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3章
other side 王都の翳り
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神樹の花咲き乱れし時
麗しの双黒は来たれり
癒やしの御手は民を愛し
慈悲の心で大地を癒す
メイリルの愛子降臨し時
玲瓏たる漆黒は輝き
癒やしの光で民を包み
慈悲の心は水を清める
突然病が増え続け倒れる民が増える中、ある吟遊詩人の残した歌が人々の間を駆け巡っていた。その神子の名はジュンヤ。おまけとされ冷遇されながらも、各地を癒やし続ける美しく慈悲深き神子だと伝えるため、吟遊詩人は歌を神子に捧げながら放浪していた。
各地で神子に出会った商人、あるいは民がそれを知人に話し、それがまた誰かの耳に入る。そうやってひそかに神子ジュンヤの巡行は多くの王都の民が知る事となっていた。
大々的にアユムを神子として祭り上げていたその陰で、二人神子の告示までは誰に知られることもなく浄化をしていたと——
その献身に心を揺さぶられた民は、いつの間にかジュンヤへの信仰と言って過言ではない感情を抱き始めていた。
『王都の穢れは真の神子を蔑ろにした罰ではないか』
まことしやかに囁かれるうわさに、民は王都を出る決意を始めたのだった。
王都の民は、鬱々とした思いで持てる限りの荷物を荷車に積み、各地へと疎開を始めていた。病だけが彼らを疎開に掻き立てた訳ではないが、それを口する者はいない。
そんな中、巡行から帰還した騎士たちの手で第一王子が神子に授かったと言う浄化の魔石が、神殿や教会に配置された。しかし、日々増える病人全てを癒やすのは困難を極めた。様々な事情で疎開出来ない民は、下賜された大神殿と各教会に殺到していた。
だが、最も民の不満を募らせたのは、王宮がその半分を押収したせいだった。現王は民を愛していない……民衆の心がどんどん離れている現実に、王は気づいていないのだった。
人々が王都を見捨てつつある中、王宮のバルコニーで城下を見下ろす二人の影があった。
「宰相よ……聞いたぞ! 何なのだ、あの歌は!? 不愉快だ! アユムこそ崇められるべきだ。それに、私はアユムをあんなに大切にしていたと言うのに、なぜアユムは我が元に戻ってくれぬのか!?」
「あの男が邪魔をしているのかもしれません。それに、なぜ奴が浄化する度に王都が穢れるのか……われらに復讐をしておるのやもしれませぬ」
「あのジュンヤとかいう淫乱は、我が息子を誑かし、ダリウスをも伴侶にするつもりらしい。許せぬ……」
王は報告された内容を精査せず、真実と思い込み激しくジュンヤを憎悪していた。アユムが自分の元から離れていったのもジュンヤのせい、王都の穢れもジュンヤのせい。他人に押し付けて責任逃れをしていた。
「陛下、巡行は間もなく我がトーラント領に入ります。私にお任せ下さいますか?」
「どうするつもりだ?」
「今ただ、お任せ下されば……」
「良きに計らえ」
「御意」
王は顎髭を一つ撫で頷く。
「ところで、瘴気の元になっている牢獄はどうなっている?」
「魔石を配置して外に漏れないように手配をしております」
「あの魔石か。もっと早く寄越せば良いものを、エリアスめ。どんどん作らせ送れと伝令せよ。全部こちらに渡せと言うたのに、ジェイコブ大司教が逆らうとはな。いつからジュンヤ派になったのか。やはり油断できぬ男だ」
「はい、すぐにでも転送にて連絡致します。大司教も珍しく逆らいましたね。罰をお与えになりますか?」
宰相の言葉には首を振った。
「神殿を害すれば大ごとになる。——手は出せぬ。それより、ナトル司教について分かったか?」
「それが、拷問にかけておりますが、何も申しませんで。何が原因かは……」
宰相は素知らぬ顔で返事をするが、腹の中では愚昧な王をせせら笑っていた。狂信者を上手く扱えば、この愚王を追いやり、いずれ自分の一族が……そう密かな野望を抱いていた。そして宰相の懐には、せしめた浄化の魔石があった。
(信じていなかったが、なんという効果だ。これは手放せぬ)
王や重臣は皆この魔石の効果に驚いていた。一部の臣下はジュンヤへの対応について後悔している者も現れた。魔石の恩恵はありがたいが、密かにジュンヤを信仰する者が増えるのを王と宰相は懸念していた。
