鎮静のクロッカス

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第5章 トレジャー・ガール

第21話・・・ルオ・イニシエート_五人の_まもる・・・

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鬼尤羅化ルオ・イニシエート』。
 これはに成る時の掛け声のようなものだ。
 こういった言葉は一種の条件付けで、この言葉を発することで脳のスイッチを入れる役割を果たしている。
 だから、国によっても違う。

 
 ましてや、俗世と隔離された森の中の住人は、もっと理に適った発音の単語適用していることも考え得る。

「『鬼寶我きほうが』ッッ!!」

 そして、コンパクトな単語を叫んだ亜氣羽が、に成る。

……『修羅士ラクシャーサ』。
 本来、『鬼獣使士ブルート・テイマー』が使役する鬼獣の角を己に刺し、『洸血気オーブ・エナジー』を流し込むことで至れる、言わば外付け最強の力だ。
 
 しかし、それを鬼獣無しの生身でやってのけた十代半ばの少女が、湊の前に立ちはだかっていた。

 二本の赤黒い角『鬼赫角ルオ・ホーン』を生やし、全身に淡く発光する赤黒いラインを走らせた、半異形の形姿。
『慟魔の大森林』で長く暮らすことによって、『洸血気オーブ・エナジー』を宿す肉体となった少女、亜氣羽あげは

「いっくよーッッ!! ボク『達』ッ!!」
 亜氣羽が叫ぶと同時に、一瞬で亜氣羽の周囲にエナジーが広がり、何かをかたどり、具象化を始める。
「させない」
 湊が相手の死角を取る歩法『夜見影よみかげ』で肉迫する………が、湊は迂闊に近寄れない壁に阻まれ、足を止めざるを得なくなった。
 亜氣羽をすっぽり覆う半径10メートルほどの球体の赤黒い壁が一瞬で形成されていたのだ。
(……これは『鬼血の壁オーブ・ウォール』。〝歪み〟の壁……破れないことはないけど…)
 湊は考えながら、壁の中の亜氣羽を見て一旦後ろに退いた。
 
 直後、が具象形成された。

 本物オリジナルの亜氣羽が「イエーイッ!!」と雄叫びを上げる。
「これがボクの究極狩猟モードッ!『五鬼陣来ハンターズ・ヴェイフ』ッッ!! この五人プラス一人ボクから逃れられた鬼獣はいないんだよッ!」
(……またまたこれは厄介だな…)
 湊は感情を押し殺し、具象された五人の亜氣羽を数瞬で観察した。
 その特徴ははっきり言ってわかりやすかった。
 一人は火を纏い、西洋風の長い剣を構えている。
 一人は水を纏い、長い槍を構えている。
 一人は土を纏い、大きな鎌を構えている。
 一人は風を纏い、弓矢を構えている。
 一人は雷を纏い、両手にはナイフを構えていている。
 全員、本物オリジナルほどではないが、10センチほどの鬼赫角ルオ・ホーンを生やし、全身に赤黒く発光したラインが走っている。
(まず、べらぼうに厄介なのが、五人全員が『別己法アナザー・アーツ』で具象されてることだ。……俺の瞬間的に使う虚無法ゼロ・アーツと違って、別己法アナザー・アーツは維持し続けなければならないデメリットがある。理界踏破オーバー・ロジック一歩手前の超上級法技スキルの中でも、特に難しいとされてるのに…それを一気に五人…。
 でも正直、ただの別己法アナザー・アーツならそれほどキツくはない。S級が使っても作られるのは完全なS級とは言えないからだ。一部スペックはA級止まりになる)
 本来別己法アナザー・アーツは潜入や囮などのはかりごとで使われることが多い。先のデメリットと合わせても、戦闘で使われることは少ない。

(……しかし、洸血気オーブ・エナジーは、そんなデメリットをあっさり覆す)
 
