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家族
しおりを挟む「……ん、んん……っ」
重い瞼を押し上げると、視界に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井だった。けれど、いつもと違うのは、部屋の中が温かな陽だまりのような、それでいて騒がしい気配に包まれていることだ。
「お父様! お兄様が……お兄様が、目を覚ましました!」
聞き慣れた愛らしい声が部屋に響く。
視線を横に向ければ、そこには涙を溜めて僕の手を握りしめているイルがいた。
「……イル? 僕は……」
「良かった。本当に、良かった……!」
その時、寝台の傍らで椅子に座っていた影が、音もなく僕に歩み寄ってきた。
父、カディールだ。
いつもは氷のように冷徹な眼差しを向けてくる彼が、今は見たこともないほど顔を歪め、瞳に熱い涙を浮かべていた。
「ヴァレリウス……っ!」
「お父様……。ごめんなさい、勝手にお出かけして……。ご迷惑をおかけいたしました」
咄嗟に謝罪が口をついて出た。公爵家の嫡男として誘拐され、多大な労力をかけさせてしまった。嫌われ者の僕のことだ、きっとひどく叱られる……そう覚悟して身をすくめた。
けれど、返ってきたのは罵倒ではなく、窒息するほどに強い抱擁だった。
「……っ!? お、お父様……?」
「謝るな。謝らなくていい。……生きていてくれた。ただそれだけで、私は……。今までお前に、冷たく当たってしまって、本当に申し訳なかった」
父の肩が小刻みに震えている。首筋に落ちる雫が、熱い。
僕は混乱した。どうして? 父様は、僕を疎んでいたんじゃなかったのか?
「お兄様。お父様は、ずっと前からお兄様のことを、誰よりも愛してたんですよ」
イルが涙を拭いながら、教えてくれた。
「お父様が僕を養子に取ったのは、僕の教育のためだけじゃない。お兄様の、『お話し相手』にするためだったんですから」
「……どういう、ことですか?」
「お前は、生まれつきあまりにも強大な魔力を持っていた」
父が僕を解放し、真っ赤な目で僕を見つめた。
「魔力量が多い成人が、不安定な幼少期の闇属性に近づけば、魔力共鳴による爆発が起きる……。お前を愛しているからこそ、失うのが怖くて、私はお前に触れることができなかったんだ」
「……そう、だったんですね」
胸の奥に溜まっていた、氷のような孤独が、父の言葉でじわりと溶けていくのを感じた。
ずっと嫌われていると思い込んでいたのは、僕の勝手な被害妄想だったのだ。悪役を目指して強がっていたけれど、本当は、誰かにこうして抱きしめてほしかった。
---
「失礼いたします」
イルが安心からか眠気を催して自分の部屋に戻った後、入れ替わりで公爵家お抱えの医師が入ってきた。
父と僕は、改めて僕の体の診察を受けることになった。
「医師よ、どうだ? ヴァレリウスの容態は」
「……公爵様。」
医師とお父様は一瞬、部屋の外で話そうとした。けれど、僕はその裾を掴んで止めた。
「待ってください。僕にも、本当のことを聞かせてください。……何も知らないまま、また一人の暗闇に戻されるのは、もう嫌なんです」
僕の真っ直ぐな視線に、父は一瞬怯んだが、やがて覚悟を決めたように頷いた。
「……分かった。医師よ、隠さず話せ」
医師は沈痛な面持ちで、僕の診察記録の紙を握りしめた。
「ヴァレリウス様の身体には、ラクヴェレの魔術師たちによって、許容量を遥かに超えた『他者の汚濁した魔力』が注ぎ込まれました。現在は応急処置で抑え込んでいますが……」
「……なんだ」
「成長と共に、ヴァレリウス様自身の魔力も膨れ上がります。そうなれば、外から入れられた魔力と反発し合い、内側から肉体を破壊し始めるでしょう。……今の魔法学では、他者の魔力を完全に分離し、体外へ放出する解決策は見つかっていません」
