完璧な悪役になってみせる

ミカン

文字の大きさ
7 / 22

強化

しおりを挟む

翔にいちゃん――師匠であったルーダさんが光の中に消えてから、僕の心にはぽっかりと穴が開いたような感覚が残っていた。
けれど、立ち止まっている暇はない。僕はこの世界の悪役であり、破滅の未来を回避するためには、誰よりも、何よりも強くならなければならないのだ。

「師匠がいなくなったからって、強くなれないなんてことはない。ここはファンタジー小説の世界なんだから」

僕は自室の鏡の前で、自分の瞳を見つめた。アメジストのように深い紫色の瞳。
この世界の人々は、魔力や才能は生まれ持った器で決まり、後から増やすことはできないと信じている。けれど、僕は知っている。原作小説の中で、主人公たちがダンジョンに潜り、魔物を倒すたびにその魂を研磨し、魔力量を底上げしていった描写を。

「レベルアップ……その概念がある限り、僕は限界を超えられる」

早速、僕は行動を開始することにした。目指すは、公爵領の端にひっそりと口を開けている、古の魔窟だ。

「おぼっちゃま。今日はなんだか、とても嬉しそうですね」

準備を整えていると、乳母が部屋に入ってきた。

「……うん。少し、やりたいことがあって」

実を言うと、乳母とはまだ完全に打ち解けたわけではない。公爵家の人間としての壁、そして不吉な黒髪を持つ僕への、彼女の無意識な忌避感を感じてしまうからだ。それでも、礼儀正しく、かつ適度な距離感を保つのが、僕なりの洗練された悪役としての振る舞いだ。

「ねぇ。フードのついた、厚手のコートを用意してほしいんだ。色は、なるべく目立たない濃紺か黒がいい」

「左様でございますか? 承知いたしました。すぐに手配いたします」

乳母が部屋を出ていくのを見送りながら、僕は密かにほくそ笑んだ。
悪役といえば、正体を隠して暗躍するのがセオリーだ。顔を深く隠すフード、翻る裾。そのシルエットこそが、強者の証。
いくら僕が公爵家の嫡男とはいえ、4歳の子供が一人でダンジョンを徘徊しているのがバレたら、今度こそ幽閉されてしまうだろう。

数刻後、手に入れた特注のコートを羽織り、僕は身代わりの準備を始めた。
ルーダさんから教わった闇魔法の応用。影を練り上げ、自分とそっくりの質感を持たせた「影人形」を生成する。

「……よし。完璧だ」

ベッドの上で本を開く僕の影人形。もともと無口な僕だ、これなら数時間は誤魔化せるだろう。
僕は窓から音もなく飛び出し、影に紛れて屋敷を脱出した。

---

辿り着いたのは、鬱蒼とした森の奥にある「嘆きの地下通路」と呼ばれるダンジョンだ。
入り口からは、冷ややかで湿った魔力の風が吹き抜けてくる。

「行くか……」

僕はフードを深く被り、闇の中に足を踏み入れた。
少し歩くと、前方の影が揺れ、プニプニとした半透明の塊――スライムが現れた。
ファンタジーの定番、スライム。けれど、この世界の魔物はどれも凶暴だ。

「まずは基礎から……『影弾』!」

指先に集めた魔力を、一気に撃ち出す。
黒い弾丸がスライムの中核を貫き、魔物は一瞬で霧散した。その瞬間、温かい何かが僕の体内に流れ込んでくるのを感じた。

「これだ……。間違いない。魔石を取り込むのと同じ、いや、それ以上に純度の高い魔力が僕の『器』に溶け込んでいく」

モンスターを倒すと魔力が上がる。この知識は、原作でヴァレリウスが使役していた魔物を主人公が倒して強くなったエピソードから得たものだ。
この世界の人間が気づいていない「成長の法則」を、僕だけが独占している。

(ふふっ、これぞ悪役の特権……!)

