桃の華〜Ωの僕が極道αに溺愛されて愛される話〜

ミカン

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11話

それは、三週間前のことだった。
 京は、組の事務所で書類に目を通していた。
 取引先との契約書、資金の流れ、敵対組織の動向。
 極道の若頭として、やるべきことは山ほどあった。

「若頭」

 砺波が部屋に入ってきた。

「例の件、調査が終わりました」
「佐野誠の件か」
「はい」

 砺波は書類を京に渡した。

「佐野誠は四年前に死亡。妻も同時に死亡。残された子供は二人。長男、佐野都、
二十二歳。次男、佐野勉、十歳」

 京は書類に目を通した。
 そこには、都の写真が貼られていた。
 金髪、青い瞳、整った顔立ち。

「……」

 京の手が、一瞬止まった。

「若頭?」
「いや、何でもない」

 京は書類を読み続けた。

「長男の佐野都は、高校中退後、定職に就かず。現在はフリーター。しかし——」

 砺波は次のページを指差した。

「歌舞伎町で、詐欺行為を繰り返している模様です」
「詐欺?」
「はい。中年男性に近づき、ホテルに行く直前に金を奪って逃げる手口です」

 京は眉をひそめた。

「それで生計を立てているのか」
「おそらく。弟を養うため、必死なのでしょう」

 砺波は冷静に分析した。

「三千万の借金、回収できますか?」
「無理だろうな」

 京は書類を閉じた。

「だが、会ってみる価値はある」
「では、連れてきますか?」
「ああ。今夜にでも」

 京は立ち上がった。

「俺も同行する」
「若頭自ら?」

 砺波は少し驚いた表情を見せた。

「ああ」

 京は窓の外を見た。

「このΩ、少し気になる」

 その夜、京たちは歌舞伎町で都を捕らえた。
 暴れる都。
 泣き叫ぶ都。
 車の中で、京は都の匂いを嗅いだ。
 甘い、Ωの匂い。
 だが、それだけではない。
 何か、違う。
 この匂いは——
 京の本能が、騒いだ。
 事務所に連れてきた都は、怯えながらも京に歯向かった。

「借金を返せないならば、風俗に売りに出す」

 京がそう言った時、都の目に浮かんだのは——
 絶望ではなく、怒りだった。

「ふざけんな!」

 都は叫んだ。

「勉には手を出すな!」

 自分のためではなく、弟を守ろうとする、必死な姿。
 京は、その姿に心を動かされた。
 一週間の猶予を与えた後、京は部下に都を監視させた。
 都が必死に金を稼ごうとする姿。
 弟と逃げようとする姿。
 全てを、京は報告で受けていた。

「この子、面白いな」

 京は呟いた。

 そして、都が逃亡を試みた夜。
 京は都を再び捕らえた。
 そして——
 都にヒートが来た。
 その瞬間、京の中で何かが弾けた。
 この匂い。
 この姿。
 この——
 運命の番。
 京は確信した。
 この子は、自分の番だ。
 生涯、手放してはいけない存在だ。
 だから、京は都を抱いた。
 番の印を刻んだ。
 都を、完全に自分のものにした。
 その後、都を屋敷に監禁した。
 風俗に売る計画は、中止した。
 都は、誰にも渡さない。
 自分だけのものだ。
 でも——
 京は気づいていた。
 都が、日に日に壊れていくことに。

 都の精神状態の悪化を示していた。

「若頭、このままでは都が……」

 砺波が心配そうに言った。

「分かっている」

 京は答えた。

「だが、どうすればいい?」
「……」

 砺波は答えられなかった。
 京は、初めて迷っていた。
 都を手放すことはできない。
 でも、都を壊すことも望んでいない。
 どうすればいい。
 どうすれば、都を守れる。
 答えは、見つからなかった。




——————

 都は、京の腕の中で静かに眠っていた。
 泣き疲れて、眠ってしまったようだ。
 京は都の髪を撫でた。

「……すまん」 

 京は再び呟いた。

「俺は、お前を幸せにする方法を知らない」

 都の寝顔を見つめる。
 涙の跡が、まだ残っている。

「でも、手放すこともできない」

 京は都を抱きしめた。

「お前は、俺の番だ。運命の相手だ」

 窓の外では、雲が月を隠した。
 部屋が、暗くなる。

「だから——」

 京の声が、暗闇の中に溶けていく。

「どうすればいいか、教えてくれ」

 誰に問いかけているのか。
 都にか。
 それとも、自分自身にか。
 答えは、返ってこなかった。
 京は、都を抱いたまま、じっとしていた。
 時間だけが、静かに流れていった。
 翌朝、都が目を覚ました時、京はもういなかった。
 ただ、枕元に紙が置かれていた。
 都はそれを手に取った。
 そこには、京の字で一言だけ書かれていた。

「待っていてくれ」

 都は、その紙をじっと見つめた。
 意味が、分からない。
 何を待てばいいのか。
 でも——
 昨夜の京の声を思い出した。
 いつもと違う、柔らかい声。

「すまん」と言った、あの声。
「……」
 都は紙を握りしめた。
 胸の中に、小さな何かが芽生えた。
 それが何なのか、都にはまだ分からなかった。
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