ひく〜いのちは謳う〜

山本記代 (元:青瀬 理央)

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喋らない子

ひらひら

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 三週間ぶりに登校した川坂歩足かわさかほたるは小学二年生。病がちな歩足は学校に来るより自宅や病院で過ごす時間の方が長く、その為親しいクラスメイトや同級生はいない。

しかし、それはもう歩足にとっては日常的なもので、特に気にする素振りは見せず、慣れた様子で席に着くと机の上に鉛筆と画用紙を広げた。

体が弱く、医師から運動を止められている歩足の暇つぶしといえば絵を描くことだけだ。
ふと窓の方へ目をやると、縄跳びや竹馬、少しの遊具で遊び駆け回る生徒たちの姿が目に入るが、歩足は少しも羨ましいとは思わない。

――もし運動してもいい体があったとしても、ぼくには友達がいないから一人で運動場で遊ばなきゃいけない。そんなのバカみたいだし恥ずかしい。

 元気にはしゃぐ生徒たちを眺めていた目を空に向ける。

「……水色」

――を、もっと薄くした色……。あ、あっちは白い。

 無意識に、歩足は澄んだ空に口角を上げた。



 * * *



 画用紙に芯の柔らかい鉛筆を優しく滑らせ始めて十五分程経過した時、校内に予鈴が鳴り響いた。

それを合図に、グラウンドで遊んでいた生徒たちは一斉に校舎へ駆け込んでくる。歩足も画材を片付け始める。校内は一気に騒がしくなってきた。

「あー! おいみんな! ほらあれ! 歩足が学校来てる!」

 一人の男子生徒の心無い言葉は周りのクラスメイトだけではなく、歩足の耳にも届いた。

「うーわ、マジだ! おーい! 何しに来たんだよー?」

 教室の出入り口に集まってそう声を上げているクラスメイト達に、少しの悪気も無いことが歩足にはわかっていた。

そうでなければあんなに楽しそうに笑ったりはしない、そう思ったからだ。
歩足の溜め息は誰にも聞こえない。

「サボってたんじゃないよ、ぼくは体が弱いから仕方な――」

「ダッセー! 男のくせに体弱いんだって!」

 ゲラゲラと下品に笑う者達の中には腹を抱える者、目尻に涙を浮かべる者もいた。

――何がそんなにおかしいんだろう?

「バカなんだね」

 歩足の呟いた声は全員に聞こえたようで、笑い声はピタリと止んで沈黙が流れた。
呆れたように言った後何事もなかったかのように授業の準備を始める歩足に、頭に血が上った生徒たちが言い返そうとした時、担任教師が遠くに見えたのでぐっと言葉を飲み込んで席に着いた。


 * * *



「おいサボり魔歩足、お前朝のなんだよ?」

「学校来てないクソ歩足の方がバカだろ!」

「虫歩足~」

 一限目が終了し、担任教師が教室から出て行ったのを確認した生徒たちが歩足の席の周りに集まり、口々に罵声を浴びせる。
歩足は物怖じせず、何でもないように応えた。

「うるさいよ、もう」

 ため息交じりにそう言って次の授業の準備を始めた歩足の教科書を乱暴に奪い、床に投げつけた男子生徒は余程頭に血が上っているのだろう、顔が真っ赤に染まっている。
そして腹を立てた他の生徒たちも声を荒げて次々と歩足に悪言を吐く。

――ぼくはそんなに悪いことを言ったのかな? みんなの方がよっぽどひどいと思うんだけど、そんなことないのかな? わかんないや。やっぱりぼくの方がバカなのかもしれない。

 数々の理不尽な言葉に、歩足の思考が自身を責めるものに変わり始めた時、他クラスの男子生徒がバタバタと響くほど、大きな足音を立てて嬉々とした表情で駆け込んできた。

の橙空がトイレ行ったって!」

「え! まじかよ!」

 その一言で歩足の席の周りにいた生徒たちは一斉にトイレの方へ駆け出した。
全員の背中を力のない目で見送った歩足は小首をかしげる。

――だれかがトイレに行ったのがそんなに面白いのかな? 知恵遅れって言ってたけど、そんな子がいるのかな?

 少しの興味から、歩足もトイレへと足を向けた。
トイレに向かう途中で、にぎやかな声が大きくなってきた事に気づき、視線を上げた歩足の目に映ったのは一人の女子生徒、秋野橙空あきのとあと、その後ろをぞろぞろと着いて歩く先ほどの同級生たちだった。

「一人でおしっこできたのかよ?」

「ウンコ出なかったのか?」

「何かしゃべれよ!」

『知恵遅れ』――その言葉に反応して歩足は橙空を見やる。
橙空は周りの声を気にした様子もなくじっと自分の左手の平を見つめながら歩いている。

――が橙空ちゃんか。あの子もうんざりしてるんだろうな。

 そう考えながら足を止めていた歩足の横を通り過ぎることはなく、橙空は立ち止まった。
歩足は少し驚いたが、橙空が立ち止まった理由は決してその視線に気づいたわけではなく、廊下の窓の外に興味を惹かれたからだ。

橙空は見つめていた左手を今度は太陽に向け、ひらひらと動かす。

「うわ! おい! 始まった! 雨乞いだ!」

 そう言われて笑われる橙空だが、やはり気にした素振りは見せない。

「――……空が好きなの?」

 声をかけるつもりなど毛頭なかった歩足だったが、無意識にそう尋ねた。
周りにいた生徒たちは一瞬静かになったが、それも束の間、まるでテーマパークに訪れたかのような輝かしい笑顔で一層騒がしくなる。

「サボり魔と知恵遅れのカップル誕生だー!」

――カップル? なんでぼくと橙空ちゃんが?

 否定しようとした歩足だったが、その声に何の反応も示さない橙空の方が気になり、再び口を開いた。

「ねぇ、どうして何も言わないの? いやじゃないの?」

 何も応えない橙空は、相変わらず左手をひらひら。
少し首を捻り、言葉を続けた。

「ねぇ、それっておまじない?」
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