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新たな出会い
しおりを挟む翔にいちゃんが光の中に消えてから、どのくらいの時間が経っただろう。
森の空気はすっかり冷え込み、夕闇が木々の隙間を濃い紫に染めている。僕は切り株に座り込んだまま、止まらない涙を袖で拭い続けていた。
「うっ……うぅ、ぐすっ……」
情けない。精神年齢は大人のはずなのに、この小さな体は感情の波を抑えきれない。
師匠を失い、最愛の兄を再び失った。この広い世界に、たった一人で放り出されたような心細さが、どろりとした孤独となって胸に居座っている。
これからは一人で歩かなければならない。最強の悪役になって、誰にも頼らず、誰にも媚びず、孤独な高みを目指す……それが僕の決めた道のはずなのに。
その時だった。
「……あの、大丈夫? そんなところで泣いていたら、風邪を引いちゃうよ」
頭上から降ってきたのは、鈴の音のように澄んだ、柔らかな少年の声だった。
僕は心臓が止まるかと思うほど驚き、跳ねるように顔を上げた。
「へっ……!?」
そこに立っていたのは、一人の男の子だった。
西日に照らされて黄金に輝く、さらさらとした金髪。吸い込まれそうなほど澄み渡った、初夏の空のような水色の瞳。
仕立ての良い服を優雅に着こなし、その場に立っているだけで周囲の空気が清められるような、圧倒的な主人公感
(……王子様、だ)
前世で読んだ少女漫画やファンタジー小説に出てくる、非の打ち所がない王子様そのものだった。
けれど、その眩しさに目を細めた直後、僕は自分の置かれた状況を思い出して戦慄した。
「……っ!!」
僕は慌てて、自分の頭を両手で隠した。
僕の髪は、この国で不吉とされ、呪われた象徴とされる漆黒だ。
こんなキラキラした、光の化身のような存在に、僕の醜い姿を見られてはいけない。
「わっ、いきなりどうしたの?」
「……見ないで。あっちに行って」
掠れた声で拒絶する。けれど、男の子は怯えるどころか、不思議そうに首を傾げて僕の傍に歩み寄ってきた。
---
「……泣いてたの?」
「…………泣いてない。目に、ゴミが入っただけだ」
真っ赤に腫れた目で言い張る僕を、彼は困ったような、それでいて楽しそうな笑みを浮かべて見つめている。
大人げないとは思うけれど、初対面の、しかもこんなに綺麗な子に泣き顔を見られたのが、死ぬほど恥ずかしくて悔しかった。
「……そっか。君が泣いてないって言うなら、そういうことにしておくよ。僕はアル。君の名前は?」
「……ヴァレリウス」
「ヴァレリウスか。……響きが良くて、すごくいい名前だね」
アルと名乗った少年は、屈託のない笑顔を向けた。
僕は戸惑った。この髪を見て、不気味だと言わない人間がいるなんて。公爵家の使用人たちでさえ、僕と目を合わせる時はどこか怯えを隠さないというのに。
「……どうして、ここにいるの。ここは公爵家の領地内の、深い森のはずだけど」
「ああ、今日は近くの街に用事があってね。少し窮屈な場所から抜け出したくて、散歩がてら歩いていたら、君の泣き声……あ、いや、君を見つけたんだ」
アルは悪戯っぽく笑った。どうやら確信犯的にここへ入り込んだらしい。
すると、彼は背中に隠していた右手を、すっと僕の前に差し出した。
「はい、どうぞ。君にプレゼント」
彼の手の中にあったのは、一輪の花だった。
それは、彼の瞳と同じ、透き通るような水色の小さな花。この森の奥深くにしか咲かないと言われている、希少な高山植物だ。
「……綺麗だったから。泣きそうな顔をしている君けど、これが似合うと思って」
「っ……ありがとう」
花を受け取ると、微かに甘い香りが鼻をくすぐった。
張り詰めていた心の糸が、その花の優しさに触れて、少しだけ緩んでいく。
けれど、僕は自分を律した。僕は悪役になるんだ。こんな風に光側の存在と仲良くして、心を許してはいけない。
「……僕、もう帰らないと。遅くなると屋敷の人がうるさいから」
「そうだね。……ねえ、ヴァレリウス。またここで会いたいな。君と、もっとお話ししたいんだ」
「……」
断るべきだ。
この森は、ルーダさんとの思い出が詰まった場所だ。ここに来れば、また翔にいちゃんのことを思い出して泣いてしまうかもしれない。悪役に涙は厳禁だ。強く、冷酷な孤独こそが、僕の目指すべき姿なんだから。
けれど、アルは僕の返答を待つ間、じっと僕の目を見つめてきた。
キラキラとした水色の瞳が、期待に満ちて僕を射抜く。
(……うっ! このイケメンパワー、断りづらい……!)
