異世界でおまけの兄さん自立を目指す

松沢ナツオ

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番外編 1

side ラドクルト ツイてない騎士2

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 キョロキョロと辺りを見回すヴァイン殿は、騎士棟のむさ苦しい中に咲く一輪の花だった。バラの様に華やかではないが、可憐な野花の様な柔らかい優しさがある。そのせいだろうか...猛獣どもがギラギラと狙っている。目を離せないな。私はヴァイン殿の腰を抱いた。

「ラ、ラドクルト殿?!」
「しっ。私の恋人と思わせておけば、さっきの様な奴は現れませんよ」
「こっ……! は、はい」

 おや……なんだか可愛らしい反応だな。侍従はこういう事態に手慣れているのかと思ったが、確かまだ成人して間もなかったと思い出す。しっかりしているからつい忘れてしまうな。

「おお、ラドクルト。随分可愛い人を連れているな」

 確か、マットとかなんとかいう奴だ。コイツもダメな方の男だと思い出し、しっかりと腰を抱くとそいつはケラケラと笑った。

「おう、そんなに警戒するな。随分大事にしてるな。ここで何してんだ?」
「ジュンヤ様の侍従のヴァイン殿です。ユーフォーンの騎士棟は見た事がないというので案内をしています。」
「そうか。王都の人か。道理で雰囲気が違う訳だ。気品がある。それにしても、王都か……俺もご当主やダリウス様と働けたらなぁ」

 早速来たか。

「ええと、あなたは?」
「俺はマディです、可愛い人。あなたは?」
「わ、私はヴァインと申します」
「こんな可愛らしい方とお近づきになれて光栄です」

 素早く手を取り手の甲にキスをした。油断も隙もないな!

「わっ!?」
「マディ殿、いきなり失礼だぞ」

 素早く払いのけるが、反省はしていない笑みを浮かべている。

「ヴァイン殿、こんな堅物より俺の方があなたを楽しませる自信がありますよ?」
「い、いえ、結構です。」
「残念だ。こいつに飽きたら、ぜひお声がけをお待ちしますよ」
 
 慌てるヴァイン殿を背後に隠す。

「ダリウス様といたいなら、王都に来るんだな」
「う~ん、俺は地元を守りたいから騎士になったんだよなぁ。王都じゃテンション上がらないな」

 サラッと不敬な事を言っているのが分かっているのだろうか。

「でも、ヒルダーヌ様の統治も素晴らしいじゃないですか。以前来た時より、商人達は活発に商売をしているとお見受けしましたよ」

 ヴァイン殿はさり気なく話題を持ち出した。自然にそちらに持っていった手腕に感心する。

「確かにな。ヒルダーヌ様は冷静沈着で、ダリウス様とは反対のタイプだ。確か、後継はヒルダーヌ様だろう?」
「まぁ、ご当主はそう言ってたな」
「なんです、その言い方」
「う~ん、まぁ分かるだろ?ここは力が正義だ」

 だが、ヒルダーヌ様の剣技はなかなかのものだという。ただ、バルバロイではでは足りないのだな。厳しいところだ。ずっと弟である団長と比べられてきたのだろうか。
 ヒルダーヌ様のお気持ちを完全に分かるとは言えない。だが、私も伯爵家という貴族の端くれとして後継者になる兄を見てきた。どんなに末端の貴族でも、当主か否かは大きく扱いが変わる。次男の私はあくまでもスペアであり、兄が健康で後を継げるのなら私は必要ないのだ。

「だが、以前の様に戦争があるわけでなし。関の攻防はあるかもしれないが、かなり平和になりましたよね?それでもですか? それに、こんな場所でそんな話は……」

 ここはまだ人も多い。私たちの話を立ち聞きしている者もいるのに気がついた。良くないな。場所を変えたい。

「ああ、良くその話になるから気にすんな。いや、良くないのはわかってるが、バルバロイ家は騎士や傭兵の憧れだからな。なかなか気持ちは変わらないものさ」
「そうなのですか。ですが、ファルボド様が指名され認められた方です。忠誠を尽くさねばならないでしょう?」
「そうだな。分かってはいるんだ。こんな時でも領民が厳しい状況を乗り切っているのは、屋敷のご領地の田畑で収穫された作物を各地の村に配給して下さっているからだってな」

 そんな事をなさっていたのか。確かに敷地内は穢れもないので、兵糧以外を配給に回すのは民の助けになったろう。しかし、根本的な水の穢れがそれを凌駕していたのだろう。

「それでも力を求める連中の一部には、ダリウス様への期待があるんだよ」
「おう、面白そうな話をしてるな。ラド、お前ダリウス様のいる近衛だろ? あぁ~羨ましいぜぇ~!!」
「全くだ。ダリウス様の様な強い方と常に共に鍛錬出来るなんて」
「また友愛を深めて頂きたい……」
「なぜ我らをお呼び頂けないんだ?」

 変な奴も混じってるが、気がつけばぐるりと囲まれていた。慌ててヴァイン殿を私の前方に移動させ、抱き込んでガードする。サラッと私の尻を触っている奴、今度ぶっ飛ばす!

