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親友はイケメン

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 俺の通う北高校や本屋や画材屋など、いろいろと集まった市の中心から少しだけ東に『瀧上たきがみ道場』はある。
 小学校でよく見られるカマボコ屋根の体育館みたいな稽古場と、もっと小振りだけど年季の入った木造の稽古場がある。俺は自転車を停めて木造のほうへ先に顔を出した。いつも一人で空手の形を打っておられる大先生はいらっしゃらなかった。

 駐車場に車もなかったので留守だろうと考えて、同じ敷地内にある住居へは顔を出さずに大きいほうの稽古場へ向かう。更衣室へ入って大急ぎで道着へ着替え、イケメンに珠のような汗を浮かべて休憩をしている大和へ平謝りに謝り倒した。

「遅くなってすまない! 今度、何かおごるから許してくれ」
「チビたちが少ない日だからよかったけど、ずっと俺一人だったんだぞ。勘弁しろよ」
「本当にすまない。月島に呼び出されて仕方なく時間を食っちまったんだよ」
「綾音ちゃんと会ってたのか……元気だったか?」
「相変わらず大食いだったよ」
「俺はお前と違って全然お呼びが掛からないからうらやましいぜ! 隠れハーレム持ちの大画伯様!」

 キャアキャアと女の子から騒がれる涼しいイケメンの眉間に皺を寄せた大和が、不自然な笑みでヘッドロックを仕掛けてきた。
 大和も俺と同じ中学だから絵のことも月島のことも当然知っている。
 月島は俺の真似をして空手の絵を描いたことがある。その時のモデルに大和を紹介させられたので二人はかなり仲が良くなった。

 あれだけ俺を持ち上げておいてモデルに大和が選ばれたのは、言うまでもなく容姿優先だから。
 体格的に俺と大和に大差はない。段位も同じ三段。
 自然に茶色なサラサラの髪の毛も、どれだけ汗を掻いても爽やかに見える白い肌も何もかもが月島の望む絵そのものだ。

 くそっ。恵まれたリア充イケメンに負けてたまるか。
 俺は準備運動もしていないのにムキになって、背後から大和の左足を引っ掛けて倒そうとしたが失敗した。格好悪いことに大和もろとも床へ倒れ込み、左肩を痛打してしまった。

「ってぇー!!」
「雅久! 大丈夫か!?」
「ちょっと痛いかな」
「す、すまん……」

 チビたちもすっかり静まって俺たちを見ている。
 イケメンはどんな表情でも絵になって不公平だな、などと感じつつ、すっかりしょげかえった幼なじみへ痛みを我慢して笑い掛けた。

「俺が勝手にこけただけだ。お前こそ何ともないか?」
「あ、ああ、俺は大丈夫だけど……」
「そうか。だったら悪いけど、今日はチビたちを全任せになってしまうな」
「そんなの構わないから、早く若先生のところへ行って来い!」
「そうさせてもらうよ」

 若先生は市の総合病院に整形外科医として勤めている。俺たちは組手やら悪ふざけやらでケガが絶えないから年中お世話になっている。
 若先生と呼ばれるのはお医者様だからなのと、ほとんど姿は見せないが、この道場主の息子にして師範代資格を持っておられるからだ。
 ただ俺的には、桜ちゃんの父親で、いい年をして魔法少女好きのかなり変わった人物との印象が強い。
 痛めた肩を庇いながら大和に手伝ってもらって荷物をまとめ、道着のまま自転車に乗って病院へ向かった。
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