これ以上ヒモ男を養うのは我慢の限界なので婚約破棄いたします!

日々埋没。

文字の大きさ
4 / 16

04

しおりを挟む
 幼い日の私が例の湖畔の上に佇んでいる。

 傍らには控えているはずの侍女の姿はおらず、見ているこちらが思わずハラハラさせられるような危うい光景だ。

 ――ああアンティーラ、そんなところで遊んではいけないわ! 足でも滑らせたら大変!

 そんな風に思っていたらその小さな体が突然前に傾き、気づいた時には私との手が前に突き出されていた。

 そして次の瞬間にはバシャアンッッッ‼ と盛大に水しぶきが上がる。

 途端ジタバタと溺れ始めるアンティーラの姿を私とともに見下ろすその人物の正体は……。

「――っ!」

 慌ててベッドの上から飛び起きる私。

 心臓が早鐘を打つようにドクンドクンと動き、全身には嫌な汗をかいていた。

 ひとまず心を落ち着かせるために何度か深呼吸を繰り返し、ようやっと乱れた息を整える。

「あの夢も久しぶりに見たわね……」

 人は疲れている時にこそ悪夢を見やすくなるのだという。その場合は決まって同じ内容の悪夢を見てしまう。即ち私が過去に溺れた時のものだ。

 ただ、いつも悪夢の中で溺れている私を黙って一緒に眺めている人物の正体が判明する前に目が覚めてしまう。

 おそらく昨夜の件も影響してのことだろうが、このタイミングで見るということはどうやら自分で思っていた以上に精神的ダメージを受けていたらしい。

「……弱気になってはいけないわアンティーラ、私は伯爵家の女性当主としてかくも強くあらねばならないのよ」

 そうやって自らを鼓舞する。男性ではなく女性が家督を継ぐ以上、甘えは許されないのだから。

 唯一の嫡子とはいえやはり娘に家を任せたのは失敗だったと父に後悔させることだけはあってはならない。

 まずは当面の書類仕事より目先に差し向かった懸案事項から片付けなければ。

「マッディ。二人きりで話があるのだけれど」

 というわけで自らの侍女に申し付けてさっそく当人を呼び出した。

 のそりとやってきた彼の体からは密かに女性用の香水の香りがしたが、この調子だとさっきまでロアンナと一緒にいたに違いない。

 チクリと、針にでも刺されたように少しだけ心が傷んだ。

「話? なんだいアンティーラ、まさかとは思うけど僕に君の仕事の手伝いを頼むつもりじゃないだろうね。悪いけど、ああいう地味な作業は得意じゃないんだ」

 得意ではない、ではなくやりたくないの間違いでしょうとは訂正しないでおく。

 前に一度だけ無理やり手伝わせたことがあるが仕事内容に愚痴や文句を散々言った挙げ句、貴族の仕事とは下流階級の人間と違って働かずに遊び呆けることだとのたまったので、以後ずっと私一人で仕事に耽っていた。

 もちろん内心では呆れ果てているものの、足を引っ張られるよりはマシなので放置しているのが現状なのだが……。

「違うわ、貴方が連れてきたメイドのことよ」

 そう伝えたところ、明らかにホッとする様子を見せたマッディの姿にこれまた失望させられる。

「なんだ、ロアンナのことか。ふう焦ったなぁ、あんまり僕を驚かせないでくれよ。てっきりまた仕事でもさせられるかと思ったじゃないか。君もそこまで働かなくても潤沢な蓄えもあるんだからたまには休めばいいのに」

 ……貴方ね、そっちは自分の実家からそれなりに仕送りをもらっているかもしれないけど、大本の生活費はこちらが負担しているのよ。

 私に隠し通しているつもりらしいけれどお金の流れは向こう方を通してすべて把握済み。
 
 だからこそ、せめてこちらに無断で連れてきたメイドの給料くらいは彼が自分の懐に全額収めているその仕送りで解決してほしいのだが、それを今の状況で口にしたところで話が明後日の方向にそれてしまうからひとまず置いておく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

処理中です...