完璧な悪役になってみせる

ミカン

文字の大きさ
13 / 22

目覚め

しおりを挟む


意識の底で、何かが爆発し続けている。
体中の血管に、溶岩を流し込まれたような錯覚。熱い、熱い、熱い。
これが「魔力の飽和」というものなのだろうか。魔術師たちが注ぎ込んだ、ドロドロと淀んだ他人の魔力が、僕の未熟な魔力回路を内側から焼き切ろうとしている。

「あ……が、は……っ!」

呼吸をしようとするたびに、肺が炎で炙られるような痛みに襲われる。
誰かが僕の名前を呼んでいる気がする。ルターだろうか? それとも……。

「……ス。ヴァレリウス! しっかりしろ!」

重い瞼をこじ開けると、そこには信じられない光景があった。
いつも冷徹で、感情を仮面の下に隠していた父・カディールが、見たこともないほど顔を青ざめさせ、必死の形相で僕を覗き込んでいたのだ。

「……お父様……?」

「ヴァレリウス!? ああ、意識が戻ったか! 済まない、私の到着が遅れたばかりに……!」

父の掌が僕の頬に触れる。
本来なら、父の強大な魔力は僕にとって毒になるはずだった。けれど今の僕は、体内の熱があまりに強すぎて、父の冷たい手さえも凍えるほどに心地よく感じられた。

「お父様……苦しい、です。体が、壊れそうで……」

「分かっている。すぐに屋敷へ連れて帰る。最高の医師を、いや、国中の魔導師を集めてでもお前を救ってみせる。だから、まだ眠るな!」

父の腕が僕を抱き上げる。
初めて触れた父の体温は、驚くほど震えていた。
不意に、意識が遠のく寸前、銀色の髪の男が「遅くなったな」と微笑んでいた記憶がよぎる。……あれは、夢だったんだろうか?

僕は父の胸の中で、再び深い闇へと沈んでいった。

---
ルターside

昼寝をしていた僕の意識を覚醒させたのは、心地よい夢ではなく、魂を裂くような断絶感だった。

「ヴェルの気配が、消えた……?」

ヴェルと私を繋いでいるのは、魂の波長そのものだ。それがプッツリと途切れたということは、彼が意識を失ったか、あるいは「それ以上の事態」に陥ったことを意味する。

「……ふん。暇つぶしの相手を勝手に奪われては、寝覚めが悪いな」

僕は黒猫の姿から解き放たれ、夜の闇に溶け込むように屋敷を脱出した。
ヴェルの残り香――彼の中に刻まれた闇魔法の微かな残滓を辿り、僕は王都外れの不気味な洞窟へと辿り着いた。

そこに漂っていたのは、吐き気を催すほどに汚濁した、人間の欲望のニオイ。
百人もの魂が腐った魔術師たちが、一人の幼い少年を囲んで、禁忌の儀式を行っていた。

狭い洞窟内だ。本来の龍の姿になれば、この場所ごとヴェルを押し潰してしまう。
僕は久方ぶりに、人型の模造体へと姿を変えた。
銀色の髪、龍の眼光を残した瞳。僕は無言で、最深部の祭壇へと歩を進めた。

「――っ! 何者だ!? 邪魔が入った、退散だ!」

僕が放つ威圧感に、ラクヴェレの連中が気づいたようだ。
リーダー格の男が叫び、魔術師たちが次々と瞬間移動の魔法で逃げ出していく。
……鼠の如き逃げ足だ。だが、今はそれよりも優先すべきことがある。

「……ヴェル。遅くなったな」

祭壇の上で、無理やり魔力を注ぎ込まれ、ボロ布のように横たわるヴェル。
そのお腹には無残な傷が刻まれ、苦痛に顔を歪めている。
僕は、彼を拘束していた枷を素手で引きちぎった。

闇魔法は専門外だ。だが、龍の魔力は万象を癒やす根源でもある。

「今はこれで耐えろ」

僕は彼の額に手を当て、即死を免れるための鎮痛と安定の加護を施した。
ヴァレリウスは少しだけ呼吸を整え、安らかな眠りへと落ちる。

その直後、洞窟の入り口から、馬を飛ばして駆けつける人間の軍勢の足音が聞こえてきた。
ヴェルの父親――カディール公爵だろう。

「……あとは、任せたぞ。人間」

僕はヴェルの頭を一度だけ撫でると、影となってその場を去った。
僕には、まだ掃除すべき「ゴミ」が残っているからだ。

---

洞窟から数キロ離れた荒野。
逃げ延びたラクヴェレの魔術師たちが、勝利を確信したように嗤い合っていた。

「くかっ、惜しかったな! あの器は完成目前だったのに」
「案ずるな。また別の闇属性を探せばいい。あのガキは、今頃体内の魔力爆発で内側から弾け飛んでいるだろうよ!」

その言葉が、夜空の私の耳に届いた。

「……ほう。誰が弾け飛ぶと言ったかな?」

「なっ!? 空から声が……」

男たちが顔を上げた瞬間、夜空が真っ二つに割れた。
雲を裂き、月を隠し、巨大な紫の影が地上を覆い尽くす。
全長数十メートル。一振りで山を削る翼、金剛石をも噛み砕く牙、そして全てを平伏させる龍の眼。
伝説の「紫電龍」――ルターの真の姿だ。