 湊は頭を悩ませた。
洸血気オーブ・エナジーの特性は『歪曲』。A級の攻撃に『歪曲』を付与すれば、S級のエナジー構成を歪ませて攻撃を通しやすくできるし、A級が動く際に空気密度を歪ませれば不規則な動きでS級とも張り合える)
 乙吹礼香のような未熟な修羅士ラクシャーサだとその効果も安定しないが、亜氣羽は格別だ。
(…それに分身一体ごとに属性を絞って役割を分け、俺の戦い方から分身ごとの武器をチョイスしたり、具象された武器は士器アイテムと比べると劣るから本来はあまり怖くないのに洸血気オーブ・エナジーを纏っている所為でそうもいかなくなったり、亜氣羽さんの元々の属性は風だから〝風の亜氣羽〟さんだけは特に気を付けるべきだったり、分身は動きが読み辛いから余裕を持って動かなきゃいけなかったり………………ああ~、色々考えさせやがってよ…っ)
 
「改めていっくよッ! ボク『達』ッッ!」

 そして亜氣羽『達』が動いた。
 計六人の亜氣羽が洸血気オーブ・エナジーで空気密度を歪曲させた不規則軌道移動により、六方向から同時に攻め込んでくる。
「『虚無激振ゼロ・ビブラート』ッッ!!」
 湊が音叉をカツンと強く鳴らし、全てを消し去る振動攻撃を繰り出す。
「『風の囮矢ウィンド・デコイ・アロー』ッ!」
「『火の空間焼ブレイズ・スペース』ッ!」
 弓矢を持つ〝風の亜氣羽〟が風を纏う矢を放って大量具象し、『虚無激振ゼロ・ビブラート』の威力を減少させ、西洋剣を持つ〝火の亜氣羽〟が巨大な炎の斬撃を飛ばして空間ごと『虚無激振ゼロ・ビブラート』を焼き消した。
 普通なら湊の虚無法ゼロ・アーツを破れないA級並みの攻撃だが、洸血気オーブ・エナジーによる歪曲の特性も付与されることで湊のエナジーが歪まされて威力が激減しているのだ。
 結果、湊の自慢技の一つがあっさり破られてしまった。

(だと思った。……『夜見影よみかげ』)

 しかしそれは湊も読んでいた。
『夜見影』で湊へ攻撃せんと肉迫していた六人の亜氣羽の内、大きな鎌を持つ〝土の亜氣羽〟の死角を無言で取り、迅速な手捌きで音叉を振り下ろす。
(分身を完全に消滅させて亜氣羽さんにエナジーも回収させない!)
「あっぶなーい!」
 だがその湊の首元に本物オリジナルの亜氣羽の半月刀シャムシールが迫っていた。
「ッ!」
 湊は瞬時に上空へと回避する。
(……本物オリジナルの亜氣羽さんと一番離れていた〝土の亜氣羽〟さんを狙ったのに……まさかあそこまで速く反応されるなんて……『修羅士ラクシャーサ』になって反射神経もわかりやすく倍増してるな…)
 別己法アナザー・アーツの亜氣羽も面倒ではあるが、絶望的な脅威ではない。しかしその中に本物オリジナルの亜氣羽が混ざり込むことで相対的な脅威度が爆上がりしている。

