桃の華〜Ωの僕が極道αに溺愛されて愛される話〜

ミカン

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9話

 監禁生活が二週間を過ぎた。
 都は、この生活のリズムに慣れ始めていた。
 いや、慣れたというより——諦めていた。
 朝七時、砺波が食事を運んでくる。
 遠野が勉を学校に送る。
 昼、中野が都を庭に連れ出し、運動させる。
 夕方、遠野が勉を迎えに行く。
 夜、京が都の部屋に来る。
 毎日、同じ繰り返し。
 変化のない日々。
 都は、少しずつ壊れていくのを感じていた。
 その日の朝も、いつも通り砺波が食事を運んできた。

「おはよう」
「……おはよう」

 都は無気力に答えた。
 砺波はトレイを置き、都を見た。

「顔色が悪いな」
「……そう?」
「ああ。ちゃんと眠れているか?」
「眠れてる……と思う」

 嘘だった。
 毎晩、悪夢にうなされている。
 逃げ出そうとしても、何度も捕まる夢。
 弟が連れ去られる夢。
 京に抱かれる夢。
 目が覚めると、冷や汗でシーツが濡れている。

「嘘をつくな」 

 砺波は冷静に言った。

「お前の目を見れば分かる。睡眠不足だ」
「……」
「若頭に報告しておく。睡眠薬が必要なら、用意する」
「いらない……」
「いらない?」

 砺波は眉をひそめた。

「お前、このままだと本当に体を壊すぞ」
「……別に、いいよ」

 都は自嘲的に笑った。

「どうせ、俺の体なんて……」
「佐野都」

 砺波の声が、珍しく厳しくなった。

「お前には、弟がいる。忘れたのか?」
「……っ」

 都は言葉に詰まった。

「お前が倒れたら、弟が悲しむ。それでもいいのか?」
「……いいわけ、ない」
「ならば、ちゃんと生きろ。食べろ。眠れ」

 砺波は都の肩に手を置いた。

「俺たちは、お前の敵かもしれない。だが、お前が死ぬことを望んではいない」
「……なんで」
「若頭が、お前を大事にしろと言っているからだ」

 砺波は淡々と言った。

「お前は、若頭の番だ。その意味を、理解しているか?」
「……してない」
「ならば、教えてやる」

 砺波は都の前に座った。

「番というのは、アルファにとって唯一無二の存在だ。生涯の伴侶であり、誰にも渡したくない宝物だ」
「……宝物?」

 都は鼻で笑った。

「俺が?」
「ああ。若頭にとって、お前はそういう存在だ」
「だったら、なんで監禁するんだよ……なんで、こんな……」

 都の目から、涙が溢れた。

「なんで、俺の意思を無視するんだよ……」
「……」

 砺波は何も言わなかった。
 ただ、都が泣き終わるのを待っていた。
 しばらくして、都は涙を拭いた。

「……ごめん。」
「気にするな」

 砺波は立ち上がった。

「睡眠薬、用意しておく。必要なら使え」

 そう言って、砺波は部屋を出て行った。
 都は、一人残された。
 昼、中野が都を庭に連れ出した。

「今日も走るぞ」
「……はい」

 都は素直に従った。
 抵抗する気力も、もうない。
 都は庭を走り始めた。
 以前よりは体力がついてきたのか、三周できるようになっていた。

「おう、いいじゃねえか!」

 中野が拍手した。

「前は一周でへばってたのに、成長したな」
「……」

 都は何も言わなかった。
 中野は都の様子がおかしいことに気づいた。

「おい、どうした?元気ねえな」
「……別に」
「嘘つけ。顔に書いてあるぞ」

 中野は都の肩を掴んだ。

「何かあったのか?」
「……何も」
「おい」 

 中野の声が、少し優しくなった。

「俺、頭悪いけどさ。人の気持ちくらいは分かるぜ」
「……」
「辛いんだろ?」

 中野の言葉に、都の目がまた潤んだ。

「……辛くない」
「嘘つくな」

 中野は都を抱きしめた。
 大きな体で、都を包み込む。

「泣いていいぞ。誰も見てねえから」
「……っ」

 都は、中野の胸で泣いた。
 声を殺して、泣いた。
 中野は、都の背中を優しく撫でた。

「辛いよな。知らねえ場所に閉じ込められて、自由もなくて」
「……」
「でも、お前は強いよ。弟のために、ちゃんと生きてる」
「強く……ない……」
 都は震える声で言った。
「俺、弱い……何もできない……」
「そんなことねえよ」

