てっきり殺されたものだと思っていたが……まさか『聖』に入っていたとは……ッ)
そこまで考えて、改めてジストは『聖』の偉大さ、寛大さに、温かさに、涙腺を熱くした。
さっと目頭を押さえながら、ジストは様々な感情が混じった下手くそな笑みを浮かべて、スターチスに言った。
「…………………………本当に『聖』は、素晴らしい場所なんですね」
「じゃろう?」
■ ■ ■
『憐山』ジストのアジトの屋上で、レイゴと湊は対峙していた。
レイゴは両手に刀、湊は両手に先端の尖った小太刀サイズの音叉を備えている。
「……ッ」
レイゴの表情にはいつにない緊張が滲んでいる。
「どうしたの? 威勢のいい戦闘狂として有名なレイゴとは思えない緊迫感だけど?」
「……黙れ…ッ」
湊の軽口に、レイゴは本気の殺意を込めてそう返した。
レイゴは気こそ大幅に回復したが、折れた右腕と右脚を補強法で補い、右眼は焼け消えてしまっている。
いくら気を回復しても満身創痍であることに変わりはない。
そんな状態でクロッカスという強敵と戦うことになってしまったのだ。一瞬たりとも気は抜けない。
「ごめんごめん、怒らせるつもりはなかったんだ」
湊はまるで友達に話しかけるようなテンションで続けて言った。
「さっきも言ったみたいに、これから紅蓮奏華と関わっていくことが増えていくからさ、色々聞きたいこととか、確かめたいことがあるんだよね」
「確かめたいこと…?」
「うん。『聖』にいる紅蓮奏華の血筋とは何度か手合わせしてるけど、生死を掛けた勝負でないと得られないものってあるはずだからさ。……それに、紅蓮奏華臥次(※アブラナ)が紅蓮奏華家を出たのは約40年前の話だからさ。約15年前に出たあんたの方が、幾分か詳しいはずでしょ?」
無機質に語られる理由を聞いて、レイゴは「はっ」と思わず失笑してしまった。
「俺に対する微塵の危機も感じてねぇ。……もうただの〝情報の塊〟としてしか見てねえな」
湊も「ははっ」と失笑する。
「俺の優秀な部下達のおかげでね。……さすがに負ける気はしないかな。もちろん、油断なんてしないけど」
「このッッ……!」
怒気を露わにするレイゴを前にして、湊は冷静に分析した。
(この状況でレイゴの勝ち筋を上げるとしたら、やっぱり紅華鬼燐流・秘奥零式。理界踏破。それで俺を討ち、他の隊員が駆け付ける前に結界を破って逃げるしかない。……普通なら理界踏破を使う間もなく速攻で終わらせるべきなんだけど、フリージアとは違う〝本気の殺意の籠った剣〟を感じたいんだよなぁ)
「調子に乗るなよッッ!」
そしてレイゴが我慢の限界に達し、その場で二刀を振りかざした。
「紅華鬼燐流・二式『飛炎連奏』!」
弧状の炎が湊へ向かって飛来する。
「『緩和振』」
かつん、と音叉が鳴り響き、振動に乗った鎮静の気がまだ離れた距離にある弧状の炎を掻き消す。
「チッ」
レイゴが舌打ちする。
二式『飛炎連奏』は牽制技として使い、主導権を握る用途として使われることが多いが、こうも簡単に対応されては何もできない。
「どうしたの? 俺に近付くのが怖い?」
「黙れ!」
レイゴは敢えて挑発に乗ったのか、目にも止まらぬ速さで湊の頭上に移動する。
空中に気を張って足場にする歩空法で、逆さまの状態で一瞬立ち止まり、そのまま全身のばねを活かして跳んだ。
逆さまの状態から跳んだ、その先にいるのは湊だ。
「九式『過蒸閃』ッッ!」
「『一面結界』」
「俺にそれはもう効かねえぜ!」
レイゴが鼻息を荒くして叫ぶ。
扱い辛い部分もあるが、風の壁などの防御技より防御力が高い断絶の壁。
しかしレイゴはそれを見切っている。
