桃の華〜Ωの僕が極道αに溺愛されて愛される話〜

ミカン

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16話

ある日の午後、都は庭でベンチに座っていた。
 手には、図書室から借りてきた本。
 穏やかな風が吹いていて、読書には最適な天気だった。

「佐野」

 声がして、都は顔を上げた。
 中野が、何か大きな箱を抱えて歩いてきた。

「なに、それ?」 
「若頭からの指示でな。お前に渡せって」

 中野は箱を都の前に置いた。

「開けてみろよ」
「……」

 都は箱を開けた。
 中には、たくさんの画材が入っていた。
 スケッチブック、色鉛筆、水彩絵の具、筆。

「これ……」
「若頭が言ってたぜ。『お前、昔絵を描くのが好きだっただろ』って」

 中野が笑った。 

「調べたのか……?」 

 都は驚いた。
 確かに、都は小学生の頃、絵を描くのが好きだった。
 でも、両親が亡くなってから、そんな余裕はなくなっていた。

「若頭、お前のこと、めちゃくちゃ調べてんだよ」

 中野は都の肩を叩いた。

「好きなもの、嫌いなもの、全部な」
「……」

 都は画材を見つめた。
 胸が、温かくなった。

「ありがとう、って伝えて」
「自分で言えよ」  

 中野が笑った。

「若頭、喜ぶぜ」

 その夜、都は京の部屋を訪ねた。
 ノックをすると、京の声がした。
「入れ」
 都はドアを開けた。
 京はデスクで書類に目を通していた。 

「……あの」
「ん?」

 京は顔を上げた。
 都を見て、少し驚いた表情を見せた。

「どうした?珍しいな、お前から来るなんて」
「……画材、ありがとう」

 都は小さく言った。

「気に入ったか?」
「うん……すごく、嬉しい」

 都は京を見た。

「なんで、俺が絵が好きだって知ってたの?」
「調べた」

 京は正直に答えた。

「お前の小学校の記録を見た。図工の成績が良くて、何度も賞を取っていたな」
「……そんなことまで」
「ああ」

 京は立ち上がり、都に近づいた。

「お前のこと、もっと知りたかったんだ」
「……」
「好きなもの、嫌いなもの、全部」

 京は都の頭を撫でた。

「お前を、幸せにしたいから」
「……」

 都は顔が熱くなるのを感じた。

「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」

 京は微笑んだ。
 その笑顔は、以前とは違って——
 本当に、優しかった。
 翌日、都は庭で絵を描き始めた。
 スケッチブックを広げ、色鉛筆を手に取る。
 何を描こうか。
 都は周りを見回した。
 そして、庭の花を描くことにした。
 久しぶりの絵。
 最初は手が震えた。
 でも、少しずつ、感覚が戻ってきた。
 色を重ねる。
 形を整える。
 時間を忘れて、都は絵に没頭した。 