「な、なんだこれは……! ドラゴン!? なぜこんな場所に!」

「貴様らは、触れてはならないものに触れた。私の所有物を、あのように無残に弄んだ罪……万死に値する」

「ま、待て! 話し合おう、我々は神を――」

「神だと? ……この世の理(ルール)を語るなら、強者の言葉に従え」

僕は大きく息を吸い込んだ。
肺に溜まるのは、空気ではない。次元を揺るがすほどの高純度な魔力。
怒りのあまり、なぶり殺しにする余裕さえ失っていた。

「滅びよ」

紫色の雷光を纏った、超高温の炎が地上を舐め尽くした。
叫ぶ暇さえ与えない。
百人の魔術師も、彼らが持ち出した呪物も、その場で原子レベルにまで分解され、跡形もなく消滅した。
後に残ったのは、ガラス状に焼き固められた広大なクレーターだけだ。

---

ふたたび猫の姿に戻った私は、公爵邸のヴェルの部屋の窓際に座っていた。
しばらくして、血相を変えたカディールが、意識を失ったヴェルを抱えて戻ってくるのが見えた。

屋敷中は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
国中の治癒術師や賢者が集められ、ヴェルの救命処置が始まっている。
けれど、僕は知っている。
あいつらが無理やり注ぎ込んだ魔力は、単なるエネルギーではない。それは、ヴェルの魔力回路を恒久的に歪めてしまう「呪い」に近い変質を遂げている。

【ヴェル……。お主、これからしばらくは、今まで以上の苦しみを味わうことになるだろうな】

他人の魔力が自分のものとして馴染むまで、体は絶え間ない拒絶反応に晒される。
そして何より、あの召喚の儀式によって、ヴェルの魂には「悪魔の門」の鍵が半分、差し込まれたままだ。

【……解決策を探さねばならん。わしの知識を総動員してでもな】

僕は、眠るヴェルの小さな手に、そっと自分の前足を重ねた。
「悪役を目指す」などと笑わせていた少年の、今の弱々しい寝顔を見ていると、胸の奥が騒つく。

これは暇つぶしではない。
僕は、この不器用な魂を、最後まで見届けると決めたのだ。

その頃、焼け野原となったラクヴェレの拠点跡地。
全てが消え去ったはずの灰の中から、一つの黒い勾玉のような石が、不気味な脈動を繰り返していた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな
BL
婚約者のアーノルドからある日突然断罪され、処刑されたルイ。目覚めるとなぜか処刑される一年前に時間が巻き戻っていた。 なんとか処刑を回避しようと奔走するルイだが、すでにその頃にはアーノルドが思いを寄せていたミカエルへと嫌がらせをしており、もはやアーノルドとの関係修復は不可能。断頭台は目の前。処刑へと秒読み。 全てがどうでも良くなったルイはそれまで被っていた猫を脱ぎ捨てて、せめてありのままの自分で生きていこうとする。 果たして、悪役令息であったルイは処刑までにありのままの自分を受け入れてくれる友人を作ることができるのか――!? 冷たく見えるが素は天然ポワポワな受けとそんな受けに振り回されがちな溺愛攻めのお話。   ※キスくらいしかしませんが、一応性描写がある話は※をつけます。※話の都合上、主人公が一度死にます。※前半はほとんど溺愛要素は無いと思います。※ちょっとした悪役が出てきますが、ざまぁの予定はありません。※この世界は男同士での婚約が当たり前な世界になっております。 初投稿です。至らない点も多々あるとは思いますが、空よりも広く、海よりも深い心で読んでいただけると幸いです。 また、この作品は亀更新になると思われます。あらかじめご了承ください。

終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。 悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

暗殺少年執事と最強の乙女ゲームで王室ハーレム

西谷西野
BL
陰に生きる暗殺者一族の悪役令嬢ヒロインの弟に転生したルイス。 暗殺業から逃げるために引きこもって16歳、とある男の護衛を依頼された。 食べるものがなく、生きるか死ぬかの境目で護衛ならと依頼を引き受ける事になった。 それが罠だとも知らずに… 五人の神聖の子である王族の世話をする執事として潜入して、先輩執事達とも仲良くなる。 知らないこの気持ちは、恋…? ゲームにはなかった、もう一つのハッピーエンド。 ずっと幸せが続けばいいなと思っていた。 この世界の厄災の強制力は抗う事が出来ないものだとは知らずに… 王子・騎士・執事×暗殺一族の厄災の子 満月の夜、神聖と厄災はその真の力を顔を出す。

破滅回避のため、悪役ではなく騎士になりました

佐倉海斗
BL
 三年前の卒業式の日を夢に見た。その夢は前世の記憶に関わるものだった。  本来ならば、婚約破棄を言い渡される場面のはずが、三年間の破滅を回避するために紳士的に接していた成果がでたのか、婚約破棄にはならず、卒業式のパートナーとして無事に選ばれ、BLゲームの悪役令息から卒業をしたのだ。 「……なにをしているのですか?」  夜中に目が覚めた。  腕に違和感があったからだ。両腕は紐でベッドの柵に縛られており、自由に動かすことができなくなっている。その上、青年、レイド・アクロイドの上を跨るように座り、レイドの服に手をかけていたのは夫のアレクシス・アクロイドだった。  本日、無事に結婚をしたのだ。結婚式に疲れ眠っていたところを襲われた。  執着攻め×敬語受けです。

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 復讐不向きな主人公×ツンツンクーデレな兄ちゃん 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が彼氏の遊び相手に殺され、転生後、今度こそ性格が終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

処理中です...