雪の記憶 ー僕を救った妖精ー

小鷹りく

文字の大きさ
19 / 26

第十九話

しおりを挟む


 母親はあれから忙しそうにしていたが、家に居ないという習慣に別段変化はなく、ユキトは放課後水野と図書館で閉館まで勉強した。

 水野は医者の息子というだけあって勤勉でユキトの分からない所は何でも教えた。水野が塾の日は山も登らず一人で図書館に籠って勉学に勤しみ、永雪の言った美しい言霊という物を信じて美しい文の本を好んで読み、新たな友人である水野に素直な言葉で真っ直ぐに向き合った。

 一緒に勉強する事が嬉しくて、友人が居ると言う事が楽しくて堪らない。一人じゃないと思える事が心強く、幸せとはこう言う事を言うのだろうとそう感じていた。水野は親の事や貧乏である事など何ら気にする事なく、特別扱いでもなく同情でもなく、ただ友人として接してくれる。ユキトにはそれがこの上なく嬉しかった。


 雪が降らなくなってきた冬の終わりにユキトと水野はいつものように図書館に向かった。建物の入り口で見た事のある少年が立っていて、二人は足を止める。

「よう、お二人さん、仲が良いんだな」

「……なんだよ」

 ユキトは後ずさった。中心になってユキトに暴力を奮っていた少年だった。

「さすがお前の母親は水商売だけあって汚いな、きっと犯罪者の父親に色々教わったんだろ」

「何のことだよ」

「……知らないのか、じゃぁ教えてやるよ。お前の母親はな、お前の怪我した写真を俺の親に送りつけて慰謝料請求したんだよ。事を荒立てたくないから、結構な金額の示談金をふんだくって、お前は楽しそうにお勉強って訳だ、しかも鼻につく奴と一緒にな。お陰で俺は親にドヤされるわ学校の内申も下げられるわ踏んだり蹴ったりだよ。一緒にお前を殴ってた仲間も俺を遠巻きにして、もう連む奴もいない」

 今にも食い付きそうな形相で待ち構えていた彼の前へ、水野がユキトを庇うように立ちはだかると口を開いた。

「お前がユキトに暴力を振るわなければこんな事にならなかった筈だ。子供は親を選べない。理不尽な理由で虐めを始めてユキトを傷つけたのはそっちだろう。暴力で人を傷つけておきながら何のお咎めも無い方がおかしいさ。示談は傷害事件にしない為の適切な処置の筈だ」

 毅然として筋の通った話をする水野はユキトの目に頼もしく映った。

「うるせぇ、こっちはメンツ丸潰れで仲間まで失って腹ワタ煮えくり返ってるんだよ!」

 少年は手をワナワナさせて小さなナイフをポケットから取り出すと震えながらその刃先を二人に向けた。

 水野は凶器を認識すると直ぐにユキトの手を握り走り出す。

 少年はナイフを右手に強く握りしめたまま大声を上げて追いかけて来た。

 ユキト達は町中へではなく山へと走り出した。ユキトがそこを目指して走るので水野も同じ方向に走る。

「町の方に逃げないと」

「こっちに!きっとアイツは入れないから」

 ユキトは永雪が教えてくれた秘密を思い出して半分本能的に山へ走っていた。

 永雪は山桃の根元に貯水している美しい水の結晶を護る為、穢らわしいものが立ち入りできない様に強力な結界を張っていて、体の水が穢れた大人や憎しみを抱えた人間は麓で道を見失い登れないようにしている言っていた。魂の美しいもの、心の水に穢れの無いものだけが山頂へ辿り着けるのだ。


 ユキトはきっと逃げ切れるとそう信じて水野と山に登る。少年はナイフを振りかざしたまま息を上げて二人を追いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

分かりやすい日月神示のエッセイ 🔰女性向け

蔵屋
エッセイ・ノンフィクション
私は日月神示の内容を今まで学問として研究してもう25年になります。 このエッセイは私の25年間の集大成です。 宇宙のこと、118種類の元素のこと、神さまのこと、宗教のこと、政治、経済、社会の仕組みなど社会に役立たつことも含めていますので、皆さまのお役に立つものと確信しています。 どうか、最後まで読んで頂きたいと思います。  お読み頂く前に次のことを皆様に申し上げておきます。 このエッセイは国家を始め特定の人物や団体、機関を否定して、批判するものではありません。 一つ目は「私は一切の対立や争いを好みません。」 2つ目は、「すべての教えに対する評価や取捨選択は読者の自由とします。」 3つ目は、「この教えの実践や実行に於いては、周囲の事情を無視した独占的排他的言動を避けていただき、常識に照らし合わせて問題を起こさないよう慎重にしていただきたいと思います。 この日月神示は最高神である国常立尊という神様が三千世界の大洗濯をする為に霊界で閻魔大王として閉じ込められていましたが、この世の中が余りにも乱れていて、悪の蔓延る暗黒の世の中になりつつあるため、私たちの住む現界に現れたのです。この日月神示に書かれていることは、真実であり、これから起こる三千世界の大洗濯を事前に知らせているのです。 何故? それは私たち人類に改心をさせるためです。 それでは『分かりやすい日月神示のエッセイ 🔰女性向け』を最後まで、お読み下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年(2025年)元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

王太子妃に興味はないのに

藤田菜
キャラ文芸
眉目秀麗で芸術的才能もある第一王子に比べ、内気で冴えない第二王子に嫁いだアイリス。周囲にはその立場を憐れまれ、第一王子妃には冷たく当たられる。しかし誰に何と言われようとも、アイリスには関係ない。アイリスのすべきことはただ一つ、第二王子を支えることだけ。 その結果誰もが羨む王太子妃という立場になろうとも、彼女は何も変わらない。王太子妃に興味はないのだ。アイリスが興味があるものは、ただ一つだけ。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...