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8話
屋敷での生活が始まって一週間が経った。
都は、少しずつこの場所のルールを理解し始めていた。
朝七時、ドアがノックされる。
食事を運んでくるのは、決まって砺波透だった。
メガネをかけた、落ち着いた雰囲気の男。京の側近の中で、最も冷静な人物。
「おはよう。朝食だ」
砺波は感情を見せない声で言った。
トレイには、和食の朝食が並んでいる。ご飯、味噌汁、焼き魚、漬物。
質素だが、栄養バランスは取れている。
「……ありがとう」
都は小さく言った。
砺波は都を一瞥した。
「食事が終わったら、トレイはドアの前に置いておけ。後で回収する」
「わかった」
砺波は立ち去ろうとして、一度振り返った。
「お前の弟、今日から学校だ。」
「あ、ああ……」
「なら、八時に部屋の前で待て。遠野が送っていくるから挨拶できる。」
砺波はそれだけ言って、部屋を出て行った。
都は食事に手をつけた。
味は悪くない。というより、かなり美味しい。
以前のもやしと豆腐の生活と比べれば、天と地の差だ。
でも、都の胸には何の喜びも湧かなかった。
これは、檻の中の餌だ。
都は、飼われているだけだ。
8時になり部屋の前でまつ。
勉は新しい制服を着ている。京が用意したものだ。
「お兄ちゃん、行ってくるね!」
「ああ、気をつけてな」
都は勉の頭を撫でた。
勉を学校に送るのは、遠野悟だった。
京の側近の中で、最も若い男。
「勉。準備できたか?」
遠野は、勉に優しく声をかけた。
「はい!」
勉は元気に答えた。
遠野は勉の手を取った。
「じゃあ、行こうか。車で送ってくな」
「ありがとうございます!」
勉は嬉しそうだった。
遠野は都を見た。
「心配すんな。ちゃんと学校まで送り届ける。帰りも迎えに行くから」
「……頼む」
都は頭を下げた。
遠野は少し驚いた表情を見せた。
「別に、頭下げなくていいよ。これも仕事だから」
そう言って、遠野は勉を連れて階段を降りていった。
都は、二人の後ろ姿を見送った。
遠野は、他の二人と比べて柔らかい雰囲気がある。
勉に対しても、本当に優しく接している。
少しだけ、都の心が軽くなった。
昼過ぎ、都の部屋のドアが乱暴に開いた。
「おい、起きてるか?」
入ってきたのは、中野忠司だった。
ガタイの良い、三十歳の男。京の側近の中で、最も感情的な人物。
「……起きてる」
都はベッドから立ち上がった。
「若頭から言われてんだ。お前、ちょっと運動しろって」
「運動?」
「ああ。ずっと部屋にこもってちゃ、体が鈍る。庭に出て、少し歩け」
中野は都の腕を掴んだ。
「ちょっと、痛い……」
「あ、悪い」
中野は慌てて手を離した。
「つい、力入っちまった。ほら、行くぞ」
都は中野に連れられて、一階に降りた。
そして、裏庭に出た。
広い。
芝生が広がり、木々が植えられている。高い塀で囲まれており、外からは見えないようになっている。
「ここを、三周走れ」
中野が命令した。
「走る……?」
「ああ。若頭の命令だ。お前、体力なさすぎるからな」
「……」
都は仕方なく、走り始めた。
久しぶりの運動。
すぐに息が上がる。
一周目で、既にへとへとだった。
「おい、もう疲れたのか?まだ一周だぞ」
中野が呆れた声で言った。
「無理……もう……」
都は膝に手をついた。
「ったく、ひ弱すぎんだろ」
中野は都の傍に来た。
「ほら、水飲め」
ペットボトルを差し出してくる。
「……ありがとう」
都は水を飲んだ。
冷たい水が、喉を潤す。
「お前、ちゃんと食ってるのか?」
中野が尋ねた。
「食べてる……」
「嘘つけ。残してるって砺波から聞いたぞ」
「……」
都は何も言えなかった。
確かに、食事は半分以上残している。
