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五章 魔道具編

70話 王城御用達

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 西街の大通りを2人組の男が歩いていた。行き交う通行人が2人を避けてしまうのは、彼らが見るからに一般人とは異なり暴力に慣れ親しんだ風貌だからに他ならない。冒険者達などとは異なる空気を纏い、恫喝や脅迫、恐喝を生業に身を置く彼らの足はある店の方を向いていた。

「フレーバー、今日の俺様の格好はどうだ?」

「はい!とてもお似合いですドラコさん!」

 小物感溢れる模範回答にドラコは気を良くして口角を吊り上げる。美しい長髪の自慢の髪を撫で付け、ショーウィンドウの硝子に映る自らの姿に陶酔した。
 数回角度を変えてドラコがポーズを決める度にフレーバーは賛辞の言葉を忘れない。店の中に居た客が変な顔をしていたが眼中に無かった。

「しかし、彼女の意地の張り様にも困ったもんだな。素直に俺の物になると言えば、身売りを止めてやるのに…」

「ドラコさんの温情に唾を吐くなら、当然ですよ!」

 娼館の準備は整っている。しかし後の無い哀れな少女に救済の手を差し伸べて、彼女の心に楔を打ち込む事が出来たなら莫大な借金の肩代わりをしても良いと思っていた。

「ん?何だ、アレは」

 ある店舗がドラコの目に止まる。書店の様だが、客が店内から外へあぶれる程に多い。

「嗚呼、最近王都で変な小説が流行ってるらしいですぜ」

「ほぉ?」

 興味を唆られ、書店に近付く。客の多くは女性で、既に手には購入したい本が握られていた。淡いピンク色の表紙でリボンがあしらわれたソレは砂糖を振り掛けた様な本だった。

「男が読む様な本じゃないな…」

「はは、違いねぇです」

 店舗には入らず、本来の目的地に歩を進める。

 ジェニーロの店は大通りから一本外れた通りにあり、ひっそりと建つ魔道具店だ。ドラコの様な者が出入りしている事と、店主が混血である事が災いして四六時中閑古鳥が鳴いてる。ーーその筈だった。

「…何、だ。こりゃぁ…」

 彼女の店は、沢山の人でごった返している。ドラコは信じられず、もう一度看板を確認した。間違い無い、此処はジェニーロの店があった場所だ。
 先程の書店よりも人の数は多い。冒険者や貴族、騎士風の者。種族に分けると人間、魔族、獣人、エルフにドワーフ、精霊族まで居る。
 
 一瞬、彼女が店を畳んで夜逃げでもして、違う店が出来たのかとも思った。呆気に取られるフレーバーと共に店内に入り、カウンターの向こうで忙しなく動く馴染みの彼女を見るまでは。
 ジェニーロの店をこれ程狭いと思った事は無い。人と人の隙間に身を滑らせてカウンターに向かう。これは一体どう言う事か。どんな魔法を使ったら、こんな事になる?
 
「おや、遅かったな」

 ジェニーロが彼らに気付き、声を掛けた。カウンターの下から大きな皮袋を2つ持ち上げ、板に置く。その際に中で金銭が擦れる音が聞こえた。

「借金と利子、全額返済する」

「な…、馬鹿な…」

 全額支払うなど、到底出来ない金額に達していた筈だ。皮袋の中身を確かめたフレーバーが「ドラコさん、信じられねぇが、ちゃんとあります…」と少々青冷めてさえいる。

「大金を掛けた商品が売れてな。それにコツコツしていた副業が軌道に乗ったんだ。これで身売りも夜逃げもせずに済むな」

 何処か自信に満ちた顔で、ジェニーロは胸を張った。

「受け取ったなら早く出て行ってくれ。商売の邪魔だ」

「ジェ、ジェニーロ…一体…」

 震える声でそれだけ聞くのが精一杯だった。

「ジェニー!ヘンテコなブレスレットの在庫が切れてしまったわ!」

「ジェニーロさん!動く縫いぐるみの予備はありますか?とても好評で」

 同時に彼女に話し掛けたのは、新しく雇った従業員だろうか。それにしては手際が悪い。

「嗚呼、すまない2人とも。作業場に少しはあったと思うのだが…」

 ジェニーロが奥に顔を向けると、そこからヒョコッともう1人少女が顔を出す。気の抜ける声で「こっちには無いっすよ~」と返答すると作業場へ引っ込んだ。

「ジェニー、このネックレスの説明をこの嬢ちゃんにしてやってくれないか?」

 金銭の管理をしていた女性が、更に声を掛ける。目が回る様な忙しさだ。レティシアのパーティー総出で手伝って来る客を捌いているが、減る気配が無い。入れ替わり立ち替わり、話題の店を見てみようと人が押し寄せて来る。

