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6 校舎裏には告白と暴行しかない
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宮前絵梨は田村幸視に興味を抱いていた。
といっても恋愛ではない。それは最初の大前提であった。そこをはっきりさせておかないと、たとえば友達の花崎由香が誤解をするからだ。
「珍獣」絵梨はそう表現した。「たとえば肺呼吸なのか鰓呼吸なのかといった……」
「好きなのねぇ」
はっきりさせておいても誤解するのなら、いったいどうすればいいのか、しかし本音を言うわけにもいかない。
本音のほうももちろん恋愛ではないのだが、親友らしき広田と会話している内容が気になっていたのだ。しかし、興味があると花崎には言いづらい内容だった。要はオカルトめいた内容だったからだ。
前世――そんなもの信じてるの? と花崎は鼻で笑うだろう。オカルトは信じない子だ。
オカルトは信じないのに、恋愛とかそういう、ふわふわしたものに関しては自分がふわふわしてしまう。絵梨にしてみれば、恋愛などというものは生涯に一度も経験したことがなく、そのロマンスに強い憧れはあるものの、決してふわふわしたものではなかった。むしろ、どんなものか、しっかりと足をつけて知ってみたいというものだった。
だが花崎は、手当たり次第に何でもかんでも恋愛を見いだしてしまう。現実がどうであるかより、見いだせるかどうかが重要なようだった。
「田村にお熱な絵梨には悪いけど、田村はむしろ広田と怪しいと思っているの」
という妄想を絵梨が聞かされたのは今日が初めてではない。いわゆる腐女子妄想というやつだ。漫画やアニメのキャラクターに適用するのはよくあることらしいが、現実のしかもクラスメイトに適用してしまう点が凶暴である。
というわけで絵梨は幸視が広田と会話するときはいつも耳をそばだてていた。
少なくとも、ある日突然幸視がすっ転び、それ以来前世らしき夢を見るようになったこと、そしてそれが女の子であること――は聴き取ることができた。
転生して性別が変わるというのはなかなか面白い。いったいどんな感覚なのだろうか。
などと思っているところ、今日はやたらに深刻な表情であった。花崎はますます腐臭を漂わせて痴情のもつれなどという表現を使う。そんなものはどうでもいいとして、絵梨は悩んだ。
深刻な話題のせいか声量も小さく、耳をそばだてても内容はわからないのだ。
深刻な面持ちの二人の会話を、盗聴ではないけれど盗聴レベルの感度で聴き取ろうと神経をを集中させると、花崎の視線が気になってしまう。花崎の目には、男同士の痴情のもつれに嫉妬する女にしか見えていないかと思うだけで雑念が入り感度が悪くなる。
絵梨は、ついに立ち上がった――そして二人に近づくのだけど、偶然を装うことは厳守しなければならない。なので近くで停止せず、廊下なりに抜けていくのだ――
という作戦を立てて数歩近づいただけで、二人はどこかに行ってしまった。
「二人きりになりに行くのね」と花崎は飽くまで設定を守り続けるが付き合ってはいられない。
たぶん、前世の話に何か進展があり、何か深刻な事柄が判明したのではないだろうか。
しかしこうなっては聴き取るも何もない。出歯亀まがいの戦法では限界がある。
そもそも、花崎がからかうから、幸視との間にソーシャルディスタンスを維持しなくてはいけないので、うまく取り入って聞き出すことができれば言うことはないのである。絵梨の思考は突然建設的になった。
ただどうやって取り入るかは問題である。校舎裏などに呼び出したりしては、たとえ花崎でなくても、誰かに目撃されたら大変だ。校舎裏といえば告白か暴行である。
絵梨は自分が暴行を行うような人間ではない以上、告白だと断定されてしまうことを危惧した。校舎裏は、決してこの二つだけを行うために設計されたわけではないのに、世間にイメージをつけられ過ぎている。最近では誘拐専用のイメージがついてしまった車があるそうだが、それと同じくらい不憫な存在だと、絵梨は無生物に妙な同情をした。