「『雷の麻痺域パラライズ・スペース』ッ!」

 湊が回避した先へ絶気法オフ・アーツで気配を消して回り込んでいた〝雷の亜氣羽〟が雷を広範囲に撒き散らし、湊は逃れられず痺れさせられた。
「ぐ…っ」
 具象された雷と言えど、洸血気オーブ・エナジーを混ぜられたら湊も苦しい。
「『雷の双瞬斬ボルト・ダブル・リッパー』ッ!」
「『土の鎌落アース・スウィンガー』ッ!」
「『水の一点槍アクア・ランサー』ッ!」
 湊の動きを一瞬縛った瞬間、近くの三人の亜氣羽が一斉に襲い掛かった。
〝雷の亜氣羽〟が雷を纏った二本のナイフをクロスして斬りかかり、〝土の亜氣羽〟が大きな鎌を振り下ろし、〝水の亜氣羽〟が渦巻く水を纏った槍で貫きかかる。
 ……しかし、三人の亜氣羽の攻撃が湊をすり抜けた。
「「「えッッ!?」」」
陽炎空ミラージュ』。空気密度を調整して幻影を見せる司力フォースだ。
 幻影を囮にし、湊はいつの間にか〝水の亜氣羽〟の背後で音叉を振り上げていた。
「やっぱそういう手も使ってくるよね! 『火の極振りブレイズ・ソーズ』ッ!」
 しかし気配を消して一歩後ろに控えていた〝火の亜氣羽〟がその湊の背中に斬りかかった。
「『風の直線貫ウィンド・ストレーター』ッ!」
 更に、その〝火の亜氣羽〟の攻撃よりも速く、〝風の亜氣羽〟の弓矢が湊を射抜かんと迫っていた。
「『緩和振レス・ビブラート』」
 湊は落ち着いて音叉をカツンと鳴らし、濃厚な鎮静のエナジーを周囲に展開することで敵のエナジーを緩和し、消すことが出来ずとも遅めることが可能だ。
 それは〝風の亜氣羽〟の矢だけでなく、〝火の亜氣羽〟自身にも作用し、動作が遅くなる。
 湊はその隙を逃さず、瞬足で〝火の亜氣羽〟に接近して消そう……とするが、
「「「『水土雷の三重壁トリプル・エレメント・ウォール』ッ!!」」」
 先程湊の幻影に騙された〝水・土・雷の亜氣羽〟が巨大な壁を張って〝火の亜氣羽〟を守った。
(次から次へと…)
 湊がうんざりな気持ちになる…が。
「「「『|水土雷の荒波《トリプル・エレメント・ウェーブ』ッ!!」」」
 湊の行く手を阻んだ三属性の巨大な壁がそのまま倒れるように荒波となり、湊を襲った。
「『消滅強振デリート・ビブラート』ッ」
 湊が消滅法デリート・アーツを付与した振動攻撃で水土雷の荒波を打ち消す。
(亜氣羽さんの属性じゃなければ、いくら洸血宝オーブ・エナジーを混ぜてても虚無法ゼロ・アーツを使う必要はないな…。
 でもこのままじゃジリ貧だな…。言わば五人のA級上位のフォーサーが完璧な連携…。正直、『聖』の隊員を相手にする時よりキツイわ…)

 ※ ※ ※

(……すごい、ミナトくん。『五鬼陣来ハンターズ・ヴェイフ』を難なく防いでる! 雛菊ひなぎく稟南りんなんだって大苦戦するのに!)
 亜氣羽は家族と手合わせしたことを思い出しながら、湊の強さに改めて感服していた。
 そして亜氣羽の気分上昇と呼応するように、左腕に巻き付けた巾着の中の『源貴片オリハルコン』が発光度を増す。
 亜氣羽が頬を朱く染めた。

(だったら、もっとレベルを上げなきゃね)

