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なんでもない日
(22)宵の空には日輪草④
しおりを挟む重巡「古鷹」……
「いやいや、ちょっと待て。なんでプレーンで行こうとするんだよ」
朝食後、私室に引き返したかと思えばなぜか背広姿で出てきた瀧本に対し、外で待ち構えていた神田と大河内が慌てて突っ込んだ。
「あ?」
「瀧本ぉ、この伊達男が。軍人が見合いをするならユニホームって相場が決まっているだろ」
大河内がぐっと拳を握って力説しはじめる。海軍の軍服、特に夏に着用される第二種軍装というのは陸での希少価値も相まってか、このご時世でもご婦人方から一定の人気を誇っていたのだ。
なにせ兎に角カッコいい。白の詰襟は、スマートで爽やかな印象を与えてくるから。
顔は微妙でも、軍服を着ていたらそれだけで垢抜けた伊達男に見えてしまうのだから、その効果は推して図るべしというやつだ。
つまり───少しでも見合い成功率を高めたい彼らにとって、艦から追い出す前に瀧本に軍服を着せるのは必須条件ということ。
「あのなぁ、神田………このご時世だぜ。軍服着て上陸したら、それだけで攻撃の対象になるような世の中だ。そんな中で陸での希少価値の高い海軍の軍服なんざ着ていったら、目立って目立ってしゃあないだろ」
「だーめーでーすー」
今度はなぜか神田と大河内の背後に控えていた瀧本の隊の分隊士が文句を言い始めた
「分隊長、ダメです。軍服で行ってください」
「いや、貴様まで何言ってんだ」
「軍服は軍人の誉です!特に我が海軍の軍服は世のご婦人方と子供たちの憧れですよ。海軍軍人と見合いするっていうのに、背広で来られちゃあちらさんもがっかりするでしょう!」
「そうだそうだ! 俺達軍人は市民を守るのが仕事だ。その市民の夢も守ってやらんでどうするんだ!」
なんとしてでも見合いを成功させたい三人による文句の合唱に、うんざりしたような表情を見せる瀧本。
「とに!かく! 着替えてこい!! 嫌だっつっても、他の連中も呼んできて強制的に着替えさせてから放り出すからな!」
「ああ、もう。判った、判ったよ。着替えりゃ良いんだろ……」
あまりにもしつこい神田にとうとう屈したようだ。瀧本は半目になりながらも私室に引き返し………次に出てきた時にはいつもの白い詰襟──海軍第二種軍装を身に纏って出てきた。
「ほらよ。これで良いんだろ」
「ん、ヨシ。行ってこい!」
バシッと背中を叩かれて「ぐえっ」という潰れたような声が出た。瀧本としては噂が広まる時間をなんとしてでも稼ぎたかったため、なるべく目立ちたくなかったのだが……
本気で艦内、いや鎮守府中から仲間を呼んできて強制的に着替えさせようとする勢いで迫ってきた神田に圧された。海軍は陸軍と比較すると組織内の構成員が少ないためか、身内に甘い奴が多い。といってもモデルになった英国海軍の悪いところまで真似してしまった結果、同じ将校、それも兵学校卒の兵科将校同士を特別視して下士官兵卒を差別するという弊害もあったのだが。
「はぁ……気が重い……」
「なに言ってんだよ~。相手は女医だぞ。それもかなりの美人って話じゃぁねえか。期待して行ってこい!」
「へーい……」
どんよりとした影を背負いながらトボトボと舷門に向かう瀧本を、うっすらと貼り付けたような笑顔で見送って……
その後ろ姿が見えなくなると同時に、神田と大河内が貼り付けていた笑顔をスッと消して無言のまま自分達の私室へ走り去る。
今度は甲板上に再集合した二人の服装は、なぜか軍服ではなく私服だった。
***
「で、なんでキミたちも付いていくのかな」
まるで仏のようなニコニコとした笑みを崩さぬまま、こてんと首を傾げたのは「古鷹」艦長の春名大佐だ。
