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しおりを挟むいつから間違えたか?なんでこんなことになったのか?
あの時?
さっき?
今?
それとも、最初から?
気持ち悪くなりそうだった。どんな選択をすればこの状況を回避できたのか。分からなくて、知らなくて、いや。
いや、本当は、知っていた。
全部全部、これは俺の行動の結果で。
これは俺が導いたことなんだって。
その上で、自分がどうしたいか。
俺は、どうなることを望んでいるのか?
──────俺は。
俺は。
俺は。
死にたくないのも、本当で。生きたいと、思ってるけど。
だけど。
だけど、それ以上に颯斗に幸せになってほしいと思ってる。
今は、何も楽しくないかもしれない。退屈かもしれない。だけど、だけど、いつか、近い将来颯斗には、颯斗が本当に、心から大事にしたい人ができる。今までの退屈は全部この瞬間のためにあったんだって、思えるような、そんな幸せが待ってるって、俺は知ってる。
演技でもいい。表面上でもいい。それでも、颯斗が俺にしてくれたことは忘れない。俺のためにピアノだって弾いてくれたし、誕生日は毎年絶対忘れずにプレゼントを送ってくれたし、今日だって、俺に朝、マフラーを貸してくれた。
知ってる。
俺が、颯斗の、退屈を取り除けるような人間じゃないって。俺は颯斗の特別でも、なんでもない。
だって、俺はこの先、消える予定が立てられているキャラクターで、大して目立ちもしない、脇役にすぎないから。
でも、これは俺が導いた運命で、俺が作った物語だってことも知ってる。
だから、もしこれから、この道が間違いだったと、改めて知ることがあっても俺は、俺のやり方で、進んで行くしかない。
引き攣りそうな呼吸を我慢して、全て捨ててしまいたいのも飲み込んで、俺は颯斗の顔を見つめる。
「……颯斗。
俺さ、颯斗と一緒に帰りたくて、さっき、急いで来たんだ」
俺は、泣き笑いを浮かべた。
いつか、颯斗に初めて会ったあの日みたいに、
「だからさ、一緒に、帰ろう?」
見て見ぬふりをする、選択を選んだ。
颯斗の深淵のような瞳が、ゆっくりと見開かれる。だんだんと、その目に光が戻っていくのが分かる。
颯斗は変だ。
でも、それは颯斗のせいじゃない。誰のせいでもない。
けれどそれは、俺の言っていいセリフじゃない。
ごめん、俺も変なんだよ。
俺も、颯斗も、変なんだ。
帰ろう、と、俺は馬鹿みたいに同じ言葉しか繰り返せなかった。大丈夫、という言葉は、自分のためだけに存在していた。
もうここは、ただの物語の中じゃない。
成瀬要として生きている俺と、漣颯斗として生きている颯斗が存在している世界。
颯斗は、本当に、心底驚いた様子でパチパチと何回か瞬きして、その後にふ、と笑った。
我慢できない、といった、思わずこぼれてしまった笑み。
「要は、変わってるね」
それは、悪口なんかでは、まるでなくて。本当に、心から思っている、颯斗の純粋な俺への評価だった。
うん、帰ろうか。
颯斗が、いつもみたいにふわりと笑ってそう言った。足元には無惨な猫の死体。薄暗い公園にはちらちらと雪が降っている。馬鹿みたいな風景だと思った。それでも俺も笑った。
帰ろう。
俺は、そう、また繰り返そうとした。
──────でも、それは言えなかった。
「っ!?颯斗っ!!!」
一瞬のことだった。
颯斗の背後に、男が現れた。街灯の灯りでできた影で、顔は見えない。けれどそいつの様子がおかしいというのは、直感で分かった。
それが確信に変わったのは、男が颯斗目掛けて、手に鋭く光る何かを振り下ろそうとしているのが見えたとき。
何も考えていなかった。
だから、一連の動作は体が勝手に動いて成し遂げられたことで。
なぜか、急に、寒気がし始めた。続けて激痛が走って、思わず、顔を歪めて呻く。
「っあ゛、ぅぐ………」
気づいた時には、俺は、脇腹を刺されていた。
「は、はは……ふへ、お、俺にも出来たァ…俺にも、……ふひ、へへへ」
ドブ沼の水面が泡立つような、そんな小さくて暗い笑い声が耳に届く。目の前の男は恍惚とした表情でこっちを見ていた。俺は咄嗟にそいつを突き飛ばした。腹にはまだ、刃が刺さったままで激痛に見舞われる。
ぬらり、と腹部を押さえた右手から嫌な感覚がする。口の中が鉄臭くて気持ち悪い。視界がチカチカする。
あ、これ、やばい、かも。
ぽた、ぽた、と雪の上に赤い花が咲く。
血だ。俺の、血。
それを見ている間に立っているのも辛くなって、ぐらりと体が倒れる。地面に積もっている雪はきっと冷たい。なのに、俺は何も感じなくて、ただただ、腹が熱いだけだった。
なんだよ。
俺は笑いそうになった。
こんなとこで、原作と違う物語展開するなよ……。
あんまりじゃん、こんなの。
刺した男はいつの間にか視界から消えている。逃げたのかな、と俺はぼんやりと思った。あいつが猫もやったんだろうな。
あーあ。
順調に生きてるって、勘違い、だったんだなぁ。
雪の上に落ちた血を見て思った。それは、今となってはもう、意味のない気づきだった。
「………かなめ?」
明滅する視界の中で颯斗の声がして、ああ、そうだ、颯斗は無事かな、と俺は目を凝らして上を見上げた。目の前に黒のスニーカー。颯斗の足だ、と気がついて、今颯斗が目の前に立っていることに安堵した。俺は目に染みる脂汗に顔を顰めながら、それでもなんとか声を絞り出した。
「は、やと……けが、は?」
「…僕は、ない…」
「よかっ、た……」
返答に安堵して、ふ、と吐息を吐き出す。瞼が重い。それでも俺は、颯斗の顔が見たくて。そっと、ゆっくり、視線を上げた。揺れる黒がかろうじて見える。
「ちがう、これは、違うんだ」
初めて、颯斗の焦った顔を見た。
どんどん青ざめて顔色が悪くなっている。どんなことがあっても取り乱したりしない颯斗は、いつも冷静で、だけど人当たりが良くて、ニコニコしてる完璧超人。全部予想できるから、何が起きても何も感じない。
なのに、その颯斗がこんなにも苦しそうな顔をしている。
それだけで、自分が今どれくらい良くない状態にあるのか分かった。多分相当ひどい顔をしてるんだと思う。
けれど。
けれど、俺はその時、颯斗を見て、ひどく安心した。
なーんだ。
颯斗も、そんな顔、できんじゃん。
後悔は、していない。
これで良かった。きっとこれが正解だった。
俺は颯斗の方を見て、大丈夫、と言おうとした。けれど口から溢れたのは真っ赤な血液で。颯斗がすごく、青白い顔で俺の手を握った。
ああ、なんか、やばいな。
もう、めが、あけられない。
最後に見た颯斗の顔は、やっぱり、どう見ても、泣きそうだった。迷子になっている子供みたいな、顔。
その表情が引き出せただけで、俺は満足して意識を手放した。
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