 その瞬間、今も攻撃を続ける〝五人の亜氣羽〟の全身に走る赤黒いラインが強く発光した。


 ※ ※ ※

(これは…また…)
 湊が溜息を押し殺した。
 分身達の赤黒いラインが発光するのと同時に、五人の亜氣羽のエナジー、特に洸血気オーブ・エナジーが膨れ上がった。
「こっからは洸血気オーブ・エナジー主体で攻めるよ!」
 ご丁寧に本物オリジナルの亜氣羽が宣言する。
(いやいや……今までも十分辛かったけど? 俺の大好きな『一面結界』も使いにくくて意外と薄氷の上だったけど…?)
 思わず湊がツッコミを入れるが、当然亜氣羽には届かない。
「『土の鬼血惑星アース・オーブ・プラネット』ッッ!!」
 そうこうしている内に、〝土の亜氣羽〟が半径三メートルはある球体の岩を、まるで惑星のように周囲に展開した。
(……『洸血気オーブ・エナジー』が濃縮された疑似惑星でここら一帯の空間を歪ませて俺の移動を阻害し、精神も歪曲させて徐々に蝕むつもりか…。簡易的な領域テリトリーってわけか)
「『火の鬼血斬りファイア・オーブ・ライジング』ッッ!!」
 そして〝火の亜氣羽〟が先陣を切り、赤黒いエナジーの混ざった燃え盛る炎の西洋剣を振り翳してくる。
 湊は他の分身に気を配りつつ、〝火の亜氣羽〟の攻撃を真向から音叉で弾いた。
 そのまま湊が追撃しようと一歩踏み出たら、〝風の亜氣羽〟に足下を矢で狙われほんの一瞬だが、牽制されて時間を稼がれてしまう。
 そしてその一瞬の隙に、〝火の亜氣羽〟が洸血気オーブ・エナジー鬼赫角ルオ・ホーンに集中した。
 すると、角の先端に赤黒く輝くエネルギーが球体状に生成されていく。
 超濃縮された洸血気オーブ・エナジーの塊だ。
(………まさか分身で使えるとはね)
 湊が顔を引き攣らせるや否や、

「『鬼汪羅烙ルオ・マター』ッッ!!」

 その洸血気オーブ・エナジーの塊が、超広範囲を埋め尽くす光線と成り、放出された。

鬼汪羅烙ルオ・マター』。
 修羅士ラクシャーサの中でも一部の者だけが使える脅威的な技だ。
 原理は単純。
 超濃縮な〝歪み〟の洸血気オーブ・エナジーを一点に集中し、限界を越えると共に一方向に放つ。
 この攻撃は不規則ではなく直線的に進み、最後直撃した対象の防御も攻撃も身体も精神も全て歪ませて戦闘不能とする技だ。
 その威力と難易度は理界踏破オーバー・ロジック一歩手前の虚無法ゼロ・アーツ別己法アナザー・アーツと同格だ。

 湊の全長をすっぽり覆う光線が一瞬で射貫かんと差し迫る。
「『虚無激振・斬ゼロ・ビブラート・ガッシュ』ッ!」
 躱しても他の亜氣羽に隙を与えると判断んした湊は、『虚無激振ゼロ・ビブラート』の振動を縦斬りするように収束させて『鬼汪羅烙ルオ・マター』を迎え撃ち、耳を劈く衝撃音と共に相殺する。
(分身でこの威力か…。先々厳しいな…)
 本日何度目かわからない心の溜息を吐いていると…。
「『水の鬼足取湖レイク・オーブ・フロア』ッッ!!」
「『雷の鬼麻痺域パラライズ・オーブ・スペース』ッッ!!」
 続け様に、湊を挟むように位置していた〝水・雷の亜氣羽〟が動いた。〝水の亜氣羽〟は足下に赤黒い湖を敷いて湊の足を取らんとし、〝雷の亜氣羽〟は這うように赤黒いエナジーが混ざった雷を湊の周りを囲むように放出する。
「『風の鬼轟多矢ウィンド・オーブ・レイン』ッッ!!」
 また〝風の亜氣羽〟が放った矢を五十本以上具象して漏れなく赤黒いエナジーを纏い、頭上から雨の如く降らんとしている。
 そして、その全てが『歪曲』によって不規則な軌道を描いている。
 普通なら予測は不可能。
 大技を放って相殺するしかない。
 だが。
「パワーアップして技が大雑把になっちゃったね」
 湊は特に大技を放たず、頭上の不規則な軌道を描く弓矢の雨に向かって飛び跳んだ。
 そして一般的な法技スキルである加速法アクセル・アーツ歩空法フロート・アーツの組み合わせで流麗な軌道を描き、『土の鬼血惑星アース・オーブ・プラネット』の影響で体の自由が効かなくなる時もあったが、その度に鎮静のエナジーで払い、結果的に余裕で縦横無尽な弓矢の雨をあっさりと突破した。

