殿下へ。貴方が連れてきた相談女はどう考えても◯◯からの◯◯ですが、私は邪魔な悪女のようなので黙っておきますね

日々埋没。

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 脳内に思い起こされるのは、前に王太子妃教育で王城を訪れた際のこと。
 ある部屋の前を通った際、少しだけ開いていた扉の先から漏れ聞こえてきたのだ。

『……あの男さえ消してしまえば。それで幸せになれるのなら自分の手を汚すだけの価値がある』

 まさしくあれは悪魔の囁き。

 隠れて耳を澄ますと、どうやらある男の暗殺を苦渋の決断で彼が計画していることが分かった。
 きっとその結論に至るまで何度も葛藤したことだろう。
 本来なら彼の暴走をここで止めるべきだった。でも私はそれをしなかった。

 子供の頃の話とはいえ、かつて男女の愛を誓い合った想い人が義憤に駆られる姿を目撃し、心がどよめいた。
 だからこそ私もあえて見てみぬふりをすることで、人知れず彼に協力する決意を固めたのだ。

「だって『守るべき国民のため、なによりいまだ愛するカムシールのために僕は悪魔にもなろう』なんて言われたら、もう自分の気持ちに嘘をつくことなんてできなかったもの」

 自室で紅茶を嗜んでいた私は誰に語るでもなく一人つぶやく。
 茶菓子《ドーナツ》を一つつまみながら、試しにあの時言えなかった、いやわざと言わなかったルブランテが暗殺者から唯一助かるための、そして彼が真実を得るために必要だった言葉を口にしてみることにした。

「ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は貴方のですよ? ……まあ独り言ですが」

 我に返ると急に照れが生じたのでごまかすように最後にそう付け加え、紅茶で口内の菓子を流し込む。
 しかしだいそれた激白を終えたことで、口の中も心の内もスッキリできた。

「さ、そろそろもう一人分のお茶の用意をしないと。あの人はスコーンが好物だから、付け合わせにイチゴのジャムもお願いしておかなきゃ」

 この後に件の彼――アイルゼンとは会う約束になっている。
 なんでも私と二人きりで、どうしても伝えたいことがあるらしい。
 それは己の罪の告白かどうかまでは今のところ分からない。
 もし仮にそうだったとしても、きっと私は彼と王太子暗殺の罪を分かち合うことを選択することだろう。
 暗愚から解放されたい一心でルブランテの暗殺を見過ごしたのは確かなのだから。

「でもできれば告白は告白でも、別の意味の告白なら嬉しいわね、……なんて」

 積もる話はたくさんあるけれど、お互いに純真無垢だったあの頃のように緊張せずに話せるか、今はただそれだけが気がかりだった。

「あら?」

 不意にコンコンコン、と部屋がノックされる。

 お嬢様に来客が見えておられます、とドアの先から侍女の声が聞こえた。

「……どうやら彼がきたようね。ちゃんと手厚く歓迎しないと」

 逸るこの気持ちを抑えつつ、私はそっと想い人の登場を待つのであった。
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