僕はさらに奥へと進んだ。
次に現れたのは、巨大なトカゲのような魔物。岩のように硬い鱗を持ち、毒を吐く難敵だ。
「名前は知らないけど、かっこいい見た目だね。でも、僕の経験値になってもらうよ」

僕は時空間魔法の初歩を織り混ぜ、相手の動きを遅延させた。スローモーションになったトカゲの眉間に、全力の闇魔法を叩き込む。
爆発音と共に、魔物が沈む。
心地よい疲労感と、それ以上に溢れ出す魔力の奔流。
一歩進むごとに、僕の体内の回路が太くなっていくのが分かった。

---

ダンジョンの最深部。そこは、巨大な水晶の柱が乱立する、幻想的なドーム状の空間だった。
これ以上魔物の気配はしない。
「ここがゴールかな……?」


【おい。そこの小童】

脳内に直接響く、地を這うような重低音。
僕は全身の毛が逆立つのを感じ、瞬時に防御魔法を展開した。

「……誰だ。どこにいる」

【目の前だ。お主の目は節穴か?】

見ると、そこには不自然なほど巨大な岩の塊があった。いや、それは岩ではない。何千年もかけて石化したかのような、巨大な「何か」の甲殻だった。

【わたしは龍だ。かつてこの世界の均衡を崩しかけ、古の聖女によってこの地に封印された】

「ド……ドラゴン……!!」

本物のドラゴン! ファンタジーの醍醐味、最強の象徴!
僕は恐怖よりも先に、純粋な興奮で瞳を輝かせた。

【……ほう。普通なら腰を抜かして逃げ出すところだが、お主、面白い気配をしているな。闇を纏いながらも、その魂はどこか異質だ】

「ドラゴンさん……どうして、封印なんてされてしまったんですか?」

【昔は少々、血気盛んでな。空を飛び回り、山を一つ二つ焼き払っただけで大騒ぎされたのだ。だが、この暗い穴蔵で数百年も独りで過ごしていると、流石に反省もする。……暇すぎて、岩の数を数えるのにも飽き果てたわ】

その意外なほど親しみやすい語り口に、僕は少しだけ肩の力を抜いた。
「……それは、大変でしたね」

【ああ、退屈で死にそうだった。お主のような話し相手に出会えたのは、数百年ぶりの幸運だ。……どうだ、小童。お主、なかなか見込みがある。わしと『契約』を結ばないか?】

「契約?」

【そうだ。わしとお主の間で、真の名とは別の『魂の名』を交換するのだ。契約が成立すれば、お主の魔力を媒体に、わしの封印は解かれる。わしはお主の影に潜み、退屈しのぎにお主の旅に付き合ってやろう】

ドラゴンを相棒にする悪役。
これ以上ないほど、完璧な舞台装置じゃないか!

「契約する! ぜひ、僕の力になってください」

【くかっ、即答か! よい。気に入ったぞ。これ以上ここにいたら、退屈のあまり封印ごとこの大陸を粉砕するところだったからな】

さらりと恐ろしいことを言うドラゴンに苦笑いしつつ、僕たちは契約の儀式を始めた。

---

【お主の新たな名は、わしが授けよう。……『ヴェル』。それがわしとお主の繋がりの名だ】

「ヴェル……。かっこいい、気に入ったよ!」

どこか高貴で、けれど響きに鋭さがある。まさに悪役令息にふさわしいニックネームだ。

「じゃあ、僕からは……君の名前は、『ルター』。これでどうかな?」

僕の魔法の師匠であり、翔にいちゃんの面影を宿した「ルーダ」さんの名から一文字取った。これからもずっと、大切な人の教えと共に歩んでいけるように。

【ルター、か。悪くない響きだ。……よし、契約完了だ。これよりわが封印を解き、お主に付き従おう!】

轟音と共に、巨大な石の塊が砕け散った。
煙の中から現れたのは、息を呑むほど美しい、紫色の鱗を持つ龍だった。
その色は、ちょうど僕の瞳と同じ、深いアメジストの輝き。
しなやかで力強い四肢、宝石のような眼球。圧倒的な存在感に、僕はただ圧倒された。

「綺麗だ……」

【そうだろう。わしの鱗は、月明かりよりも美しいと謳われたものだ】

ルターは誇らしげに翼を広げたが、次の瞬間、彼はフンと鼻を鳴らした。
【だが、この姿ではお主の屋敷には入れんな。……これくらいでどうだ?】

紫色の光が収まると、そこには僕の膝下ほどまでサイズダウンした、小さなドラゴンが座っていた。これなら、大きなトカゲだと言い張れば、なんとか隠せそうだ。

「ルター、よろしくね。……あ、そうだ。このダンジョンの奥に、もっと強いボスがいると思ってたんだけど……」

【くかっ、お主は欲張りだな。このダンジョンのボスは、このわしだ。わしを倒すか、契約するかしない限り、ここから先へは行けんよ】

「そっか……。じゃあ、もうこのダンジョンはクリアだね」

【ああ。ヴェルと一緒なら、しばらくは退屈せずに済みそうだ】

僕は小さなルターを抱き上げた。見た目よりもずっしりと重く、体温は驚くほど温かい。
最強の魔法、最強の相棒。
原作のヴァレリウスが持ち得なかった「力」が、今、僕の手の中に揃いつつあった。