「ジェニーロ!これは何なんだ、説明しろ!」

 訳が分からず焦燥し叫んだドラコに、ジェニーロは小さく溜め息を吐いた。

「はぁ…別に説明してやる義理もない筈だが…。答えは店頭の印綬さ」

 フレーバーが直ぐ様確かめる。彼が見た先、以前魔族お断りの貼り紙がされていた所に見慣れない印綬が下がっていた。

「ま、まさかこれは…」

「そうだ。この店は“王城御用達ロイヤル”に指定された。今は王陛下の庇護下にあるんだ」

 印綬にはこの国のシンボルマークが刻まれ、美しい宝石が散りばめられている。“王城御用達”の印であり、商売人が憧れて止まない称号であり、王城の者のお気に入りを示す。
 最近ではルトワの茶葉がその称号を獲得しており、瞬く間に国の紅茶の代表にまで登り詰めた。

 “王城御用達”のブランド力は、絶大だ。

 それは潰れ掛けの店舗が息を吹き返す程に。その部門の国の代表とまで囁かれる程に。

 何よりあの魔王の庇護下である証になる。冷酷無慈悲にして、強大な魔力を秘めたルビーアイを持つ男。最近は様々な噂が絶えない人物。ある者は血も涙も無い狡猾な冷血漢だと言う。ある者は慈愛に溢れ他者を気遣うカリスマ性の持ち主だと言う。
 
「借金は返済した。もう此処には来ないでくれ」

「ふざけ…っ」

 食って掛かろうとしたドラコの動きに、逸早く反応する2つの影があった。彼らはドラコを拘束する様に背後と正面に一瞬で回り込み、腰の剣に手を掛けている。
 五天王メルディン・オバーグラストの配下、竜騎士の2人がドラコの動きを完全に封じていた。

 彼らは王の命により派遣されている護衛だ。予めドラコ達が徴収に来る日付を聞いていた彼が、彼女の身を按じて店舗に配備した者達。
 お陰で店を訪れる者達の行儀も良いし、混血の店がまさかと興味本位で覗きに来た輩が息を呑んで逃げて行く。

「ジェニーロ様のお言葉が聞こえましたか?」

「もう此処には来ない。関わらない。お約束して頂けるのでしたら、これ以上手荒な真似は致しません」

 優しく問い掛けている様で、有無言わさない威圧がドラコにのし掛かる。彼はゆっくりと頷く事しか出来なかった。

「英断で御座います」

「王陛下から、ご納得頂けない場合は首を切る様に言われてました故」

 笑顔が不気味に思える2人の竜騎士はドラコから一歩離れる。

「さぁ、貴方達が贔屓にしている娼館と、仕事先の事務所とやらは何処で御座いますか?」

 口減らしによる自身の身売りは合法。しかし、身売りの強要は犯罪だ。

「叩けば埃が出る様なお方。もしかしたら憲兵の何方かにもお友達がいらっしゃるのでは?」

「王陛下は国の蛆は早い段階で始末される事を望まれています。一緒に来て、お話頂けますよね?」

 穏やかな口調での脅迫。初めてされる側に立たされ、ドラコが冷や汗を流す。それは生半可な「殺すぞ」などの普通の脅し文句では表せない恐怖と不気味さが揃っていた。
 もしも逆らえば命は無いと、容易に推測出来る程の圧力にドラコはなす術なく拘束される。続いてオロオロしていたフレーバーも竜騎士に枷を嵌められ、がっくり肩を落としていた。

 突然の捕物に沢山の客が静観している中、レティシアがジェニーロに近付く。

「…ねぇジェニー?貴女のお店が繁盛するのは、私も嬉しいわ。でも心配よ。魔王の庇護下って見返りは?ジェニーは大丈夫なの?」

「嗚呼、大丈夫だ。見返りは…そうだな。敢えて言うなら“王城御用達”に指定されると人気が出るので品薄状態が続く。その際、王城の者が望むなら優先して商品を卸すくらいか」

