虐げられた聖女が魔力を引き揚げて隣国へ渡った結果、祖国が完全に詰んだ件について~冷徹皇帝陛下は私を甘やかすのに忙しいそうです~

日々埋没。

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​第1話:その「無能」という言葉、そっくりお返しいたします



「エルゼ。お前との婚約を白紙に戻す。――今日、この瞬間をもってな」

 ​王城の夜会広間。耳をつんざくようなオーケストラの演奏を切り裂いて、婚約者である第一王子・カイルの声が響いた。
 手にしたグラスの中で、琥珀色のシャンパンが小さく波打つ。

(……ああ、やっぱり)

 ​驚きよりも先に、すとんと落ちてくるような納得感があった。
 私の正面で勝ち誇ったように笑うカイル殿下。その隣には、私の義妹であるミナが、か弱い花のように彼に縋り付いている。

「殿下、そんな……お姉様が可哀想ですわ。聖女としての魔力を失って、誰よりも傷ついているのはお姉様なのに……っ」

 ​わざとらしいほどに震える声。
 ミナの胸元で怪しく光るブローチ――私の魔力を吸い取り続けている「魔道具」の存在を、カイル殿下は知らない。いえ、知らないふりをしているだけ。

「優しいな、ミナ。だが、魔力も底を突き、神殿の加護すら失った無能の『欠陥品』を王妃に据えるわけにはいかない。エルゼ、お前は今日限りで国外追放だ」

 ​欠陥品。
 それが、十年間この国の結界をたった一人で維持し続けてきた私に与えられたレッテルだった。

「……承知いたしました」

 ​私は静かに膝をつき、最敬礼を送る。
 騒ぎを聞きつけた貴族たちの嘲笑が、雨あられと降ってきた。

『あんなに傲慢だった聖女様が、見てよあの惨めな姿』
『魔力のない聖女なんて、ただの贅沢な飾りよね』
 ​
 視線が痛い。でも、それ以上に滑稽だった。
 私が今、指先一つで維持している「この会場の空調」も「結界」も「魔力による灯火」も、彼らはすべて当たり前の自然現象だと思い込んでいる。

「カイル殿下。一つだけ、確認させてください」
「なんだ。今さら命乞いか?」
「いいえ。私がこの国を出た後、何が起きても……一切、私に責任を求めないと誓っていただけますか?」
 ​
 カイル殿下は、私の言葉を「負け惜しみ」と受け取ったらしい。
 彼は大声で笑い、周囲の賛同を求めるように手を広げた。
 
「もちろんだ! むしろ、お前という『呪い』が消えて、この国はさらに繁栄するだろう。二度とその汚い顔を見せるな!」
 ​
 その言葉を聞いた瞬間、私の中で張り詰めていた最後の糸が、ぷつりと切れた。
 ​
「――わかりました。では、お返しいたします」
 ​
 私は立ち上がり、ドレスの裾を翻した。
 誰にも気づかれないほどの小さな溜息とともに、これまで国中に張り巡らせていた私の「魔力の糸」を、すべて手元に手繰り寄せる。
 ​瞬間、広間のシャンデリアが不気味に瞬き、豪華な魔法銀の食器たちがその輝きを失った。
 一瞬の静寂。けれど、無知な彼らは、それが「終わりの始まり」であることにまだ気づかない。
 ​私は一瞥もくれず、夜会の会場を後にした。
 行く宛てなんてない。家族も、居場所も、すべて失った。
 けれど、不思議と心は軽かった。

(さようなら。私を使い潰そうとした、愛する祖国)

 ​土砂降りの雨の中、城門を目指して歩く私の前に、一台の馬車が立ち塞がるようにして止まった。
 漆黒の車体に刻まれているのは、この国の紋章ではない。
「氷の死神」と恐れられる隣国の皇帝、リュードヴィヒ陛下の紋章――双頭の銀狼だ。
 ​馬車の扉が開き、長靴が水溜りを叩く音が聞こえる。
 傘も差さず、雨の中に現れたその男は、私の前に跪くと、冷え切った私の手を震えるほど強く握りしめた。

「……やっと見つけた。私の、真の聖女」

 ​その瞳に宿る熱は、カイル殿下が向けてきたどんな視線よりも、重く、深く、狂おしい執着に満ちていた。
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