食欲がない。
「ちゃんと食わねえと、体壊すぞ。弟が心配するだろ」
中野の言葉に、都は顔を上げた。
「可愛い弟だな。遠野の奴にすっかり懐いてやがる」
中野は笑った。
「あいつ、子供好きだからな。弟の世話、ちゃんとしてくれるよ」
「……そう」
都は少しだけ、安心した。
「お前も、ちゃんと生きろよ。弟のためにもな」
中野は都の肩を叩いた。
その手は、意外と優しかった。
夕方、勉が帰ってきた。
都は廊下で待っていた。
「お兄ちゃん!ただいま!」
勉が駆け寄ってきた。
「おかえり。学校、どうだった?」
「楽しかった!新しい友達もできたよ!」
勉は嬉しそうに話した。
その後ろから、遠野が歩いてきた。
「ちゃんと送り届けたぜ」
「ありがとう……」
都は遠野に頭を下げた。
「だから、頭下げんなって」
遠野は苦笑した。
「勉、宿題あるだろ?部屋でやれよ」
「うん!」
勉は自分の部屋に駆け込んでいった。
都と遠野が、二人きりになった。
「あのさ」
遠野が都に話しかけてきた。
「お前、勉のこと、本当に大事にしてんだな」
「……当たり前だろ」
「だよな」
遠野は廊下の窓から外を見た。
「俺も、弟がいたんだ」
「……過去形?」
「ああ。五年前に、病気で死んだ」
遠野の声が、少し沈んだ。
「だから、勉見てると、昔の弟思い出すんだよな」
「……そう」
「勉のこと、ちゃんと見てるから。安心しろよ」
遠野は都の肩を軽く叩いた。
「お前も、あんまり思い詰めんなよ。若頭は厳しいけど、理不尽なことはしねえから」
「……理不尽じゃない?」
都は遠野を見た。
「俺、ここに監禁されてるんだけど」
「……」
遠野は言葉に詰まった。
「悪い。そうだよな」
遠野は頭を掻いた。
「俺たち、極道だから。感覚おかしくなってんのかもな」
「……」
「でも、マジで勉のことは守る。それだけは約束する」
遠野の目は、真剣だった。
都は、少しだけ遠野を信じてもいいかもしれないと思った。
夜、京が都の部屋に来た。
「三人とは、顔を合わせたか?」
「……ああ」
都は答えた。
京はソファに座った。
「砺波は冷静で効率的だ。感情に流されることはない」
「……」
「中野は感情的だが、面倒見がいい。お前の体調管理は任せてある」
「……」
「遠野は人情がある男だ。弟の世話は、あいつに任せておけば安心だろう」
京は都を見た。
「三人とも、俺の信頼できる部下だ。お前や弟に、酷いことはしない」
「……そう」
都は素っ気なく答えた。
京は立ち上がり、都の傍に来た。
「お前、まだ俺を憎んでいるな」
「……当たり前だろ」
都は京を睨んだ。
「お前が、俺の人生を壊したんだ」
「壊した?」
京は都の顎を掴んだ。
「お前の人生は、最初から壊れていた。俺は、ただそれを拾っただけだ」
「ふざけんな……」
「ふざけていない」
京の目が、都を見据えた。
「お前は、いずれ破滅していた。詐欺なんて、いつか捕まるか、殺されるかだ」
「……」
「俺が拾ってやったんだ。感謝しろ」
「感謝……?」
都は笑った。
自嘲的な笑い。
「お前に、拾われたくなんかなかった……」
「でも、現実はこうだ」
京は都の首筋に触れた。
番の痕。
都の体が、ビクリと反応した。
「お前は、俺のものだ。それを忘れるな」
「……っ」
都は何も言い返せなかった。
京は部屋を出て行った。
都は、一人残された。
窓の外には、星が見えた。
でも、都には届かない。
高い塀に囲まれた、この屋敷から。
都は、ただ星を見つめ続けた。
砺波の冷静さ。
中野の粗野さ。
遠野の優しさ。
三人とも、極道だ。
でも、人間でもある。
都は、少しずつこの牢獄の住人たちを知り始めていた。
それが、良いことなのか悪いことなのか。
都には、まだ分からなかった。
都は、少しずつこの場所のルールを理解し始めていた。