「私が近衛になったのは二年前です。まだ事情は良く分からないし、裏の事情を色々言われても困るのです」
「ああ、そうだったな。まだ卵の殻が取れたばっかりだったなぁ。それに、貴族出身だっけ?」
「失礼な!!」

 どうでも良いが尻を撫でるな! どいつだっ?

「よし、話してやろう。こっちへ来い」

 そう言われ、集団に囲まれたまま談話室まで連れてこられ椅子に座る。ヴァイン殿は隣に座らせ、不埒者がいないか目を光らせる。

「あのなぁ。俺はだいぶ前から騎士やってるけどよ。たまにお戻りになるファルボド様の剣技は、そりゃもう見事でな。あのご当主に惚れ込んだんだって、何度誇りに思った事か」
「そうそう。だから、特に俺達ベテランはダリウス様の後継を夢に見るんだよ。ファルボド様仕込みの素晴らしい剣筋だからな」
「ザンド団長と三人でいるところを見ると、皆見事な赤髪に褐色の肌だろう?血筋を感じさせる圧倒的な光景だった」
「商人や町民はヒルダーヌ様推しだけどな。商売に関するあれこれを緩和したり、新技術への助成を始めたりして彼らの生活は改善したし、俺達の警邏の時間を増やしたから窃盗などの犯罪も減って以前より安全だ」

 なるほど。生活の向上は民には身をもって受ける恩恵だ。それにしても、ベラベラとよく喋る。こんな事ではヒルダーヌ様のお耳に入るではないか。

「それぞれの考えがあるのは分かります。しかし、こんな場所で大声で話すなど、いかがなものでしょうか」
「まぁまぁ。そういう話をしやすいのがウチってことよ」

 結局、騎士は武力重視だが、領内の平和も願っているので複雑な心境の様だ。なんやかんやと雑談を耳にしつつ、私は街の様子も知りたくなった。適当に場を離れ、ヴァイン殿と歩く。

「ヴァイン殿、休暇ならこのまま街へ行きませんか? 軍資金もありますし、私に付き合って下さい」
「え? でも、私は出かける気がなかったのでこの格好ですし……」

 確かに、街に出るのに侍従の制服では目立つ。

「戻ると時間がかかりますから、買いましょう! その為に軍資金を下さったんですからね」

 目を白黒しながらも頷いてくれたので、早速街へと繰り出した。

「これと、これで……ふむ。良くお似合いだ」
 
 私は満足してヴァイン殿を眺めた。既製品なのは仕方ないが、あまりに安っぽいのは着せたくなかった。明るい髪色を引き立てるネイビーのシャツに、白のズボン、良質な皮を使った腰ベルトには瞳と同じオレンジの石を組み込んだリベットが付いている。

「あの、あの、高いのでは……?」
「これは必要経費です。侍従服では警戒されますからね。私も着替えて来ます」

 私の私服は、大体白のシャツにネイビーのズボンにする事が多い。地味でスタンダードなコーディネートだが、近衛で注目を浴びる事が多いので、休みの日は目立ちたくない。
 着替え終えた私達は、街をぶらぶら歩いて見る事にした。ヴァイン殿は浄化前の滞在中に、頼まれた物を買いに来たらしいが、完全に仕事モードだったので要件のみで帰ったらしい。

「それでも、以前殿下のお供で来た時より、随分お店が増えたと思うんですよ。ジュンヤ様に色々お見せしたいなぁ……」
「ヴァイン殿はジュンヤ様が本当にお好きなんだな」
「もちろん! キレイでお優しいのに強いんです。ご存知でしょう?」

 確かに。あんな方だから団長は惚れ込んだんだ。そんな出会いがあるなんて羨ましいな。

「ジュンヤ様に報告も兼ねて色々見聞きしてみましょう」

 屋台を覗きお茶を飲み、夜は食堂で酒を飲みながら様子を伺う。少なくともこの街の住民は比較的健康で、病人はユーフォーンの外で仕事をするものや、各町村から治療を求めて来た者達だと知る。