(わかってるよ。どう破ってくるのか、見たいんだ)
それはブローディア達の通信から湊もそれを承知していて、破る手段を見せてもらおうとしているのだ。
………しかし。
カキンッ、と炎を纏ったレイゴの刀は『一面結界』に弾かれてしまう。
「ッッ!? 何をした!?」
レイゴが瞬時に後ろに引きながら、驚愕の表情で問うた。
「…何もやってないよ」
湊は正直に答えながら、心の中で(なるほど)と納得する。
(さっきはコスモスに殺されるという窮地に立たされて、『天超直感』が強制的に覚醒して『一面結界』破りをやってのけたらしいけど、永続的なものじゃないということか。……まあそりゃ、おそらくレイゴより一歩劣るとはいえ並外れた『天超直感』を持つフリージアや、『超過演算』を持つ俺にもできないことを、そう簡単にできてたまるかって話なんだけど)
そう簡単に解明できそうにない、そう考えつつ、やはりポイントはコスモスに殺されかけた時ほどは切羽詰まっていると感じてないところだと判断し、湊は気を漲らせた。
そして音叉を構える
「オーケー。……どうやらフレンドリーに接し過ぎたみたいだから、〝命の危機〟を感じる程度には、本気を出すよ」
■ ■ ■
命の危機。そう聞いてレイゴは息を呑んだが、何も考える時間はなかった。
湊から一瞬たりとも目を離していないのに、……視界から消えた。
「ッ! 『聖』はどいつもこいつも消えるのが趣味なのかよ!」
ガキンッ!とレイゴはS級でなければ探知できない微かな気配がする右横に刀を構え、ギリギリのところで湊の攻撃を受け止める。
受け止めると同時に音叉が鳴り響き、レイゴの鼓膜を刺激して脱力を誘うが、下唇を噛み切って血を流しながら今の集中力を保った。
(音叉ッ…厄介な武器だなッ!)
レイゴは身を屈め、超人的な加速法で音叉に触れないよう湊の懐に潜り込んだ。
「紅華鬼燐流・一式『双火炎』!」
回転し、その遠心力で炎の二刀による波状攻撃をする剣技だ。
普通なら対応できずに腹を掻っ捌かれる。
……しかし。
「おっと」
そんなわざとらしい声を上げ、湊は軽快な動作で横に跳んで躱してみせた。
「『消滅強振』」
そして跳びながら流れるように音叉と音叉を鳴らした。
消滅法を施された空気振動がレイゴを襲う。
「六式『風刈衣』!」
レイゴの実像がぐわんと歪んだ。
周囲の空気を焼いて手中に収め、風属性の攻撃を無効にする技を発動したので、空気の密度がアンバランスになったのだ。
湊の技は効かずに霧散した。
「消滅法如き、喰らうかよ!」
「じゃあ、」
湊が再び音叉を鳴らした。
「『虚無激振』」
「ッッ!?」
それは消滅法の上位互換にして、理界踏破一歩手前の、鎮静系特有の超上級法技・虚無法。
あらゆる事物を消し去り、無へと帰す技。
(さらっと使いやがって!!)
「秘伝十三ノ式『断崖炎焦・乱列業』!!」
レイゴが刀を地面に刺し、その刀を伝ってレイゴの周囲を巨大な炎の柱が覆う紅華鬼燐流の防御の奥義。
今レイゴが使用した『乱列業』は自身を覆う炎の柱以外にも、巨大な炎の柱を敵の攻撃方向に十個以上立てて相手の広範囲攻撃を防ぐ技である。
レイゴは気を惜しまず、暗い夜空の下を照らす炎の柱を十七本立てた。
湊の『虚無激振はその十七本全てを最初から無かったかのように消し去ったが、レイゴに傷一つつけることはできなかった。
「ッッッ!?」
一難去ったと思ったレイゴだったが、己の直感に従って瞬時にその場から真横に跳んだ。
直後、いつの間に真後ろまで接近していた湊がレイゴのいた場所へ音叉を振り下ろし、アジトの屋上を砕いた。
(情報はどうした!? 俺を殺すつもりかよ!)