「……解決策が見つからないと、どうなる」
父の声が、低く、震えている。
「……死に至ります。猶予は、あと5年といったところでしょう」
「なっ……! 私は……愛しい息子を救うために、今まであの子から距離を置いてまで、魔力爆発を避けてきたのだぞ!? なのに、結果がこれだというのか!!」
父が机を叩き、激昂する。その背中は、公爵としての威厳を失い、ただ息子を失いたくないと願う一人の親の絶望に満ちていた。
「お父様、落ち着いてください」
僕は不思議と冷静だった。
全身がまだ火傷のように熱いけれど、死ぬかもしれないという事実よりも、父様が僕のためにこれほど取り乱してくれていることが、どこか誇らしかった。
「……あぁ、済まない。取り乱してしまったな。……解決策を探すまで、5年か」
「はい。その間に、魔力を中和するか、あるいは完全に排出する方法を見つけねばなりません。……我ら医師会も、全力で古文書をあたります」
5年。
短いけれど、悪役としての修行を積むには、十分すぎる時間かもしれない。
「ヴァレリウス。……まだ体がきついだろう。今は何も考えず、休みなさい」
「分かりました。……お父様、元気を出してくださいね」
「……あぁ。お前は、本当に優しい子だ。ありがとう」
父が僕の頭を優しく撫でてくれた。
その大きな手の温かさを、僕は生涯忘れないだろうと思った。
---
その夜、僕はひどくうなされていた。
――助けなんて、来るわけないじゃないか!
暗闇の中で、ラクヴェレの黒ずくめの男たちが僕を嘲笑う。
お腹の傷が痛み、冷たい魔力が心臓を締め付ける。
――お前は、前の世界でも誰にも愛されず死んだ。この世界でも、結局は一人なんだよ。
違う。お父様も、イルも、ルターも……。
――それは全てお前の妄想だ。お前はただ、死ぬのを待つだけの哀れな供物なんだよ。さあ、時間だ。絶望して、消えろ。
「――――いやっ!!」
叫びながら飛び起きると、体中に冷や汗をかいていた。
暗い部屋の中。けれど、月明かりに照らされた窓際に、一人の先客がいた。
「……あいつらは、もういない。わしが全て、塵に変えてやったからな」
そこにいたのは、僕が知らない男の人だった。
紫色の長い髪を後ろで一つに束ね、鋭くも知性を感じさせる黒い瞳。
身に纏っているのは、夜の闇を織り上げたような豪奢な服。
「……もしかして、ルター?」
「あぁ。この姿で見分けるとは。魂の契約とは便利なものだな、ヴェル」
その男――ルターは、優雅な動作でベッドの端に腰掛けた。人間の姿になった彼は、物語の王者のような圧倒的な美貌と威圧感を放っていた。
「……ルター。僕、あと5年しか生きられないってさ。せっかくお父様と仲直りできたのに」
「ふん。人間どもの医術など、わしの鱗一枚ほどの価値もない知識だ。解決策など、わしがいくらでも見つけ出してやる」
「本当かな? ……僕、ちゃんと『悪役』になれるかな」
死を目前にした不安が口をついて出た。悪役になって、破滅フラグを折って、自由に生きる……それが僕の目標だったのに。
「あぁ。なれるさ。わしがついているのだからな。……お主は、誰よりも強くて、美しい『悪役』になる。だから、今は余計なことを考えず眠れ。死なせはせん」
ルターの大きな手が、僕の目をそっと塞いだ。
彼の掌からは、父の熱さとは違う、深く冷ややかな、けれど絶対的な安心感を与える魔力が流れ込んでくる。
「うん……」
僕はルターの言葉に導かれるように、再び深い眠りへと落ちていった。
小説の記憶はもうほとんど当てにならない。
けれど、愛をくれた父と、慕ってくれる弟、そして最強の相棒がいる。
(あと、五年……。絶対に、運命なんて変えてやる)
それは、悪役を目指す少年の、死の宣告から始まった新たな宣戦布告だった。
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