桃色DK×4

山本記代 (元:青瀬 理央)

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高校一年生

▽季節外れの花

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 六月も下旬を迎え関東の梅雨明けも間近に迫った頃、園芸委員会はその悪天候の為活動を休止していた。

 しかしそんな中、園芸委員会の管理する花壇の中に小さな影を見つけた蓮華はいつもと変わらず落ち着いた足取りで花壇へ向かう。
揺れる小さな傘の下、真剣な表情の花菜に声を掛ける。

「やっぱり小宮さんやったか」

 静止した傘からおずおずと顔を覗かせた花菜は「水藤くん」と漏らす。
 しゃがみ込む花菜の隣に蓮華は傘もささず同じように膝を折る。

「水藤くん! 濡れちゃうよ!」

 そう言って傘を差し出そうとした花菜を止めた。

「そんな小っさい傘、小宮さんにしか使えへんよ。迂闊に相合傘なんかしたらし。それに……」

 花菜の雨と土で濡れた制服に目をやった蓮華は僅かに口角を上げて微笑んだ。

「ジャージ持ってへんの? まだ午後からも授業あるのに、女の子が制服にして……そっちの方が気遣きつこた方がええんちゃうか?」

「え……わあ! ホントだ! 夢中で気付かなかった……」

「しかも袖のボタン取れてんで。自分可愛い顔してやなぁ」

 呆れたように眉を下げる蓮華と恥ずかしそうに頬を赤らめる花菜。

「年頃の女の子がこんに大事にしてくれてんねん、立派な花咲かして恩返しせえよ」

 花菜の代わりに苗を小鉢に移す蓮華は蕾にそう声を掛ける。

「そういえば、図書委員のおるやろ? あいつ俺と同じクラスやねん、ちょっと行って傘持ってこい言うたってくれるか? 俺も園芸委員やし手伝うわ」

「え、でももう後は一人で出来るから大丈夫だよ、ありがとう。それにこれは私が好きで勝手にしてる事だし」

「一人で出来るんやったら、後は俺がやる。傘持って来て。お嬢さんは風邪ひかん内に着替えたり」

「……ありがとう、じゃあこの傘」

「せやからその傘は入らへんて」

 花菜は急ぎ足で校舎へ姿を消した。



 * * *



 二組を覗く花菜に気付いた清正は即座に談笑していた席を離れた。

「小宮さん、どうしたの? 俺に何か用事?」

 その状況を見ていた春生は突如として騒ぎだし、陽呂は目を見開く。

「『俺に』てどんだけ自意識過剰やねん! なんぼイケメンでもそれは許されへんで! ソースは俺!」

「え? 待てよ春生。イケメンでも自意識過剰が許されないんだろ? じゃあ今のお前って一体どんな刑罰が下るんだ?」

「え? 待てお前の目に俺ってどう映るってんの?」

 春生と陽呂の声は花菜の言葉でピタリと止まった。

「うん、あのね……」

「なんやねん、ほんまにキヨに用事かい。おもんないわ」

の春生よ、落ち込むな」

「イヤ! 聞きたくない!」

「誰だよ」

 要件を聞いた清正が蓮華の折り畳み傘を鞄の中から取り出し、春生に差し出した。
春生は目を丸くして清正を見上げ「え?」と困惑の声を漏らし、清正は頷く。

「これレンにお願い。中庭の花壇にいると思うから」

「ええけど……」

 春生が受け取るや否や清正は自身のジャージを取り出し、再び花菜の元へ。

「小宮さん……あの、多分まだ臭くないし、汚くないと思うからよかったら……」

 花菜は慌てた様子で両手を大きく左右に振る。

「い、いいよ! すぐ乾くと思うし大丈夫だよ! それに今は水藤くんの方が……」

「小宮さん、なら……着てほしい」

「え……」

 瞬間、花菜の大きな瞳が揺れた。
 春生が二人の間に立つ。

「間失礼シマァースッ! あいだぁ!」

「余計な事すんなよお前は」

「だからってそんな強く殴らんでもええやんか」

「早くとこ行ってやれよ」



 * * *

――あいつら絶対遊んどんな……終わったからええけど。

 汗なのか雨なのか最早わからない水滴が目に伝い、蓮華は反射的にそれを拭うが同じく濡れた袖に気付く。
気休め程度に顔を流れる水滴を払い、晴れ間が覗き始めた空を見上げてふと笑った。