「『噴波振』
心中で叫ぶレイゴに対し、湊は攻撃の手を緩めなかった。
湊は屋上のコンクリートを砕いた勢いのまま、そこを中心に振動を起こしてコンクリートを畳返しのように、噴火するように砕き翻す。振動と瓦礫がレイゴを襲う。
通常の対応策としては、真上に跳んで歩空法で回避するか、壁を張って防御するのだが、レイゴはそうしなかった。
「舐めんなよッッッ!!」
レイゴはその瓦礫の荒波の中を防硬法だけで突き進み、それでも防げず全身に血の滲む痣を作りながら、湊の元までほぼ数瞬で肉迫した。
「四式『烈翔華』!」
刀の峰から炎を噴出させたロケットの如き斬撃を、虚を突かれた湊の首めがけて放つ。
あと一ミリで湊の首が飛ぶ……その時になって、レイゴは違和感に襲われた。
「まさか…ッ」
「そのまさかだよ」
レイゴ腹部を激痛が襲う。
「ぐぁッッ……」
結論から言うと、湊は『陽炎空』で空気の密度を調節し、自分の虚像を作り出していたのだ。レイゴは斬る直前に気付いたが、時既に遅く、気配を消していた湊によって腹部を刺されてしまったのだ。
レイゴは痛みに堪えながら超人的な反射神経でその場から離脱するが、湊が余裕で追いかけてくる。
「ほらッ」
レイゴの焼き消えた右眼側に容赦なく回り込み、音叉を振るってくる湊。
「三式『十字炎瓦』!」
炎の刀をクロスさせて防がんとする……が。
「『衝炸振』」
レイゴの刀に音叉が衝突すると同時に小さな空気の破裂が起こり、レイゴのクロスした刀が弾かれて開いてしまう。
(なんつう反動だよ…!)
瞬時に左腕は元の構えの位置に戻せたが、補強法で補完している右腕の戻りが遅れてしまう。
その反応の鈍い右の二の腕を遠慮なく蹴り付けた。
「ぐぁッッ!」
レイゴがバランスを崩す。
「『一面結界』」
すると湊が何故か防御技を使った。しかしその『一面結界』を張った場所はレイゴの背後。
レイゴの後ろに不動の壁を張ったのである。
……そして。
「『超上激振』」
また湊が音叉と音叉を大振りして鳴らし、単純かつ強力な振動攻撃を至近距離で繰り出した。
鈍器のような風の圧迫がレイゴを襲う。本来なら真後ろに飛ばされることで多少なりとも威力を軽減でき、回避するチャンスにも繋がるのだが…。
湊が事前に張った『一面結界』の所為で距離を離すことができず、まるで磔にでもされたかのような体勢で、湊の『超上激振』の直撃を食らった。
「アアアアアァァアアアアァアァァアッッッ!」
たまらずレイゴが叫び痛む。
レイゴの体の至る所で肉や骨が軋み、出血している。
「ざっけんなあああぁぁァァアアアアアアアアアアアアァァァァアアアァァァアァ!!!!
瞬間、レイゴの体がパンプするように膨れ上がった。
レイゴが発する気の変化に警戒したのか、湊が数歩引いた。
「可能性としては考えてたけど、自分でやるか。……狂人法」
そう。レイゴは己に狂人法を掛け、爆発的にパワーアップしたのだ。
「しかもその出力……マジでやばめの後遺症が脳に残るよ?」
「ぅるせんだよッッッ!!!」
強がる言葉とは裏腹に、既にレイゴの脳血管は切れる寸前であることを悟っていた。
(クロッカスに対抗する為にはこれぐらいの狂人化が必要だと思ったが……こんな状態だと長くは続かねぇ……ッッ)
……だったら。
(長くねぇんだったら! このまま決めるッッッ!!)
レイゴが更に気を練り高める。その膨大さに、まるで竜巻でも起きたかのように、レイゴを中心に渦巻いている。
「………紅華鬼燐流・秘奥零式」
レイゴが腕を交差し、二刀を上段に構え、更に全身を駆け巡る気を練り上げる。
……………そして、理界踏破を、発動した。
「 『華喰悉血』 」
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