朝七時、ドアがノックされる。
食事を運んでくるのは、決まって砺波透だった。
メガネをかけた、落ち着いた雰囲気の男。京の側近の中で、最も冷静な人物。
「おはよう。朝食だ」
砺波は感情を見せない声で言った。
トレイには、和食の朝食が並んでいる。ご飯、味噌汁、焼き魚、漬物。
質素だが、栄養バランスは取れている。
「……ありがとう」
都は小さく言った。
砺波は都を一瞥した。
「食事が終わったら、トレイはドアの前に置いておけ。後で回収する」
「わかった」
砺波は立ち去ろうとして、一度振り返った。
「お前の弟、今日から学校だ。」
「あ、ああ……」
「なら、八時に部屋の前で待て。遠野が送っていくるから挨拶できる。」
砺波はそれだけ言って、部屋を出て行った。
都は食事に手をつけた。
味は悪くない。というより、かなり美味しい。
以前のもやしと豆腐の生活と比べれば、天と地の差だ。
でも、都の胸には何の喜びも湧かなかった。
これは、檻の中の餌だ。
都は、飼われているだけだ。
8時になり部屋の前でまつ。
勉は新しい制服を着ている。京が用意したものだ。
「お兄ちゃん、行ってくるね!」
「ああ、気をつけてな」
都は勉の頭を撫でた。
勉を学校に送るのは、遠野悟だった。
京の側近の中で、最も若い男。
「勉。準備できたか?」
遠野は、勉に優しく声をかけた。
「はい!」
勉は元気に答えた。
遠野は勉の手を取った。
「じゃあ、行こうか。車で送ってくな」
「ありがとうございます!」
勉は嬉しそうだった。
遠野は都を見た。
「心配すんな。ちゃんと学校まで送り届ける。帰りも迎えに行くから」
「……頼む」
都は頭を下げた。
遠野は少し驚いた表情を見せた。
「別に、頭下げなくていいよ。これも仕事だから」
そう言って、遠野は勉を連れて階段を降りていった。
都は、二人の後ろ姿を見送った。
遠野は、他の二人と比べて柔らかい雰囲気がある。
勉に対しても、本当に優しく接している。
少しだけ、都の心が軽くなった。
昼過ぎ、都の部屋のドアが乱暴に開いた。
「おい、起きてるか?」
入ってきたのは、中野忠司だった。
ガタイの良い、三十歳の男。京の側近の中で、最も感情的な人物。
「……起きてる」
都はベッドから立ち上がった。
「若頭から言われてんだ。お前、ちょっと運動しろって」
「運動?」
「ああ。ずっと部屋にこもってちゃ、体が鈍る。庭に出て、少し歩け」
中野は都の腕を掴んだ。
「ちょっと、痛い……」
「あ、悪い」
中野は慌てて手を離した。
「つい、力入っちまった。ほら、行くぞ」
都は中野に連れられて、一階に降りた。
そして、裏庭に出た。
広い。
芝生が広がり、木々が植えられている。高い塀で囲まれており、外からは見えないようになっている。
「ここを、三周走れ」
中野が命令した。
「走る……?」
「ああ。若頭の命令だ。お前、体力なさすぎるからな」
「……」
都は仕方なく、走り始めた。
久しぶりの運動。
すぐに息が上がる。
一周目で、既にへとへとだった。
「おい、もう疲れたのか?まだ一周だぞ」
中野が呆れた声で言った。
「無理……もう……」
都は膝に手をついた。
「ったく、ひ弱すぎんだろ」
中野は都の傍に来た。
「ほら、水飲め」
ペットボトルを差し出してくる。
「……ありがとう」
都は水を飲んだ。
冷たい水が、喉を潤す。
「お前、ちゃんと食ってるのか?」
中野が尋ねた。
「食べてる……」
「嘘つけ。残してるって砺波から聞いたぞ」
「……」
都は何も言えなかった。
確かに、食事は半分以上残している。
食欲がない。
「ちゃんと食わねえと、体壊すぞ。弟が心配するだろ」
中野の言葉に、都は顔を上げた。
「可愛い弟だな。遠野の奴にすっかり懐いてやがる」
中野は笑った。
