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止まらない連鎖
囚われた飯野巡 1
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目が覚めて、初めて見たその光景に違和感を感じたのは、そこが薄暗く汚れていたからか。
「・・・ここは?痛っ!?」
失った意識を取り戻した飯野巡は、その重たい意識を振り払うように首を振っていた。
それは彼女に殴打された痛みを思い出させ、奔ったその痛みに彼女は短く悲鳴を上げる。
そうして自らの頭を抱えようとして、それが出来ないことに知った彼女はようやく、今自分が縛られているのだと気付く。
「・・・ようやく、お目覚めか?」
その暗い声は、彼女の視界の外でそっと囁かれていた。
その声の主の姿を一目見ようともぞもぞと動く飯野は、這い回った身体にここがベッドの上だと知って、大胆に動き始める。
そうしてようやく視界に捉えたその声の主の姿は、フードで顔を隠した大柄な男のものであった。
「あんたは・・・一体何のつもりよ、これは!?許さないわよ、すぐに解放しなさい!!」
彼の姿に、自分がそいつに頭を殴られたという事も思い出した筈の飯野は、にもかかわらず彼に対して食って掛かっていた。
それは、彼女の勝気な性格ゆえの振る舞いであろうか。
しかし彼女のそんな言葉にも、男は反応を示そうとせず、座っていた椅子から立ち上がっては一歩、彼女へと歩み寄る。
「・・・この顔に、見覚えがあるな?」
飯野へと歩み寄った男は、フードを捲りその顔を顕にする。
ナイトテーブルに設えられた照明だけに照らされるその顔は、唇から顎にかけて刀傷のような痕のある、壮年の男性のものであった。
「はぁ?知らないわよ。あんた、誰かと勘違いしてんじゃないの?」
明らかに、確信をもった男の言葉にも、飯野はその顔をまじまじと見詰めて、はっきりと見覚えがないと断言している。
そんな飯野の言葉にも男は納得いかないとさらに近づくと、もはやその顔を押し付けるように彼女に迫っていた。
「なら、斉藤紀夫(さいとう のりお)という名前は?聞き覚えがあるだろう?どうなんだ、答えろ!!」
自らの顔を見せ付けるように、飯野にその顔を押し付けた斉藤は、彼女の髪を掴んでは耳元で叫んでいる。
「触んないでよ!!そんな名前、聞き覚えも何もよくある名前じゃない!?知らないわよ!」
自らの口元へと飯野の耳を寄せ叫んだ斉藤に、彼女は苛立つように文句を叫ぶ。
確かに彼女の言う通り、彼の名前はよくあるもので、それだけで特定の誰かを思い浮かべられるという類のものではない。
「ふんっ!・・・そうか、憶えていないか」
飯野の言葉に不満そうに鼻を鳴らした斉藤は、その感情のままに彼女の頭を突き放すと、それをベッドへと叩きつける。
そうして一人、何やら呟いていた彼は、上着のポケットから小ぶりな何かを取り出していた。
「な、何よ・・・?勘違いだったんなら、さっさと解放しなさいよ!今ならまだ、警察に通報しないであげなくもないわよ!!」
急に静かになった斉藤に、何か不穏な空気を感じたのか、飯野はジタバタと精一杯に暴れながらさっさと解放しろと訴えている。
そんな彼女に斉藤は、再びゆっくりと近づいてきていた。
「何よ、何とか言いなさいよ!っ!?それは・・・」
喚き散らす飯野に沈黙を保ったまま近づいてきた斉藤は、その手にナイフを持っている。
彼はそれを構えると、身動きの取れない彼女の背後へと回っていた。
「ルームサービスです!お食事をお届けに参りました!」
その時、激しいノックの音と共に、外から声が掛かる。
その声に聞き覚えのある飯野は、すぐさまそちらへと顔を上げると、助かったと嬉しそうな表情を見せていた。
「匂坂君!?助けて!!私、殺され―――」
「・・・静かにしていろ」
部屋の外にいるのであろう匂坂へと助けを求めた飯野の声は、その途中で斉藤によって塞がれてしまう。
そうして彼は彼女に静かにするように囁きかけ、その身体へとそっとナイフを這わせていた。
「ひぅ!?・・・えっ?」
這わしたナイフが何かを断ち切る鈍い音に、飯野をぎゅっと目蓋と閉じる。
しかしいつまで経ってもやってこない痛みに、彼女がその目蓋を開けると、そこには自由になった自らの両手が伸びていた。
「な、何のつもり?」
「・・・すまなかった。謝ってすむ事ではないが―――」
今も続くぶちぶちという物音に、飯野の身体は段々と自由になってゆく。
そうして彼女の身体を拘束する全ての縄を断ち切った斉藤は、その手に持ったナイフをしまい、沈痛な表情でそこに佇んでいる。
