俺を殺す君に!

馬酔木ビシア

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 ひたりと、左手首を掴まれる感覚。冷や汗が背筋を伝う感覚が気持ち悪くて、思わず息を呑む。




 
「かわいそうに、せっかく氷クンが時間を稼いでくれたのにね。無駄になっちゃったみたい」




 

 言葉とは裏腹に、その声はどこまでも冷たく嘲笑を含んでいた。かわいそうだなんて、これっぽっちも思ってないだろう。


 
 圧倒的、強者。



 
 捕食者の気分に喉が鳴る。なんでとか、先輩はとか、様々なことが駆け抜ける。


 間合いが、近すぎる。詰んだ。勝てない。

 

 直感的にそう思った。だめだ、俺じゃこの人には勝てない。先輩の様子も分かんない中、素手で戦うのも無謀すぎる。ここから出るのは、無理だ。
 




 もう、諦めるしか──────

 



 頭の中が真っ白になって、思わず掴んでいた鉄のカゴを離しそうになった。ギッ、と鈍く鉄が鳴く。中で犇めき合っていた古いバスケットボールが微かに揺れる。


 瞬間、パチリと脳内に閃くものがあった。

 

 

 これだ!


 
 

 考えるより先に掴まれてなかった右手を伸ばして、カゴを片手で握る。カウントダウンはしない。間髪入れずにそれを思いっきり手前に引いた。


 軋む金属の鳴き声がして、それを合図にするように積み重なった箱や用具がこっちに雪崩れ落ちてくる。

 


「っ!!や、ってくれるね、キミ!」




 
ドサドサと次々に落ちてくる箱がぶつかっては落ちて、背後で小さな舌打ちと苦々しげな声が聞こえた。






 
 今!!!!




 
 手首を掴んでいた力が緩んだ隙に、俺は無理矢理その手を振り解いて、顔やら肩やら後頭部やらを直撃する用具と箱の雨の中周りを見回す。もっと時間稼がなきゃ、すぐにまた追いつかれる。
 咄嗟に目に入ったのは、埃被った古い石灰の袋。もう開けかけ。





「っどっせい!!!」


 


 ごめんなさい!!!!と内心謝りながらも俺は、後先考えずにその袋を引っ掴んでぶん投げた。それはもう、遠心力でぼーんと。


 



「は、ちょっと待っ────」




 


 こっちに来ようとしていたその足が止まって、その顔が引き攣るのが分かった。俺の投げるモーションを見たからだと思う。制止の声が聞こえたけど、それは一歩遅くて袋がまるで消化器みたいに白い粉を巻きながらドッ!と相手の背後の壁にぶつかった。

瞬間、これでもかと舞う石灰の粉で視界が真っ白になる。ほぼ粉雪。


 
 ……………ちょっとやりすぎたかも。



 
 もうもうと視界を埋める白に若干後悔した。とりあえず足止めしてやろうと思って投げたけど、これ俺も被害被るわ馬鹿じゃん俺。


 
 ってうわ待て、うえええええ変なとこに入った!!!ばっちい!!


 
 
「げっほゴホゴホッ!!!うわ、粉っぽ……ハッ!!彗先輩」



 

 気管に入ったぽい粉に咽せて文句を言ったところで俺は大事なことを思い出した。今のうちに彗先輩探さなきゃ!



「……先輩!!うげっほごほごほッ、どこッンゲホっごほ!で、すかッ!?」




 いや何も見えねぇじゃん本当なにしてんだよ俺!!!!しかもこれめっちゃ気管に入るんですけど!?
 窓なんかない閉鎖空間のせいで舞った石灰の粉が一向になくならない悪夢。つーか出口も見えなくなっちまったしそもそも足場壊したから出れねぇじゃん最悪!!

 先輩の姿も見えないし、そもそも先輩がどうなってるのか分からない…どうしよ、ひどい怪我してんのかもしんねーのに!!




「せんっ、ぱ、彗先輩ッ、ごほ、ゲッホゲホッ!せんぱぁい!!!」



「……ぅ、っ…」
 


「!!、先輩!」

 


 
 咳でほとんどかき消されながらも必死に声を張り上げれば、近くで小さな呻き声が聞こえてパッと顔を上げる。氷室彗検定一級の俺には分かる、これは先輩の声に違いない。そしてこの距離……俺の後ろだ!!!



