元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。

文字の大きさ
1 / 6

第01話 おばさんもこの時までは真の仲間だった

しおりを挟む
 ゴツゴツとした岩陰越しに、人型の蜥蜴魔物――リザードマンを見つけたのは、レミオール岩洞と呼ばれる湿ったダンジョンに潜ってから、しばらくしてのことだった。
​ 数は五体。
 無防備に背を向け、泥を漁っている。
 斥候の役割を担う『狩人』の青年がいち早く敵を発見し、私たちは岩陰で声を潜めていた。私が提示した作戦会議も大詰め。実行に移そうとした、その時だった。

​「……本当に、その薄汚い作戦で大丈夫なんですか?」

​ 冷ややかな声を上げたのは、数日前にパーティーに加わったばかりの『魔術師』の少年だった。
 若く、瑞々しい肌。未来への希望に満ちた瞳。彼は、泥にまみれ、膝の抜けたズボンを履いている私を、隠そうともしない蔑みの目で見つめている。

​「元メイドの『おばさん』が考えた小細工なんて、高貴な魔術の補助に相応しいとは思えませんね」

​ 不満げな独り言。かつて公爵令嬢として傅(かしず)かれる側だった私には、その無礼さが、古傷をなぞるような鈍い痛みとなって響く。
 実戦経験のない若者にとって、私の出す知恵は「姑息な小細工」に映るのだろう。戦いの華は、常に若く力強い者たちのためにあるのだから。
​ だが、私とてただ老いたわけではない。
 没落し、婚約を破棄され、実家を追放されてから死に物狂いで身につけた『メイド』という職業。それは、主の望みを完璧に叶えるための後方支援のスペシャリストだ。
 私は、自分の中に残る僅かな矜持を呼び覚まし、穏やかな笑みを浮かべた。
 それを見て、パーティーのリーダーである『重騎士』の青年が助け舟を出してくれる。

​「心配ないさ。この『おばさん』は見た目こそくたびれているが、冒険者としての経験は長い。僕らがこれまで無傷でやってこられたのも、彼女の教えがあったからだ」

​ 二十代半ばの、若く逞しいリーダーの言葉。私と同列の男たちが納得するには、彼の太鼓判が必要不可欠だった。

​「だから僕は、彼女を信じている。……なあ、お前らもそうだろう?」
「当たり前っしょ! こう見えて『おばさん』の知恵にはマジ感謝してるし。まあ、服から漂うこの……独特の『生活臭』さえなけりゃ最高なんだけどな!」
「説教臭いのも玉に瑕だけどー。おばさんの言う通りにすれば死なないのはホントなんだよなー。だから安心しろって」

​ リーダーの呼びかけに、軽薄な口調の『剣士』と、のんびりとした『狩人』の青年たちが応じる。

​ ……ありがたいことだ。

 身を削るような嫌味を混ぜられながらも、彼らは私を必要としている。
 生活臭。つまり、安い宿屋の石鹸と、加齢が混ざり合った、隠しきれない「貧しさ」の匂い。かつてバラの香油を惜しみなく使っていた身としては、胸が締め付けられるような思いだが、今の私にはそれがお似合いなのだ。

​「……わかりました。皆さんがそこまで仰るなら、従いましょう」

​ 魔術師の少年は、不承不承ながら杖を構えた。私の作戦には、彼の魔法が「道具」として不可欠なのだ。

​「納得したなら、さっさと片付けよう!」

​ リーダーが剣を抜き、先陣を切る。
 若き騎士の背中は眩しい。彼は大声を上げ、リザードマンの敵愾心を一身に集める。
 その隙に、狩人の少年が矢を放ち、敵の足を止める。

​「くっ……はあっ! まだか……!? 腕が痺れてきたぞ!」

​ リザードマンの猛攻に、リーダーの盾が悲鳴を上げる。
 私は冷静に、隣の魔術師に合図を送る。

 ——今よ。

​「『瞬き』、溢るるは『光の涙』――ティアブライト!」

​ 暗い洞窟の中に、爆発的な閃光が走る。
 本来は下級の攻撃魔法に過ぎないが、暗闇を好むリザードマンにとって、それは網膜を焼き切る残酷な凶器となる。

​「……すごい。本当に、これだけで……」

​ 視界を奪われ、のたうち回るリザードマンたち。それを青年たちが、面白半分に、かつ確実に屠っていく。
 私の狙い通り。戦術とは、力ではなく、適材適所の応用なのだ。

