俺を殺す君に!

馬酔木ビシア

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「せん、ぱい……」


 

 さらり、と青い絹糸の髪の毛が落ちて、シトラスの匂いが香って心臓がバクバクした。

 先輩が、軽く舌打ちしながら、鬱陶しそうに首を振った。


 
「……怪我は」
 

「ない、です」

  
 

 手が察知したのはマットの感触で、先輩が咄嗟に落ちる俺を引っ張ってくれたのだと知る。その時、視界の端に散乱した箱とグローブやテニスボールが写り、俺は一気に青ざめた。

 俺がバランスを崩したから、一番上に乗っていた箱が落ちてきたらしく、それから守るために彗先輩が俺の上に覆い被さってくれたんだ!!



「せっ、せんぱっおれ、ごめんなさっ、大丈夫ですかっ!?」



 慌てて先輩に尋ね、安否を確認する。結構高さがあるし、箱はそれなりの重さもある。見えるところに怪我は見えなかったが、背中にあったりするかもしれない。どうしよう、俺のせいで先輩が怪我してしまったかもしれない。

 推しに庇ってもらったということと俺のせいでという事実がぐるぐると巡る。そのうちにもう半泣きになって情けない顔を晒すと、先輩はびっくりしたように目を見開いて固まった。

 

「……どこもなんともねぇよ、落ち着け」



 
 どうしようどうしようと混乱していた俺の頭に、先輩がぎこちなく手を伸ばして優しく撫でる。ああああああ頭撫でられてしまったもう洗えないというか洗いたくない洗うけど!!

 なんて内心荒ぶっていると、彗先輩がちょっとそっぽを向いて、呟いた。


 
「……んな顔されると調子狂うからやめろ」




 え待って、目で録画しよ。

 
 いつもよりずっとずっと近い彗先輩の赤面顔とかレアすぎて滅びそうだから心を無機物にして網膜に焼き付けるしかない。カッと目を見開いて脳内保存をかけているとビッ、と額にデコピンされた。あでっ。


「こっち見んな」


「またまた~そんなこと言って、先輩ずっと俺を床ドンしてるくせに♡」
 


 ニヤニヤしながらウインクする。途端、先輩はハッとして素早く俺から離れた。あ、あれ、流石にからかいすぎたかも…。



 
「~ッくそ、……今のは、忘れてただけだ」



 

 え、退くのを?何それかわいっ、尊さがMAXすぎて永眠しそう。先輩って純情一途クールだと思ってたけど、意外とうっかりなところもあるんだ、どっちにしろ尊いからなんでもアリなんですけど。

 顔を真っ赤にして腕で覆う彗先輩もしっかり網膜に焼き付け、俺もマットの上で体を起こす。にしても、先輩に怪我なくて良かった……今の所特に痛そうにしてたり、どっか動かしにくそうにはしてないみたいだ。


 
「先輩、ありがとうございました。俺先輩に助けられてばっかで……」

 
 
 どっちかっていうと、俺が先輩を助けたいのに。俺がドジすぎてそれも前途多難だ。うっ、早く先輩のいい人、探さないとなぁ。


 

 
「………んなことねぇよ」



「え?なんですか?」



「なんでもねぇ、ただの独り言だ」

 
 

 
 先輩はそう言って隅にあった大きな箱の上に座る。あ、そうか時間になるまでずっとここで隠れてなきゃいけないんだよな。俺もどっか…まぁいっか、このマットの上に座っとけば。


 

 と思ってからかれこれ1時間。終了まではあと1時間半あるのに、これがめっちゃくそ、暇。スマホとか貴重品はカバンに入れっぱなしで時間を潰せないし、本があるわけでもなし。まぁ、あっても薄暗すぎて読めなかったと思うけどさ。

 先輩はというと相変わらず箱の上に座って頬杖をついている。うーん控えめに言って彫刻。先輩なら何時間でも見てられると思って最初の方ずっと先輩を見てたら、見すぎて怒られてしまったので数十分に一回チラ見しかできなくなってしまった。ぴえん。

 流石に沈黙に耐えられなくなって、俺はついに彗先輩に話しかけてしまった。

 
「せんぱーい……」


「……んだよ」


「暇です、雑談しましょ」


「はぁ?」


 
先輩が怪訝そうな顔をしてこちらを向くが、俺はめげない。不屈の心アイアンハートの脇役、それが俺。ちょっと何言ってるか分からない。

気を取り直して、勝手に質問を投げる。


 
「先輩は逃げ切ったらなんのお願いするんですか?」

 
 
ほら、生徒会がお願い聞いてくれるじゃないですか、と言うと、先輩は少し黙った。



「……お前は」


「俺ですか?俺は、うーん、食堂の無料券は欲しいですかね!弟いるんで、そのことも考えてあんま負担かけたくないっていうか…まぁ俺の気が楽になるっていう点で」


「おと、うと……?」


 

 苦笑する俺の一言に、先輩は目を見開いて静止する。俺はあっと息を呑んだ。


 そうだ、先輩には年の離れた弟と妹が3人いるんだった。


 だけど、そのことを知っているはずがない俺が言うと怪しまれてしまうので、俺はなるべくポーカーフェイスを保って頷いた。


 
 
「はい!俺、弟が居るんですよ~、世界一可愛い棗っていう小5の弟!!もうはちゃめちゃに可愛くて、どれくらい可愛いかっていうと、子猫の無限級数倍可愛いです」


「和なのか積なのかはっきりしろ…」

 
「どちらかというと和ですかね、和みますし」


「何言ってんだお前」


 

 安心してください、俺もそう思います。

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