「なるほど、両者にとって良い取引になる訳ですね」

 話を聞いていたアナスタシアが残り少ない商品を棚に入れつつ、ニッコリと笑う。

「でも魔王なのよ?騙されたりしていない?」

 レティシアにとって魔王とは諸悪の根源だ。祖国に攻めてきた魔王の多くは人間を食べ、生き血を啜り生者を憎んでいた。
 しかしモンブロワ公国が悲惨な目に遭ったと報告を受けて出立した彼女を待ち受けていたのは、穏やかな国民と美しい都。

 この国で情報収集をしていく中で行き着いた結論は、よく分からない、だった。

 モンブロワ公国から移住した人間達の話によれば、彼は穏やかで誰よりも優しい統治者だと嬉々として語っていた。
 商業区画の魔族達は子供がぶつかっただけで上位魔法をぶっ放す危険人物だと聞いた。彼の名前を言葉にするだけでも恐ろしいと震えるその姿は、魔王の暴君振りが垣間見えた。

 レティシアは小首を傾げるしかなかった。

 何よりこの国の魔王特有のルビーアイが放つ冷たい眼光が忘れられない。虫螻を見る様な、感情の無い、今思い出すだけでも肩が震える程に悍しいものだった。

「…この国の王陛下は、良い奴だレティシア嬢」

「…ジェニー…」

 彼女が嘘を言っているとは思えない。しかし、それを丸ごと呑み込めない自分が嫌になった。

 この店に城の関係者が来ていた事はまず間違いない。此処に居れば謎に包まれた魔王への糸口が見つかるかもしれないと、打算にも似た考えが頭を跨げる。
 そこへ、ジェニーロから暫く店を手伝って欲しいと頼まれたのは願ったり叶ったりだった。もしも魔王が彼女に何かしようものなら直ぐに行動出来るし、関係者が店に来る事があれば情報を得られるかもしれない。

「……魔王はどんな姿をしているの?ルビーアイ以外に特徴は無い?」

「…、すまない。口止めをされているんだ」

 ジェニーロは申し訳無さそうに顔を伏せる。

「レティ、ジェニーロさんを困らせては駄目ですよ」

「分かっているわ。魔王の奴、ジェニーを騙したりしたら許さないんだから…」

 拳を掌に打ち付けて歯噛みした。その時、見知った姿が店内に入って来るのが見える。密かに竜騎士達が息を呑んだ。ローブのフードを深く被った、ゆったりとした動きの男。ドラコ達を連れて擦れ違う竜騎士に軽く会釈をした彼は、大勢のお客に尻込みしながらフードを外した。

『今日も大勢のお客さんだね』

 白髪の青年は周囲を見回しながら慣れた様子でカウンターに近付く。ジェニーロは「…嗚呼、お陰様でな」と含んだ笑みを見せた。

「シロ…!」

「シロさん」

『皆居るんだね、僕も手伝うよ』

 ニコニコと笑う青年に、ジェニーロのマフラーの手が彼に黒いエプロンを渡す。後ろ手に紐を縛っていると、カウンターに置かれた本が目に付いた。

『ーーこれ』

「きゃああ!」

 アルバが手を伸ばした途端、レティシアが叫び声を上げ本を抱き上げる。過剰な反応にキョトンとしていると、真っ赤になったレティシアが早口に言い訳を始めた。

「ご、ごめんなさい。私のよ!開店前に読んでて此処に置いてしまっていたの!直ぐ片付けるわッ!」

 バタバタと奥に消えて行く後ろ姿に目をやりながら、どう言う事?と彼女の理解者に視線を送る。

「嗚呼、その、気にしないであげて下さい。レティが今読んでる小説で、のめり込んでるみたいです」

『あの小説、今王都で流行ってるヤツだよね。ピンク色の表紙の。…城の…っいや、沢山の知り合いが読んでるみたいなんだけど、レティと同じ様な反応をするよ』

「恋愛小説ですから、男性に見られるのが気恥ずかしいのですよきっと」

 納得の表情を浮かべる青年を前に、アナスタシアは嘘を笑顔の内に隠す。あのレティシアの取り乱した様子には他にも理由があった。

 小説の中の登場人物の1人がアルバに酷似しており、まるで彼とラブロマンスを繰り広げている様な錯覚に陥る作品なのだ。些細な違いはあるが、言動、容姿、特徴などが普段の彼と被る。
 ヒロインを積極的に口説くので、まるでアルバ自身に甘い言葉を囁かれているかの様な心的表象。登場人物の細かな心理描写もあいまって、ヒロインに感情移入しやすくなっている。
 大国の王である点が彼女達の認識とは違うが、ほぼ等身大の彼が物語の中に居た。

