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第2話:漆黒の馬車と温かな執着
降りしきる雨の音さえも、リュードヴィヒ陛下の重厚な存在感に塗り潰されていく。
泥に濡れるのも構わず私の前に跪いた皇帝は、私の凍えた手をその大きな掌で包み込んだ。その熱さに、思考が白く弾ける。
「……陛下、なぜ。私のような、追放された無能を」
震える声で問いかけると、彼は鋭く、けれどどこか悲痛なほどに目を細めた。
「無能だと? あのような愚か者の戯言を真に受けるな。……君がこの十年、どれほどの奇跡をあの国に与え続けてきたか。私は知っている。いや、私の国だけが、君の価値を正しく理解している」
彼はそのまま、私を抱き上げるようにして馬車の中へと導いた。
車内は外の寒さが嘘のように温かく、高価な香木の香りが漂っている。
彼は座席に腰を下ろすと、私を隣ではなく、あろうことか自分の膝の上に座らせた。
「っ、陛下!? お召し物が汚れてしまいます……!」
「構わん。それよりも君が冷え切っていることの方が、私には耐え難い」
彼は手際よく厚手の毛布を私に巻き付け、さらに自身の魔法で温めた指先で、私の濡れた頬をそっとなぞった。
カイル殿下からは、一度も向けられたことのない慈しみ。
他国では「氷の死神」と恐れられているはずの彼が、壊れ物を扱うような手つきで私を見つめている。
「エルゼ。君を、私の帝国へ迎えたい。聖女としてではない。私の命の恩人として、そして――」
彼は一度言葉を切り、私の耳元で低く、熱い吐息を漏らした。
「私の、生涯の伴侶として」
あまりに唐突な求婚に、心臓が跳ね上がる。
混乱する私の脳裏に、先ほど捨て去った祖国の景色が浮かんだ。
私が魔力を引き揚げた今、あの国の守護結界はすでに消失している。作物は枯れ、魔物は溢れ、カイル殿下やミナが誇っていた「偽りの聖女」の力では、明日を凌ぐことさえ叶わないだろう。
「……私を受け入れれば、あの国と敵対することになるかもしれません」
「敵対? 笑わせるな。宝の価値も分からず、泥に投げ捨てたような国など、もはや国ですらない。君が望むなら、明日にもあの大地を更地に変えてもいいのだぞ?」
嘘ではない。この人の瞳は本気だ。
私が拒絶すれば、彼はすべてを焼き尽くすだろう。そして私が望めば、すべてを与えてくれる。
カイル殿下に蔑まれ、ミナに虐げられてきた日々が、遠い過去のように霞んでいく。
「……お願いがあります、リュードヴィヒ陛下」
私は、彼の胸板にそっと手を添えた。
「私を、あなたの国へ連れていってください。もう二度と、あそこへは戻りたくありません」
リュードヴィヒ陛下は、満足げに喉を鳴らして笑うと、私の髪に深く唇を落とした。
「ああ、約束しよう。君を傷つけるすべてのものから、私が守り抜く。……まずはその体を温め、最高の食事と寝床を用意させよう。君の新しい生活は、今この瞬間から始まるのだ」
走り出した馬車の窓越しに、遠ざかる祖国の城が見えた。
灯りが一つ、また一つと消えていく。
それは、私を使い潰した者たちへの、静かな、けれど決定的な報復の始まりだった。
泥に濡れるのも構わず私の前に跪いた皇帝は、私の凍えた手をその大きな掌で包み込んだ。その熱さに、思考が白く弾ける。
「……陛下、なぜ。私のような、追放された無能を」
震える声で問いかけると、彼は鋭く、けれどどこか悲痛なほどに目を細めた。
「無能だと? あのような愚か者の戯言を真に受けるな。……君がこの十年、どれほどの奇跡をあの国に与え続けてきたか。私は知っている。いや、私の国だけが、君の価値を正しく理解している」
彼はそのまま、私を抱き上げるようにして馬車の中へと導いた。
車内は外の寒さが嘘のように温かく、高価な香木の香りが漂っている。
彼は座席に腰を下ろすと、私を隣ではなく、あろうことか自分の膝の上に座らせた。
「っ、陛下!? お召し物が汚れてしまいます……!」
「構わん。それよりも君が冷え切っていることの方が、私には耐え難い」
彼は手際よく厚手の毛布を私に巻き付け、さらに自身の魔法で温めた指先で、私の濡れた頬をそっとなぞった。
カイル殿下からは、一度も向けられたことのない慈しみ。
他国では「氷の死神」と恐れられているはずの彼が、壊れ物を扱うような手つきで私を見つめている。
「エルゼ。君を、私の帝国へ迎えたい。聖女としてではない。私の命の恩人として、そして――」
彼は一度言葉を切り、私の耳元で低く、熱い吐息を漏らした。
「私の、生涯の伴侶として」
あまりに唐突な求婚に、心臓が跳ね上がる。
混乱する私の脳裏に、先ほど捨て去った祖国の景色が浮かんだ。
私が魔力を引き揚げた今、あの国の守護結界はすでに消失している。作物は枯れ、魔物は溢れ、カイル殿下やミナが誇っていた「偽りの聖女」の力では、明日を凌ぐことさえ叶わないだろう。
「……私を受け入れれば、あの国と敵対することになるかもしれません」
「敵対? 笑わせるな。宝の価値も分からず、泥に投げ捨てたような国など、もはや国ですらない。君が望むなら、明日にもあの大地を更地に変えてもいいのだぞ?」
嘘ではない。この人の瞳は本気だ。
私が拒絶すれば、彼はすべてを焼き尽くすだろう。そして私が望めば、すべてを与えてくれる。
カイル殿下に蔑まれ、ミナに虐げられてきた日々が、遠い過去のように霞んでいく。
「……お願いがあります、リュードヴィヒ陛下」
私は、彼の胸板にそっと手を添えた。
「私を、あなたの国へ連れていってください。もう二度と、あそこへは戻りたくありません」
リュードヴィヒ陛下は、満足げに喉を鳴らして笑うと、私の髪に深く唇を落とした。
「ああ、約束しよう。君を傷つけるすべてのものから、私が守り抜く。……まずはその体を温め、最高の食事と寝床を用意させよう。君の新しい生活は、今この瞬間から始まるのだ」
走り出した馬車の窓越しに、遠ざかる祖国の城が見えた。
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それは、私を使い潰した者たちへの、静かな、けれど決定的な報復の始まりだった。
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