 真っ白な石灰を掻き切るように進む。すると用具にもたれるようにして座る先輩のぐったりした姿が見えて、息を詰めた。

 



「先輩!!大丈夫ですか、先輩!!」



 

 肩を掴みそうになって、慌てて手を引っ込める。揺らしたらまずい、悪化するかもしれない。呼びかけると、群青色の睫毛が震えてタンザナイトみたいな瞳が俺を捉えた。

 

「っ……かなめ、か」


「彗先輩ッ!!!せんぱい、よかった……」



 唇が切れて痛むのか、口を動かして少し眉を顰めた先輩。俺はそれだけですっかり安堵して息を吐くと、彗先輩が忌々しげに舌打ちをした。



「おい、俺がトんじまってどれくらい経った」
 

「多分、3分も経ってない、ですけど…ッ、そんなことよりも先輩、大丈夫ですか!?気絶したってことは頭とか打ってるんじゃ…」


 脳震盪とか……頭への衝撃ってかなり危ないって聞くし、心配だ。どうしよう先輩に傷とか残ったら、国宝の損失に関わって俺死刑確定なんだが。責任とって慰謝料払うことになるかもしれない。いや慰謝料で済むもんじゃないよなあ国宝の損失って。臓物とかで代償支払わされる感じかも……。

 


 「……俺は平気だから、んな顔すんな」


 
 
 しかしそんなことを考えて顔面蒼白になる俺に、彗先輩は少しだけ困ったように溜め息を吐いた。そして照れ隠しのように言葉が続けられ
────かけたが、途中で切れる。
 



「お前こそ俺がトんだ後なんかされ……おい待て、これなんの粉だ。そもそもどういう状況か説明しろ」



 で、ですよねー……。



 もくもくと舞い続ける石灰の白い煙に彗先輩が顔を顰めた。俺は決まり悪くなり目を背けながら説明する。



「えーと……何というかですね、捕まりそうになってちょっとパニックになちゃって…気がついたら咄嗟に、開封済みの石灰の袋を投げちゃったといいますか……」


「………石灰かよ。道理で乾燥してやがると思った」



 粉雪の如く舞ってしまったので、先輩の髪の毛も群青から白に染まりかけていた。多分見えんけど俺もこうなってるんだろうな。大変申し訳ない。でも推しは白い粉被ってもかっこいいってことが分かったので俺的には大満足……おまわりさん俺です!!!

 ところでさっきから白い粉って連呼してるけどコンプラ的に大丈夫そ?これ放送できるよね。


 
「それで、アイツはどこだ」


「えーと…多分、あの辺です」



 先輩の問いにおおよその場所を指さすと、先輩は目を眇めてそこを見つめた。が、すぐに溜め息を吐く。





「………何も見えねぇ」

 
 
「ですよね!!!すいません!!!」
 
 


 
 見えるわけないよなそりゃ!!通気性皆無のせいで全然粉が外に出てかないからねこれ。まぁ最初よりマシだけど、でもなんかうっすら周りが見える…か?みたいな状態には違いない。



「要」


「はい?」

 

 
 振り返ると先輩が、とりあえずなんか武器持っとけ、と木製のバッドを渡してきた。わお、これどこで手に入れたんすか。むっちゃカビてんだが、さてはお古か。この倉庫もうゴミ箱みたいな感じになっちゃってるだろ。

 

「盾みたいなもんだ。これで防ぐくらいはできんだろ」
 
 
 
 彗先輩を見ると、先輩は若干壊れかけた竹刀を持っていた。いやこんな時にアレだが、え、かっこよ(トゥンク)。竹刀めっちゃ似合ってるんですけど~!!こんなん拝むしかねぇ。南無南無…。




「………喧嘩売ってんのか」


「拝んでるんですよ!!あ、でも先輩の喧嘩なら俺、課金できるかも…むしろしたい……い、いくらで売ってるんですかね、うへへ」


「…………」

 

 
 待って無言で竹刀向けないでください、かっこよくて興奮する、俺が。


 とても人様にお見せできない顔をしている俺に先輩はすっかり呆れたような目を向けた。俺はもうかなり末期かもしれない。どうしよう、来年には最推しの颯斗が入って来るのに今の時点でもう萌えメーターが壊れそうなんだが。来年俺生きてる?

 にしてもまじで埃っぽいというか、鼻にくるなコレ!いや俺が蒔いた種だけど。え?種じゃなくって粉だって?やかましいわ。あれは蒔いたんじゃなくて投げ、あちょっ待って、




 「ぅっくし!!…うー、スッキリした」
 



 我ながらでかいくしゃみ出た。あ、ちゃんと腕で防御したから安心してな。彗先輩に俺の汚い飛沫を飛ばすわけにはいかない。そんなことしたら俺多分罪に問われちゃうからね、うん。

 



「お前…いや、もう何でもねぇ……んなことより、そろそろ来るぞ」





 俺を見て諦めたように息を吐いた先輩は、右手に握っていた竹刀を再度握り直した。言われて目を向けると、なるほど確かに、ようやく粉が地面に溜まってあたりが見えるようになっている。