 この小説を読み余韻に浸るレティシアに夜な夜な長々と感想を語られ、現在パーティーメンバーは目の下に隈が出来ている程だ。続刊が発売される知らせを聞いた時は、レティシアは目を輝かせ喜び、反対にメンバーは阿鼻叫喚だった。
 唯一の例外は、盗賊シーフと一緒にジェニーロの作業場に居る野伏はレティシアの薦めもあって見事に小説にハマり、純粋に読み物として楽しんでいる。

「なんだか…すまないな」

 カウンターで接客をしていたジェニーロが、寝不足のアナスタシアの肩にポンと手を乗せた。

「大丈夫ですよジェニーロさん!頼まれたからにはしっかり店番するので、何でも言って下さい」

「……」




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 王城の談話室の1つ、深夜にも関わらず鉱石の明るい光がカーテンの隙間から漏れ出ていた。

「はぁ、何度読んでも良い話だわ」

「そうね」

 五天王統括の美女が熱っぽい息を吐く。手元には先程読まれていた淡いピンク色の本が閉じられていた。続いた垂れ目の少女の手元にも同じ本が握られている。
 2人は暖炉の前に置かれたテーブルを囲む様にしてソファと椅子に腰掛け、幼子の様に目を輝かせていた。

「私もこんな熱烈に口説かれてみたいわ。アルバ様に」

「本の様に真剣な眼差しで『君が必要なんだ。ずっと側に居て欲しい』なんてお兄様に言われたら…幸せだわ…」

 夢見る少女の様に溜め息混じりに感想を口にする。

「白髪に琥珀色の瞳なんて、変装したアルバ様そのものね。今日も日中城下に降りて行かれた様だったし…」

「ええ。でもヒロインの親が遺した借金はどうなるのかしら?」

「続刊が発行されるらしいわ。続きはその時までオアヅケね」

 主人が好むルトワの紅茶を飲み、暖炉の火に目を細めた。

「この小説を書いた人物には栄誉賞を与えても良いわ」

「著者、ロロ・バーム。ブルクハルトの何処かに住んでるみたいだけど、それ以外は一切不明よ?」

「ふふ、冗談よ。本を発行している業者に詳細を聞き出して捜索させれば見付けられるでしょうけど、筆を折られたのでは本末転倒だわ」

 シャルルがテーブルに用意されたケーキにフォークを入れ、口に運んだ。紅茶から立ち込める湯気を見詰め思い出した様に切り出す。

「そう言えば、お兄様がルトワに続いて西街の魔道具店に“王城御用達”の称号をお与えになったとか…」

「混血の店だと報告を受けたわ。最近のアルバ様は差別意識や偏見にあまり良いお顔をされない。魔道具自体を身に付ける意味は無くても、王が魔道具に興味を示された、と言うだけで魔族の魔道具に対する考えは改められるわ」

「成る程。と言う事は混血に対する意識改革も含まれていると?」

「そうよ。更に混血であっても良い商品ならば“王城御用達”になれる、と国の商業が活発化する。そして今後、他国で差別に苦しむ混血がブルクハルトに集まるかもしれないわ」

「お兄様なら受け入れる様に命じるでしょうね」

 暖炉の薪が乾いた音を立てて焼け落ちる。側で静かに控えていたペトラが薪を足した。

「お兄様は、凄い人だわ」

「そう、そんな至高のお方にお仕え出来る事を我々は感謝しなくては」

 2人の後ろに下がったペトラも思わず頷いていた。

「ふふ、アルバ様が望まれるのであれば序列どころかこの世の全てを差し出しましょう。何よりも尊まれる存在、アルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト国王陛下に大いなる祝福を」

 掲げたティーカップに口を付ける。リリアスは妖艶に微笑み、シャルルは悦楽の表情を浮かべた。

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