---

その頃、僕がのんびりとルターを抱えてダンジョンを後にしていた頃。
王都の魔導省では、異常事態が発生していた。

「報告します! 北の果て、古の封印区画にて、伝説の『紫電龍』の魔力反応が消失しました!」

「なんだと!? 封印が破られたというのか! それとも、消滅したというのか!?」

「判明しておりません! しかし、周辺の魔力濃度が一気に低下……何者かが龍の力を奪ったか、あるいは解き放った可能性があります!」

王都中の賢者や騎士たちが、この未曾有の事態に騒然となっていた。
伝説のドラゴンの復活。それが、一人の4歳の少年による「暇つぶしの契約」の結果だとは、誰も夢にも思っていなかった。

「……ヴェル、何か言ったか?」

歩きながらルターが僕に問いかける。

「ううん。ただ、これから忙しくなりそうだなって思っただけ」

僕はフードの下で、不敵な笑みを浮かべた。
悪役の道は、これからさらに加速していく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな
BL
婚約者のアーノルドからある日突然断罪され、処刑されたルイ。目覚めるとなぜか処刑される一年前に時間が巻き戻っていた。 なんとか処刑を回避しようと奔走するルイだが、すでにその頃にはアーノルドが思いを寄せていたミカエルへと嫌がらせをしており、もはやアーノルドとの関係修復は不可能。断頭台は目の前。処刑へと秒読み。 全てがどうでも良くなったルイはそれまで被っていた猫を脱ぎ捨てて、せめてありのままの自分で生きていこうとする。 果たして、悪役令息であったルイは処刑までにありのままの自分を受け入れてくれる友人を作ることができるのか――!? 冷たく見えるが素は天然ポワポワな受けとそんな受けに振り回されがちな溺愛攻めのお話。   ※キスくらいしかしませんが、一応性描写がある話は※をつけます。※話の都合上、主人公が一度死にます。※前半はほとんど溺愛要素は無いと思います。※ちょっとした悪役が出てきますが、ざまぁの予定はありません。※この世界は男同士での婚約が当たり前な世界になっております。 初投稿です。至らない点も多々あるとは思いますが、空よりも広く、海よりも深い心で読んでいただけると幸いです。 また、この作品は亀更新になると思われます。あらかじめご了承ください。

終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。 悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

暗殺少年執事と最強の乙女ゲームで王室ハーレム

西谷西野
BL
陰に生きる暗殺者一族の悪役令嬢ヒロインの弟に転生したルイス。 暗殺業から逃げるために引きこもって16歳、とある男の護衛を依頼された。 食べるものがなく、生きるか死ぬかの境目で護衛ならと依頼を引き受ける事になった。 それが罠だとも知らずに… 五人の神聖の子である王族の世話をする執事として潜入して、先輩執事達とも仲良くなる。 知らないこの気持ちは、恋…? ゲームにはなかった、もう一つのハッピーエンド。 ずっと幸せが続けばいいなと思っていた。 この世界の厄災の強制力は抗う事が出来ないものだとは知らずに… 王子・騎士・執事×暗殺一族の厄災の子 満月の夜、神聖と厄災はその真の力を顔を出す。

破滅回避のため、悪役ではなく騎士になりました

佐倉海斗
BL
 三年前の卒業式の日を夢に見た。その夢は前世の記憶に関わるものだった。  本来ならば、婚約破棄を言い渡される場面のはずが、三年間の破滅を回避するために紳士的に接していた成果がでたのか、婚約破棄にはならず、卒業式のパートナーとして無事に選ばれ、BLゲームの悪役令息から卒業をしたのだ。 「……なにをしているのですか?」  夜中に目が覚めた。  腕に違和感があったからだ。両腕は紐でベッドの柵に縛られており、自由に動かすことができなくなっている。その上、青年、レイド・アクロイドの上を跨るように座り、レイドの服に手をかけていたのは夫のアレクシス・アクロイドだった。  本日、無事に結婚をしたのだ。結婚式に疲れ眠っていたところを襲われた。  執着攻め×敬語受けです。

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 復讐不向きな主人公×ツンツンクーデレな兄ちゃん 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が彼氏の遊び相手に殺され、転生後、今度こそ性格が終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

処理中です...