 ゆらり、と人影が見えた。その影のデカさから、確信して俺はごくりと唾を飲む。その姿がはっきり見える前に、低い唸りにも似た声が聞こえた。






「………正直舐めてたよ、キミのこと」

 
 



 あのおちゃらけたような色は消え、あるのは強者のような張り詰めた威圧感。知らずバッドを握る手が震えた。



 
「すぐに捕まるようなLittle bunny仔ウサギちゃんかと思ったら…鬼クンが欲しがるだけあるね。どうしようかなぁ、ボクもほんの少しだけ気になってきたかも」

 


 ぼやけた影が揺れて、こちらに近づいて来るのが分かる。緊迫感を伴いピリッとした空気が満ちる中、彗先輩がチッと舌打ちして俺に囁いた。





「……今度こそ、絶対守るから俺の後ろにいろ」


 
「ひょえっ…わ、」






 先輩は唐突なウィスパーボイス(+イケボ)によって意味不明な声を上げた俺のシャツの裾を掴み後ろに誘導した後、ビュンッと警告するように竹刀を一振りした。風圧で一瞬白い靄が散る。いや少年漫画かな惚れる。






「おっと、氷クンったら熱烈!うーん、よく見えないけど2人は一緒にいるんだよね?声がしたもん」





 近づいた影が一瞬足を止める。茶化すみたいな軽快な声音だけど、その深くには隙は無く、良く研いだナイフのような鋭さが見え隠れしている。

 先手を打って、彗先輩が牽制した。

 

「……あと5歩以上近づいたら、殴る」
 

「あっははぁ、Knight様ってこと?健気だなぁ。

 でもキミじゃPrincessを守れないと思うよ。自慢じゃないけど、ボク結構強いんだよねぇ~」


「2度目はねぇ。俺は絶対、こいつを守る」


「わぁ、So cool!!だけどごめんネ、鬼クンのためだから……今ここでさっさと終わらしたいんだよね」



 
 靄が晴れてうっすらと見える金色の目が、弧を描くように細まり怪しげに光る。 
 

 
 
 









「────んじゃ、殴り愛、しよっか♡」
 





 





 
 ぐ、と手首を掴む力が強くなったのを感じた。先輩は苦々しげな顔で竹刀を前方に向ける。俺はというとどうすればいいか分からないので、とりあえず護身用ボロバッドを握った。
 
 なんでこんなことになってんだろう……俺の知ってる破滅はこんな意味分からん浅い夢みたいな少年漫画展開はないんだけど。いやまぁまだ原作始まる前だからセーフ…か???
 
 すぅ、と小さく彗先輩が息を吸ったのが分かった。それを合図にするように、相手がゆっくりと動いて両手が徐に上がった。
 
 あれ、と俺は首を傾げる。まるで降参みたいなシルエット。


 するとようやく白い霧のような視界が晴れて、クリアに見えるようになった。やっぱり気のせいじゃなかった。両の掌が頭の横にある。










「……って思ってたんだけど、やーめた」
 
 







 
 唐突にそう言って、ランフォード・モンセルは最初の胡散臭い笑みを浮かべる。

 違和感を抱いたのは先輩も同じだったようで、猜疑心の滲む声音で低く問うた。






 「…………何のマネだ」



 「んー、Break timeっていうのが正解かな?

     ……あ、Time overかも!」






 にこにこと笑いながら宣うその様からはさっきみたいな敵意や暴力的な一面は見えなくて、それどころか何故か嬉しそうだった。


 瞬間、ハッとしたように彗先輩が目を見開く。










「まさか………!!!!」












 影が地面に落ちて、辺りが暗くなった。異変に混乱して上を見ようとしたその時、先輩が強く俺の腕を引いて更に後ろに下がる。





 3秒後、辺りに響き渡る雷鳴のような轟音が響いた。陶酔したような金色の瞳が上を見上げる。



 ひどく怒りで膨れ上がった唸りが降った。






 









 












「───おい…何勝手に動いてんだァ、クソ犬」











































┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈︎︎┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ストックが切れたので、これより先は不定期更新となります(先週は更新掛けるのを忘れていましたすみません…)
筆が乗れば1週間毎日連投する場合もあれば、1ヶ月以上空いたりする場合もあるかと思いますが気長にお待ちいただければ幸いです
なお、一部キャラクターに関して書き下ろしエピソードや人物紹介などの特典があるので、そちらを新たに別の作品として公開するかこちらに番外編として追加するか迷っておりますが、見かけた際はぜひ覗いてみてください
いつもありがとうございます
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