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※再びエリシュ視点に戻ります。
「――エリシュ様、お探ししておりました」
慎ましくも平和な日々を引き裂いた突然の来訪者。
あの時レストランでの仕事を終えた私を待ち構えていたのは、かつて見知った者たちの姿。
「……誰ですか? 確かに私はエリシュですが、人違いではありませんか?」
「旦那様がお呼びです。エリシュ様には申し訳ございませんが無駄な抵抗はお控えいただくようお願いいたします」
そんな風に一応とぼけてみせた私の言葉にも耳をかさず、レストランから連れ出そうとする。
「おいお前ら! いきなりやってきてウチの看板娘をどうしようってんだ!」
一部始終を眺めていたレストランのオーナーが私たちの間に割って入る。
おおかた質の悪い客だと思って私を守ってくれようとしているのだろう。
ありがたいことだけど今は間が悪い。
「邪魔をしないでいただこうか。自分たちはルドラー伯爵の使いと言えば理解できるだろう?」
「ルドラー伯爵だと? はっ、伯爵様の名前を騙ろうたってそうはいかねえ――」
「オーナー、私なら大丈夫ですから! だから収めてください!」
このままだとオーナーの手が出てしまいそうなので慌てて止める。
それから使いの者たちにも手荒な真似はしないように釘を刺し、素直に応じることにしたのだった。
やがて。
「……まさかまたここに戻ってくることがあるとはね」
無理やり連れてこられたルドラー家の屋敷を見上げ、独りごちる。
懐かしくないと言えば嘘になる。
だって生まれ育った我が家だもの、感傷に浸るなと言う方が無理がある。
けれど今の私はもはやこの家とは無縁の存在、だというのに今頃になって何の用で呼び出されたというのだろう……。
「おお、エリシュ!」
顔馴染みの使用人に案内され、私は仕方なく応接間に足をはこんだ。
そこで私を出迎えたのは、やはりかつての父であり――。
「よく……、よく無事で生きていてくれた! ああ、その可愛い顔をもっとよく儂に見せておくれ」
喜色満面な笑みを浮かべるその存在とは反対に、私の心は酷く冷めていた。
よく無事で? 生きていてくれた?
――今更何をいっているのだろう。
彼が、マルクスがいなかったら実際私はとっくの昔に死んでいてもおかしくなかった。
正直、彼には感謝してもしきれない。
だからこそ以前までとは打って変わった態度で目の前で抱擁の構えを取る人に気を許すのは、これまでのマルクスに対する裏切りにも思えた。
「恐れながらルドラー伯爵、私のような平民風情にいったいどのようなご用でしょうか?」
ゆえに私はおと……ルドラー伯爵の再会を喜ぶ言葉をわざと遮るようにそう切り出す。
「どうしたのだ? ルドラー伯爵などと、そのように他人行儀な」
「ええ、他人ですので」
ぴしゃりと告げるとルドラー伯爵は面食らったような表情を浮かべた。
これでいい。
たとえ血が繋がっていようとも、私とルドラー伯爵はもはや形式上は親子でもなんでもないのだから。
「そうか、お前は勘当のことを気にしているのだな。……済まなかったエリシュ、だがもう心配することはない。あれはただの悪夢、そう、あの魔女がもたらした悪夢なのだから」
「魔女?」
でもルドラー伯爵の口から今この場にそぐわない単語が出てきたので思わず聞き返してしまう。
「ああそうだ、すべては以前お前が連れてきたあの悪しき魔女――ルミナスの仕業なのだ」
「――エリシュ様、お探ししておりました」
慎ましくも平和な日々を引き裂いた突然の来訪者。
あの時レストランでの仕事を終えた私を待ち構えていたのは、かつて見知った者たちの姿。
「……誰ですか? 確かに私はエリシュですが、人違いではありませんか?」
「旦那様がお呼びです。エリシュ様には申し訳ございませんが無駄な抵抗はお控えいただくようお願いいたします」
そんな風に一応とぼけてみせた私の言葉にも耳をかさず、レストランから連れ出そうとする。
「おいお前ら! いきなりやってきてウチの看板娘をどうしようってんだ!」
一部始終を眺めていたレストランのオーナーが私たちの間に割って入る。
おおかた質の悪い客だと思って私を守ってくれようとしているのだろう。
ありがたいことだけど今は間が悪い。
「邪魔をしないでいただこうか。自分たちはルドラー伯爵の使いと言えば理解できるだろう?」
「ルドラー伯爵だと? はっ、伯爵様の名前を騙ろうたってそうはいかねえ――」
「オーナー、私なら大丈夫ですから! だから収めてください!」
このままだとオーナーの手が出てしまいそうなので慌てて止める。
それから使いの者たちにも手荒な真似はしないように釘を刺し、素直に応じることにしたのだった。
やがて。
「……まさかまたここに戻ってくることがあるとはね」
無理やり連れてこられたルドラー家の屋敷を見上げ、独りごちる。
懐かしくないと言えば嘘になる。
だって生まれ育った我が家だもの、感傷に浸るなと言う方が無理がある。
けれど今の私はもはやこの家とは無縁の存在、だというのに今頃になって何の用で呼び出されたというのだろう……。
「おお、エリシュ!」
顔馴染みの使用人に案内され、私は仕方なく応接間に足をはこんだ。
そこで私を出迎えたのは、やはりかつての父であり――。
「よく……、よく無事で生きていてくれた! ああ、その可愛い顔をもっとよく儂に見せておくれ」
喜色満面な笑みを浮かべるその存在とは反対に、私の心は酷く冷めていた。
よく無事で? 生きていてくれた?
――今更何をいっているのだろう。
彼が、マルクスがいなかったら実際私はとっくの昔に死んでいてもおかしくなかった。
正直、彼には感謝してもしきれない。
だからこそ以前までとは打って変わった態度で目の前で抱擁の構えを取る人に気を許すのは、これまでのマルクスに対する裏切りにも思えた。
「恐れながらルドラー伯爵、私のような平民風情にいったいどのようなご用でしょうか?」
ゆえに私はおと……ルドラー伯爵の再会を喜ぶ言葉をわざと遮るようにそう切り出す。
「どうしたのだ? ルドラー伯爵などと、そのように他人行儀な」
「ええ、他人ですので」
ぴしゃりと告げるとルドラー伯爵は面食らったような表情を浮かべた。
これでいい。
たとえ血が繋がっていようとも、私とルドラー伯爵はもはや形式上は親子でもなんでもないのだから。
「そうか、お前は勘当のことを気にしているのだな。……済まなかったエリシュ、だがもう心配することはない。あれはただの悪夢、そう、あの魔女がもたらした悪夢なのだから」
「魔女?」
でもルドラー伯爵の口から今この場にそぐわない単語が出てきたので思わず聞き返してしまう。
「ああそうだ、すべては以前お前が連れてきたあの悪しき魔女――ルミナスの仕業なのだ」
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