桃の華〜Ωの僕が極道αに溺愛されて愛される話〜

ミカン

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5話※


窓の外は夕闇が支配し始めていたが、閉め切られた室内には濃密な熱気が淀んでいた。
ヒートの熱が、都の全身を容赦なく支配していた。

内側から焼かれるような、内臓の奥がじくじくと疼くような、実体のない渇きだ。理性が、薄い氷が熱湯にさらされるように、音を立てて溶けていく。

自分が何を考えているのか、もはや分からない。ただ生存本能だけがαを求めて叫んでいる。

「は、ぁ……っ、ぁ……」

肺に送り込まれる空気さえも熱く、息苦しい。

「あ……ぁ……」

都の震える唇から、自分でも制御できない熱い吐息とともに声が漏れた。
その音は、これまでの人生で一度も出したことのない、艶めかしく、そして情けない媚びを含んでいた。
恥ずかしい。死んでしまいたいほどに、情けない。
けれど、その恥ずかしいという感情さえも、押し寄せる快楽に近い熱に塗り潰されていく。

その様子を、京が冷やかに見下ろしていた。
部屋の端に置かれた革張りのソファに深く腰掛け、足を組み、まるで出来のいい実験動物を眺めるかのような冷徹な眼差し。その整った造作には、哀れみも、興奮も、何の感情も浮かんでいない。
ただ、静かに、そして残酷に、都が崩れていく様を観察していた。

「お前のフェロモン、かなり強いな」

京の声が、まるで深い水の底から聞こえてくるかのように遠く響く。
その低く冷たい声の響きさえ、今の都にとっては鼓膜を震わせる快感の種でしかなかった。

「甘い匂いだ。……よく熟れた桃のような匂い、重くて、しつこい。Ωの中でも、間違いなく上質な部類だろう」

「や……め……っ」

都は、震える右手を伸ばしてシーツを掴んだ。
指先は白く強張り、爪が布地を裂かんばかりに食い込む。
やめてくれ、と。これ以上、自分を剥き出しにしないでくれと、都は死に物狂いで懇願した。
けれど、喉が焼き付いたように狭まり、言葉が形にならない。舌がもつれ、意味をなさない湿った音が零れるだけだ。

京がゆっくりと腰を上げた。
重厚な靴音が、都の耳元で心臓の鼓動のように響く。
彼は都の傍らに静かに腰を下ろした。沈み込むマットレスの感覚が、都の肌に不気味な期待を抱かせる。

京は、自らのワイシャツの襟元を緩め、白い首筋に細い指先を当てた。


次の瞬間。
都の鼻腔に、暴力的なまでの圧を伴ったフェロモンが流れ込んできた。
それは、都が発している甘い匂いとは対極にある、鋭く、研ぎ澄まされた香気。
森の奥深くで獣と対峙した時のような、あるいは冷たい刃物を突きつけられた時のような——圧倒的な、アルファの支配フェロモン。

「っ!」

都の体が、持ち主の意思を無視して跳ねた。
背中が弓なりに仰け反り、シーツに擦れる肌が火傷を負ったように熱を帯びる。
逃げ場のない支配の香りに、体の奥底——子宮の奥が、狂ったように疼き始める。

弱きΩが、強きアルファのフェロモンに対し、無条件にひれ伏し、受け入れようとする摂理。

「いや……いやだ……っ!」

目尻から、熱い涙が溢れてシーツを濡らした。
こんなのはおかしい。自分は、彼を憎んでいたはずだ。
それなのに、体は裏腹に、その匂いを求めて深く呼吸を繰り返している。
もっと注いでくれと、その支配で満たしてくれと、細胞の一つ一つが歓喜の声を上げている。

「お前の体は、実に正直だな」

京の、冷たく長い指先が都の頬に触れた。
その指先が触れた瞬間、都の全身に高電圧の電流が走ったような衝撃が突き抜けた。
肌と肌が触れ合う場所から、熱が溶け合い、混ざり合っていく。
気持ちいい。
……いや、違う。そんなはずはない。
気持ちよくなんかない、これはただの異常事態だ。
ヒートのせいだ。この、呪われた性のせいなのだ。

「お願い……やめて……」

都は、嗚咽を漏らしながら懇願した。
意識の混濁の中で、守るべき大切な存在の顔が脳裏をかすめる。

「弟が……こんな、こんな姿……知られたら……」

そう、自分は弟にとって、兄でいなければならないのだ。
両親を早くに亡くし、二人きりで寄り添って生きてきた。
弟にだけは、自分がΩであることの苦しみを、こんな惨めな姿を見せたくはなかった。

「弟には見せない。安心しろ」

京の声は、都の絶望を嘲笑うかのように、相変わらず凪いでいた。

「お前がここでどれだけ無様に乱れても、どれだけ俺を求めて泣いても、それを知るのは俺だけだ。お前は、ここで俺のものになる。」

「ちが……俺は……っ」

否定しようとした唇は、言葉を紡ぐ代わりに吐息を吐き出した。
都の意識が、急速に遠のいていく。
脳みそが沸騰しているのではないかと思うほど、熱が思考回路を焼き切っていく。
もう、何も考えられない。

京のフェロモンが、さらに密度を増した。
部屋が、彼の傲慢な匂いで完全に塗り潰される。
それは鎖となり、都の手足を、心臓を、魂を縛り上げた。
都の本能は、ついに完全に屈服した。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
そう叫ぶ理性の声は、羽音よりも小さく、か細い。

代わりに、内側から溢れ出す野生の欲求が、都を突き動かす。このアルファに支配されたい。

「ぁ……あぁ……っ」

都の体から、最後の抵抗の力が抜けた。
シーツを掴んでいた指先が解け、力なく放り出される。
抵抗する気力も、誇りも、もう一滴も残っていない。

京が、都の細い体にゆっくりと覆い被さった。
アルファの重みが、都の体を圧迫する。
重い。苦しい。
でも、その重さが——。

(あぁ、安心する……)

不意に湧き上がったその感情に、都は絶望した。
おかしいのは自分だ。
この男の腕の中で、自分は居場所を見つけてしまっている。
アルファに屈することに、あろうことか安らぎを感じ始めている。

「俺が、お前の最初の男になる」

京の唇が、熱を持った耳元に触れ、低い声が鼓膜を愛撫するように囁いた。

「お前は俺のものだ。」

「意味……分かん……ない……っ」

都の意識は、もう限界だった。
視界が、眩い白に染まっていく。
激しい痛みと、それを凌駕する狂おしいほどの快楽。
全身の血管を駆け巡る熱。

そして——。

「……あ」

最後に残った都の自意識は、京の深い瞳に吸い込まれるようにして、深い闇の底へと沈んでいった。
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