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第十九話
しおりを挟む母親はあれから忙しそうにしていたが、家に居ないという習慣に別段変化はなく、ユキトは放課後水野と図書館で閉館まで勉強した。
水野は医者の息子というだけあって勤勉でユキトの分からない所は何でも教えた。水野が塾の日は山も登らず一人で図書館に籠って勉学に勤しみ、永雪の言った美しい言霊という物を信じて美しい文の本を好んで読み、新たな友人である水野に素直な言葉で真っ直ぐに向き合った。
一緒に勉強する事が嬉しくて、友人が居ると言う事が楽しくて堪らない。一人じゃないと思える事が心強く、幸せとはこう言う事を言うのだろうとそう感じていた。水野は親の事や貧乏である事など何ら気にする事なく、特別扱いでもなく同情でもなく、ただ友人として接してくれる。ユキトにはそれがこの上なく嬉しかった。
雪が降らなくなってきた冬の終わりにユキトと水野はいつものように図書館に向かった。建物の入り口で見た事のある少年が立っていて、二人は足を止める。
「よう、お二人さん、仲が良いんだな」
「……なんだよ」
ユキトは後ずさった。中心になってユキトに暴力を奮っていた少年だった。
「さすがお前の母親は水商売だけあって汚いな、きっと犯罪者の父親に色々教わったんだろ」
「何のことだよ」
「……知らないのか、じゃぁ教えてやるよ。お前の母親はな、お前の怪我した写真を俺の親に送りつけて慰謝料請求したんだよ。事を荒立てたくないから、結構な金額の示談金をふんだくって、お前は楽しそうにお勉強って訳だ、しかも鼻につく奴と一緒にな。お陰で俺は親にドヤされるわ学校の内申も下げられるわ踏んだり蹴ったりだよ。一緒にお前を殴ってた仲間も俺を遠巻きにして、もう連む奴もいない」
今にも食い付きそうな形相で待ち構えていた彼の前へ、水野がユキトを庇うように立ちはだかると口を開いた。
「お前がユキトに暴力を振るわなければこんな事にならなかった筈だ。子供は親を選べない。理不尽な理由で虐めを始めてユキトを傷つけたのはそっちだろう。暴力で人を傷つけておきながら何のお咎めも無い方がおかしいさ。示談は傷害事件にしない為の適切な処置の筈だ」
毅然として筋の通った話をする水野はユキトの目に頼もしく映った。
「うるせぇ、こっちはメンツ丸潰れで仲間まで失って腹ワタ煮えくり返ってるんだよ!」
少年は手をワナワナさせて小さなナイフをポケットから取り出すと震えながらその刃先を二人に向けた。
水野は凶器を認識すると直ぐにユキトの手を握り走り出す。
少年はナイフを右手に強く握りしめたまま大声を上げて追いかけて来た。
ユキト達は町中へではなく山へと走り出した。ユキトがそこを目指して走るので水野も同じ方向に走る。
「町の方に逃げないと」
「こっちに!きっとアイツは入れないから」
ユキトは永雪が教えてくれた秘密を思い出して半分本能的に山へ走っていた。
永雪は山桃の根元に貯水している美しい水の結晶を護る為、穢らわしいものが立ち入りできない様に強力な結界を張っていて、体の水が穢れた大人や憎しみを抱えた人間は麓で道を見失い登れないようにしている言っていた。魂の美しいもの、心の水に穢れの無いものだけが山頂へ辿り着けるのだ。
ユキトはきっと逃げ切れるとそう信じて水野と山に登る。少年はナイフを振りかざしたまま息を上げて二人を追いかけた。
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