「あいつ、子供好きだからな。弟の世話、ちゃんとしてくれるよ」
「……そう」
都は少しだけ、安心した。
「お前も、ちゃんと生きろよ。弟のためにもな」
中野は都の肩を叩いた。
その手は、意外と優しかった。
夕方、勉が帰ってきた。
都は廊下で待っていた。
「お兄ちゃん!ただいま!」
勉が駆け寄ってきた。
「おかえり。学校、どうだった?」
「楽しかった!新しい友達もできたよ!」
勉は嬉しそうに話した。
その後ろから、遠野が歩いてきた。
「ちゃんと送り届けたぜ」
「ありがとう……」
都は遠野に頭を下げた。
「だから、頭下げんなって」
遠野は苦笑した。
「勉、宿題あるだろ?部屋でやれよ」
「うん!」
勉は自分の部屋に駆け込んでいった。
都と遠野が、二人きりになった。
「あのさ」
遠野が都に話しかけてきた。
「お前、勉のこと、本当に大事にしてんだな」
「……当たり前だろ」
「だよな」
遠野は廊下の窓から外を見た。
「俺も、弟がいたんだ」
「……過去形?」
「ああ。五年前に、病気で死んだ」
遠野の声が、少し沈んだ。
「だから、勉見てると、昔の弟思い出すんだよな」
「……そう」
「勉のこと、ちゃんと見てるから。安心しろよ」
遠野は都の肩を軽く叩いた。
「お前も、あんまり思い詰めんなよ。若頭は厳しいけど、理不尽なことはしねえから」
「……理不尽じゃない?」
都は遠野を見た。
「俺、ここに監禁されてるんだけど」
「……」
遠野は言葉に詰まった。
「悪い。そうだよな」
遠野は頭を掻いた。
「俺たち、極道だから。感覚おかしくなってんのかもな」
「……」
「でも、マジで勉のことは守る。それだけは約束する」
遠野の目は、真剣だった。
都は、少しだけ遠野を信じてもいいかもしれないと思った。
夜、京が都の部屋に来た。
「三人とは、顔を合わせたか?」
「……ああ」
都は答えた。
京はソファに座った。
「砺波は冷静で効率的だ。感情に流されることはない」
「……」
「中野は感情的だが、面倒見がいい。お前の体調管理は任せてある」
「……」
「遠野は人情がある男だ。弟の世話は、あいつに任せておけば安心だろう」
京は都を見た。
「三人とも、俺の信頼できる部下だ。お前や弟に、酷いことはしない」
「……そう」
都は素っ気なく答えた。
京は立ち上がり、都の傍に来た。
「お前、まだ俺を憎んでいるな」
「……当たり前だろ」
都は京を睨んだ。
「お前が、俺の人生を壊したんだ」
「壊した?」
京は都の顎を掴んだ。
「お前の人生は、最初から壊れていた。俺は、ただそれを拾っただけだ」
「ふざけんな……」
「ふざけていない」
京の目が、都を見据えた。
「お前は、いずれ破滅していた。詐欺なんて、いつか捕まるか、殺されるかだ」
「……」
「俺が拾ってやったんだ。感謝しろ」
「感謝……?」
都は笑った。
自嘲的な笑い。
「お前に、拾われたくなんかなかった……」
「でも、現実はこうだ」
京は都の首筋に触れた。
番の痕。
都の体が、ビクリと反応した。
「お前は、俺のものだ。それを忘れるな」
「……っ」
都は何も言い返せなかった。
京は部屋を出て行った。
都は、一人残された。
窓の外には、星が見えた。
でも、都には届かない。
高い塀に囲まれた、この屋敷から。
都は、ただ星を見つめ続けた。
砺波の冷静さ。
中野の粗野さ。
遠野の優しさ。
三人とも、極道だ。
でも、人間でもある。
都は、少しずつこの牢獄の住人たちを知り始めていた。
それが、良いことなのか悪いことなのか。
都には、まだ分からなかった。
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BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」