「そこぉ!」

 しかし、湊が弓矢の雨に突撃したのを確認してから動き出し、ギリギリ回り込みに成功した本物オリジナルの亜氣羽が半月刀シャムシールを振り抜いていた。
(間に合うのかよ!)
 湊が半月刀シャムシールを音叉の二又の間に挟んで受け止めながら、心中で叫ぶ。
 亜氣羽が接近していたことは承知していたが、間に合うとは思っていなかった。
「あれ、本当に間に合っちゃった!」
 亜氣羽がジリジリと音叉に挟まれ捻って固定された半月刀シャムシールに力を込めながら、間に合ったことに自分で驚いていた。
 洸血気オーブ・エナジーの『歪曲』の不規則性に加えて本人も間に合う自覚が無かったとあれば、さすがの湊も読み切れない。
(でも、好都合!)
 湊は空いている右手の音叉を亜氣羽へと振り切った。
 亜氣羽の半月刀シャムシールは湊の左手の音叉に挟まれ固定されているから防げない。
「…らァッッ!!」
 しかし亜氣羽は『獣装法レグド・アーツ』で獣の手を左手に具象装備、湊の右腕を音叉ごと鷲掴みにして攻撃を未然に防いだ。
「今だよ! ボク『達』ッ!」
 本物オリジナルの亜氣羽の掛け声に、他五人の分身の亜氣羽が四方八方から襲い掛かる。
 瞬時に、湊が思考した。
(この拘束なら無理矢理解いて離れることもできる……でも、本物オリジナルの亜氣羽さんが目の前にいるチャンスは逃せない!)
 一瞬で考えをまとめ、湊がとある防御技を発現した。

「『虚無の四重壁クアトロ・ゼロ・ウォール』ッッ!!」
 
 湊と亜氣羽を包む半径10メートルほどの球体状の風の壁が四枚、瞬く間に構築された。
 触れれば全てを消し去る虚無法《ゼロ・アーツ》の壁。
 さすがの別己法アナザー・アーツの亜氣羽『達』も迂闊に近付けない。
「へー!」
虚無の四重壁クアトロ・ゼロ・ウォール』を見た亜氣羽が目をキラキラさせた。
「かなりレベル高い虚無法ゼロ・アーツの壁だねっ。……でも、ミナトくんのエナジーがごっそり減ったのが伝わってくるよ? ちょっと無理し過ぎたんじゃない?」
 そう。理界踏破オーバー・ロジック一歩手前の超上級法技スキルは例えS級であろうと何回も使えるものではない。それは湊も例外ではなかった。
 湊は若干の汗を浮かべながら、清々しさと悪戯っぽさを混ぜ合わせたような笑みを浮かべた。
「亜氣羽さんと二人っきりになるためならへっちゃらだよ」
「ッッ! ちょ…」
 至近距離の湊の魅力全開の笑みと、キザな台詞に、思わず亜氣羽が赤面した。
 その動揺を湊は遠慮なく突き、亜氣羽の顎を狙って蹴り上げた。
 だが亜氣羽は躱さず、湊の脚が上がりきる前に自身の右脚を間に挟んで防いだ。亜氣羽の脚は相当な柔らかさがなければ曲がらない可動域を発揮しており、野性味がある。
「酷いなぁ! 女心を弄んで!」
 未だ互いの両腕を互いに拘束している状態の至近距離から亜氣羽が叫んだ。
「そうも言ってられない状況だからねっ」
 湊は余裕のある笑みを浮かべつつ、内心で冷や汗を掻いていた。
(……『慟魔の大森林』っていう常在戦場で過ごした所為か、圧倒的に〝受け〟が上手い。俺がどう攻撃しても並外れた反射神経と身体能力で対応してくる…。分身と戦ってた時もそうだったけど、本物オリジナルは格別…ッ! 予想できないことはないけど、直前まで亜氣羽さん自身どうするか決めてないからこっちの対応もギリギリになる…ッ)
 湊はそろそろ切り札の出しどころを見極めるべきだと考えた。

(………やっぱり…『誘靡イザナミ』で決めるしかないな…)