「……いいよ。気が向いたら、ね」
結局、僕はその視線に負けて、小さな声で頷いてしまった。
まあ、どうせこの広い森だ。具体的な約束もしていないし、そう簡単に会うこともないだろう。
明日からは、もっと屋敷に近い場所で修行すればいい。この場所に来るのは、今日を最後にしよう。
「じゃあね、アル」
「うん。約束だよ、ヴァレリウス」
僕は彼の姿が見えなくなるまで、精一杯の「冷たい悪役」のフリをして見送った。
そして、彼が完全に去ったことを確認してから、地面に落ちていた上着を拾い、空間転移の魔法を発動させた。
闇魔法を使っているところを、彼のような光の住人に見られるわけにはいかないから。
「……帰ろ」
自室に戻り、鏡を見ると、そこには目がパンパンに腫れた、情けない子供の顔があった。
ヒリヒリする目を冷やしながら、僕はアルからもらった水色の花を、こっそり花瓶に生けた。
その夜、僕は色んなことがありすぎて、泥のように深い眠りに落ちた。
---
アルside
疲れた。本当に、心底疲れた。
王宮での生活は、常に誰かの思惑が渦巻き、笑顔の裏に刃を隠した大人たちの相手ばかりだ。
十歳にも満たない私に期待される「完璧な第一王子」という役割。時折、すべてを投げ出して逃げ出したくなる。
今日は地方視察の合間を縫って、護衛を撒き、独りでこの森へ逃げ込んできた。
静寂だけが私の味方だ。そう思っていた時、森の奥から震えるような泣き声が聞こえてきた。
「うっ……うぅ……」
迷子だろうか。それとも、魔物にでも襲われたのか。
好奇心と、わずかな正義感から声をかけてみた。そして、その子が顔を上げた瞬間——私は、息をすることさえ忘れてしまった。
(……天使、なのか……?)
そこにいたのは、今まで見てきたどんな高貴な令嬢よりも、どんな美しい宝石よりも、圧倒的に完成された美しさを持つ少年だった。
夜の帳をそのまま溶かしたような、艶やかな漆黒の髪。
濡れた睫毛の奥で揺れる、深みのあるアメジストのような紫の瞳。
白磁のように滑らかな肌に、泣きはらして赤くなった唇が、酷く扇情的で、それでいて壊れそうなほど儚い。
この国では黒髪は呪いの象徴だ。そのせいか、彼は必死に髪を隠そうとしていたけれど、私にはそれが滑稽なほど無意味に思えた。
その髪があるからこそ、彼の美しさは、闇の中に浮かぶ月のように際立っているというのに。
名前はヴァレリウス。
公爵家の令息だろうか。あのアスタロト家の無能と噂される嫡男か。
噂など、いかに当てにならないものか。私の目の前にいる彼は、無能どころか、その瞳に強い意志と、深い悲しみを宿した、類まれな魂の持ち主だ。
私が花を渡した時、彼は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、花が開くような純粋な笑顔を見せた。
(……可愛い。……いや、なんて愛らしいんだ)
胸の奥が、今までに感じたことのない熱い鼓動を刻んでいた。
「また会いたい」という言葉は、社交辞令なんかじゃない。私の本心だ。
彼が恥ずかしそうに、けれど拒絶しきれずに頷いた時、私は心の底から歓喜した。
「……ヴァレリウス。」
彼がどうやって消えたのか、その後の足跡は追えなかったけれど、構わない。
公爵家のヴァレリウス。
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