「やぁ兄ちゃん。見かけない人だな? 旅行……新婚さんか?」

 隣にいた爺さんが突然声をかけてきた。庶民の店に来ているので、顔見知りが多い店なのかもしれない。

「なっ! 何を?! 友人だっ! 彼が困っているだろう」

 ヴァイン殿は真っ赤になってしまっている。全く、これだから酒場は困る。だが、口が軽くなるのも酒場だ。

「旅は当たりだがな。見聞を広める旅をしているのさ」
「へぇ、このご時世に優雅だね。でも、この街に敵うところはないだろう? ご当主代理のヒルダーヌ様が全権委任されてからは、下々の民を気にかけて下さって助かってるんだ」
「確かに他の街より活気があるな。病人もあまり見かけないし」
「俺は街の外で野菜を作ってるんだけどよ、壁の外と中は大違いさ。でも、神子様が浄化して下されたなら、ちったぁ変わるかねぇ」
「ケローガは変わったと聞いたぞ」
「おお!兄ちゃんはケローガから来たのか?!」

 ケローガと聞いた途端に周囲の人間の目も引いてしまった。悪手だったか?

「いや、聞いただけだ! 商人から聞いたんだ」
「なんだぁ。俺も商人から聞いたけどよ、神子様が水や病人に触ると光るんだってよ! まぁ、俺らみたいに魔力の低い庶民にゃ見えねぇかもしれんけど、神官様達が見たらしいぞ!! 神聖な浄化の魔石ってのがあって、そりゃ~もうキレイでキラキラしてるって、クードラから来た客が興奮しながら話してたな」
「それはすごいな」

 私にもジュンヤ様ご自身が光るのは見えないが、恐らく神官の特別な感応力なんだろう。ただ、浄化の七色の煌きは恐ろしい程美しく神々しいのだ。

「昨日のご帰還パレードは小さくて全然見えなくてなぁ。死ぬまでに一度は神子様に拝謁したいもんだ」
「爺さん、神子様に拝謁したらショックで死んじまうんじゃないかぁ?」

 茶々を入れて来たのは酔っ払いの若者だ。それをきっかに複数の人間が話に混ざり、好き勝手に話し出した。

「うるさい! そんな歳ではないわ!」
「神子様は、めちゃくちゃ美人らしいぜ!」

 今度はジュンヤ様がいかに美しいかの噂で盛り上がり、少々下品な話にもなった。腹が立つが、ここは我慢だ。

「ダリウス様の伴侶になられるって聞いたぞ!! そうなれば、ダリウス様がご帰還してご当主になるのかねぇ?」
「でも、エリアス殿下とも懇意にされてるんだろ? 神子様を王都から離れたところになんて寄越すか?」
「うう~ん。ダリウス様はそりゃもう憧れの君だけどよ、これまでのヒルダーヌ様の領への献身を思うと、ヒルダーヌ様かなぁ。騎士はダリウス様だよな? まぁ、ご婚約者との結婚がなかなか進まないから、余計未練があるんだろうなぁ」

 そうだ、ヒルダーヌ様には婚約者がいると聞いたが、未だ結婚に至っていない。年齢からいって遅すぎる。

「あー、口を挟んですまんが、ご長男様はまだ結婚されていないのか? 貴族の儀礼では遅いだろ?」
「それなぁ。メフリー様は色々ご苦労されてるよなぁ」
「どういうことだ?」
「メフリー様ってのは、子爵様の次男なんだけどな、そりゃもう頭の良い方なんだ! 最初ダリウス様の婚約者になった時は、こりゃ補佐として結婚だから、ダリウス様が後継者だって騒いだもんよ!!」
「そうそう。なのに、ダリウス様は騎士になるって家を飛び出すし婚約は解消されるし散々だった。そんで今度はヒルダーヌ様の婚約者になって、いざ結婚準備って時に病にかかったんだ。以来、寝ては起き寝ては起きって状態さ。ヒルダーヌ様は他の妻も娶らないしさ。どうなってんのかね」
「病? だが、貴族なら最高の治療が受けられるはずだ。なのに治らないのか?」
 
 皆は顔を見合わせてから、声を潜めた。

「ここだけの話、街の者は誰かに毒を盛られてんじゃないかって疑ってんだ。だってよ、神官様があれだけ治療して、時には司教様まで呼んだんだぜ? バルバロイ家にメフリー様が入ったら、確実により強固になる。邪魔なんじゃねーかってな」