「上手いな」

 声がして、都は顔を上げた。
 京が立っていた。

「いつから、いたの……?」
「さっきから。お前が集中してたから、声をかけなかった」

 京は都の隣に座った。
 スケッチブックを覗き込む。 

「綺麗な花だ」
「……まだ途中だけど」
「いや、もう十分綺麗だ」

 京は都を見た。

「お前、本当に才能があるな」
「そんなこと……」
「本当だ」

 京は真剣な表情だった。

「もし、お前が望むなら、美術学校に通わせてもいい」
「……え?」
「お前の人生だ。お前が、やりたいことをやればいい」

 京の言葉に、都は驚いた。

「本当に……?」
「ああ」

 京は頷いた。

「お前の幸せが、俺の幸せだから」
「……」

 都は、京を見つめた。
 この男は、本当に変わった。
 都のことを、本当に考えてくれている。  

「……考えてみる」

 都は小さく言った。

「美術学校のこと」
「ああ、ゆっくり考えてくれ」

 京は都の肩に手を置いた。

「焦らなくていい」

 その日の夕食は、珍しく全員が揃った。
 京、都、勉、そして砺波、中野、遠野。

「いただきます!」

 勉が元気に言った。
 都も、一緒に手を合わせた。

「いただきます」

 食卓は、賑やかだった。

「勉、今日学校どうだった?」

 遠野が尋ねた。

「楽しかった!図工で粘土やったんだ!」
「へえ、何作ったの?」
「恐竜!」

 勉は嬉しそうに話した。

「すごいじゃん」

 都は勉の頭を撫でた。

「お兄ちゃんも、今日絵を描いてたんだよね?」
「うん、そうだよ」
「見せて!」
「後でね」

 都は微笑んだ。
 中野が、都を見て笑った。

「お前、最近よく笑うようになったな」
「……え?」
「前は、全然笑わなかったのに」

 中野の言葉に、都は少し考えた。
 確かに、最近は笑うことが増えた。
 勉と話している時。
 絵を描いている時。
 京と一緒にいる時。

「……そうかも」

 都は小さく笑った。

「いいことだ」

 砺波が静かに言った。

「お前は、本来明るい性格だったはずだ。それが、環境によって押し殺されていただけ」
「……」
「でも、今は違う」

 砺波は微笑んだ。
 珍しく、感情を見せた。

「お前は、本来のお前に戻りつつある」

 都は、何も言えなかった。
 ただ、胸が温かくなった。
 食後、都と京は二人でリビングにいた。
 勉は自分の部屋で宿題をしている。
 部下たちは、それぞれの仕事に戻った。

「なあ、京」

 都は、初めて京の名前を呼んだ。
 京は驚いて、都を見た。

「……今、俺の名前を」
「うん……嫌かな?」
「いや」

 京は微笑んだ。
 本当に、嬉しそうに。

「嬉しい」
「……そう」

 都は少し照れくさそうに、視線を逸らした。

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「京って、なんでヤクザになったの?」

 都の質問に、京は少し考えた。

「……長い話になるが、いいか?」
「うん」

 都は頷いた。
 京は、ソファに深く座った。

「俺の父親も、極道だった」
「……」
「劉音場組の組長だ。今も、な」
「じゃあ、跡継ぎってこと?」
「ああ」

 京は天井を見上げた。

「子供の頃から、この道しかなかった」
「選択肢は、なかったの?」
「なかった」

 京は都を見た。

「でも、後悔はしていない」 
「……そうなんだ」
「ああ。この道があったから、お前に会えた」

 京の言葉に、都は顔を赤くした。

「……何、言ってるの」
「本当のことだ」

 京は都の手を取った。

「お前に会えて、俺は変わった」
「変わった……?」
「ああ」

 京は都の手を握った。

「以前の俺は、感情を持たない機械のような人間だった」
「……」
「仕事をして、金を稼いで、組織を大きくする。それだけが、俺の全てだった」

 京の声が、少し寂しそうになった。

「でも、お前に会って、初めて知った」
「何を?」
「人を愛するということを」

 京は都を見つめた。

「守りたいと思う気持ちを」
「幸せにしたいと願う気持ちを」
「……」

 都は、何も言えなかった。
 胸が、苦しいほど温かかった。

「だから、ありがとう」

 京は都の手に、自分の額を押し付けた。

「俺を、人間にしてくれて」
「……京」

 都は、京の頭に手を置いた。
 優しく、撫でる。

「俺も、ありがとう」
「……何が?」
「俺を、ここに置いてくれて」

 都は小さく笑った。

「勉を、幸せにしてくれて」
「……」
「それと」 

 都は京の顔を上げさせた。
 目を見つめる。

「俺に、笑顔を取り戻してくれて」

 京の目が、大きく見開かれた。
 そして——
 京は、都を抱きしめた。
 強く。

「都……」 

 京の声が、震えていた。

「愛している」
「……うん」

 都は京の背中に手を回した。

「まだ、愛してるとは言えないけど」
「……」
「でも、嫌いじゃない」

 都は京の胸に顔を埋めた。

「むしろ……好きかもしれない」

 京の体が、ビクリと震えた。

「本当か……?」
「うん……」

 都は小さく頷いた。

「まだ、怖い時もある。でも……」
「……」
「京といると、安心する」

 都の声は、優しかった。

「だから、もう少し、ここにいる」
「……ありがとう」

 京は都を抱きしめたまま、何度も呟いた。

「ありがとう……ありがとう……」

 都は、京の温もりを感じていた。
 温かかった。
 安心した。
 もう、怖くなかった。
 窓の外では、星が輝いていた。
 綺麗な星空。
 都と京は、しばらくそのままでいた。

 
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