広田と幸視はいつも二人で下校しているようなので、その後をつけ、人気のないところで話しかけるという作戦を思いついた。ここでもし広田が花崎のような性格であった場合に、結局余計な勘ぐりを受けて同じ事になるという推論ができないのが絵梨の浅はかなところだった。
花崎の腐った目によれば、二人の下校時間は愛のひとときということにされてしまうのだが、もちろん絵梨はそんなことは考えず、その目は真実を捉える気まんまんである。
ある交差点にさしかかった時、第三の人物が現れた。
成人の男のようだ。遠くからは、広田の知り合いではなく幸視の知り合いに見える。幸視がにこやかに話していることからそれがわかる。
この光景を見て、絵梨は自分に奇妙な感情が流れ込んでくるのを自覚した。胸がざわついたのだ。なぜざわつくのかわからなかった。
絵梨はまさか、と思った。まさか、花崎のようなことでも考えてしまったのではないか。それを打ち消しながら、尾行を続ける。相手が停止しているので、見つからないようにして距離を詰めるのだ。何とか会話が聴こえるようになった。
「あれ、父さんは平日だから夜にならないと――」
「圭輔に会いに来たわけじゃないんだけど、たまたま違う店に買い物に来てね」
「同じ町内だし、もっとこういうことがあってもいいのにね」
この会話を聞いて絵梨の胸はさらにざわついてしまった。何やら、幸視がその男性に、あなたにもっと会いたい、と言っているように聞こえるではないか。
広田に対しては特に感じ無かったものが、その男性との組み合わせだと感じてしまうのか。妙な妄想を抱く組み合わせが花崎と少し違うだけで、自分は花崎と同類であったのか――。
絵梨が首を振っている間に、男と、広田と幸視の二人組は別れてしまっていた。
絵梨は気を取り直して、本題に正面から斬り込もうと幸視のほうにつかつかと歩みよっていった。
「え、」幸視がどぎまぎする表情に絵梨は頓着しなかった。
「ちょっと、」
「ど、どうしてここ――」
「あの男の人って誰!?」
「西沢さんのこと!? てかなんでそんなこと訊くの!?」
絵梨は全くそんなことを訊くつもりはなかった。前世のことを訊くつもりだったのに、口から全く別の言葉が出ていた。
といっても恋愛ではない。それは最初の大前提であった。そこをはっきりさせておかないと、たとえば友達の花崎由香が誤解をするからだ。
「珍獣」絵梨はそう表現した。「たとえば肺呼吸なのか鰓呼吸なのかといった……」
「好きなのねぇ」
はっきりさせておいても誤解するのなら、いったいどうすればいいのか、しかし本音を言うわけにもいかない。
本音のほうももちろん恋愛ではないのだが、親友らしき広田と会話している内容が気になっていたのだ。しかし、興味があると花崎には言いづらい内容だった。要はオカルトめいた内容だったからだ。
前世――そんなもの信じてるの? と花崎は鼻で笑うだろう。オカルトは信じない子だ。
オカルトは信じないのに、恋愛とかそういう、ふわふわしたものに関しては自分がふわふわしてしまう。絵梨にしてみれば、恋愛などというものは生涯に一度も経験したことがなく、そのロマンスに強い憧れはあるものの、決してふわふわしたものではなかった。むしろ、どんなものか、しっかりと足をつけて知ってみたいというものだった。
だが花崎は、手当たり次第に何でもかんでも恋愛を見いだしてしまう。現実がどうであるかより、見いだせるかどうかが重要なようだった。
「田村にお熱な絵梨には悪いけど、田村はむしろ広田と怪しいと思っているの」
という妄想を絵梨が聞かされたのは今日が初めてではない。いわゆる腐女子妄想というやつだ。漫画やアニメのキャラクターに適用するのはよくあることらしいが、現実のしかもクラスメイトに適用してしまう点が凶暴である。
というわけで絵梨は幸視が広田と会話するときはいつも耳をそばだてていた。
少なくとも、ある日突然幸視がすっ転び、それ以来前世らしき夢を見るようになったこと、そしてそれが女の子であること――は聴き取ることができた。