「なんじゃそら」

――だけに……ってな。

「……さて」

――どうしたもんか……このまま、とりあえず放課後まで置いとくか。

 蓮華が校舎へ踵を返した時、女子生徒、村田むらた雪乃ゆきのが佇んでいた。
他に生徒はおらず、遠くで女子生徒たちの高い笑い声だけが耳に届くばかり。
途端に水を含んだ制服の重みを全身に感じたが、男性たる所以か、はたまた凛と立つ容姿端麗な雪乃に魅了されたからか意にも介さない。
先に沈黙を破ったのは雪乃だった。

、花菜の……」

 耳に馴染みやすい、静かで穏やかな声だと蓮華は思った。
 雪乃の上履きが緑色である事から、蓮華は彼女が一つ上の学年であると知る。

「ええ。小宮さんが面倒見てはる苗です」

「どうするの?」

 淡白な言葉が彼女を冷たそうな人という印象を与える。
 鋭い眼光を向けられているかと思いきや、元々が切れ長の特徴ある目だと気付いた蓮華は微笑んだ。

「さっきの雨から避難さしたんです。は何か用事ですか?」

 雪乃の青みがかった長い髪が温かい風に巻き上げられる。
 蓮華は無意識に息を飲んだ。

――消えてきそうなぐらい別嬪さんやな……美人薄命て、昔の人はよう言うたもんや。

「花菜が大切にしてるから見に来ただけ」

「仲良いんですね。あの、俺水藤蓮華いいます。の名前訊いてもいいですか?」

 雪乃は一瞬視線を彷徨わせたが、直ぐに無表情に戻り相変わらず淡白な声色で名乗る。
 蓮華の心は綻び、更にそれは表情に現れた。

「村田さん。俺は雪乃さんて呼んでいいですか?」

「いいけど……」

「俺は蓮華って呼んでください」

「……わかった」

 ひとつ頷いた雪乃に、蓮華は小さく声を漏らして笑う。

「今、呼んでくれるん期待したんやけど」

 その時、甘い空気を一気に崩壊させる「ああー!」という声が高らかに響く。
蓮華の折り畳み傘を片手にわなわなと震える春生が青筋を立て、顔を赤く染めていた。
蓮華が「春生」と呟く声を掻き消すように春生は再び声を上げ、雪乃は無表情。蓮華は「お前……」と呆れた様子で答える。

「デンは硬派やて信じとったのに! 高校デビューかなんか知らんけど、そんな別嬪さん口説くのは俺許さんぞ!」

 大きく深い溜め息を吐いた蓮華に怯む春生。雪乃が無言で校舎へ足を向ける。

「鉢、そのままでいいから」

 凛と伸びた背筋に目を奪われていた蓮華は何も答えなかった。
 残された二人の間に流れた沈黙を破ったのはやはり春生だ。

「あの別嬪さん誰なん?」

や」

か」



 * * *



 中学時代、蓮華は女性教師に小さく淡い恋心を抱いていた事を春生は思い出していた。

 その女性は柔らかな人当りで同僚や多くの生徒から慕われて、時折見せるうっかりした一面に親しみやすさを感じる人であり、女子生徒曰く「癒される」タイプだ。
しかし結局蓮華が抱いていた件の想い人への恋心は、彼女の寿退社を機に人知れず消えたのだった。

「デン、無粋な事言うけど……さんって全然タイプちゃうやんか。どっちか言うたら小宮ちゃんの方が似てるやん?」

 を突かれた蓮華はくしゃりと笑う。

「ほんまやな。好きになった人がタイプって、よう言うたもんや」

「え、ほんまに好きなん?」

「どうやろな? 別嬪さんやから下心疼いたんかもしれんけど、もっと知りたいとは思う」

「ふうん」





――関東の梅雨が明ける頃、少々遅いが淡いピンクの蓮華が開花した。
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