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「……マッディとの婚約を解消してほしい?」
聞き間違いではないことを確認するためにそう繰り返すと、ロアンナは「ええ」と頷いた。
元々面白い話が来るとは思っていなかったが、これはちょっと予想外に過ぎた。
だってどこの世界に当人らの家族や親戚関係者ならいざ知らず、まさか使用人が主の婚約解消を直接相手に迫ってくると思うのか。
「マディ様も……彼もそれを望んでいます」
「本人が望んでいる? おかしいわね、マッディからそのようなことを匂わせる発言を聞かされたことがないけれど、仮に事実だとしてなぜそんな大事なことを本人ではなく貴方から言われないといけないの?」
「それは婿養子で迎えられるマディ様の立場では思っていても口に出すことができないからです。だからわざわざこうしてわたしの方からお伝えしにきたんです。ああ可哀想なアンティーラさん、本当に彼が愛しているのはお飾り婚約者のあなたではなくこの私なのに!」
……本当に何を言っているのこの子は、妄想もそこまでいくと大概ね。
おおかた自分に優しくしてくれるマッディの姿に一方的な思慕の念を抱いたのだろう。
身分違いの恋は物語の世界ではありふれているが、現実は架空のお話のようにはいかない。
結局は色々なしがらみもあって貴族同士の結婚はそう簡単に覆らないのだから。
「そもそも貴方、昼間に言っていたじゃない自分とマッディは浮気なんてしていない、不純な関係ではないと」
「ええもちろん、あの言葉は嘘じゃありません。――だって、わたしたちのは本気ですもの。浮気相手なのはむしろアンティーラさんの方。マディ様はいつも言っていましたよ? あくまであなたとは政略結婚であり、気はわたしにあると」
勝ち誇ったように宣言するロアンナに対し、私はといえば虚を突かれるより他ない。
マッディの本命は彼女? そんなはずはない、と反論したいがそう言えるだけの確証もない。
なにせ私とマッディは今回の同居生活が始まるまでは、せいぜいたまの手紙でのやりとりくらいしかお互いに交流がなかったのだから。
彼との婚約の話だって愛娘を助けてもらった父の社交辞令であり、てっきり流れたものとばかり思っているとある日突然マッディの方から我が家(今住んでいる別邸ではなく本邸)を訪れ、私と結婚する約束はどうなっているのかと尋ねてきたことから再浮上した話だったりする。
それでも、あの時は嬉しかった。
初恋は大抵実らないというが、半ば諦めていた私のそれがこのような形で実を結ぶことになろうとは思わなかったから。
まあそんな風に浮足立っていた気持ちも同棲が始まってすぐに萎んでいくことになるのだが。
主にマッディの素行と、こうして目の前にいる彼女のおかげでね。
「このままだと仮に籍を入れても白い結婚としてお互いに辛い思いをするだけです。でも同棲段階の今ならまだ間に合います。どうかアンティーラさんの方から彼に婚約破棄を申し出てください」
「ええ分かったわ……なんて簡単に言うわけないでしょう。とりあえず今すぐに答えが出せるわけでもないし、貴方の話の内容がどこまで真実かも分からない以上は一旦保留するわ。そして私から改めてマッディに話を聞いてその上で結論を出すということでいいわね?」
「構いませんよ。ただ覆らない事実を知って余計に苦しむことになると思いますが」
「知らないでいる方がよっぽど苦痛よ。……さ、貴方もそろそろ自分の部屋に戻っていい加減私を寝かせて頂戴、明日の朝も早いのだから」
「そうですね、夜ふかしはお肌に悪いですし。話も済んだので帰らせていただきますね。それではおやすみなさいアンティーラさん、良い夢を」
そう言って部屋をあとにしたロアンナは来た時とは打って変わって実に晴れやかな態度で、心にどんよりと陰が差した私とはまるで対称的だ。
まったく、こんなことで頭を悩ませたくはないというのに……。