転生して性別が変わるというのはなかなか面白い。いったいどんな感覚なのだろうか。
などと思っているところ、今日はやたらに深刻な表情であった。花崎はますます腐臭を漂わせて痴情のもつれなどという表現を使う。そんなものはどうでもいいとして、絵梨は悩んだ。
深刻な話題のせいか声量も小さく、耳をそばだてても内容はわからないのだ。
深刻な面持ちの二人の会話を、盗聴ではないけれど盗聴レベルの感度で聴き取ろうと神経をを集中させると、花崎の視線が気になってしまう。花崎の目には、男同士の痴情のもつれに嫉妬する女にしか見えていないかと思うだけで雑念が入り感度が悪くなる。
絵梨は、ついに立ち上がった――そして二人に近づくのだけど、偶然を装うことは厳守しなければならない。なので近くで停止せず、廊下なりに抜けていくのだ――
という作戦を立てて数歩近づいただけで、二人はどこかに行ってしまった。
「二人きりになりに行くのね」と花崎は飽くまで設定を守り続けるが付き合ってはいられない。
たぶん、前世の話に何か進展があり、何か深刻な事柄が判明したのではないだろうか。
しかしこうなっては聴き取るも何もない。出歯亀まがいの戦法では限界がある。
そもそも、花崎がからかうから、幸視との間にソーシャルディスタンスを維持しなくてはいけないので、うまく取り入って聞き出すことができれば言うことはないのである。絵梨の思考は突然建設的になった。
ただどうやって取り入るかは問題である。校舎裏などに呼び出したりしては、たとえ花崎でなくても、誰かに目撃されたら大変だ。校舎裏といえば告白か暴行である。
絵梨は自分が暴行を行うような人間ではない以上、告白だと断定されてしまうことを危惧した。校舎裏は、決してこの二つだけを行うために設計されたわけではないのに、世間にイメージをつけられ過ぎている。最近では誘拐専用のイメージがついてしまった車があるそうだが、それと同じくらい不憫な存在だと、絵梨は無生物に妙な同情をした。
広田と幸視はいつも二人で下校しているようなので、その後をつけ、人気のないところで話しかけるという作戦を思いついた。ここでもし広田が花崎のような性格であった場合に、結局余計な勘ぐりを受けて同じ事になるという推論ができないのが絵梨の浅はかなところだった。
花崎の腐った目によれば、二人の下校時間は愛のひとときということにされてしまうのだが、もちろん絵梨はそんなことは考えず、その目は真実を捉える気まんまんである。
ある交差点にさしかかった時、第三の人物が現れた。
成人の男のようだ。遠くからは、広田の知り合いではなく幸視の知り合いに見える。幸視がにこやかに話していることからそれがわかる。
この光景を見て、絵梨は自分に奇妙な感情が流れ込んでくるのを自覚した。胸がざわついたのだ。なぜざわつくのかわからなかった。
絵梨はまさか、と思った。まさか、花崎のようなことでも考えてしまったのではないか。それを打ち消しながら、尾行を続ける。相手が停止しているので、見つからないようにして距離を詰めるのだ。何とか会話が聴こえるようになった。
「あれ、父さんは平日だから夜にならないと――」
「圭輔に会いに来たわけじゃないんだけど、たまたま違う店に買い物に来てね」
「同じ町内だし、もっとこういうことがあってもいいのにね」
この会話を聞いて絵梨の胸はさらにざわついてしまった。何やら、幸視がその男性に、あなたにもっと会いたい、と言っているように聞こえるではないか。
広田に対しては特に感じ無かったものが、その男性との組み合わせだと感じてしまうのか。妙な妄想を抱く組み合わせが花崎と少し違うだけで、自分は花崎と同類であったのか――。
絵梨が首を振っている間に、男と、広田と幸視の二人組は別れてしまっていた。
絵梨は気を取り直して、本題に正面から斬り込もうと幸視のほうにつかつかと歩みよっていった。
「え、」幸視がどぎまぎする表情に絵梨は頓着しなかった。
「ちょっと、」
「ど、どうしてここ――」
「あの男の人って誰!?」
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