 湊の切り札、理界踏破オーバー・ロジック誘靡イザナミ』。
 起こり得る未来全てを予測し、消滅させる力。
源貴片オリハルコンの影響で読み辛かった上に、基本分身しか攻撃してこなかったから使い所が難しかったけど………本物《オリジナル》が前にいる今しかないよな)

「……ミナトくんって、『理界踏破オーバー・ロジック』使えるの?」

(ッッ!?)
 その時、突然亜氣羽から考えていることをドンピシャで聞かれ、表情には出さなかったが動揺してしまう。
「……さあ、どうだろうね。そういう亜氣羽さんはどうなの?」
 それでも至って平然と湊が質問を返してはぐらかすと、亜氣羽が苦笑した。
「ボクは無理。特訓はさせられてるけどね。………ああでも、ミナトくんなら使えそうだな…」
「まあ、『理界踏破オーバー・ロジック』は強力ではあるけど絶対ではないからね。……仮に使えたとしても、それでどっちが強いとか決まるものでもないから」

 そう。
理界踏破オーバー・ロジック』を使えるS級と、使えないS級にエナジー量の大きな差はない。概念への干渉力というまた別のセンスが問われる。
 当然、『理界踏破オーバー・ロジック』を使える方が断然有利だが、S級であれば防ぐなり、躱すなり、不発に終わらせるなり、などして九死に一生を得られる可能性も高い。
 例え『理界踏破オーバー・ロジック』と言えど、適当に行使して勝てるものでもないのだ。
 湊のげんを聞いた亜氣羽が、「ふーん」と鼻を鳴らす。

 湊の右腕を鷲掴む獣の手に、ぎゅっと力が入る。
「なんかその口振りだと、本当に使えそう」
「そう思わせるのが狙いかもよ」
「それ自分で言う?」
「信じられないなら信じなければいいさ」
「……だめだ。口でミナトくんに敵う気がしない」
 あはは、と亜氣羽が笑う。
 しかしその笑いも一瞬で消え、重さと寂しさを伴った沈鬱な雰囲気を漂わせる。
「………ねえ、ミナトくんさっき、組織に所属しているって言ってたけど、……どっち?」
 湊が首を傾げる。
「どっちって?」
 亜氣羽が覇気薄く、口を開いた。

「生まれた時からその組織にいるのか、あってからその組織に入ったのか、どっち?」

「……その二択だと、後者かな」
 湊が正直に答えると、亜氣羽が少し苦笑した。
「後から入ったんだ…。ちなみにさ、って……昔の仲間が死んだとかだったりする?」
 亜氣羽の不躾な質問に、湊は目くじらを立てることはなかった。
 
 湊の脳裏によぎる。
 孤児院での記憶。
 笑顔に溢れた子供達と、優しさに満ちた大人達。
 湊のこの世で最も大切だった家族のみんな。
 
 …………そして幸せな思い出に浸っていると、嫌でも呼び起こされる………その家族の、凄惨な死に様が。


「……亜氣羽さん」
 湊が静かに呼んだ。
「怒るわけじゃないけど、そういうの不謹慎だからやめたら?」
 湊が真っ当な注意をすると、亜氣羽は「…ごめん」と言いつつも、あまり謝罪の念は籠っていなかった。
 そしてまたぎゅっと、湊の右腕を鷲掴む獣の手に力が入る。
「でもさ、聞きたいよ。……ボク以外の不幸話」
「……不幸話…ね」
「不謹慎だってわかってるよ? わかってるけどさ……ボクだってしんどい人生歩んできたんだからさ、聞く権利あるでしょ!」
「……しんどい人生歩んだことと、聞く権利があることは全く別だと思うけどね」
 亜氣羽が源貴片オリハルコンで支離滅裂になっていることはわかっているが、それでも一応湊は言葉で返す。
「確かにボクは物心ついた頃から『翠晶館すいしょうかん』にいて、鬼獣と戦う時も大人達と同伴だったよ!? だからボクは不幸じゃなかったって!? そんなこと言うんだったら許さないよッ!!」
「誰もそんなことは言ってないし」
 湊はそう返しながら、亜氣羽の全身に走る赤黒いライン、額から生える二本の鬼赫角ルオ・ホーン、左腕に巻き付いた巾着の中の源貴片オリハルコンが更に発光度を増していく。
 まるで全てが一つの心臓のようだ。
(………完全に、呑まれかけてるな)


