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感情
しおりを挟む「――見て、悪魔が来たぞ」
「人を惑わすような見た目をして。……今のうちに悪魔払いでも呼んでおくか?」
登校するたびに投げかけられる、心ない言葉。
以前の僕なら、胸の奥がギュッと締め付けられて呼吸ができなくなっていたかもしれない。けれど今の僕には、メハイル先生に教わった「心の穴」がある。
意識の奥底に巨大で暗い穴を思い描き、そこへ投げ込まれた悪意をすべて無造作に放り落とす。深い闇の底へ落ちていく感情を傍観していると、不思議と波立っていた心が凪いでいった。
(メハイル先生も、きっとこうして耐えてきたんだな……)
不特定多数からこれほど露骨な敵意を向けられるのは、この学園広しといえど闇属性の人間くらいだろう。この「穴」のイメージは、ただの精神修養ではなく、過酷な現実を生き抜くための闇魔法使いなりの知恵なのかもしれない。
「ヴァレリウス!」
不意に名前を呼ばれ、顔を上げるとそこには満面の笑みを浮かべたルカがいた。
[また、あの変わり者か……]
[あぁ、魔法オタクの。闇魔法に呪い殺されても知らないぞ]
周囲の冷ややかな視線を浴びながらも、ルカはまったく気にする様子がない。
「いやぁ、大変だねヴァレリウス。今日も人気者だ」
「……ルカ。僕と一緒にいると、君まで嫌われるよ?」
「いいんだよ、そんなこと! 僕はもともと『変人』扱いされて嫌われてるからね。外野を気にするより、君と魔法の術式について語り合う時間の方が、僕にとっては数万倍も価値がある」
「……ありがとう、ルカ」
思わずこぼれた笑みに、ルカは「あ! 笑ったね。やっぱり君は可愛いなぁ!」と、僕の背中を快活に叩いた。
「お腹が空いたし、食堂へ行こう。今日は新しい魔導理論の仮説を思いついたんだ!」
ルカと過ごす時間は、僕にとって唯一の「普通の学生生活」だった。彼といると、自分が死ぬ運命にある悪役令息だということを、一瞬だけ忘れられる気がした。
けれど、寮に戻ればまた別の重圧が待っている。
「ただいま、ハーディル」
「お帰りなさい、ヴァレリウス。……また、あの緑頭と一緒にいたのかい?」
部屋に入るなり、ハーディルの冷たい声が響いた。彼は僕がルカや他の属性の生徒と関わることを、極端に嫌っている。
「緑頭って……ルカだよ。彼はいい友達なんだ」
「どうでもいいよ、そんなこと。彼らといても、君は傷つくだけだ。闇属性を理解できるのは、同じ闇属性だけ……私だけで十分だろう?」
ハーディルの言葉には、逃げ場を塞ぐような重い湿り気がある。
「あ、でもね。今日の夕飯はヴァレリウスの好きなものを用意しておいたよ」
「……そっか。ありがとう、ハーディル」
彼は優しい。僕を誰よりも守ろうとしてくれている。けれど、僕が大切に思っている友達を否定されるのは、どうしても胸が痛む。
「ちょっとだけ、外の空気を吸ってくるね。夕飯の時間には戻るから」
僕がそう告げると、ハーディルは僕がすぐに戻ると信じているのか、珍しく問い詰めることなく送り出してくれた。
向かった先は、学園の裏手にある静かな中庭。そこには、金色の髪を夕陽に輝かせたアル――アルフレッド様が待っていた。
「ヴァレリウス! 来てくれたんだね」
「……約束、しましたから」
あの日、彼が顔を赤くして逃げ出して以来、僕たちは夕食前の短い時間にこうしてお喋りをするようになった。
授業のこと、くだらない冗談、そしてかつての森での思い出。
出会った頃のように、自然に言葉が紡がれていく。
「……よかった。ヴァレリウスには、もう二度と口を聞いてもらえないと思っていたから」
「そんなことないよ。森での約束を破ってしまったのは僕の方だし、街で逃げたのも……その、ただ気まずかっただけなんだ」
「そうか……。ヴァレリウス、また私のことを『アル』と呼んでくれないか?」
アルは、縋(すが)るような瞳で僕を見つめた。
「……え? でも、貴方は王子様で……」
「お願いだ。君にだけは、そう呼ばれたいんだ」
「……じゃあ、二人の時だけだよ、アル」
「――! あぁ、ありがとう!」
アルの顔が、パッと花が咲いたように明るくなる。その輝きに、僕の心の中にあった「穴」が、少しずつ温かな光で埋まっていくような気がした。
---
(アルフレッド視点)
学園に入学してから、私はずっと「あの子」を探していた。
あの美しい黒髪と、吸い込まれるような紫の瞳。
ドナン公爵家に黒髪の子息がいるという噂を聞き、それがヴァレリウスだと確信した時、私の心は期待に震えた。
生徒代表として檀上に立ち、大勢の生徒を見渡した瞬間――。
客席に座る、誰よりも美しい黒髪の少年と目が合った。ヴァレリウスだ。
彼はすぐに目を逸らしてしまったけれど、私は確信した。あの森で出会ったあの子に間違いないと。
「ヴァレリウス!」
何度も声をかけた。けれど、彼はいつも怯えたように私を避け、逃げてしまう。
[アルフレッド様、あの方は……?]
取り巻きの貴族たちが私に擦り寄ってくる。彼らは私の権力を欲しがり、ヴァレリウスの黒髪を「不吉だ」「忌々しい」と嘲笑った。
嫌な予感がした。
[――悪魔みたいだな!]
一人の生徒がヴァレリウスを罵倒した瞬間、彼の表情が凍りついた。
震える彼を囲むように、禍々しい黒い煙が渦巻く。周囲が「悪魔だ!」と騒ぎ立て、混乱に陥る中、一人の黒髪の男がヴァレリウスに近づいていった。
(……誰だ、あの男は?)
ヴァレリウスを優しく抱きしめ、背中をさすっている男。
私はすぐに調べさせた。ドナン公爵家に黒髪は一人のはず。ならば、あのアスタロト公爵家の不気味なルームメイトは何者なのか? しかし、調査の結果はからぶりだった。名前さえ、公の場には出てこない不気味な影。
ヴァレリウスは少しずつ、私に心を開いてくれた。
夕暮れ時、二人きりで見せる彼のふとした仕草や、小さな笑い声。
それを見るたび、胸の奥が締め付けられる。守りたい。私だけのものにしたい。
「アルと呼んでくれないか?」
「……じゃあ、二人の時だけだよ、アル」
彼がふっと微睡むように笑った。
その瞬間、私は理解した。
私は、この残酷なまでに美しい「悪役」に、恋をしてしまったのだと。
たとえ彼が何を隠していようと、この先どんな運命が待ち受けていようと。私は彼を、光の当たる場所へ連れ出すと決めたんだ。
---
ヴァレリウスが寮に戻ると、部屋の中は異様なほど静まり返っていた。
「おかえり、ヴァレリウス。……随分と楽しそうだったね」
影の中から、ハーディルの冷徹な声が響く。
「……あ、うん。ちょっと、アルフレッド様と……」
「アル、と言ったのかい? ……そんなに親しいんだね」
ハーディルの瞳が、闇の中で鈍く、赤く光った。
アルの「光」が強まれば強まるほど、ハーディルの「闇」もまた、深く、鋭く尖っていく。
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