 中野は都の頭を撫でた。

「お前は、ちゃんと頑張ってる。それだけで、十分強いんだ」
「……」

 都は、しばらく中野に抱きしめられていた。
 温かかった。
 久しぶりに感じる、人の温もり。

「……ありがとう」

 都は小さく呟いた。

「おう」

 中野は都を離した。

「さ、部屋に戻るか。夕飯まで休んでろ」
「うん……」

 都は中野に連れられて、部屋に戻った。
 夕方、勉が学校から帰ってきた。
 都は廊下で待っていた。

「お兄ちゃん!」

 勉が駆け寄ってくる。

「おかえり」

 都は勉を抱きしめた。

「今日も楽しかった?」
「うん!体育でサッカーしたんだ!」

 勉は嬉しそうに話した。
 その後ろから、遠野が歩いてきた。

「今日も元気だったぜ、勉」
「悟さん、ありがとうございました!」

 勉は遠野に頭を下げた。
 遠野は勉の頭を撫でた。

「いい子だな。さ、宿題やっちまえよ」
「はーい!」

 勉は自分の部屋に走っていった。
 都と遠野が、二人きりになった。

「お前、今日顔色悪いな」

 遠野が都を見た。 

「……大丈夫」
「大丈夫じゃねえだろ。目、真っ赤だぞ」
「……」
「泣いてたのか?」

 遠野の声が、優しくなった。

「……少し」
「そっか」

 遠野は壁にもたれかかった。

「辛いよな。ここにいるの」
「……」
「俺たち、お前を閉じ込めてる側だから、偉そうなこと言えねえけどさ」

 遠野は天井を見上げた。

「もし、何か話したいことがあったら、俺に言ってくれよ。聞くだけなら、できるから」
「……なんで、そんなこと…?」 

 都は遠野を見た。

「お前たち、極道なんだろ?俺を監禁してる側なのに」
「ああ、そうだな」

 遠野は苦笑した。

「でも、俺は人間だからさ。お前が苦しんでるの見たら、やっぱ胸が痛むんだよ」
「……」
「それに、勉がお前のこと心配してる。『お兄ちゃん、最近元気ないね』って」 

 遠野の言葉に、都は胸を突かれた。

「勉……気づいてるのか……」
「ああ。あの子、賢いからな」

 遠野は都の肩を叩いた。

「だから、勉の前では笑ってやれよ。それだけで、あの子は安心するから」
「……うん」

 都は小さく頷いた。
 遠野は去っていった。
 都は、一人廊下に残された。
 勉の前では、笑わなければならない。
 強くならなければならない。
 でも——
 都の心は、少しずつ砕けていた。
 夜、京が都の部屋に来た。 

「今日、中野から報告を受けた」

 京は都を見た。

「お前、泣いていたそうだな」
「……」

 都は何も答えなかった。
 京は都の傍に座った。

「辛いか?」
「……当たり前だろ」

 都は京を睨んだ。

「監禁されて、自由もなくて、辛くないわけないだろ」
「そうか」

 京は都の髪を撫でた。

「でも、慣れろ」
「……は?」
「これが、お前の生活だ。慣れるしかない」

 京の言葉は、容赦なかった。

「嫌だ……こんな生活……」
「嫌でも、変わらない」

 京は都の顎を掴んだ。
 都の顔を、自分の方に向けさせる。

「お前は、俺のものだ。それを受け入れろ」
「受け入れられるわけ……」
「受け入れろ」

 京の声が、低くなった。
 それは、命令だった。
 都の体が、反応する。
 番としての本能が、アルファの命令に従おうとする。

「……っ」

 都は抵抗しようとした。
 でも、体が言うことを聞かない。

「いい子だ」

 京は都を抱き寄せた。
 都の体が、京の腕の中に収まる。

「お前は、俺に従っていればいい。それだけだ」
「……やだ」 

 都は小さく呟いた。

「やだよ……こんなの……」
「でも、お前の体は正直だ」

 京の手が、都の首筋に触れた。
 番の痕。
 その瞬間、都の体に電流が走った。

「ぁ……っ」
「ほら、見ろ。お前の体は、俺を求めている」
「違う……これは、本能で……」
「本能も、お前の一部だ」

 京の声が、都の耳元で囁く。

「受け入れろ、佐野都。お前は、もう逃げられない」
「……」

 都は目を閉じた。
 涙が、頬を伝う。
 京は都を、ベッドに押し倒した。
 都は、抵抗する気力もなかった。
 ただ、されるがままだった。
 窓の外では、月が昇っている。
 静かな夜。
 でも、都の心は——
 悲鳴を上げていた。
 助けて。
 誰か。
 でも、誰も来ない。
 都は、一人だった。
 この檻の中で。
 この男の腕の中で…
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