聞き間違いではないことを確認するためにそう繰り返すと、ロアンナは「ええ」と頷いた。
元々面白い話が来るとは思っていなかったが、これはちょっと予想外に過ぎた。
だってどこの世界に当人らの家族や親戚関係者ならいざ知らず、まさか使用人が主の婚約解消を直接相手に迫ってくると思うのか。
「マディ様も……彼もそれを望んでいます」
「本人が望んでいる? おかしいわね、マッディからそのようなことを匂わせる発言を聞かされたことがないけれど、仮に事実だとしてなぜそんな大事なことを本人ではなく貴方から言われないといけないの?」
「それは婿養子で迎えられるマディ様の立場では思っていても口に出すことができないからです。だからわざわざこうしてわたしの方からお伝えしにきたんです。ああ可哀想なアンティーラさん、本当に彼が愛しているのはお飾り婚約者のあなたではなくこの私なのに!」
……本当に何を言っているのこの子は、妄想もそこまでいくと大概ね。
おおかた自分に優しくしてくれるマッディの姿に一方的な思慕の念を抱いたのだろう。
身分違いの恋は物語の世界ではありふれているが、現実は架空のお話のようにはいかない。
結局は色々なしがらみもあって貴族同士の結婚はそう簡単に覆らないのだから。
「そもそも貴方、昼間に言っていたじゃない自分とマッディは浮気なんてしていない、不純な関係ではないと」
「ええもちろん、あの言葉は嘘じゃありません。――だって、わたしたちのは本気ですもの。浮気相手なのはむしろアンティーラさんの方。マディ様はいつも言っていましたよ? あくまであなたとは政略結婚であり、気はわたしにあると」
勝ち誇ったように宣言するロアンナに対し、私はといえば虚を突かれるより他ない。
マッディの本命は彼女? そんなはずはない、と反論したいがそう言えるだけの確証もない。
なにせ私とマッディは今回の同居生活が始まるまでは、せいぜいたまの手紙でのやりとりくらいしかお互いに交流がなかったのだから。
彼との婚約の話だって愛娘を助けてもらった父の社交辞令であり、てっきり流れたものとばかり思っているとある日突然マッディの方から我が家(今住んでいる別邸ではなく本邸)を訪れ、私と結婚する約束はどうなっているのかと尋ねてきたことから再浮上した話だったりする。
それでも、あの時は嬉しかった。
初恋は大抵実らないというが、半ば諦めていた私のそれがこのような形で実を結ぶことになろうとは思わなかったから。
まあそんな風に浮足立っていた気持ちも同棲が始まってすぐに萎んでいくことになるのだが。
主にマッディの素行と、こうして目の前にいる彼女のおかげでね。
「このままだと仮に籍を入れても白い結婚としてお互いに辛い思いをするだけです。でも同棲段階の今ならまだ間に合います。どうかアンティーラさんの方から彼に婚約破棄を申し出てください」
「ええ分かったわ……なんて簡単に言うわけないでしょう。とりあえず今すぐに答えが出せるわけでもないし、貴方の話の内容がどこまで真実かも分からない以上は一旦保留するわ。そして私から改めてマッディに話を聞いてその上で結論を出すということでいいわね?」
「構いませんよ。ただ覆らない事実を知って余計に苦しむことになると思いますが」
「知らないでいる方がよっぽど苦痛よ。……さ、貴方もそろそろ自分の部屋に戻っていい加減私を寝かせて頂戴、明日の朝も早いのだから」
「そうですね、夜ふかしはお肌に悪いですし。話も済んだので帰らせていただきますね。それではおやすみなさいアンティーラさん、良い夢を」
そう言って部屋をあとにしたロアンナは来た時とは打って変わって実に晴れやかな態度で、心にどんよりと陰が差した私とはまるで対称的だ。
まったく、こんなことで頭を悩ませたくはないというのに……。
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