(長年撒いた毒が漸く効いて来た——だが、手の者を失ったのは大きい。王子が何もしてこないところ見ると証拠は掴めていないのだろうが、早くせねば。魔石の効果は絶大だ。ジュンヤも我が手にすれば恐れるものはない)
最初は邪魔者はナトルに与えてしまえと思っていたが、自領の穢れは年々悪化していた。ナトルが施した術は本人も解けず、神子頼みという状態だ。
宰相は魔石の効果を体験し、ナトルに渡すつもりだったジュンヤを欲し始めていた。
「これ以上死者を増やしてはならん。この短時間でこれほどの瘴気とはただ事ではない。だというのに、皆文句ばかり……今や信用出来るのは忠臣であるそなただけだ。結果を出せ」
王は民を気にかけてはいるが、自分で動かず任せる事に慣らされていった。即位の際は政を正しく行おうと努力していたが、今では傀儡の王と化している現実に自分では気がついていなかった。ゆっくりと判断能力を鈍らされ甘い毒を盛られた王は、正確な判断能力を失いつつあったのだ。
「御意。陛下もご心労でお疲れでしょう。チェスター様の宮でお休みになられては?」
「ああ……そうだな。そうしよう」
側室の宮へ下がろうと通路に出た王は、久しぶりに王妃と出くわし顔を歪めた。
「陛下。やっとお会い出来ました」
「なんだ。そちの暗い顔を見るとこちらまで気が滅入る。近寄るなと言っただろう」
「ですが、城下の苦しみはお聞き及びでしょう。どうか、神子様に王都訪問を願い出てくださいませ」
「はっ! ふざけるな! あんな淫売がいなくても私が王都を守ってみせる!! 下がれ!愚か者が」
振り払うようにドカドカと足早に去る王の後ろ姿を、王妃は苦悩を込めた瞳で見送るしかなかった。
「エリアス殿下……神子様……どうぞご無事で。メイリル様、国を憂う王子と神子に加護をお与え下さい」
王に貶められた哀れな王妃は、遠い地にいる義理の息子と、いまだ対面の叶わない神子のために祈りを捧げ、ピンと背筋を伸ばし再び職務へと戻って行った。
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今日から三章が始まります。
しょっぱなから不穏&短くて申し訳ありません。書き溜めしての投稿ですので、連続投稿出来ると思います!
どうぞよろしくお願いします。
麗しの双黒は来たれり
癒やしの御手は民を愛し
慈悲の心で大地を癒す
メイリルの愛子降臨し時
玲瓏たる漆黒は輝き
癒やしの光で民を包み
慈悲の心は水を清める
突然病が増え続け倒れる民が増える中、ある吟遊詩人の残した歌が人々の間を駆け巡っていた。その神子の名はジュンヤ。おまけとされ冷遇されながらも、各地を癒やし続ける美しく慈悲深き神子だと伝えるため、吟遊詩人は歌を神子に捧げながら放浪していた。
各地で神子に出会った商人、あるいは民がそれを知人に話し、それがまた誰かの耳に入る。そうやってひそかに神子ジュンヤの巡行は多くの王都の民が知る事となっていた。
大々的にアユムを神子として祭り上げていたその陰で、二人神子の告示までは誰に知られることもなく浄化をしていたと——
その献身に心を揺さぶられた民は、いつの間にかジュンヤへの信仰と言って過言ではない感情を抱き始めていた。
『王都の穢れは真の神子を蔑ろにした罰ではないか』
まことしやかに囁かれるうわさに、民は王都を出る決意を始めたのだった。
王都の民は、鬱々とした思いで持てる限りの荷物を荷車に積み、各地へと疎開を始めていた。病だけが彼らを疎開に掻き立てた訳ではないが、それを口する者はいない。
そんな中、巡行から帰還した騎士たちの手で第一王子が神子に授かったと言う浄化の魔石が、神殿や教会に配置された。しかし、日々増える病人全てを癒やすのは困難を極めた。様々な事情で疎開出来ない民は、下賜された大神殿と各教会に殺到していた。
だが、最も民の不満を募らせたのは、王宮がその半分を押収したせいだった。現王は民を愛していない……民衆の心がどんどん離れている現実に、王は気づいていないのだった。
人々が王都を見捨てつつある中、王宮のバルコニーで城下を見下ろす二人の影があった。