「もういいッッ!! いくよ! ボク『達』ッッ!!」


 その声を合図に、『虚無の四重壁クアトロ・ゼロ・ウォール』の外側にいる五人の亜氣羽が洸血気オーブ・エナジー鬼赫角ルオ・ホーンに集中した。
 そして。


「「「「「『鬼汪羅烙ルオ・マター』ッッ!!」」」」」


 五人同時の『鬼汪羅烙ルオ・マター』。
 赤黒い〝歪み〟の光線が五つが『虚無の四重壁クアトロ・ゼロ・ウォール』の一点に集中放出され、空間にひびが入るような轟轟しい亀裂音と共に四枚の壁が破られる。
「あんな壁! その気になればすぐ破れるんだよ!」
 亜氣羽は左腕だけでなく右腕にも獣装法レグド・アーツで獣の手を半月刀シャムシールごと纏うように具象装備し、湊の両腕を固く拘束する。
「今だよ! ボク達ッ!」
 その無防備な湊の背中に、
「『火の鬼血斬りファイア・オーブ・ライジング』ッッッ!!」
「『雷の鬼双瞬斬ボルト・オーブ・リッパー』ッッッ!!」
「『土の鬼血鎌落アース・オーブ・スウィンガー』ッッッ!!」
「『水の鬼一点槍アクア・オーブ・ランサー』ッッッ!!」
「『風の鬼直線貫ウィンド・オーブ・ストレーター』ッッッ!!」
 五人の亜氣羽の渾身の攻撃が迫る。






(………………本当は、使うつもりあんまりなかったけど…………まあいいか)





 湊が、唱えた。





「    『鬼尤羅化ルオ・イニシエート』    」




 次の瞬間、本物オリジナルと分身の亜氣羽『達』が、一斉に吹き飛ばされた。



 □ □ □



「…………………………………………え……?」
 
 亜氣羽は、瞳に映る光景が信じられず、半ば放心状態となっていた。

 日常生活では油断や慢心が目立つ亜氣羽だが、勝負が始まれば一端の狩人だ。
 そうそう相手に隙を曝け出すような真似はしない。


 ………そんな亜氣羽でも、を見たら、大きな隙を開けっ広げにして呆けるしかなった。



 全身に走る赤黒いライン
 
 額から生える30センチ大の赤黒い二本の角『鬼赫角ルオ・ホーン』。

 その身に纏う、赤黒いエナジー洸血気オーブ・エナジー』。

 その全てが、湊に備わっていた。


 
「まあ、を使わなくても、やり様はあったんだけどさ」


 亜氣羽の耳に、湊の言葉が届く。
 

「どうやら亜氣羽さんは不幸自慢をしたいみたいだから、特別に見せてあげるよ」


 湊が、最初亜氣羽がやったように、全身を見せびらかすように両手を広げた。


「どう? カッコいい? カワイイ? ……なんつって」


修羅士ラクシャーサ』……〝鬼〟と成った湊が、怪しく、微笑んだ。




 ■ ■ ■



 約10年前。

指定破狂区域ハザード・エリア』の中でも特に危険な三つの区域『参禍惨域スリー・ヘルネス』の一つ。

屍闇しぐら怪洞窟かいどうくつ』。

 真っ暗で、光など全くない空間。



「……………だいじょう………ぶ…………………げほっ、ごほっっ! ……………………………ぼくが…………………ぼくが何があっても……………………まもるから…っ……………………っっっ!!」


 当時一歳前後の乳幼児だった………スイートピーの頬を撫でながら、…………当時五歳の湊は、涙を流していた。


 悲痛的で、絶望的で、空虚な、とても子供とは思えない表情を浮かべながら。
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

セクスカリバーをヌキました!

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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

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