瀧本が艦から降りる際に使った便の、その次の内火艇に乗り込んだらなぜか瀧本の同期とコレスが次々乗ってきたので不思議に思ったのだろう。
指名された二人は、艦長が乗っていたことに驚きを禁じ得なかったが……
「瀧本クンのお見合いを見物ってところかな?」
「いえ、いえ!艦長!! 俺たちゃぁ見物なんて言うかっるい覚悟で行くわけじゃぁねぇですよ!」
「これも全ては、同期の桜である瀧本が『ベッキ熊』などの不名誉な渾名を付けられないようにするため!!」
「俺達としては、あいつをなんとしてでもあの陸サンとこの坊っちゃんから引きはがさにゃならんのです」
「キミらも懲りないねぇ……赤岡クンから『もうその件には関わるな』っていうキツイお灸を昨日据えられたばかりじゃなかったっけ?」
真性サドのケがあると内外から恐れられる軍医長の顔を思い出しながら、春名艦長はそっと二人を諭しておく。
瀧本と件の陸軍将校との関係の真相を知っている艦長からとってしてみれば、二人の行動は「余計なお世話」になるのだろう。
「だから、赤岡中佐に見付からん内にと抜足差し足忍び足でここに乗り込んだんですよ」
「どうにか見付からずに乗り込めたので、後はこっちのモンです」
「あら、そうなの。でもここで残念なお知らせをひとつしておくよ。実は赤岡クンね、瀧本クンよりも先に艦を降りて出ていったのよ」
「え?」
まさかのお言葉に二人は盛大に固まった。
目下最大の敵である赤岡中佐が、瀧本よりも先に出ていった……ということはつまり、二人が周りを最大警戒しながら泥棒よろしく抜足差し足忍び足をしていた頃には、当の赤岡中佐は艦内にいなかったということになる。
「なんでも今日は呉の海軍病院にいる弟子に会いに行くとかでね。ちょうど日曜日だし、最近赴任してきたばっかの弟子の様子を見るついでに冷やかしに行くんだって今朝早くに………大丈夫かな?」
では、自分達の涙ぐましい努力はいったいなんだったのだろう……
となって落ち込む瀧本の同期の桜二人を尻目に、内火艇が出発する。
「今日はお出かけ日和だしねぇ。主計長もなにか目新しい食材が無いかって言いながら買い出しに出掛けたし。またカレーのバリエーションが増えるよ。やったね」
「また、増えるんですか…………」
古鷹艦内の胃袋すべてを一手に担う主計長は、小さいながらも中々研究精神旺盛なお方だった。
主計長というのは艦内の経理を担当するだけでなく、食事内容を決めたりメニューを考案したりするのも仕事。食はすべての源であるので、重要な事項である。海軍でけでなく陸軍でも下士官兵卒の食事は軍医長とも相談の上で慎重に決められていた。
なにせ娯楽の少ない海の上。楽しみなど旨い飯くらいしか無いので、乗組員の精神衛生上大変重要な役目なのだ。
「肉の代わりに平目の切り身が入ったシーフードカレーはけっこう好評だったじゃないか」
「それで主計長が味をしめてしまったのだと思いますよ……」
どうやら以前、仕入れてきた舌平目をカレーに投入したシーフードカレーが好評だったためか、主計長がカレーのレシピ考案に目覚めたらしい。
その後も度々、古鷹艦内では変わった具材のカレーが提供されるようになっているが……まあ、軍医長の監修が入っているので大丈夫だろう。
「冬になったら牡蠣カレーになるかもね」
「牡蠣……ああ、そういや広島は牡蠣の生産地でしたね」
「うん。牡蠣って言ったらむしろカレーじゃなくてシチューに入れそうだけど、まあ同じような物だしあの子なら入れるでしょ」
「そうですけどね。当たったら怖いなぁ」
「加熱してあるし大丈夫だよ。でも、もしもそうなったら鉄砲鍋ならぬ鉄砲カレー……なーんてね」
当たったら運が悪かったというだけ。艦長はペロッと茶目っ気たっぷりに舌先を出して片目を閉じた。
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