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しおりを挟むまずい。
まずい。
まずい、まずい!!!!!
校門を出る前に振り返って時計を確認する。6時38分。颯斗は6時20分くらいに帰ったって聞いたから、もう18分も経ってる。
手伝いが終わって、先生にお礼を言われた時にはもう既に6時半を裕に過ぎていた。慌てて生徒会室に行って、まだ残ってる生徒会役員に聞いたらやっぱり手遅れ。
俺はすぐに学校を飛び出してがむしゃらに走った。片足は靴の踵を踏んでいてまともに履けていなかったけど、そんなことをしている時間ももったいない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!!!!!
完全に失敗だ。颯斗が公園に行ってしまったら、あの猫の死体を見たら。くそ、そうならない為に俺は今日一日ずっと行動してたのに!!このままじゃ、颯斗が原作通りのサイコパスになっちゃう!!
間に合え間に合えと祈りながらただただ公園目がけて走る。冬の夕方はもうすっかり暗くて、街灯の薄明かりが道をぼんやりと照らしている。その明かりによってちらちらと舞う雪が浮遊しているのがはっきりと見える。息が切れる。凍りそうなほどの冷気が肺に入って、視界が霞むけどそれでも何とかなる足だけは動かした。雪が頬に触れて溶ける。
もう泣きそうだった。
どうか颯斗がまだ公園に着いてませんように。
それか公園なんて素通りしますように。
猫なんて殺されてませんように。
颯斗が何も気がつきませんように。
願って願って、何度も、何度も神に祈った。
だから、公園に着いて、しゃがみ込む颯斗の後ろ姿が見えた時の絶望は、計り知れないものだった。
ひゅ、と喉の奥が嫌な音を立てた。
颯斗の足元に、真っ赤な雪が広がっていた。投げ出された、細長い、ふわふわの足。狂いそうな程の血と、鼻につく臭い。
「は、やと……?」
掠れた弱々しい声が喉から絞り出される。雪が鼻にはらりと落ちて、冷たさを感じる。そのおかげで俺は、なんとか自分の正気を保つことができていた。
「…………」
颯斗は、何も言わなかった。
立ち上がり、ゆっくりと俺を振り返って、闇のような目をこちらに向けた。びく、と俺は思わず体を強張らせる。深淵のような瞳には、青白い顔の自分が映っているだけで、颯斗が何を思っているのかはまるで分からない。
咄嗟に、颯斗の手に視線を向ける。 颯斗の左手はまだ、血に染まってはいなかった。そのことに、少なからず俺は安堵する。
大丈夫。大丈夫。きっとうまくいく。
今からでも、まだ。
震えそうになる声に必死に力を入れて、俺はそっと、颯斗に話しかけた。
「…なに、してんの?」
弱っちい声だ、と自分でも思った。分かりきった問い。
何言ってんだ、何してんだ、俺。
半べそをかきそうになりながら、頭を巡る後悔。明らかな選択ミスをした、とはっきり分かった。けれど、もう遅い。何もかもが手遅れだ。
俺達の間に深い、沈黙が落ちる。息もできないような、緊迫した静けさ。しんしんと降り積もる雪さえなければ、まるで俺達二人の間の時間は、止まっているように見えたことだろう。
何時間も経ったような気がした後、颯斗が唐突に口を開いた。
「死んでる」
その瞳には相も変わらず、何も浮かんでいない。真っ黒な、闇。
「猫が、死んでるんだ」
そのどこまでも広がるような常闇を見て、俺は息を呑んだ。
『深淵を覗く時、深淵もまた、こちらを覗いているのだ』
そんな有名な言葉が思い浮かぶ。
「内臓が出てる。お腹を、切り裂かれたんだと思う」
──────あ。
予感がした。とても、嫌な。
「両目が開いてて、顔が苦しそう。出血も多量だ。死臭と、血の匂いもする」
心臓がバクバクと早鐘を打っている。
颯斗が唐突に、首を傾げた。
「なのに、なんでだろう。
僕は、これを見て、」
そうして、心底不思議そうな顔をして、言った。
「綺麗だって、思ったんだ」
ねぇ、要。
僕は、化け物、なのかな。
とても不思議そうな黒い目は、きょとんとして俺の方にまっすぐ向く。いっそ正気じゃないのなら良いものを、颯斗は至っていつも通りで、正しくそれは颯斗のままだった。何にも、変わりやしない。
ああそうか。俺はやっと、もう全てがダメになってから気がついた。
俺、
失敗、したんだ。
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