 毒……いや、初期なら神官の治癒で癒せる。と、なれば病の原因は別だ。

「ダリウス様との仲違いも俺らは疑ってんだ。お小さい頃はあーんなに仲良く街を歩いてたんだからよ」
「俺達、どちらがご領主でも別に良いんだ。どちらも尊敬してるからな。それより、もう一度お二人が共に歩くお姿を見れたら、もっと良いんだがなぁ……やんちゃ小僧達が街を駆け回って……懐かしいな」
 
 爺さんは何かを思い出すように目をツムり思いにふけった。記憶の中の幼いお二人の様子を思い出しているのかもしれない。

「ラドクルト殿……」

 静かに相槌を打っていたヴァイン殿の目がキラリと光っていた。同じ事を思っている。

「メフリー様はお見かけするのか?」
「良いや。この一 、二年は屋敷に籠って出て来てないらしいな」
「へぇ。貴族ってのは大変だね。面白い話を聞かせて貰った礼にみんなに一杯ご馳走するよ。旅ってもんは面白いもんだ」
「「「「おお~!! 兄ちゃんのおごりだ!! 飲め飲めっ!!」」」」
「おい! 手加減してくれよっ!!」

 おごりだと思ったら、もう私達への興味が失せたらしく、馬鹿みたいにエールを煽り始めていた。まぁ、あまり突っ込まれると困るので助かった。潰れて忘れてくれたら尚良い。

「ヴァイン殿。少しはあの方の役に立てそうかな?」
「そうですね。明日の夜、私もご一緒しますよ」

 明日の夜。ドキンとしたが、ジュンヤ様との約束の事だ。休暇返上でがっかりした朝とは違い、彼のおかげで楽しい一日となった。私の運もまだまだ尽きてはいない....。これからはもう少し仕事以外の話をしてみたい。

「ヴァイン殿はずっと侍従をされてますよね? いつからですか?」
「私は八歳の頃にノーマと一緒にエルビス様に拾われました」
「——拾われた?」
「その、教会の孤児院に、いました。商人だった父が大怪我をして働けず、母一人では育てられなかったんです。その後、両親とも無理が祟って亡くなりました」
「それは……」
「でも!! 殿下とエルビス様が教会に来てくださってお声がけ頂いたんです」
「そうでしたか。ご苦労なさったんですね。不躾に聞いてすいませんでした」
「そんな事!! おかげで侍従職になって殿下やエルビス様、そしてジュンヤ様にお仕え出来て、これが運命だったんだと思います。俺は誇りに思っています。あ、え、っと、私は、です」

 おや、普段はとは意外だな。だが、酒の勢いか普段の姿がチラリと見えて来たようだ。

「いやいや、既にこれだけの旅を共にしているのです。普段の言葉でよろしいですよ?私は生まれつきこうなので、お気になさらず」
「すみません。あの、ラドクルト殿は伯爵家の出でいらっしゃいますよね? なぜ騎士に?」
「私は次男で兄が無事に家を継ぎました。五つ年上だったので、早くに子が出来て後継の心配もなくなり、憧れていた騎士になりました。私は、式典で見たファルボド様の剣舞にすっかり心を奪われました。いつか、あんな騎士になりたいと、それで」
「そうでしたか」

 柔らかく笑うヴァイン殿。幼い時から侍従として王宮で生活していたせいか、孤児院育ちなどと思えない程の優雅な仕草だ。騎士と違いほっそりとして良い香りがする。私の見立てたネイビーのシャツが、その白い肌をより白く引き立てている。
 それでも侍従というのは意外と力仕事もあり、決してただ細いわけではない。孤児院出身が王宮に……いかに苦労したか、想像に難くない。それでも耐え抜き殿下付きとなったのだ。

「私は、あなたをもっと知りたい」
「えっ?!」

 不意に言葉が溢れていた。素直な気持ちだった。いつも誰かを支える側でいるこの人を守ってやりたいと思った。そう思いながら彼に微笑むと、ヴァイン殿の頬はほんのりと色づいた。それが酒のせいでなければ嬉しい。

 空を映した様な美しい瞳を、またこんな風に見る機会があるだろうか。いや。そうではない。時は作るもの。

 そっと、優しく……あなたを抱きしめたら、どんな顔をするだろう。



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調査のためラドクルトにも活躍の場を…と思い書いてみたら二部作に。やるな、ラド。しかも結構文字も使ったな?と思う作者です。

次回よりジュンヤ視点に戻ります。
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