そんな斉藤の振る舞いに、飯野は訳が分からないと問いかけるが、彼から返ってきたのは当たり前の謝罪の言葉だけであった。
「・・・ここは?痛っ!?」
失った意識を取り戻した飯野巡は、その重たい意識を振り払うように首を振っていた。
それは彼女に殴打された痛みを思い出させ、奔ったその痛みに彼女は短く悲鳴を上げる。
そうして自らの頭を抱えようとして、それが出来ないことに知った彼女はようやく、今自分が縛られているのだと気付く。
「・・・ようやく、お目覚めか?」
その暗い声は、彼女の視界の外でそっと囁かれていた。
その声の主の姿を一目見ようともぞもぞと動く飯野は、這い回った身体にここがベッドの上だと知って、大胆に動き始める。
そうしてようやく視界に捉えたその声の主の姿は、フードで顔を隠した大柄な男のものであった。
「あんたは・・・一体何のつもりよ、これは!?許さないわよ、すぐに解放しなさい!!」
彼の姿に、自分がそいつに頭を殴られたという事も思い出した筈の飯野は、にもかかわらず彼に対して食って掛かっていた。
それは、彼女の勝気な性格ゆえの振る舞いであろうか。
しかし彼女のそんな言葉にも、男は反応を示そうとせず、座っていた椅子から立ち上がっては一歩、彼女へと歩み寄る。
「・・・この顔に、見覚えがあるな?」
飯野へと歩み寄った男は、フードを捲りその顔を顕にする。
ナイトテーブルに設えられた照明だけに照らされるその顔は、唇から顎にかけて刀傷のような痕のある、壮年の男性のものであった。
「はぁ?知らないわよ。あんた、誰かと勘違いしてんじゃないの?」
明らかに、確信をもった男の言葉にも、飯野はその顔をまじまじと見詰めて、はっきりと見覚えがないと断言している。
そんな飯野の言葉にも男は納得いかないとさらに近づくと、もはやその顔を押し付けるように彼女に迫っていた。
「なら、斉藤紀夫(さいとう のりお)という名前は?聞き覚えがあるだろう?どうなんだ、答えろ!!」
自らの顔を見せ付けるように、飯野にその顔を押し付けた斉藤は、彼女の髪を掴んでは耳元で叫んでいる。
「触んないでよ!!そんな名前、聞き覚えも何もよくある名前じゃない!?知らないわよ!」
自らの口元へと飯野の耳を寄せ叫んだ斉藤に、彼女は苛立つように文句を叫ぶ。
確かに彼女の言う通り、彼の名前はよくあるもので、それだけで特定の誰かを思い浮かべられるという類のものではない。
「ふんっ!・・・そうか、憶えていないか」
飯野の言葉に不満そうに鼻を鳴らした斉藤は、その感情のままに彼女の頭を突き放すと、それをベッドへと叩きつける。
そうして一人、何やら呟いていた彼は、上着のポケットから小ぶりな何かを取り出していた。
「な、何よ・・・?勘違いだったんなら、さっさと解放しなさいよ!今ならまだ、警察に通報しないであげなくもないわよ!!」
急に静かになった斉藤に、何か不穏な空気を感じたのか、飯野はジタバタと精一杯に暴れながらさっさと解放しろと訴えている。
そんな彼女に斉藤は、再びゆっくりと近づいてきていた。
「何よ、何とか言いなさいよ!っ!?それは・・・」
喚き散らす飯野に沈黙を保ったまま近づいてきた斉藤は、その手にナイフを持っている。
彼はそれを構えると、身動きの取れない彼女の背後へと回っていた。
「ルームサービスです!お食事をお届けに参りました!」
その時、激しいノックの音と共に、外から声が掛かる。
その声に聞き覚えのある飯野は、すぐさまそちらへと顔を上げると、助かったと嬉しそうな表情を見せていた。
「匂坂君!?助けて!!私、殺され―――」
「・・・静かにしていろ」
部屋の外にいるのであろう匂坂へと助けを求めた飯野の声は、その途中で斉藤によって塞がれてしまう。
そうして彼は彼女に静かにするように囁きかけ、その身体へとそっとナイフを這わせていた。
「ひぅ!?・・・えっ?」
這わしたナイフが何かを断ち切る鈍い音に、飯野をぎゅっと目蓋と閉じる。
しかしいつまで経ってもやってこない痛みに、彼女がその目蓋を開けると、そこには自由になった自らの両手が伸びていた。
「な、何のつもり?」
「・・・すまなかった。謝ってすむ事ではないが―――」
今も続くぶちぶちという物音に、飯野の身体は段々と自由になってゆく。
そうして彼女の身体を拘束する全ての縄を断ち切った斉藤は、その手に持ったナイフをしまい、沈痛な表情でそこに佇んでいる。
そんな斉藤の振る舞いに、飯野は訳が分からないと問いかけるが、彼から返ってきたのは当たり前の謝罪の言葉だけであった。
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