「宰相よ……聞いたぞ! 何なのだ、あの歌は!? 不愉快だ! アユムこそ崇められるべきだ。それに、私はアユムをあんなに大切にしていたと言うのに、なぜアユムは我が元に戻ってくれぬのか!?」
「あの男が邪魔をしているのかもしれません。それに、なぜ奴が浄化する度に王都が穢れるのか……われらに復讐をしておるのやもしれませぬ」
「あのジュンヤとかいう淫乱は、我が息子を誑かし、ダリウスをも伴侶にするつもりらしい。許せぬ……」
王は報告された内容を精査せず、真実と思い込み激しくジュンヤを憎悪していた。アユムが自分の元から離れていったのもジュンヤのせい、王都の穢れもジュンヤのせい。他人に押し付けて責任逃れをしていた。
「陛下、巡行は間もなく我がトーラント領に入ります。私にお任せ下さいますか?」
「どうするつもりだ?」
「今ただ、お任せ下されば……」
「良きに計らえ」
「御意」
王は顎髭を一つ撫で頷く。
「ところで、瘴気の元になっている牢獄はどうなっている?」
「魔石を配置して外に漏れないように手配をしております」
「あの魔石か。もっと早く寄越せば良いものを、エリアスめ。どんどん作らせ送れと伝令せよ。全部こちらに渡せと言うたのに、ジェイコブ大司教が逆らうとはな。いつからジュンヤ派になったのか。やはり油断できぬ男だ」
「はい、すぐにでも転送にて連絡致します。大司教も珍しく逆らいましたね。罰をお与えになりますか?」
宰相の言葉には首を振った。
「神殿を害すれば大ごとになる。——手は出せぬ。それより、ナトル司教について分かったか?」
「それが、拷問にかけておりますが、何も申しませんで。何が原因かは……」
宰相は素知らぬ顔で返事をするが、腹の中では愚昧な王をせせら笑っていた。狂信者を上手く扱えば、この愚王を追いやり、いずれ自分の一族が……そう密かな野望を抱いていた。そして宰相の懐には、せしめた浄化の魔石があった。
(信じていなかったが、なんという効果だ。これは手放せぬ)
王や重臣は皆この魔石の効果に驚いていた。一部の臣下はジュンヤへの対応について後悔している者も現れた。魔石の恩恵はありがたいが、密かにジュンヤを信仰する者が増えるのを王と宰相は懸念していた。
(長年撒いた毒が漸く効いて来た——だが、手の者を失ったのは大きい。王子が何もしてこないところ見ると証拠は掴めていないのだろうが、早くせねば。魔石の効果は絶大だ。ジュンヤも我が手にすれば恐れるものはない)
最初は邪魔者はナトルに与えてしまえと思っていたが、自領の穢れは年々悪化していた。ナトルが施した術は本人も解けず、神子頼みという状態だ。
宰相は魔石の効果を体験し、ナトルに渡すつもりだったジュンヤを欲し始めていた。
「これ以上死者を増やしてはならん。この短時間でこれほどの瘴気とはただ事ではない。だというのに、皆文句ばかり……今や信用出来るのは忠臣であるそなただけだ。結果を出せ」
王は民を気にかけてはいるが、自分で動かず任せる事に慣らされていった。即位の際は政を正しく行おうと努力していたが、今では傀儡の王と化している現実に自分では気がついていなかった。ゆっくりと判断能力を鈍らされ甘い毒を盛られた王は、正確な判断能力を失いつつあったのだ。
「御意。陛下もご心労でお疲れでしょう。チェスター様の宮でお休みになられては?」
「ああ……そうだな。そうしよう」
側室の宮へ下がろうと通路に出た王は、久しぶりに王妃と出くわし顔を歪めた。
「陛下。やっとお会い出来ました」
「なんだ。そちの暗い顔を見るとこちらまで気が滅入る。近寄るなと言っただろう」
「ですが、城下の苦しみはお聞き及びでしょう。どうか、神子様に王都訪問を願い出てくださいませ」
「はっ! ふざけるな! あんな淫売がいなくても私が王都を守ってみせる!! 下がれ!愚か者が」
振り払うようにドカドカと足早に去る王の後ろ姿を、王妃は苦悩を込めた瞳で見送るしかなかった。
「エリアス殿下……神子様……どうぞご無事で。メイリル様、国を憂う王子と神子に加護をお与え下さい」
王に貶められた哀れな王妃は、遠い地にいる義理の息子と、いまだ対面の叶わない神子のために祈りを捧げ、ピンと背筋を伸ばし再び職務へと戻って行った。
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