​「ほら、言っただろう? おばさんの言うことに間違いはないって」

​ 返り血を拭いながら、リーダーが誇らしげに笑う。
 青年たちは口々に私を称賛しつつ、どこか「便利な道具」を褒めるような視線を送ってくる。

​「……結果を見せられれば、認めざるを得ませんね。失礼なことを言いました、レアーヌ……『おばさん』」

​ 皮肉混じりの謝罪に、私はかつての公爵令嬢としての、完璧なカーテシー(会釈)を返しそうになるのを、辛うじて堪えた。
 今の私は、ただのくたびれた中年女性だ。

​「いいのよ。私はメイド。主(パーティー)を勝たせるのが仕事ですから。これからも、遠慮なく頼ってちょうだい」

​ ——一人はみんなのために、みんなは一人のために。

 甘美な言葉に酔いしれながら、私は自分の居場所を確認する。
​ 富も、名声も、かつての地位も失った。
 けれど、私には今、命を預け合える「仲間」がいる。
 いつか婚約者に裏切られ、冷たい雨の中で実家を追い出された私を救ってくれるのは、この温かなパーティーの絆だけなのだと、信じて疑わなかった。

​「さあ、行きましょう。次の獲物が待っているわ」

​ こうして、誰一人欠けることなく、私たちは無傷の勝利を収めた。
 この絆こそが、今の私のすべてだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「あなたは強いから大丈夫よね」、無自覚に人生を奪う姉

恋せよ恋
恋愛
「セリーヌは強いから、一人でも大丈夫よね?」 婚約破棄され「可哀想なヒロイン」となった姉カトリーヌ。 無自覚で優しい姉を気遣う両親と『私の』婚約者クロード。 私の世界は反転した。 十歳から五年間、努力で守ってきた「次期後継者」の座も。 自分に誂えた「ドレス」も……。「婚約者」さえも……。 両親は微笑んで言う。 「姉様が傷ついているの強いお前が譲ってあげなさい」と。 泣いて縋れば誰かが助けてくれると思っているお姉様。 あとはお一人で頑張ってくださいませ。 私は、私を必要としてくれる場所へ――。 家族と婚約者を見限った、妹・セリーヌの物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄が聞こえません

あんど もあ
ファンタジー
私は、真実の愛に目覚めた王子に王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言されたらしいです。 私には聞こえないのですが。 王子が目の前にいる? どこに? どうやら私には王子が見えなくなったみたいです。 ※「承石灰」は架空の物質です。実在の消石灰は目に入ると危険ですのでマネしないでね!

「君は地味な裏方だ」と愛人を優遇するサイコパス気質の夫。〜私が去った後、商会の技術が全て私の手によるものだと気づいても、もう手遅れです〜

水上
恋愛
「君は地味だから裏方に徹しろ」 効率主義のサイコパス気質な夫は、妻であるクララの磨いた硝子を愛人の手柄にし、クララを工房に幽閉した。 彼女は感情を捨て、機械のように振る舞う。 だが、クララの成果を奪い取り、夫が愛人を壇上に上げた夜、クララの心は完全に凍りついた。 彼に残した書き置きは一通のみ。 クララが去った後、商会の製品はただの石ころに戻り、夫の計算は音を立てて狂い始める。 これは、深い絶望と、遅すぎた後悔の物語。

「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と私を嫌う夫に言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」 この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。 選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。 そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。 クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。 しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。 ※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

幸せの賞味期限――妹が奪った夫は、甘く腐る

柴田はつみ
恋愛
幸せには「賞味期限」がある。 守る実力のない女から、甘い果実は腐っていく 甘いだけのダメンズ夫と、計算高い妹。 善意という名の「無能」を捨てたとき、リリアの前に現れたのは 氷の如き冷徹さと圧倒的な財力を持つ、本物の「男」だった――。 「お姉様のその『おっとり』、もう賞味期限切れよ。カイル様も飽き飽きしてるわ」 伯爵家の長女・リリアは、自分が作り上げた平穏な家庭が、音を立てて崩れるのをただ見つめるしかなかった。 信じていた妹・エレナの狡猾な指先が、夫・カイルの心の隙間に滑り込んでいく。 カイルは、優しくて美貌だが、自分の足で立つことのできない「甘い」男。彼はエレナの露骨な賞賛と刺激に溺れ、長年尽くしてきたリリアを「味のないスープ」と切り捨て、家から追い出してしまう

処理中です...